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四大剣聖魔術師が奏でる組曲  作者: 剣の杜
風が奏でる序奏曲
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第1話 プレリュード

第1話 プレリュード


 びちゃり、と湿った物音が室内に響く。むき出しのコンクリートに赤黒い水溜りが生まれていく。

 その水溜りが足元を濡らすのを感じ取って、影が1つ月明かりに向かって飛び出そうとする。

 影は人だった。いや、人の姿を有していたといったほうが正しいだろう。

 所々毛むくじゃらのパーツがあり、背には蝙蝠のような翼が存在している。明らかに人外の存在である。

 だが、その人外の存在が逃げ出そうとしている。それはいったい何からか?

 その疑問に答えるかのように影の背後から冷たい声が投げかけられた。


「逃げられると思ってるのか?」


 声の主は男だった。年のころは20代半ばくらいだろうか、180前後の身長とそれに見合った体格。

 顔立ちも端整だったが、今その顔に浮かぶのは冷徹な殺意だけである。

 男はゆっくりと腕を肩の高さまであげると、まっすぐに伸ばす。それはまるで、銃口を向ける動作にも感じられる。


「ギ!?」


 怪物はその動作に、危険を感じ取ったのか慌てるように建物から空へと飛び出した。

 そして、背の翼を羽ばたかせると見た目よりも機敏に宙を舞い、男から見る見るうちに遠ざかっていく。

 だが男のほうはあせる様子もなく、怪物に腕を向けていく。


「だから逃げられると思ってんのかって言ってるだろーが!」


 男の腕がぴったりと怪物と重なる。


回路接続(コネクト)風の精の祝福(ブレス オブ シルフ)


 二つの単語が空間に響き渡る。と、同時に突き出していた右手に光輝が宿った。

 淡い緑に輝くその光は、不可思議な模様を男の腕に描いている。腕に力がこもる。


追加詠唱(プラグ イン)。我、この世の理に爪立てるもの。断空なる刃と見えざる渦をもちて、仇名すものを滅ぼすものなり。法則をたどりて滅魂の災禍よ、眼前に顕現せよ!」


 力ある声と同時に、腕の光輝がひときわ強く輝きを放つ。その腕を取り囲むように六芒星が現れ、歯車のように回転をはじめる。


「ギッ!!?」


 変化が生じた。怪物がもだえ始めたのだ。よく見れば手足の筋肉などが徐々に絞られているかのようにねじれ始めている。

 さらには、皮膚に剃刀で切ったかのような切り傷が生じ始めている。

 そしてそれは、剃刀がナイフに、ナイフが剣に変わるように大きくなっていく。


「ギっ! ギィィィィィィィィィッ!!?」


 金切り声にも似た怪物の悲鳴。捩れは強くなり、切り傷はますます巨大化していく。

 捻り、切り刻むものの正体は風である。今、怪物を中心とした周囲数メートルは風の刃によるジューサーと化している。

 暴風で捩じ切り、風の刃で原形を残さないくらいに磨り潰す。

 まさに圧倒的な暴力。


「ギィィィィッ! ギヒィィィィィィィィィィィィッ!!?」


 ひときわ高く怪物が叫びを上げる。すでに四肢は捩じ切られ、全身も骨や内臓が見えるほどに削られている。


「うるせぇ、とっとと塵に還りやがれ」


 無情な男の一言。風の力場と刃がさらにその数と力を上げた。


「――――――――ッ!!!」


 一瞬、怪物の姿がぶれたかと思った次の瞬間には、断末魔の声さえも許されずに赤黒い霧となって消滅していた。


回路切断(カット・オフ)――」


 男の腕から光輝が消え、静寂が戻ってくる。だが、その静寂を破るものがあった。


「・・・・・・人の声? 要救助者がいたのか?」


 それは、むずがるような女性の声だった。男はその時折聞こえる声に導かれていくように、建物の奥へと足を向けていった。

 怪物の飛び出した通路をまっすぐに歩いていき、道どおりに左へと曲がる。そこからさらに続く通路にある3番目の部屋をのぞいたときに、男は声の主の女性と会うことが出来た。

 女性は少女だった。男の表情が険しくなる。

 少女はおそらくは高校生くらいの年齢だろう。年齢はこの場合問題ではない。その格好が問題だった。

着ていた衣服はばらばらに引き裂かれており、その下を覆う下着も乱れている。

 怪物どもによる強姦。男の頭にそんな言葉が浮かんだ。だが、まだそう決まったわけでもない。

 男は少女の体を一瞥、同時に少女の周辺も観察する。結果――


それらしい(・・・・・)あとはないか…。まぁ、このお嬢さんが処女ならば、だがな)


 寸前でどうにかなったらしい。とりあえず、安堵のため息をつく。

 しかし、問題が解決しきったわけではない。さすがにこのまま少女をほうっておくわけにはいかない。


「とりあえず、俺が一時預かり。その後、協会通して警察に連絡。親御さん方がお引取りってとこか」


 そこで、指しあたって問題となってくるのは――、


「このお嬢さんの服どうするよ…」


 これである。男の代えの服が下に止めてある車に置いてあるのだが、さすがにサイズが違いすぎる。

 着せたとしても、ぶかぶかで様にならないだろう。


(それがいい、ってやつもいるだろうが…)


 それ以前に、下着の類も着せ替えてやったほうがいいことを考えると、彼1人ではどうにもならない。

 男はあきらめたように着ていたジャケットから携帯を出すと、短縮ダイヤルで誰かに電話をかけた。

 何回かのコール音の後、相手が出た。


「殲滅は終了。周辺への被害はなし。建物への損害も軽微。ただ、救助者を1名発見。そこで・・・・・・、母さん。女物の下着と衣服を持って合流して欲しいのですが大丈夫でしょうか?

 え・・・・・・、サイズ? えーと、サイズは・・・・・・」


 男は少女の半裸姿を見ながら、すぐに答える。ちなみにその目には、欲情といったものはまったく映っていない。

 仕事と割り切っているのか、このくらいの少女に手を出すつもりがないだけなのか、ただ淡々と作業としてこなしていく。


「さてと、彼女を運ぶとするか」


 男は着ていたジャケットを少女にかぶせると背とひざ裏に手を回して抱き上げる。

 いわゆるお姫様抱っこというヤツだ。自然と男と少女の顔の距離が近いものとなる。

 少女は規則正しく寝息を立てていた。

 そこで、男はようやくほほを緩めた。一夜の異形との惨劇。1人の少女との出会い。

 これが、1つの物語の幕開けとなった。


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