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四大剣聖魔術師が奏でる組曲  作者: 剣の杜
風が奏でる序奏曲
2/4

第2話 ~出会いはまるで嵐のように~

両親の突然の事故死。それは絶望だった。

自分にとって、こんなに死というものが絶望というものが身近にあるものだとは思っていなかった。

母方の祖父母はすでになく、父方の祖父母は父の結婚の時に縁を切ってしまっていた。

私と妹は取り残されてしまった。

私たちに残ったのは、両親にかかっていた保険金と私たちだけで住むにはさびしい家だけ。

夜になってコンビニに買い物にいこうと外に出たら、何かにつかまれてそのまま……。

そのまま、私はどうなったんだろう。

今、私はどうなっているんだろう――?


第2話 ~出会いはまるで嵐のように~


「ん・・・・・・――」


ゆっくりと目を開いた少女が最初に見たのは、やけに近い灰色の天井だった。


(ここ、どこ・・・・・・?)


何故か痛みの残る体を起こすと、曇った窓とドア。右を見ればシートがあり、さらに奥を見ればステアリングが見えた。

フロントガラスや窓にかかる水滴と、しとしとという音が外の天気を知らせている。


「車の・・・・・・中・・・・・・?」


彼女は今車の中にいる。しかし、何故ここにいるのかが分からない。

記憶をたどろうとしても、思い出せるのは家の近くの路地まで。あとは、その直後に感じた何かに腕をつかまれる感触だけだった。

だが、その腕をつかまれる感触と今の状況をつなぐものが1つだけあった。


「もしかして――、誘拐・・・・・・?」


全身の血の気が引いていった。だが、さらに状況が悪いことに、やけに風通しのいい自分の体を見て気がついた。


「な、な、な、なんで裸にバスタオル1枚なのよーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」





しとしとと雨の降る中、男は傘をさして自販機を探していた。

保護した少女は、化け物に引き裂かれ汚された衣服を脱がせ、申し訳程度にバスタオルにくるんで車内においてきている。

先ほど襲われそうになっていた所を助けたという割にはぞんざいな扱いだが、そのようにしか出来ない以上しょうがないといえるだろう。


「お、あったあった」


男は自販機を見つけると、HOTのミルクティーを2本買った。まだ4月のあたま。寒さの残る今日はこちらのほうがいいだろうと考えての選択である。

くわえて、少女はどのくらいの時間かは分からないが、半裸で廃ビルで倒れていたのだ。少しでも体をあっためるものの方がいいのは間違いないことだった。


「さて、お嬢さんが目を覚ます前に戻っておかんとなー。いきなり車の中で全裸にバスタオルなんかで起きて、状況説明するやつがいなけりゃ、犯罪者と間違われても文句いえねぇからな」


