晴れた日には戦車を召喚しよう
20190617公開
100周期よりも昔、或る大陸を統一していたファルムと呼ばれていた王朝が、後継者をめぐる争いから内紛に至った挙句に崩壊した。
現在では、集落単位で争う地域が1/3を占めるほどに混迷していた。
その様な泥沼の様な戦乱が続くゴザラ大陸の南東部に位置する、大河に沿った平野部を治める豊かな領主家に3つ子が生まれた。
後にギドラーラ王朝を興す兄弟だった。
カズン・ダ・ギドラーラにとって、その日は人生で最も長く感じる1日となった。妻が夜明け前から産気付いたからだ。
初めての子宝に恵まれたのだが、後継者が誕生する期待よりも心配の方が遥かに大きかった。
自分もお世話になった、500人以上の赤ちゃんを取り上げたと言われる年老いた産婆から、通常では有り得ない程に大きなお腹なので母子ともに危険に晒される可能性が高いと言われていた為だ。
最終的に元気な泣き声が3重奏を奏でた際には、安堵のあまり、跪くだけでは足りないとばかりに、額を床に押し付けて『豊穣の神・スーラ』に感謝の祈りを捧げた程だった。
一方、半ば意識を飛ばしながらも人生最大の難事業を成し遂げたサラーシャ・ナ・ギドラーラは、やっと出産した我が子たちを見詰めて、困惑に陥っていた。
理由は、ささやかな違和感というか疑問だった。
何故、この子たちと目が合うのだろう?
また、長い産婆経験を誇るスーナも困惑に包まれていた。
難産の挙句にやっと生まれた3つ子だったが、3人目が生れ落ちて泣き出すとしばらくして一斉に泣き止んだばかりでなく、まるで周囲を見ようとするかの様に目をあちらこちらに動かしたのだ。
通常、生まれたばかりの赤ちゃんはほとんど見る力が無い筈だし、周囲の音や動きに反応する訳でもなく、意思を持って目を動かす赤子など初めて見た。
後に、脚色して語られることの多い、3つ子の誕生はこうして成された。
3つ子はスクスクと育っていった。
今では言葉もしっかりとして、3人とも飛び抜けて聡明だと領地の民にも知られていた。
まあ、ちょっと変わった子供たちではあった。
なんせ、異常なほど清潔好きなのだ。せがまれて水浴びや湯浴みをする為の離れを作った程だ。
食事の前には必ず手洗いをするし、庭で遊んだ後や町に繰り出した後にも必ず手洗いをした。
それと、家庭教師によれば、好奇心が旺盛らしかった。
まあ、好奇心と言っても周辺地域の情報であったり、『加護と恩恵の神・サーラ』から授かる『恩恵』であったり、『熱鉱石』や『光鉱石』を使った道具だったり、地竜や飛竜などの大型の騎獣であったり、少し偏っている様だった。
少々変わった点は有るが、質問が大人びている事や数字に関する理解度が高い事から、将来有望な人材という報告も家庭教師から報告されていた。
それと、気になる点として、3つ子の中に早くも上下関係が確立している事も報告を受けていた。
また、夜の見回りをした館の使用人によると、偶に夜更かしして話し合いをしている事が有るそうだった。
小さな声で話しをしている為なのか、それとも別の理由かは不明ながらも、聞き耳を立てても内容は聞き取れなかったそうだ。
カズン・ダ・ギドラーラにとっては優秀な跡継ぎの存在と、それを補佐をする事を厭わない2人の弟の存在は喜ばしい事だが、妻のサラーシャ・ナ・ギドラーラが2度と子を産めない後遺症が残ってしまった事だけが気掛かりだった。
もっとも、サラーシャ自身はそれほど気にせずに、すくすくと育つ3人を慈しんで育てていた。
むしろ、カズンに自分の親戚から親しい従妹を側室として宛がい、更に子供を生ませた程だった。
その結果、去年生まれた子は女の子だった。
今では、サラーシャが主導して7人家族として温かな家庭を築いていた。
家庭と違い、カズン・ダ・ギドラーラが治める領地は平穏とは程遠い日々だった。
以前より毎年の様に秋の収穫後に侵略して来る北西の郡に加え、ここ3年は南西の郡からも不定期に侵略を受ける様になっていたからだ。
豊かな平野部を治めるが故の悩みだった。
5歳の誕生日に行われる、『加護と恩恵の神・サーラ』に子供を披露して『恩恵』を授かる儀式を迎えたギドーラ家だったが、主のカズンは不在だった。
4日前にまたもや南西の郡が侵略を開始した為に、直率の領軍500を率いて迎撃に向かったのだ。
ただ、今回の侵略は明らかにこれまでとは様相が異なっていた。
いつもの侵略であれば、略奪を主目的とする為に100人から150人ほどの軍勢がいくつかに分かれてやって来るのが普通だったが、今回は500人を超える軍勢が一群として領境を越えて来たのだ。
しかも、これまでは接近戦向けの恩恵を受けた兵が多かったのに対して、今回は遠距離から攻撃を仕掛けて来た、という未確認情報が齎されていた。
迎撃戦の結果は、儀式の翌日に判明した。
第1報は完全な負け戦という事しか分からなかった。
領境に近い丘陵地帯で会戦が行われ、敗走したというものだったからだ。混乱によってまともな情報が含まれていないほどだった。
領軍を率いたカズンの生死さえ不明だった。
半日後に届いた第2報はもう少し詳しく情報が伝わった。
会戦が行われた日の内に領境を睨んでいた砦が陥落し、補給物資集積と中継基地として機能していた手前の町も翌日には陥落していた。
ただ、相変わらずカズンの生死は不明だった。
