9「今夜はご馳走」
すみません。
朝変えたタイトルをまた変えました。
もう変えずにこれで行く所存であります。
結局、クィントラの耳が千切れた事件は『謎のカマイタチ現象』として処理された。
何とか『知らぬ存ぜぬ』で乗り切ったカシロウとハルは無罪放免、四青天の執務室を出て自室へと戻る道すがら、しかしさすがにこのままでは不味かろうと額を合わせて今後について相談していた。
「どう思う?」
「あっしの口からは言いにくいでやすが……」
カシロウの言葉を受け、ハルはわずかに目をそらし言葉を濁す。
「では私が先に言おう」
カシロウは立てた親指を、自分が負ぶった我が子に差し向けてこう言った。
「一連の事件の犯人は間違いなく、この陽士郎だ」
「そ、そんなハッキリと……」
「ハルは別の意見か?」
ハルは主人に面と向かってそう言われ、やや俯き気味に言を翻した。
「い、いえ、同じ意見でやす……」
ハルの言葉にタイミングよく、『正解♪』と言わんばかりにヨウジロウがキャッキャと手を叩いて喜んだ。
そんなヨウジロウの様子を見て溜息をつく主従二人。
「もちろん、精霊や未知の存在の可能性も拭えはせん。私たち二人では魔術関係は全く分からんからな」
間違いないとは言ったものの、あっさりと他の可能性を示すカシロウにハルは顔を上げた。
「た、確かにそうでやす。ならどうしやす?」
ふむん、と呟いて顎に手をやったカシロウが、手を叩いて何か閃いた様子で言った。
「物知りに相談するのが良いだろう」
「と、言いやすと?」
疑問顔のハルに向けて、カシロウが二ッと笑顔を向けてこう言った。
「今夜は陽士郎と美味いものを食うてくる!」
「物知り……、美味いもの……、さてはカシロウ様! ウナバラ様のビショップ倶楽部に!」
ニヤリと笑うカシロウ。
「雄三さんに相談する為にはしょうがあるまい! 陽士郎! 今夜はご馳走だぞ!」
「あ、あっしも……、お供を……」
スッと真顔に戻ったカシロウが言う。
「ハル、すまんが ユーコーと義母上に、陽士郎の件を雄三さんに相談すると伝えてくれ。いつもお前にばかり頼ってすまぬが、お前にしか頼れんのだ」
「…………わ、分かりやした。カシロウ様にそうまで言われちまっちゃしょうがありやせん。次回こそお供させて下さいまし」
項垂れつつもハルが頷いた。
「あぁ、今度は必ず」
● ● ●
城をグルリと囲むように広がる城下町、城下の中でも繁華な城下南町を抜け少し行けば、打って変わって瀟洒な邸宅が並ぶ区画となる。
「陽士郎、お前はまだ離乳食のお粥程度しか食えんが安心しろ。雄三さんの所で出るものは全て間違いなく美味い。ま、少々値が張るがな」
カシロウは城下町をやや早歩きで進む。
特別急いでいるわけではないが、逸る気持ちを抑えられないでいるのだ。
ヴィショップ倶楽部、それはこの国で最も美味い店で知られる名店。
十天の序列四位、ウナバラ・ユウゾウの実家であるヴィショップ家が経営する店だ。
かつては高位の聖職者を受け継ぐ家系だったが、ウナバラから遡って何代かは料理の才能と経営の才能に恵まれた。
いや、ウナバラを除けば、その才にしか恵まれなかった。
ウナバラの曽祖父は諦めて料理人になった。
父の代には国内トップレベルの料理店になった。
そしてウナバラ・ユウゾウは、優れた頭脳で十天まで登り詰め、さらに画期的な料理を作り出す国内一の料理人としての名声を欲しいままにしている。
カシロウのフルネームは『ヤマオ・カシロウ・トクホルム』であるが、ウナバラのフルネームはさらに、この世界で両親に貰った名をミドルネームとし、『ウナバラ・ユウゾウ・ロサンジ・ビショップ』だ。
長過ぎてもう、誰もフルネームで呼ぶ事はない。
「ごめん。雄三さんはいらっしゃるか?」
ヨウジロウを負ぶったカシロウは、間口の広い建物の暖簾を潜り、顔見知りの番頭にそう声を掛けた。
「これはヤマオ様、いらっしゃいませ。主人は来客中ですが、伺って参りますのでそちらに掛けてお待ち頂いてよろしいですか?」
「ああ、もちろんだ。急な訪いで申し訳ないと伝えて欲しい」
指し示された椅子にカシロウが座ると共に、番頭が折り目正しく席を外し、代わりの者が店先に立った。
(さすがはヴィショップ倶楽部、お店の者どもの躾はもちろん、店先に塵一つ落ちておらぬ)
(さらに働く者どもの面構えが良い。誇りとやる気に満ちているのに驕りが見えぬ。さすがは魔王国の頭脳と呼ばれる雄三さんだ)
ウナバラは序列で言えば四位であるが、実質この国の舵を取っているのはこの男である。
序列一位・リストル・ディンバラは最終決定権を。
二白天である序列二位・ブラド・ベルファストは立法を、序列三位・グラス・チェスターは司法を。
そして三大天の三名が行政を担当し、とりわけ三朱天筆頭であるウナバラの才覚による所が大きい。
執務に家業に新作料理にと、この国で最も働き者の男であるのは間違いないと噂されるほどである。
「そろそろ来るかもと噂しておった所だ。昼間の事件についてだろう?」
着流しに脇差一つを差したラフな姿のウナバラがそう言った。




