龍のいとし子
トーヤはナガト先生に連れていかれたまま、次の日になっても帰ってこなかった。
次の日は全員で祭りの撤収作業を行いましたが、そこにもトーヤの姿はない。
レイミーと夜空はナイヴィスを探し出し、トーヤの行方を聞いたが
「俺にもわかんねぇよ。朝になったら帰ってくるだろって思ってたけど帰ってこねぇし…ナガトセンセを問い詰めても『2時間ほど長話してしまったが、終わったらすぐに寮に送った』としか言わないんだ」
ナイヴィスも不安を隠せない表情で答える。
「さっき先生に聞いたんだけど、トーヤ、先生には風邪を引いたって言ってるらしいんだ。けどナイヴィスも知らないみたいだし…」
夜空は心配そうにしている。
作業はひと段落し、昼休憩になっている。ほとんどの作業が終わっているので、抜けてもばれないタイミングだと思われた。
「……なあ、トーヤ、探しにいかへん?ほんまに行方不明だったら一大事やん」
お昼ご飯を食べ始めていた夜空とナイヴィスに声をかけます。二人もトーヤのことが気になるようで
「そう…だね。でもさ、あいつが普段どこにいるかわかるか?俺が何度か後をつけたことあるけどことあるけど見失ったからな…」
ナイヴィスがうなりながら答える。トーヤが休日どこかに行くのを見かけたことはあってもバレるか撒かれるかしていたためどこに行くかはナイヴィスにはわからないようだ。
「心当たりはあるけど……遠いし…手分けして探す?」
以前海や森、古い建築物によく行くという話を聞き出した夜空がカバンから地図を取り出し、空いている机のスペースに広げる。
「行くとしたら……この辺とか、この辺だと思う。広いし情報収集しながら動かないと…」
夜空が地図を指さしながら話す。場所はどこも学校から遠く、行き来だけで半日かかるかもしれない。
「じゃあ町の方はあたしが行くわ。夜空は海、ナイヴィスは森と湖の方行ってもらえん?海も森も管理人がいるしそいつに聞いたら一発やろ」
レイミーの提案に頷く2人。昼食を食べ終わったら、捜索に出るようだ。
夜空は、レイミーの提案の通り海に探しに来た。島なので周囲は海に囲まれているが、ここは管理人がいる小屋の近くで比較的穏やかな波と白い砂浜がきれいな場所だ。夏の間は暇な生徒が海水浴をするスポットでもある。
「あのー……すみませーん……」
潮風で錆び始めているトタンの屋根と、焦げ茶色の木で組まれた簡素なつくりの小屋。いつもその中に管理人が暮らしている。
「はあ~い!ちょっと待っててね!お嬢ちゃん!」
小屋の中から、女口調の野太く低い声が聞こえた。海岸を管理している人の声だ。夜空は1度会ったことがあるだけであまり彼のことを詳しくは知らない。
「はいはい……あら~!可愛いお嬢ちゃんね。どうしたのかしら?学校はまだ祭りの片づけ中だと聞いたけど…」
夜空が見上げるほど背の高い男だった。潮で傷んだ金髪を一つにまとめ、優し気なたれ目の優男。
「あ、あの……人を探してるんです。黒髪で、緑色の目で、背は私より少し大きいぐらいの男の子なんですけど……」
夜空がトーヤの特徴を伝える。男は思い出したようで
「あの子なら、最近よく来るのよね……あっちの岩場の方に向かってたわ。満潮になったら教えてくれって言ってたからまだいるかもよ?頑張ってねん!」
と言って親指を立て、夜空を応援した。夜空はお礼を言って岩場に向かう。
「トーヤ!いるの?」
夜空が呼びかけると、屈んでいたトーヤが立ち上がったようで、にゅっと岩肌から顔を出した。
「あれ?夜空?どうしたんだこんなところで」
トーヤは不思議そうにしていた。以前からよくさぼっていたからだろうか。
「どうしたのじゃないよ!心配したんだから……」
夜空が駆け寄るとトーヤが岩場から出てきた。雪が降る寒い海なのに、トーヤは薄いシャツと初めて見るハーフパンツをはいている。足と手が濡れているのに平然としていた。
「ごめんごめん。ちょっと戻れない理由があってさ、行方をくらませた方が話が早そうでね」
普段は暑くないのか心配するほど防寒しているのに今は夏のような恰好をしている。
「大丈夫なの?寒くない?」
しかも、普段から持ち歩いているカバンや魔導書、服もどこにも見当たらない。
「ん?あー…大丈夫。本物の僕は離れたところで休んでるから」
ザッザッと砂を踏む音とともに夜空に近づくトーヤ。本物の僕?と夜空が首をかしげる。
「僕は僕が作った人形だよ。僕が寝てる時だけ僕を動かせるんだけど、僕にも自我があるから僕に命令されなくても動けるんだ。今は魔法石の回収をやってたんだ」
何度も僕が出てきて混乱してしまいそうな夜空だったが、つまりはここにいるトーヤは、トーヤが動かしているゴーレムのようなものなのだろう。手には透明のガラスのような石がいくつか握られている。