儀式の2日後の昼に伝わった第3報で、領主のカズン・ダ・ギドラーラは戦死し、領軍も半数が討ち取られたという情報が齎された。
現在は補佐に付いていたサラーシャの兄が辛うじて統制を握り、領都に向けて撤退の最中という情報が第4報で入った。
第5報は、侵略軍がその領軍を追っているというものだった。
未亡人となったサラーシャは気丈にも、自分と側室を後見人として3つ子の長兄を後継者とし、この領の危機に立ち向かう事を宣言した。
侵略軍が領都まで3日の距離まで迫っていた。
「1曹、どうします? いっその事、能力をバラした方が良くないですか?」
「自分も同じ意見です。このままでは、この領都まで落される可能性が高いと愚考します」
「だよなぁ。せっかく、スローライフが出来そうだったのに、このままでは破滅エンドだよなぁ」
3日前に5歳の誕生日を迎えたばかりとは思えない口調で話し合っているのは、父親を喪ったばかりの3人の幼児だった。
今は領主交代の宣言を行う儀式前のほんの僅かな待ち時間だった。
服装は3日前の儀式用に作られた、学ランと陸上自衛隊の第1種夏服を混ぜた様なデザインの上下だ。滅多に着ない第1種の制服との違いだが、詰襟が有る点が違う。
また、左右の胸のポケットと両方の肩章には色々なものを付ける為の穴が開けられている。
色は黒が基調で、袖や襟などの縁に金糸を使ったラインが入っている。
全体的にミリタリー色が濃い服装だ。
「よし、決めた。俺が領主継承宣言をした後で、2人に振るから、そのタイミングで変身をしてくれ」
「お言葉ですが、変身では有りません、車長。正しくは召喚です」
「いや、どう見ても変身だろ? 召喚って、自分はそのままで別のモノを呼び寄せるんじゃ無いのか?」
「そう言われても、『恩恵』の表記は『10式戦車召喚』になっていますからね」
「ま、いっか。それじゃ、召喚ということで」
「はい」
「了解しました」
領主代理を務めていたサラーシャが手配した領主交代の儀式は、戦時下という事も有り華美を一切廃したものだった。
領主館前の中央広場で行われる儀式はかなりの人出だった。
出征はいつもここから行進が始まる為、今回の出征に際しても、7日前に盛大な催しが行われた場所でもあった。
前回との違いは、頭上に広がる雲1つ無い晴天とは対照的な空気だ。
領主の戦死と領軍の敗走が与えるマイナス方向の空気は、儀式に参加している全員に、呼吸が苦しくなる様な重苦しさを齎していた。
領主代理のサラーシャが、夫で領主のカズンの死を公式に宣言し、戦死者に哀悼の意を示し、反撃を誓い、第1子のセンタークに領主の座を託し、自分と側室の2人が後見人になる事を宣言した。
ここで異議が出なかったのは、サラーシャの実家がかなりの有力家だった事と、その力を使った根回しが成功した事が大きかっただろう。
ハプニングは領主になったばかりのセンタークが領主就任の宣言をした後に起こった。
「…よって、センターク・サ・ギドラーラは、センターク・ダ・ギドラーラに改名し、ギドラーラの地を総べる事を宣言致します」
その宣言を受けて、母親のサラーシャが、純金で出来た2×3センチほどの盾を模した領主の証を長男のセンタークの胸に留めた。
状況がこの様なものでなかったら、微笑ましい光景と思えたであろう。
「『披露の儀式』を済ませたばかりの子供が領主になった事で不安に思う者も居る事だろう」
センタークの言葉に、広場にざわめきが広がった。
もちろん、幼児としか思えない声で言われるまでもなく、不安しか感じなくて当たり前だからだ。
それをあっさりと認めるのは幼い故だとすれば、不安は増幅される。
「だが、安心して欲しい。俺が授かった『恩恵』は、過去に類を見ない程に強力なものだ。しかも、弟の2人も同じ恩恵を授かった。その能力の一端を披露しよう。ラィート、レフティート、召喚してくれ」
注目を集めた2人は、領主家の為の高台から飛び降りて、群衆の手前まで行くと何かを呟いた。
大陸共通語のファルム語とは異なる言語で呟かれた言葉は、日本語の『晴れた日には10式戦車を召喚しよう』だった。
変化は一瞬だった。
瞬きする間もなく、2人が居た場所には巨大で見た事も無い様な鋭く角ばった箱型の金属の塊が出現した。
形状以外では、空洞になった円筒の様に見える角が目立つ。
後にゴザラ大陸を再統一する原動力となった『鉄竜』が、初めて衆目の下に現れた瞬間だった。
衝撃が収まらぬ内に、今度は黒い霧を吐き出すとともに唸り声を上げだした。
「本当は秘密にしておくのが良いのだろうが、皆の心配を払拭する為に敢えて公開した」
センタークの言葉に還って来た反応は、熱狂的な歓声であった。
しばらく歓声を聞いていたセンタークだが、おもむろに右手を挙げて、歓声を消すかの様に下に降ろした。
静まり返った広場を見渡した後に、彼は大きな声で呼び掛けた。
「この地を支配するのは誰だ?」
『勇猛なる民とそれを率いるギドラーラ一族!』
「我らに仇為すヤツラにくれてやるのは?』
『万遍なく降り注ぐ死の鉄槌!』
「我らが得るのは?」
『大いなる勝利!』
センタークの呼び掛けは7日前に父親が呼び掛けた文言と変わらなかった。
だが、その熱狂度は比較にならないものであった。
その日、大陸の運命が動き出した・・・
むしゃくしゃしてやった・・・
いまはむだにがんばってかいてしまったというおもいとまんぞくかんでおなかいっぱい(^^)