いたほうがヤバイかもと心の片隅で思いながらも、男はミルクティーの缶をジャケットのポケットに突っ込むと車に向かって駆け出した。

だが、このとき彼の危惧はものの見事に現実となっていたことを、無論知る由もなかった。





「あちゃー、遅かったかこりゃ」


車に戻ってくるなり男は渋い顔をした。目の前にある車は後部座席の左側が開いている。当然中にいた少女の姿は見受けられない。

考えられることは1つだけ。目を覚まして、誘拐と勘違いして車から逃げ出したのだ。ちなみに、この車に少女に会うような衣服は置いていない。

つまりはバスタオル1枚まとっただけの格好でこの場から離れていることになる。

そんな格好で助けを求めたとしても、時間と場所と助けを求めた人物の人柄がよくなければ逆に危険が付きまとうだけ。

現在の時刻は深夜、しかもこの周辺は廃ビルも多く、そこを溜まり場とする不良の巣窟でもある。狼の群れにえさを投げ込んでいるのとなんら変わりない。

男は周囲をぐるっと見回す。少なくとも、ここから見える範囲内に彼女の姿は見えていない。


「取り返しのつかんことになる前に、お嬢さんを見つけんとな」


男は目を細め全身の力を抜いて、意識を限りなく薄くしていく。


接続(コネクト)――、風精の祝福(ブレス オブ シルフ)。広域感覚視展開――」


額のほぼ中央に、緑に淡く輝く記号が浮かび上がる。すると一陣の弱い風が周囲を吹き抜けていった。

それと同時に男の脳に、一気に半径500m内の建物から街路、果ては人までの情報がなだれ込んできた。

ぱらぱらマンガのように次々と画像化されて浮かんでくる情報を、彼は目的のものか否か一瞬で判別していく。

その中の1つにバスタオル姿でかけていく少女の姿があった。すばやく周辺に関する情報を選別し一瞥。

周囲はまだ廃ビルの集まった区域である。幸いなことに不良たちもいる様子は無い。しかし、現時点で問題は無くともそれがいつまで続くかは分からない。


「対象補足。対称の位置および周囲50mの情報のみ継続収集」


見失わないように彼女を追いかけるように風を送ると、男もその風を追うように走り出した。

風を追い抜かないように、風が道しるべであるように男は街路を駆け抜けていく。風を追い抜かぬようにとあるが、風の速度はけして遅くはない。

男が速いのだ。実際、男の駆け抜けた後にはその速さのため、風が巻き起こっている。まさに疾駆である。

だがそれだけではない。男はその勢いで駆け抜けながらも、少女の位置情報などを同時に処理もしている。考えながら走ってこの速度なのだ。

ビル群が流れていく中、男の脳に好ましくない情報が流れ込んできた。


「不良どもがかぎつけたか…」


彼女のあとを3人の男が尾けて行ってる。今のペースでも間に合いはするが、余計な人間に存在を知られるのを男は好ましく思わなかった。

彼女の走る速度と周辺のビルの配置を考え、通ると考えられる経路を推測する。


探知終了(サーチ・エンド)回路切断(カット・オフ)


