5分後の僕
5分後の自分を見たことありますか?
今ここにいる。確かにここにいる。今まで生きてきた世界と確かに同じはず。だけど僕は不思議な体験しているに違いない。何故なら5分後の僕がいるから。何かをする度に5分後の僕が目の前に現れる。
「はぁ・・・しっかり勉強してくれよ」
と呆れた表情とため息を漏らしながら呟く。
僕は中学3年生で、一番大事な時期だというのに勉強をしようとはしなかった。理由は面倒だし、何より幼い頃から勉強嫌いだ。それよりも何故5分後の僕がいるのか理解が出来ない。少年漫画の様なシチュエーションに戸惑っていた。
「ご飯出来たわよー!」
お母さんだ。しかし夕飯の内容は分かっている。5分後の僕が目の前で教えてくれる。
「今日のハンバーグはタマネギがいいね」
僕の方を横目で見ながら優越感に浸っている。
「お前にタマネギの何が分かる・・・」
愚痴にもならないような愚痴をかかえて、夕飯のメニューの楽しみも奪われながら食卓へ向かった。
「お母さん、最近変なものが見えるから眼科に行きたいんだけど」
「変なものって??」
お母さんが不思議そうに聞き返してきた。無理もない。変なものが見えるというのはザックリしすぎていている。しかし具体的に言おうにも5分後の自分自身が見えるなんて口が裂けてもいえなかった。
「やっぱり何でもない。気のせいだったよ」
「本当に大丈夫?念のために病院に行ってみてもらったら?」
お母さんが優しい口調で語りかける。風邪をひいて寝込んでいる僕を看病するときのようなトーンだ。本当に心配してくれてるのであろう。
「ありがとう。そうしてみるよ」
僕は疲れていた。食卓を目前にして、5分後の僕の会話を見届けた上にもう一度この会話をしなくてはいけないことに嫌気がさしてしまったからだ。
気がつくと朝日の眩しさで目を覚ました。5分後の僕が青ざめた顔で慌てている。僕は時計に目をやると、いつも家を出る時間に目を覚ましてしまっていた。
「やっちゃった。とりあえず顔だけ洗って髪整えて、すぐ学校行かなきゃ」
10分で身支度をして家を飛び出した。どうせ遅刻するからと落ち着いて歩いていた。
「そういえば5分後の僕はどこに行ったんだろう」
いつも僕の目の前にらいるはずの5分後の僕が見当たらないのだ。
嫌な予感がした。後ろを振り向くと5分後の僕が学校とは逆の方向に向かって走っていた。僕は初めて逆らい、学校に向かって走った。
「5分後の僕なんて、やっぱり嘘だったんだな」
そんな当たり前な事を思いながら、とりあえず走って学校を目指した。なんだか足に違和感がある。すごく冷たい。まさかと思い足を見てみると唖然とした。靴を履いていなかった。今日の体育は外だし、何より恥ずかしい。僕は学校とは逆の方向に向かって走った。
午前中の授業も終わり給食も食べて昼休みに入ろうとしていた。
「ほら、タッチ!」
さほど仲良くもないクラスメイトが話しかけてきた。僕の学校では訳もなく、突然に教室内で鬼ごっこが始まる。内心面倒だと思いつつも、鬼ごっこに乗らなかった時の方が面倒になりそうだから、嫌々付き合ってやった。
「ちょっと待てよ!いきなりはズルいぞ!」
はしゃいだフリをして5分後の僕を見てみる。5分後の僕は席に座って汗をかきながら読書をしていた。突っ込みどころが満載だ。なぜ読書をしているのか、なぜ汗をかいているのか、本当に5分後の僕なのか。でも今朝の一件があるから信じてみようとしていた。僕は逃げる友達を追いかけ教室の外へ誘導した。そしてドアの外へ出た瞬間にドアを閉じて走って席に座って読書をした。
「誰だ。教室内で騒いでる奴は!ちょっとこい」
学校内で一番恐れられている安藤先生だった。安藤先生は寝ている生徒に向かってチョークを投げつけたり、授業中ふざけている生徒を引きずり出したりと破天荒だった。外へ逃げたクラスメイトの数名が数十分にわたり怒られていた。僕は間一髪、自分の席に座り汗を流しながら読書をしていた。
僕は考えていた。5分後の僕の信憑性は高まってきた。むしろ今のところ百発百中で5分後の僕がしていた行動をとってしまう。好奇心と恐怖が入り混じる中、僕はもっと5分後の僕を試したくなってきた。例えばこの後すぐに水道で水を飲もうと強く心に刻む。そして5分後の僕が水道で水を飲もうとした瞬間に、トイレ入って用を足すのを強く念じる。すると5分後の僕はトイレに行こうとして教室へ向かった。そう、授業が始まるチャイムがなってしまった。僕は5分後の僕を信用することにした。
