100「大丈夫、まだ死なぬ」
カシロウにしてみれば当然だった。
リストルを殺したのは僕じゃない、そう言ったクィントラの言葉を疑った訳じゃあなかった。
しかしそれでも、リストル暗殺の発端となったのは間違いなくクィントラ。
ただ殺すぐらいでは飽き足らぬ。
細切れに斬り刻んで、その存在を消し去りたい程の憎しみに溢れ返っているし、実際にそうすべく、カシロウは二刀を抜いた。
そして再び口にする。
絶対にそうすると、己れに言い聞かせる様に。
「クィントラ、私はお前を殺す」
「アハは。出来ルものならどウぞ」
イチロワが残した神力はまだまだクィントラの体内にある。
対してトノの神力はほとんどない。
カシロウは確と立っているものの、二晩徹夜で走り回って戦い続き、体力もあまりない。
そしてそれを、クィントラも分かっているらしい。
それでもカシロウは言う。
「お前は絶対に殺す」
クィントラは少し不快げな顔をして、そっと片手を上げ、籠めた魔力で指先から小さな氷片を飛ばした。
造作なく、振り上げた二尺二寸でそれを砕いたカシロウだが、いつもと違う手応えを覚えた。
常ならば、カシロウの剣は魔術を『斬り裂く』が、ただ単に二尺二寸の重みで砕いた手応え。
トノの神力が使えないとは、こういう状態かと合点のいったカシロウ。
それでも、特にやる事は変わらないと、両手に二刀をぶら下げて歩を進めた。
クィントラの剣術の腕はそこそこ、魔術の腕は相当、そんなクィントラだからこそ気付く。
氷の礫ではダメだと。
「風か……光や闇デも良いナ」
そう呟いたクィントラ、歩み来るカシロウへと魔術を放つ。
カシロウ目掛けて飛んだ風の刃、ギギギィンと不快な音を上げつつもそれを弾いたカシロウ。
「風はダメか。ナらば――」
カシロウ自身の影から飛び出した闇の刺、カシロウは再び打ち落とすべく二刀を繰り出すが、その刺はスルリと剣をすり抜けた。
「ぬ――?」
そのままカシロウの脚や腹に刺さる刺、痛みはないが、体の重みが増した。
そこへ炎弾が襲う。
影に縫い付けられたカシロウは避けられない。
己れでも、「無駄かな?」と思いつつも、カシロウは二尺二寸で炎弾に斬り付けてみた。
予想通りに、手応えなくスルリと炎を素通りした。
水平に薙いだ二尺二寸の勢いそのままに、炎へその己れの背を晒して歯を食いしばる。
ドォンと見事に直撃し、爆発の余波や砂煙が舞う一瞬、カシロウはぐっと脚に力を籠めて上へと跳ぶ。
刺さった刺から逃れ、一足飛びにクィントラへと肉迫、その頭上目掛けて二尺二寸を振り下ろした。
「クそっ! 躱しタか!」
二尺二寸をサーベルで受けたクィントラがそうボヤく。
「いや全く躱せてない、背中が痛くて堪らんぞ」
正直にそう告げたカシロウは、二尺二寸でサーベルを斬り付けたままで、床に足が着く前に二尺をクィントラの腹へと突き入れた。
「……ヌぐぅっ――」
背中からブスブスと煙を上げながら、クィントラの右脇へ深々と突き刺さった二尺を、にじるように左脇へと進ませる。
「――ぎァぁあアアぁっ!」
「大丈夫、まだ死なぬから。ただでは殺さん」
クィントラの絶叫を聞きながら頃合いを図るように進ませて、カシロウは不意にその手を止めて二尺を引き抜いた。
「イだぁ――っ、イダぁイよぉ――っ」
そんなクィントラの言葉を無視する様に、腹の傷は勝手に引っ張られて塞がってゆく。
「イチロワの神力がまだかなりある、という事だろうな。一苦労だが、それならば――」
カシロウはいつもよりも血の気の失せたその顔で――
「何度でも斬り刻んでやれるな」
――そう言って凄惨に笑った。
● ● ●
三階から飛び降りた天狗、ヨウジロウ、タロウの三人は、五万の軍勢と少し離れて対峙していた。
対峙と言っても向こうは全く気付いてもいない。
象の行く手を阻む相手が蟻だったらば、象もそれに気づかないのと同じである。
「さてと、リオさんももうすぐ来るだろうから、ちょっとだけ足止めかな。じゃ頼むねお二人さん」
「承知でござる!」
「儂に任せよ!」
二人は少し距離を取り、そして同時に軍へ向けて駆け、少し手前で跳び上がった。
頭上で重ねた両掌に神力を溜める。
地面にそれを叩きつけ、直径十丈、深さ五丈ほどのクレーターが二つ出来上がった。
「二人とも良い仕事するねー」
「そうでござろ!」
「そうじゃろそうじゃろ!」
五万もの軍勢ともなると、突然行く手に大穴が出来たとて急には止まれない。
先頭の数百人ほどはあっさり穴に落ちてゆく。
「……ああ、ちょっと深すぎたかな? 人死にが出てないと良いけど、ま、出てもしょうがないよね」
天狗がいつも通りあっさりと、軽い口調でそう言った。
次回は週明けの予定ですが、お盆休み中なんで書けないかもです。
一回お休みするかも知れませんがよろしくお願いします。
 