彼女のあとを追うように設定していた風を解除するとスピードを上げる。

目標はここからビル4つ分北東にあるT字路。9割以上の確率で彼女は1分以内にその位置を通過する。

男は目の前のビルとビルの間の路地、その壁へとさらに加速する。そして、壁に3mほどの距離になったとき、大きく跳躍した。

だん、という音がなり、とび蹴りのように男の足が壁に突きつけられている。突きつけた足は跳んだ勢いでばねのようにたわめられる。

そうなれば次に待っているのはばねの開放。解き放たれるように再び蹴りだされ跳躍。壁に着地、跳躍。

だん、だん、という音が鳴るごとに彼の体は地上高く上っていく。そして47度目の壁を蹴る音が鳴ったとき、彼の体はビルの屋上に達していた。

彼はそのまま屋上を疾走。ビルの谷間は、まるで水溜りでも飛び越えるかのように軽々と乗り越えていく。

1棟目、2棟目、3棟目と飛び越えていき、4棟目に飛び移ろうとしたとき真下を走る路地を、黄色いバスタオルを巻いた少女が駆け抜けていった。


「よし、ビンゴ」


男は4棟目に飛び移ると、1本道になってる街路へ向けてダイブする。風が流れていく感触を数瞬味わい、男は地面へと静かに着地した。

それとほぼ同時に少女がすぐそばの曲がり角から姿を現した。彼女は男の姿を見て、1度立ち止まると覚悟を決めたように駆け寄ってきた。


「あの、いきなりこんなカッコですいません。私も何がなんだかよく分からなくて…。

 その、あの…、私変なヒトに連れ去られちゃったみたいで逃げてきたんです。助けてください!」

「あぁ、分かってるって。何かに連れ去られた後、気がついたら誰かの車の中で裸にバスタオル一枚で寝かされてたってことだろ?」


まだ気が動転しているのか、少女の言葉は要領を得ない。だが、彼女の言う変なヒトである男にとってはそんなことは分かりきったこと。

彼女が説明していないこともすらすらと口にしていった。


「え?」


その台詞に少女が固まった。表情も走り続けて上気していたものから蒼白に変わっていく。

彼女の様子の急変に気がついて、男があわてたように1歩近寄った。その途端に、彼女はひざから崩れ落ちるように倒れこんでしまった。

幸い男がすぐに抱きとめたので、頭を打つなどの大事には至らなかったが。


「ふむ、とりあえず車に戻るか」


男は困ったようにため息をつくと、彼女を横抱きに抱えてきた道を戻り始めた。





「――わひゃぁ⁉」


少女が奇声を上げて体を起こした。そして、すぐに周りを見回す。その目に移った場所は、最初彼女が目を覚ました例の車の中。

彼女の心にどうしようもない絶望がこみ上げてきた。知らず知らずのうちに目じりに涙がこみ上げてくる。

もう恐怖と絶望で泣き声を挙げようとしたとき、ドアが叩かれた。彼女はビクッと身を震わせると、叩かれたドアのほうに視線を向けた。

そのときになって初めて、ドアのガラス越しに一人の男性が背を向けて立っているのに気がついた。

しかし、恐怖はやわらぐどころかますます強いものに変わっていった。もう涙をこらえることは出来なかった。


「ひっ・・・・・・ひうっ・・・・・・、ううぅ~~~」

「うぉ、ちょ、ちょっと待った。お嬢さん誤解してる、誤解してる‼」


押し殺すような泣き声に、男があせったように声をかけた。だが、その善戦もむなしく少女は泣き出してしまった。


「うわぁーーーーーーーーー、ああぁーーーー、私こんなことで死にたくないーーーーーーー」

「だから、誤解だってお嬢さん‼」


あわてまくった男は、ドアを開けて座席に乗り込んだ。少女のほうはいきなり入ってきた男におびえて反対側のドアにぴったりとくっつくように逃げる。

体に巻きつけているバスタオルを強く掴んで、足もぴっちりと閉じて怯えた目で男のほうを見ている。

男は困ったように頭をかくと、懐に手を入れた。少女は銃でも出てくるのかと身を震わせたが、出てきたのは予想外のものだった。

男が懐から出してきたのは1冊の手帳だった。黒皮で出来たその手帳には、金色で警察民間協力者の文字があった。

その文字、特に警察の部分を見て、少女が若干落ち着きを取り戻した。それを見計らって、男がゆっくりと話し始めた。


「俺は警察の民間協力者の紫藤総司。民間協力者の存在自体、知れ渡っていないから疑われるかもしれないけど、ちゃんとコレ本物だから」


そういって総司は手帳を彼女に手渡した。少女はその手帳をおずおずと受け取ると、ぺらぺらとめくり始めた。

だがすぐに手を止めると、ポツリと一言。


「本物か偽者かなんて、私わかりません・・・・・・」


どこか拗ねたような口調。口では疑っているように言っているが、総司のことを信用したらしい。

総司は、ほっと胸をなでおろすと、きていたコートのポケットに入っていたミルクティーを差し出した。


「少しぬるくなっているけど、多少は温まる」


少女はまだ警戒しているそぶりを見せたが、総司の手からミルクティーを受け取った。