放課後、一番仲の良い親友の康介と一緒にゲームセンターで遊んでいた。受験生だというのにやる気の少しも感じられない2人に笑いそうになった。
「おまえ勉強してる?」
「いや全然してない。勉強なんかしなくたって生きていけるし」
「でた。それ皆言う台詞な。勉強しなかったら滑り止めも受からないぞ」
なんて普通の学生の様な会話をしながらゲームセンターの椅子に腰を下ろしていた。5分後の僕も椅子に腰を下ろしていた。
日も暮れて康介と別れた後、新鮮さを求めていつもとは別の道から家は向かった。この道は少し遠回りになるけど、お気に入りだ。花や木が道沿いに沢山あって疲れた心を癒してくれる。5分後の僕も癒されている。その時だった。
「危ない!!」
大人の40代くらいの男の人が叫んだ。
「ドーン。カランカラン。」
大きな音と共に、目の前には5分後の僕が横たわっていた。
「大丈夫か?大丈夫か?」
男の人が話しかけている。どうやら何かが起きて僕は怪我をしてしまったらしい。男の人が自転車のハンドルを持ちながら慌てている様子を見ると一目瞭然だ。男の人が自転車で僕をひいてしまったんだろう。そう思っていた。それよりも5分後に迫りくるその時をじっと待つことしかないことに恐怖を感じた。
「そうだ。自転車が来るのが分かってるなら避ければ良いじゃないか!どうしてそんな事に気がつかなかったんだ!」
僕は自分で自分を褒め称えた。そして後ろの気配を敏感に察知しながら、いつでも避けれる体制に入っていた。そして男の人の叫び声が聞こえた。
「危ない!!」
僕は真横にジャンプし、受け身をとった。
「よし。これで未来は変わっ・・・うぅ・・」
足が痛い。痛いと言うよりジンジンする。何が起きた?自転車は避けたはず。僕の足には男の人の飼い犬が噛み付いていた。男の人は自転車に乗りながら伸縮リードを持ち散歩をさせていた。僕は救急車で病院に連れて行かれる瞬間に見てしまった。5分後の僕が立ち上がり歩き始めていく姿を。
目を覚ますと病院のベッドだった。
「入院?犬に噛まれただけだけど結構傷が深いのかな?」
呑気にそんなことを思っていた。
「気がついたようだね。ちょっと話があるから来てください」
先生が深刻な表情を浮かべている。
「僕はそんなに悪いのか?」
怯えながら先生と個室に入っていく。個室に入るとお母さんも椅子に座っていた。
「大変言いにくいんですが、お子さんは犬に噛まれ感染症にかかってしまいました。ズーノーシス、人獣共通感染症とも言われていて、その中でも危険な菌が感染してしまいました」
先生が思い口を開きながらスラスラと話していた。
「それで良くなるんですよね?」
お母さんが僕の気持ちを察したかのように本心で聞いてくれた。
「隠してもしょうがないので本当のことを申し上げます。息子さんは犬や猫による感染症の中でも危険な部類に入るパスツレラ症です。息子さんの場合、条件が悪かったのか特にひどく、命の保証はできません。力不足で申し訳ございません。」
僕は愕然としたと同時に全てがどうでもよくなった感情の天秤にさらされていた。お母さんは崩れ落ちるかのように2時間は泣き止むことはなかった。
「そういえば5分後の僕はどこにいったんだろう。しばらく見ないな」
病院に運ばれて以来、5分後の僕は姿を見せない。5分後の世界を生きているのだろうか。犬に噛まれなかった歩き続ける世界を生き続けているだろうか。しばらく自問自答を続けて答えが出ないことがわかると漫画を読んだり寝たりを繰り返していた。
「ろくな人生じゃなかったなー」
この言葉に全ての感情をのせた。
三週間程経過して、僕の体はだんだん重くなっていくのが分かった。体が思うように動かない。トイレに行きたかったからお母さんに肩を貸してもらいトイレへ向かう。そした病室に帰ってきた、その時だった。病室のベッドで誰かが寝ている。5分後の僕だ。
「久しぶり。5分後に旅立つんだね。あの時、5分後の僕に逆らわなかったら自転車にぶつかっただけで済んだはず。逆らって自転車を避けたから犬に噛まれてしまった」
僕は一生後悔するだろう。だけど5分後の僕は安らかに眠っている。逆らったらどうなるだろうか。考えたくもない。僕は残された数分で病室のベッドに横になり窓を眺めていた。だんだん気が遠くなるのが分かる。外の少し広めの歩道に見慣れた背格好の人影が見えた。5分後の僕は今も歩き続けていた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
これからも精進してまいりますので世界を堪能して頂かれると嬉しいです。