102「後味良くはないけど」
「それにしたってタロウ殿はズルいでござる」
這々の体で逃げ散るパガッツィオ軍を見詰めながら、羨まし気にヨウジロウが言った。
「何がじゃ?」
台から飛び降りたタロウがキョトンとした顔を向けた。
「だってそうでござろ? ついこないだ神力の事を知ったのに、早々と竜が出てきてくれたんでござるよ」
「なんだ? ヨウジロウの竜は出てきてくれぬのか」
ヨウジロウが天狗の里で訓練を始めたのは七年前の五歳の頃。
当初は宿り神の姿を表に現せるのは天狗だけだったので気にならなかったが、二年前に父カシロウがトノの姿を表に出した。
しかし己れの宿り神はうんともすんとも何も言わない。
それでも、天狗と父の宿り神が特殊なんだと自分に言い聞かせていたのに、今回あっさりタロウが竜を表に出した。
「そうは言ってもね、僕の白虎やタロさんの竜みたいに、姿を見せるだけならそんなに難しくないんだよ?」
「え、そうなんでござるか?」
「うん。ヤマオさんのトノとヨウジロウさんの宿り神が特殊なんだよ」
天狗に『特殊』と言われて、なんとなく満更でもない様子のヨウジロウ十二歳。
みんなと違う事を嫌がる年頃から、みんなと同じ事を嫌がる年頃への転換期。
「まぁ、きっと? ヨウジロウさんの竜もいつか出てきてくれるよ。たぶん」
シャカウィブへと向かって進むリオの八軍とクィントラの九軍。
それへ対応すべく、騎馬の千を率いてそのまま南下するリオと別れて、ヨウジロウ達はカシロウの下へと駆け始めた。
「カシロウの奴めは大丈夫じゃろうか?」
「父上でござるぞ? 平気に決まってるでござるよ」
「そうだね、クィントラさんに負ける事はないと思うけどね――」
どこかに心配のあるらしい天狗の言葉。
その心配は的中する。
リオが降ろした砦東端の跳ね橋から中に入り、普通に階段を登った三人。
三人が三階の廊下を通り、壁も天井もなくなった東端の広間へ差し掛かる。
その廊下の端、残った壁に凭れて座るカシロウがいた。
「父上!」
「ん……おおヨウジロウか。そっちはどうだった?」
どうやらウトウトとしていたらしいカシロウが、その顔を上げてヨウジロウへと問うた。
それに対してヨウジロウら三人は息を飲む。
「――! こっちはタロウ殿のお陰で事なきを……、ち、父上……全身血塗れでござるぞ……」
「ほとんど返り血だから心配はいらんよ」
「返り血っても多過ぎんかそれ。相手はクィなんとか一人じゃろうに」
カシロウはちょんまげから下、全身の過半を真っ赤に染めていた。
タロウの言う通り、複数の相手、それこそ戦場で乱戦の中をくぐり抜けたかの様な返り血。
「……斬りまくったからな」
そう言ったカシロウは、気怠げに片手を上げて広間を指差した。
三人は恐る恐る広間へと足を踏み入れて、異様なものを見る事となった。
床に飛び散った血は、カシロウの返り血を見た後なれば納得のいくもの。
しかし、そこらに散乱する原型を留めない肉。
人にしては明らかに大きな肉塊。
「なんじゃ? 牛か? バーベキューでもするのか?」
タロウの呟きに、いつの間にか広間へついて来ていたカシロウが言う。
「それがクィントラだったものだよ」
「…………え? デカ過ぎじゃろ?」
少し青い顔のタロウがそう言うが、カシロウは怪しく口角を上げて事もなげに言った。
「何度斬ってもな、傷を塞いでしまうんだよ、アイツの体。だからな、斬りまくって細切れにした」
クィントラの体は、カシロウに斬られる度に皮膚を引っ張る様にして傷を塞ぎ続けた。
何度も斬られる内、その体は大きくなり、段々とクィントラの面影は全くなくなった。
それでもカシロウは、まだ飽きたらぬとばかりに斬り続けた。
そのうち、人の面影もなくなった。
ただの皮膚と肉の塊りと化したクィントラを、縦に真っ二つに斬り、袈裟に真っ二つに斬り、端から削ぐように斬り、と延々と斬り続けた結果、遂にクィントラは再生を止めた。
「恐らくはイチロワの神力が尽きたんだろう」
凄惨な表情のカシロウに息を呑んだ一同。
少しの沈黙が流れたが、いつも通りの声音で天狗が言う。
「それにしたって酷い顔だよ? せめて返り血だけでも流そうか」
天狗は魔術で水を出し、カシロウの頭からザブザブと掛けて返り血を洗い流した。
「後味良くはないけど……、ま、とりあえず神王国の勇者襲来はこれにて一件落着……かな」
これで三章は終わり、次話からは四章の予定です。
幕間を一つ挟むつもりですが、まだ書けてないのでどうなりますか。
ちなみに四章もまだ一文字も書いてませんので、次回の更新お休みするかも。。