そのミルクティーは総司の言ったとおり、少し冷めていた。熱すぎるわけでもなければ、温過ぎるわけでもない。

人肌くらいの程よいぬくもり。その温もりのせいなのか、少女の瞳が再び潤み始めてきた。


「何か、怖いことでも思い出したのか?」


急に涙ぐむ少女に驚いた様子もなく、総司が静かに問いかけた。その表情には憂いが含まれている。少女はその問いかけに首を振って答える。

その合間にも、涙は後から後から流れ出てくる。喉からは嗚咽も漏れ始めている。


「お嬢さんに何があったのか俺には分からないが、泣きたい時は泣いておいたほうがいい。

 俺が側にいると泣けないのなら、車から出て離れたところにいる。もし側にいてほしいなら、抱きしめる位のサービスはつけるけどな」


最後はおどけたような口調。少女は総司にしがみつくと、そのまま声をあげて泣き出した。

総司は抱きついて泣き喚く少女に何も声をかけず、ただ背中を撫でてやる。溜め込んだ負の感情を吐き出させるかのように優しく、優しく。



それから5分ほど泣いて、彼女は泣き止んだ。総司から離れると、涙やら鼻水でぐしゃぐしゃになったコートをみて顔を赤くした。


「あ、あの・・・・・・、すいません! コート汚してしまって!」

「あぁ、別にかまわないさ。どうせ近々クリーニングに出すやつだったから」


総司がちょうどそう答えたとき、彼のコートのポケットで携帯が鳴った。無機質な電子音にせかされるように携帯をとると、女性の声が聞こえてきた。


『もしもし、馬鹿息子』

「いきなり馬鹿息子はひどいと思うんですが、母さん」

『要救助者に気づかなかった息子なんぞ、馬鹿息子でいい。で、近くまで来ている。迎えに来い』

「分かりました、すぐ行きます」


そう締めくくると会話をきった。少女は少し不安げに彼を見ている。口には出していないが誰からの電話なのか気になっているのだろう。

それを感じ取ってか、総司は電話の相手を告げた。


「俺の母さんだ。君の替えの服をお願いしていたんだ。さすがに、女物の衣服一式をもってはいなかったからな」


衣服一式、といわれて彼女はふと気がついた。いったい自分の服はどうなったのか、そして誰が脱がせたのか?


「あ、あの私の服はどうなったんですか?」

「あー、かなりぼろぼろになっていたのと、一部に証拠物件となりそうなものがあったから別途保管という形に・・・・・・」

「・・・・・・それって、下着もなんですか?」


別途保管。その言葉に何か嫌な予感を感じて、少女はさらに総司を問い詰める。


「そっちもかなりボロボロというか、濡れているというか・・・・・・。とりあえず、もう一度身に着けようという気は起きない状態だな」

「別途保管って、し・た・ぎ、がですか?」


少女が総司をにらむ。結果、総司は気まずそうに目を逸らした。それが何を意味するのか。答えは簡単だ。


「下着がその保管用なんですね・・・・・・!」

「あ、いや、その下心は決してないぞ。染み込んでいた唾液を使っていろいろと調べる可能性があるから、それでだな・・・・・・」

「だ、唾液って、いったい私何されちゃってたんですかーーーっ!」

「大丈夫だったから。肝心の本番はされてなかったから、落ち着いてくれ!」


羞恥のあまり叫び始める少女を落ち着かせると、2人そろってため息をついた。しかし、それで終わりではなかった。

少女は自分の息が整うと、質問を再開してきたのだ。総司にとってさらに答えに窮する質問を、だ。


「衣服の件は、紫藤さんを信じます。次に聞きたいのは、私の服を脱がせたのが誰かということなんですけど・・・・・・?」


少女は、今度は総司の目を覗き込むようにしてにらんできた。それに対して、総司は必死で目をそらしていく。答え即時判明。


「・・・・・・一応聞きますけど、変なことはしてませんよね?」

「してない、してない! 全くしてない! 脱がせるときも目隠ししながらやってたんだ!」

「揉んだり、感触を楽しんだりしてませんよね・・・・・・!?」

「していない! 神仏と俺の魂に誓ってそんなことはしていない!」

「本当ですよね?」


絶対的な威圧感をもって少女が尋ねる。もはや、ついさっき涙を流していた暗い雰囲気の少女はいない。

目の前にいるのは、威勢のいい元気少女だ。きっとこの姿が彼女の本当の姿なのだろう。

明るい雰囲気に変わった彼女の様子にほっとしながらも、威圧感の恐怖で総司は無言で何度も首を縦に振り続けた。

その時、ふいにドアがコンコンとノックされた。叩かれているのは総司の後ろのドア。総司はガラス越しにドアの外を見て凍りついた。

そこには女の姿をした悪鬼がいた。顔は笑みの形だが、放たれている威圧感は少女とは比べ物にもならない。


「か、母さん・・・・・・」


総司の呟きに、女性は満面の笑みを浮かべると車のドアを勢いよく開けた。ガラスに寄りかかるような姿勢だった総司は、上半身が車外に出てしまう。

女性は総司の脇に腕を通し、胸の前で腕を組む。そして足腰の力を使ってその上半身をうつぶせにつかみ挙げた!


