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11「女将を呼べ」


「誰も罰さない。まぁこれはもう決定だ。二人とも良いな?」


「良いでヤンスよ」

「はい、理解しました」



 ウナバラから誰も罰さない旨を聞いた後、カシロウは二人に事の起こり、フミリエの小指が千切れ飛んだ事件から事細かく説明した。


 その説明のさなか運ばれてきた、美食の数々を摘みながらである。


 最高級の食材、煌びやかな職人の技、口に運ぶたびに陶然となる料理たち、中でもカシロウが最も美味いと思ったのは、米の一粒一粒まで厳選した、恐ろしく手間暇の掛かるもてなしの心の詰まった白飯であった。



「それでどうしたもんかねぇ、陽士郎氏の事は」


「放っておく訳にはいかんでヤンスねぇ」


「それなんですよ。陽士郎の不思議な力をどうにかせねばと思いまして……、それをご相談に上がった次第でして」



 そこまで言ったカシロウが猪口を摘んでグッと開け、酒臭い息をふぅぅと一息ついて口を開いた。



「ぶっちゃけクィントラの耳が千切れた事なぞどうでも良い。なんなら良くやったとヨウジロウを褒めてやりたいぐらいです」


「ほう?」


「あの様なことが続けば、じきに私がこの愛刀で同じ事をしたでしょうから」



 カシロウはこの十日ほど、クィントラが自分や陽士郎に対して吐いた暴言を聞き続け、もはや我慢ならない自分に気がついていた。



 十天の末席である自分、序列で言えば一つ上のクィントラではあるが、歳で言えば三つ下の二十五歳。


 三つも下のクィントラに何故あれほどボロクソに言われねばならんのだ、カシロウはそう思う。


 幼い頃からユーコーに惚れていたとは聞くが、そんな事は知った事ではない。


 なぜか。


 カシロウもそうだからだ。


 もちろん、一緒に育ったというアドバンテージもあるだろう。しかし、カシロウは物心つく頃には既に、ユーコーの事を自らが守るべき相手として扱ってきた。


 べた惚れだったからだ。


 だからそんな事は知った事ではない。



 立場のことなど打っちゃって殴り倒してやりたい。

 それは俺の嫁だと、拳で、なんなら剣で、判らせてやりたい。




「おう、言うじゃねえか山尾。俺ら下天同士の(いさか)いは王に対して不敬だ。けどやっぱ不満を溜め込むのはいけねえ。やるときゃやんなきゃ」


「ユウゾウはそういうの好きでヤンスねぇ」


「何言ってんだ。お前もだろ?」


「大好物でヤンス」



 三朱天の面々は二白天ほど枯れていない。他人事(ひとごと)揉め事(もめごと)には野次馬根性が芽を出すが、しかしもちろん、ウナバラもトミーオも下天同士の諍いを推奨するものでは無い。



「確かにクィントラの嫌がらせは目に余る。しかしそうは言ってもだ、こんなつまんねぇ事で山尾に人斬りを、しかも下天同士でさせる訳にゃいかねぇ。やっぱこのまま『負んぶ下天』のままじゃいけねぇなぁ」


「出来ることなら私も揉めたくはありませんし、陽士郎をこのままという訳にもいきません。何か良い知恵はありませぬか?」



 うーむ、と唸って顎に手をやり悩む三朱天の二人。



「魔力の残滓はないんだから魔術でもない、恐らくは精霊なんつう不確かなもんでもない。そんな不思議な力なぁ」


「魔力が暴走するケースは見た事あるんでヤンスが……」



 束の間、悩み声と猪口と徳利、それに箸の音だけが座敷を支配したが、「失礼致します」と給仕の声がその支配を破った。



「三分粥をお持ちしました」



 スゥッと障子を開いて給仕の者がにじり入って来た途端に香る、(とろ)けた米の甘い香り。


 ヒクヒクと鼻を動かしたウナバラが語気荒く言う。



「おい、これを作ったのは誰だ?」


「え……、しゅ、主任さんです」


「ミッドを呼べ! すぐにだ!」


 カシロウとトミーオは何事かと、大声を出したウナバラへと目をやるが、当人はテーブルに載った粥を見詰めて動かない。



「ユウゾウ様、お呼びですか?」


「この粥はなんだ!? 俺が言った通りに作ってねぇじゃねえか!」



 ミッド主任、このヴィショップ倶楽部でウナバラを抜けばトップの料理長、ミッド・ルリバーが言いにくそうに口を開く。



「いや、あの、その、女将(おかみ)の指図でして……」



「女将を呼べぇ!」



 時を置かずして、齢の頃六十ほどの恰幅の良い女が座敷に現れた。

 このヴィショップ倶楽部の女将、すなわちウナバラの母親である。


「女将! どうして出汁を弱めた!? こんなショボくれた粥をウチで出す訳にはいかねえ!」


「この料理バカが。聞けばまだ半年の赤ちゃんだって言うじゃないか」



 カッと目を開いて言い募るウナバラ。



「何言ってやがる! 半年の赤子でもウチの客だ! 妥協したもんは出せねぇ!」



 女将は溜息をついて、諭すようにこう言った。



「分かんないのかい? アンタの粥じゃぁ旨すぎる。この店のものを食って口の奢った赤子を連れて帰れば、困るのはヤマオ様とその奥方様だよ。今まで通りの普段の食事なんて食いやしなくなっちまうよ!」


 少しの間の後、ウナバラがしょんぼりと頭を下げた。



「……うーん、そうか、そうかも知んねぇな。女将、ミッド、すまねぇ」



 分かりゃいいんだよと小さく言って、女将が空いていた座布団に腰を下ろし、徳利を取り上げてカシロウの猪口に酌をした。


そろそろお話しが動くような事を後書きに書いた気がしますが、一個も進んでませんでした。。

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