「本物のトーヤは?どこにいるのかわかる?戻れない理由って…」
トーヤの人形に、これあげる。といって手渡された魔法石を握りしめて問いかけた。人形は少し悩んだ後、
「僕は廃教会にいるんだけど…地図に載ってないから場所わからないでしょ。地図を見せてくれる?」
と言って夜空が広げた地図を見て、何もないところを指さした。
「ここ。建物自体は古いけど、僕が修復してるから入っても大丈夫だよ。正面の玄関は開かないから、裏口から入ってね」
と言って、シャツの袖をめくりながら、岩場に戻っていく。
「あ…ありがとう!」
夜空のお礼が届いたのか人形は振り返り右手を振った。その表情は笑っていて、いつも表情を変えないクールなトーヤを見ていた夜空には、それだけでぐらっとくるものがあった。
夜空はトーヤの居場所が分かったので、レイミーとナイヴィスに報告の手紙を書いた。その手紙は鳥の形に折ると宛名まで空を飛んで届けてくれる。
廃教会に向かっていると、二人からの返信が飛んできた。レイミーからの手紙には安堵したことと、先生に見つかってしまったのでもう作業に戻されることが記されていた。
ナイヴィスの手紙には、森に入ったはいいが道に迷ってしまいいつ出れるかわからない。最悪魔法で脱出するから自分のことは気にせず探し出してくれと書いてあった。
「あー……一人か…」
夜空が肩を落としながら歩みを進める。トーヤの人形が指定した場所には確かに古い建物があった。
石レンガでできた、古い教会のようだがかなり簡素なものだったよう。
周りを一周し入り口を探すと両開きの大きな扉と、一人入れる扉、小さな窓がいくつかある建物だ。地面に接しているレンガには苔や草が生えていて、誰も手入れしていないことがうかがえる。
夜空は言われた通り小さいほうの扉から建物に入ることにした。
「トーヤ…?いるの…?」
人がいるような建物には見えない。トーヤがいると聞いていても怖い雰囲気だった。中に入ると長い廊下といくつかの小部屋がありどこも荒れ果てているようだが、屋根はしっかりしていて穴は開いていない。
廊下に面していた小部屋には誰もいなかった。最後の扉である廊下の一番奥、重そうな扉を押し開ける。
中は礼拝堂のようで、今までで一番広い部屋だった。夜空から見て右側には普通の人間ぐらいの高さの女神像がたたずんでおり、正面は朽ち始めている椅子たち。左手には外で見かけた大きな扉と同じものが見えた。おそらくあの大きな扉を開けると、この礼拝堂に入ることができるのだろう。
床には外に生えていた草が中まで侵食してきているようで芝生のようになっており、小さな花も咲いている幻想的な部屋だった。
そして、女神像の前で、歌も音楽もない無音の中踊っている人影が夜空の視界にとらえた。ベージュ色のコート、黒髪の背の低い男の子。間違いない、トーヤだと夜空は確信した。
だが、あのきれいな緑色の目は白い包帯で頭ごとぐるぐる巻きにされて隠されていた。まだ距離があるので、その包帯がどうなっているかは分からないが、目があるところが赤くにじんでいることから目に怪我をしているのは間違いないようだ。
「……邪魔しないほうが、いいかな」
踊りはゆっくりなもので、品がありどちらかというと故郷で見た舞のようだと夜空は思った。
小さな窓から入る光はトーヤを照らし、一層美しく魅せる。夜空は音をたてないように部屋の中に入り、まだ腐っていない椅子に座り眺めていた。
踊りが終わり、数秒止まったかと思うとトーヤはふう、と一息ついた。夜空が終わったのかな?と思い立ち上がると
「どうやってここが分かったの?夜空」
と、トーヤが言って夜空に近づいてきた。夜空は目元の包帯に気を取られながら
「海岸にいたトーヤと同じ顔の人形に教えてもらったの。まさか踊ってるとは思わなかったけど…」
と言いました。トーヤはフーンと言いながら包帯を指さしながら
「これがあるから、ショックを与えると思ってね。あと、道具に魔力を込める儀式をやってたんだ。新しい道具を用意したから」
そう言って手に持っていたらしい短い杖を見せた。きらきらと日の光を反射させる真っ黒の杖だが通常木の枝のようなものが一般的なのに彼の持つものは加工されているのかただのまっすぐな棒のような杖だった。
「どうしたの?その目……くぼんで…もしかして……」
夜空が気になっていた両目を指摘する。不自然に落ちくぼんでいることから、目玉がなくなっていることを想像させ夜空の背に嫌な汗が流れる。
「お察しの通り、目玉をえぐられたんだ。もう、痛みも消えたから大丈夫。日が暮れたら寮に戻るよ」
まるで、紙で手を切ったかのように大したことないような話し方だった。
「そんな…!誰にやられたの?なんで…なんでそんな平然としているの?」