「うわ、ちょっと待っ・・・・・・――」

「待ったなし!」


総司の抗議を途中で打ち切ると、女性はつかみ挙げた総司の脳天をさかさまに、ひざで挟み込んで大地へと打ちつけた。

ドゴス、という音が響いた。女性が繰り出したのはプロレスの技の中でも非常にメジャーな技だ。

マットに相手の脳天を突き刺す姿勢が似ていることからつけられた名前は『杭打ち機(パイルドライバー)』。間違っても、アスファルト上でやるもんじゃあない。


「っふー、ストレス解消も出来たし、女の子の着替えを除きかねない馬鹿も沈めれた。一石二鳥‼」


パイルドライバーの姿勢のまま、ぐっとこぶしを握る女性を、少女はあっけに取られてみていた。

女性はそんな少女の視線に気づくと、総司に向けていたのとは違う人懐っこい笑みを浮かべた。


「あらあら、可愛いお嬢さんじゃない。ごめんねー、うちの馬鹿息子がドジ踏んじゃったせいでー」


パイルドライバーの状態から立ち上がると、そのまま倒れこんでいる総司に蹴りを1発入れる。あくまで笑顔でだ。

少女もとりあえず、その笑顔に笑顔で返す。まぁ多少引きつっていたが。

女性は少女の笑みを見ると満足げにうなずいて、傍らにおいてあった紙袋を少女に渡した。


「はい、替えの衣服。あなたが着ていた衣服とまったく同じよ。もちろん、下着もね」

「え、あ、はい・・・・・・」


受け取った紙袋の中には、女性が言ったとおり下着と彼女が家を出たときの衣服とまったく同じものがそこにあった。

何故、とも思ったがその答えはすぐに見当がついた。そして、女性がその考えが正しいことを証明した。


「いやー、総司が次々と衣服の特徴出して、同じ物を頼むっていったときはジャーマン決めてやろうかと思ったよー」

「あの、紫藤さんがそこまでしてくれたんですか?」

「紫藤さんって、総司のこと? あぁ、そうだよ。なるべく家族に心配かけないようにってことでね」


その言葉を聞いて、少女はうつむいて黙り込んでしまった。会話の中の、何かの言葉が彼女の心に影を落としている。

急に沈み込んだ様子と直前の会話で、女性は原因にある程度予測をつけた。


「あたし、家庭内の相談とかにものってあげるわよ。あたしと総司もちょっとワケありの家族だから、それなりにイケると思うわよ。

 あ、私の名前はタバサ=紫藤。よろしくね」


そういってタバサは再び笑みを浮かべた。そして、まず着替えちゃいなさい、と車のドアを閉めた。

車内からは衣擦れの音が聞こえる。タバサは足元でまだ倒れている総司の頭を軽く小突いた。


「あんた、もう気がついてるでしょう」


小声でそうささやくと、答えるかのように総司が起き上がった。かなり痛そうに頭をさすっている様子を見ると相当効いたようだ。


「ほんの1分前までは気絶してましたけどね」


総司の声もタバサと同様に小声だ。起き上がってきた総司に、タバサは彼女の様子のことについて尋ねた。


「で、総司。あんた、彼女が何か抱えてるの、気づいてたんじゃないの」

「そりゃ、まぁ。いきなりしがみつかれて泣かれましたからね」

「んじゃ、なんでその辺の事聞いてあげないのよ」

「彼女とは、この一夜限りでの関係でしかないんですよ。そこまで立ち入るのもどうかと思うんですけど」


総司の答えを聞いて、タバサはため息をついて、次に呆れた声をあげた。


「あんたねぇ、一般人が妖魔に襲われた場合はアフターケアも考えるもんでしょーが!」

「彼女の抱えている問題は、アフターケアとは関係ない域でしょうに」

