1.旅立ち
よろしくお願いします。
「何やってるんだ!!!死にたいのか!!」
男の怒鳴り声が辺りに響く。
男の言葉はもっともで、もう少し彼の助けが遅ければ私は死んでいただろう。
だというのに私はそれをどこか他人事のように聞いていた。
それぐらい目の前の光景は衝撃的で――私の世界が変わった瞬間だった。
******
「本当に行くの?」
「うん。もう決めたから」
私は今日生まれ育った村を出て王都に行く。
そんな私を見送る為に、村のみんなが集まってくれている。
「でも心配だわ。もし途中で何かあったら…」
「大丈夫だよ、お母さん。私もう十五だよ?それにガルーダだっているし心配ないよ」
昨日散々話し合ったのにまだどこか不安そうな母親に向かって私は微笑む。
「…そうね。ガルーダが居れば安心ね。わかったわ、気を付けていてらっしゃい」
完全には納得していないけれど、しょうがないといった感じで母は旅の荷物を手渡してくれた。
私はそれを受け取ると肩に背負ってからみんなの方を向く。
いってらっしゃい!元気でね!気を付けて!そう口々に村のみんなは声を掛けてくれる。
そんな彼らに笑顔を見せると、
「うん!みんな見送りありがとうね!…じゃあ行ってきます!」
手を振りながら歩きだす。
「何かあったらいつでも帰ってくるのよ!」
「わかった!」
そう言って手を振る母親に私も振り返しながら返事をする。
私は彼らが見えなくなるまで手を振り続けた。
******
「これからどうしよっか」
村を出た後、都方面の道を歩きながら、私の肩に乗るガルーダに話しかける。
『キュイ』
「そうだよね~。流石に徒歩で王都まではしんどいよね。取りあえず隣町で都まで向かう馬車がないか探そっか。…うん?」
ガルーダの言葉に返事をしていると、後ろから音が聞こえてくる。振り返ると行商人の馬車がこちらに向かって走って来ていた。
「あ!行商人だ!もしかしたら途中まで乗せてってもらえるかも!…すみませ~ん!!」
私は道の真ん中に立つと、馬車のおじさんに向かって手をブンブン振って呼び止めた。
「すみません。私達王都まで行きたいんですけど、途中まで乗せてもらえませんか?」
「あいにく王都までは行かないんだ…だが途中のバオムまででいいなら構わないよ」
「本当ですか!?お願いします!!」
「じゃあ後ろの荷台に乗りな」
「はい!」
よかった。断られたらどうしようと思ったけど人の良いおじさんで良かった。
ガルーダと一緒に、急いで後ろの荷台に乗ると「じゃあ出発するぞ」の声と同時に馬車が動き始める。
「よかったね。ガルーダ」
『キュイ!』
そうしてしばらく馬車の上で揺られていると、おじさんに話しかけられた。
「そういえばどうしてお嬢ちゃんは王都まで行くんだい?」
「実はお礼を言いたい人が居るんです」
「お礼?」
「はい。昔危ないところを助けてくれた人がいて…その人が今王都で働いているみたいなんです。だからその人に直接お礼を言いたいのと、出来たらその人と一緒に働きたいと思って」
そう、九歳のあの日。村の外にある森で幻獣に襲われかけた私とガルーダを助けてくれたあの人にもう一度会うために、私は故郷の村を出た。
そして今に至る。
「なるほどなぁ。わざわざ礼を言いに一人で…。まだ若いのに偉いもんだな」
「そんな事ないですよ…それに、ガルーダだって一緒だし」
そう言って私は肩に乗るガルーダを撫でる。
「そういやその肩の上に乗ってる鳥はお嬢ちゃんのペットかい?」
「ペットというか、ガルーダは私の親友で…相棒みたいなものです」
「そうかい、そいつは悪かった!」
「なら、安心だな」と行商のおじさんは朗らかに笑って言った。
******
荷台の上でうつらうつら船を漕いでいると、急に馬車が止まった。
その衝撃で目が覚める。
「どうしたんですか?」
前に座るおじさんに向かって声を掛けると「幻獣だ」と返ってきた。
急いで荷台から馬車の前を見ると馬車の数メートル先に二匹の幻獣の姿が見えた。
「なんでこんな所に幻獣が…お嬢ちゃん早く逃げな!ここは危ない!」
