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105「カシロウ、思い当たる」


 ハルとオーヤの祝言の日取りは全然未定らしい。


 近い内には、という思いで一致してはいるが、お互いすでに三十路も越えて特に慌てる事もないと、そんな所まで一致しているらしい。



「しかしハルよ。オーヤ嬢はこのように可愛らしい姿――」


「ま! ヤマオ様ったら可愛いだなんて! 奥様に言いつけちゃいますわよ!」


 ニコニコと、満更でもない様子のオーヤが話の腰を折る。

 特にそれには触れずにカシロウが続ける。



「――姿をしておられるが只者ではない。尻に敷かれるんじゃないか?」


 なんと言っても天狗の諜報部の一員、只者であろう筈もないし、現にブンクァブまで一人で走破する脚力を持つ。


 恐らくは武力においてもそれなりのものを持つだろうとカシロウは考えた。



「そんな事はありませんわ。ハル様の剣術の腕に比べれば、(わたくし)の忍術などたかが知れておりますわ」


「忍術?」



 ――オーヤ・インゴは()()生まれだが、幼い頃の記憶が朧である。


 かつて忍術の訓練に明け暮れた日々を送ったが、十を過ぎた頃に(かどわ)かされ売り飛ばされた。


 逃げられないよう足の腱を切られ、しばしの間、愛玩人形として過酷な生を送っていた。


 それを、ひょんな事から天狗が救った。


 天狗によって、体は完治され、どうしても思い出せぬ名のかわりに新たな名を与えられた。



 その後は天狗の里で暮らしつつ、唯一つ記憶に残る忍術の訓練を続けた――



「ハルと立ち会った事がおありに?」


「ええ。里の道場で。ヤマオ様とヨウジロウ様が天狗様の(もと)へ伺ってらっしゃる時に――、何度か」



 天狗の里の道場は、カシロウ不在時には師範代としてハルに任せていた。

 だから当然、なんら問題はない。


 しかしそんな事は一言も聞いていない。



『やることやってるじゃぁないか』


 カシロウはそんな思いを込めて、ハルにジトっと視線を向けた。



「いやいやいや! そそそその頃は強いのに可愛らしいお嬢さんだとしか思ってなかったんでやすよよよよ!」


「まぁハル様ったら! 可愛らしいだなんて!」


「いたぁっ!」


 照れたオーヤがバチンとハルの肩を叩いた。





● ● ●


「じゃヤマオさん、今夜ね」


「ええ、よろしくお願いします」



 カシロウ一行はお宿エアラを辞去した。


 天狗に頭痛が治らない件について相談した結果、怪我や病いは見られず精神的な事柄によるものだろうと天狗は言った。


 ダナンによる辻斬りの一件以来、カシロウの心は揺さぶられ続けて千々に乱れ、かつてないほど弱り切っているらしい。


『簡単に取り除けはしないけど、頭痛を和らげる薬なら作ってあげられるよ』


 昼から作り初めて夕方には仕上がるらしく、受け取りを兼ねて二人は再び呑みに出る約束を交わしていた。




 マントをはためかすカシロウが王城を出て、すっかり冬らしくなった城下を行く。

 そして日暮れを知らせる昼三つの鐘の鳴る頃、二人は城下南町で合流した。



「どこ行く? ビショップ倶楽部でも良いよ?」


「あ、いや、ちょっと行きたい店があるのです」


「あそうなんだ。美味しいお店なら僕はどこでも良いよ」



 カシロウは南町を東へ進む。

 カシロウが目指すのは、天狗も満足すること間違いなしの、旨くてさらに安い店。



「ここです。あのクィントラに教えて貰った店なんですがね」



 店の名は『ヒルスタ』。

 天狗も店名の意味をカシロウに尋ねたが、先日のクィントラと同じようにカシロウが答えた。


「店主の姓だそうで特に意味はないらしいです」




「らっしゃい――あぁこれはヤマオ様、今日はクィントラ様とご一緒ではないんでやすね」


「あ、あぁ、今夜はな。別の友人とだ」



 すでにクィントラの死は国民に知れ渡っていると思っていたカシロウは(ども)る。

 出仕をサボった弊害だなと、この十日の己れの姿を省みた。



「前みたいに適当に見繕ってくれ。それと――」


 キョロキョロと辺りを窺うカシロウが、何かに気付いてすまなそうに切り出した。


「――ちなみに店主、ちょっと混み入った話をするつもりなんだが……、個室などは――」


「すいやせんが生憎とありやせん。なにぶん小さな店ですから」



 ある訳がない。

 切り出したカシロウも自ずと分かってはいた。



「気にしねぇで下せえ。他にお客は居ませんし、私にゃ学がありやせんから、何聞いたって分かりやせんし、よそで話す事もありやせんから」



 店主の言葉を信用し、カウンターの一番奥に並んで掛けた。



「この度もまたのお骨折り、誠にありがとうございました」


「いやいや、今回ばっかりは僕の方こそごめんね」



 カシロウはブンクァブとシャカウィブでの協力に対して、天狗は呪いの一件について、それぞれがお互いに謝意を示した。



「それなんですが、あの時天狗殿は『呪いはもうない』と仰ったと記憶しておりますが、みなのビスツグ様への忠誠は特に変わらぬ様なのです」


「そりゃそうだよ。ビスツグさんの魔術陣は消えてないからね。『ビスツグさんが亡くなった時、これ以上の受け継ぎはない』って意味で言ったんだよ」



 天狗にとっては、呪いを今すぐに消し去る必要は全くなかった。

 ただ単に、『そろそろ終わり』にという思いで、魔術陣の『受け継ぎ』についての部分だけを書き換えたに過ぎないのだ。



「そう……でしたか…………あっ! ならばリストル様が暗殺された晩、貴方は魔王城に忍び込んで書き換えを――!」


「何言ってんのさ。あの晩はダナンさん絡みで一緒にいたじゃないの」


「……あ、そ、そう……でしたね。いや、もしや暗殺者をご存知かも知れないと……」



 小さい方の柿渋男の行方は杳として知れないのである。

 藁にもすがる思いのカシロウの気持ちも分かろうというもの。



「僕が書き換えたのはリストルさんの宿り神を覗いた時だよ。次の受け継ぎでお終いってね」



 そしてカシロウは、思い当たってしまう。


 クィントラを斬った日の夜頃から、己れの忠誠がビスツグへ向いていないのは気付いていた。


 呪いが消え去ったためだと、魔属の者の皆がそうだと、そう思っていたからなんの疑問も抱かなかった。



 しかし、呪いは消えてはいなかった。


 ――私は、私のことを、魔属だと思っていない?


 それに思い当たって愕然とした。





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