「あーもう、あんたはあんなかわいい娘が顔を曇らせているのを残念に思わないの! 笑顔を見てみたいとか思わないわけ!?」

「話がずれてるよ、母さん。第一そういうのは俺の仕事じゃない。俺の仕事は索敵および殲滅。その後のことは知ったことじゃない」


最後はどこか投げやりに総司が答えて、会話が切れた。

しばらくの沈黙の後、再び会話を切り出したのはタバサだった。顔には怒りの表情を刻んで総司に尋ねる。


「総司――、25年生きてきて、あんたまだ納得できないの?」


怒気をはらんだ声。総司はその問いかけには答えようとしない。重い沈黙が2人の間に流れた。

その重い空気を、ドアを開く音が破った。開いたのは総司とタバサがいるのとは反対側のドア。そこには少女が立っていた。

その少女の姿を見て、総司が思わず言葉を失っていた。無論、少女の可愛さにだ。タバサも思わず感嘆の声をあげている。

総司が少女を、救助者から女の子としてみたのはこの瞬間が初めてだった。

今は憂いに沈んでいる大きな瞳、そのせいかやや童顔な顔立ちにあったボブカットの髪、柔らかそうな頬に薄い唇。

少女は間違いなく美少女だった。少女は白いカーディガンに赤と黒のチェックのスカート、黒いストッキングという大人しそうな格好をしている。

それが、さらに彼女の可愛さを引き立たせていた。


「あの、どうかしたんですか?」


自分を見るなり動きの止まった総司を見て、少女がいぶかしむ。


「あぁ、自分が助けた女の子が『超』がつく美少女だって今気づいたのよ。今、さっき見たいなバスタオル姿なんて見せたら襲われちゃうわよ♪」


おどけた口調でそういうタバサは、意地の悪そうな笑みを総司へと向けた。しかし、総司にはタバサの言葉も表情も頭に入っていなかった。

そんな戯言を聞き入れている余裕がなかっただけなのだが。ちなみに――


(お、俺はこんな娘の着替えとかやってたのかっっっ⁉ ああぁ、余計な感触を思い出すな、余計な姿を思い出すな、とにかく冷静にいいいいっ!!)


いまさらながら、自分がやったことに気づいてテンパっていた。

目がちょっとばかりうつろになって、ボーっとしている総司をみて使い物にならないと判断したのか、タバサが少女のほうを向いた。


「いい感じに焦っている馬鹿はほっといて、あなた家はどこかしら? 送るわよ」

「いいんですか?」

「もちろんよ。あたしも近くから歩いてきた上に家は遠いから、こいつに乗せて帰ってもらおうと思ってたわけだし。そのついでよ。

 あぁ、それと後で事情聞きに行くときの名前と住所覚えるついででもあるしね」


ウィンクで茶目っ気を見せるタバサに、少女の表情がわずかに和らいだ。


「じゃあ、お願いします。私の名前は桃井月夜、住所は楢林2丁目の3-12です」

「ッ! ・・・・・・了解、月夜ちゃん」


タバサは名前と住所を聞いた瞬間、表情をこわばらせた。だが、すぐに笑みを浮かべると、いまだあっちの世界に行っている総司を怒鳴りつけた。


「ほら、運転手! とっとと現世に復帰して来い!!」


怒鳴りながら、タバサはこの件が間違いなく、これだけで終わらないことを確信していた。

それと同時に、総司にとっても月夜にとっても、この事件がとても重いものになることも、彼女は感じていた。

ふと見上げた空には、月がまるで嘲笑するかのように金色に怪しく輝いていた。



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