そう。おじさんの言う通り、この場所は滅多に幻獣は出ない。彼らが居るのは主に山や森などもっと自然がある場所だ。こんな何もない所にいるなんて有り得ない。だから普段ここを通る馬車に武器は積んでいない。
しかも目の前にいる幻獣は人に害をなす魔物と呼ばれる分類だ。
逃げるのは…無理か。馬車を動かせばすぐにきっと襲ってくる。
……なら。
私は荷台から降りると馬車の前に出た。
おじさんは私の行動に驚いたようだった。
「何やってんだ、お嬢ちゃん!危ないって言っただろ、早く逃げろ!」
「大丈夫です。私達に任せてください」
おじさんの制止を遮り、肩の上のガルーダに声を掛ける。
「ガルーダ。私が彼らを何とかするから、ガルーダはおじさんと馬車を守ってね」
『キュイ!』
ガルーダは私の肩から降りると、翼を大きく広げ羽ばたかせた。その瞬間炎がガルーダの躰を包み込み、次に炎が消えるとコマドリ程の大きさだった彼の躰は孔雀程の大きさになっていた。
私はガルーダと目を合わせ頷くと、右手に魔力を集中させ、炎をつくりだす。
そんな私達の様子に幻獣も反応した様だ。
「行くよ、ガルーダ!」
私は彼らが襲い掛かってくる前に、彼らに向かって走り出す。
二匹が私に飛び掛かってくる。
私はそれを避け、彼らに向かって右手の炎を放つ。
炎は片方の幻獣を捉え、その躰を燃やし尽くす。
しまった、捉えて損ねた!
もう片方の幻獣は私の横をすり抜け、馬車に向かっていた。
知能が高い!仲間を盾にしたのか!!
一人でも多く。
初めからあの幻獣は馬車の方を狙っていたのかもしれない。急ぎ私が放った炎を避け馬車に飛び掛かかる。
ちっ……でも!
次の瞬間、幻獣の躰を私が放った大きさ以上の炎が包み込んだ。そして幻獣は成す術もなく一瞬で灰と化した。
相変わらず、ガルーダの炎は凄まじい…
私はほっと息を吐くと、馬車に駆け寄る。
「ありがとう、ガルーダ」
『キュイ』
私の言葉に頷くと、ガルーダは一瞬で先程のコマドリ程の大きさに戻る。
そして、いつもの定位置である私の肩の上に乗るのだった。
「大丈夫ですか?おじさん!」
「あ、ああ」
突然の事に未だに固まるおじさんに私は声を掛ける。
私の言葉に、彼は我に返った様で、急に興奮したように声を荒らげた。
「しかし驚いた!お嬢ちゃんは魔術が使えたんだな!!それに、そっちの鳥はもしかして聖獣じゃないのか?噂には聞いていたが、見るのは初めてだ!」
聖獣とは幻獣の一種で、普通の幻獣よりも強大な魔力をもつものの事だ。姿かたちは様々で、ガルーダの様に鳥の形をしたものや、オオカミや竜などもいる。彼らは一般の幻獣とは違い滅多に人前に姿を現さないらしい。
「そうか…王都で働くと言っていたが、もしかしてお嬢ちゃんは詩使いになるつもりかい?」
「はい!実は昔私を助けてくれた人も詩使いで、私、その人みたいな詩使いになるのが夢なんです!!」
「なるほどなぁ…詩使いの試験は難しいと聞くが、お嬢ちゃんなら大丈夫だろ。さっきの嬢ちゃんの姿は素人目にもすごいってわかるしな」
「そんな…私なんてまだまだですよ!でもそう言っていただけると嬉しいです」
私を助けた詩使いはすごい人だった。そんな彼と比べると私なんてまだまだだ。けれど彼と会ってお礼を言うためにも、私は何としてでも試験に合格しないといけない。彼と同じ詩使いになるために。
…そしてあの時の答えを伝えるためにも。
「さあ、急ぎましょう、おじさん!またさっきみたいな幻獣が出るとも限らないし」
「それもそうだな!じゃあさっさとバオムの町まで向かうとするか!」
私は後ろの荷台に乗り込むと、馬車は再び動き出した。
旅はまだ始まったばかり。
馬車が次の町に着くまで私はガルーダと共にひと眠りするのだった。
主人公の名前出すの忘れてました…。
名前はフレアです。
用語説明
幻種:この世界に存在する人間以外で魔力をもつ生き物の総称。主に幻獣や精霊がいる。
幻獣:人以外の魔力をもつ生物のこと。主に獣の姿をしている。人に対して害あるもの、そうでないものも含む。
詩使い:この世界における職業の一つ。幻種と契約を結び、その力を使い国を守るもの。試験に合格しなとなれない。