夜空が動揺しながらトーヤを問い詰める。しかし、トーヤはあまりしゃべりたくないようで
「……一週間もすれば目玉も形成されて元に戻る。それまでは包帯か布を巻いてるけど、生活に支障はないよ。夜空は気にしなくていい」
誰にやられたのか、何があったのか。最後まで話してはくれなかった。
一方その頃、レイミーは町で巡回していたらしいリン・メイシャンに手首をつかまれたまま歩いていた。
「師匠…痛いんですけど…離してくれません?」
レイミーがリンの歩幅に合わせるように急ぐが、足の速いリンに引きずられているかのようにみえる。
「離したら逃げるでしょう。あなたを危険な目に会わせたくありません」
前を見据え、まっすぐに校舎に向かっていく。
「もう逃げません…。夜空に手紙も書いたしちゃんと片づけに戻りますんで…」
リンは意外にも夜空とナイヴィスに手紙を書き終わるのを待ちその間ずっとそばにいた。時々周囲を警戒するようにあたりを見回していたが、無理やり連れ戻すようなことはしなかった。
「あなたは嘘をつくような子ではないのは分かっていますが、今は放っておけません。急いで安全な場所に…」
「そんなに、危険なんですか?今、何が起きているんです?」
リンはレイミーの声に反応し、足を止めた。
手首をつかむ力が少し弱まる。ゆっくり振り返り、リンはレイミーの両手を優しく包み込む。
「レイミー。個人的な感情で、私は教師失格かもしれません。ですが、あなたを……あなたを、失いたくないのです」
悲しそうな、リンの表情。いつも厳しく、優しいリンがそんな顔を見せたのは初めてだった。
「師匠?」
動揺し、レイミーもつられてリンを見つめる。そして彼女の首に金のネックレスが揺れるのが見えた。普段は服の中に隠れて見えなかったが、レイミーが贈ったネックレスを何時もつけているのだろう。
「この学園で生活しているとわかるかとは思いますが、時々行方不明者が出るのです。それは教師であったり、生徒であったり町に住む一般人であったりします。共通点は魔力の高い者。あなたはまだ正確な魔力量を図ることはできませんが、私の受け持っている生徒の中で、一番多いのです」
リンがゆっくりと、説明していく。以前医務室の先生が行方不明になったのも、リンが言っている話に関係があるのだろう。
「昨日、急に寮に戻れといった放送が流れたのは、そのためです。この話は生徒には話してはいけないことになっているので、知っているのは教師と少しの町の人間だけですが…あなたも、狙われているのです。レイミー、昨日は他の生徒が襲われました。仕留めきれなかったのか、生徒は大半の魔力を失われた状態で発見されました」
人の魔力はそう簡単に奪えない。だが、人を攫っている犯人は魔力を奪うために人を攫うのだろうかとッレイミーは考察していく。
「犯人は誰か、まだわかっていないようです。今ほかの教師と最高学年の者たちが捜索に当たっていますが容疑者を問い詰めてもあまり成果はなかったようです」
行きかう人々が悲しげに話しこむ二人を心配そうにしながら通り過ぎていく。
「なら、なぜあたしを引き留めるのです?それなら、トーヤだって危険なはずです!彼は今、行方知れずでしょう?」
彼を探していることは、最初に見つかった時に話していた。彼だって、レイミーと同じぐらい、もしくはそれ以上の魔力を秘めていることは教師たちも知っている。
「彼にも監視はつけています。すぐにトーヤ自身の手によって破壊されるので今はまだ居場所を特定できてはいませんがいずれ見つかるでしょう」
と言って空を指さした。高いところを飛んでいる紫色の鳥は教師が操る鳥で島中を飛び回っている。
「私はトーヤ・リンクと直接会話したことがないので詳しくは言いませんが……彼は学園から行方不明事件に関与しているのではないかと疑われています」
「それは、なぜなんです?トーヤがシャルドネ様を信用していないからですか?」
トーヤがシャルドネのことを良く思っていないのは周知の事実。シャルドネに関する授業はまじめに聞かないか欠席していて興味がないと話していた。
「それもありますが、彼は重症の生徒が見つかる数時間、一人で行動していました。他にも単独行動していた生徒に聞き込みに回っていますが今のところ彼が一番怪しいですね。魔力を失った生徒を最初に見つけたのも彼ですし」
昨日はほぼトーヤと共に行動していたレイミーにはその少し離れていた時間が分かった。その間に、生徒は襲われてしまったのだろうか。
「……そんな…」
「レイミー。早く戻りましょう。学園の敷地内なら幾分かは安全です。ほら」
しょんぼりするレイミーを慰めるような優しい声。ほどかれた両手は自由になり、差し出される右手に自然と左手を差し出して手を握りしめた。
「友達を大切に思うことはとてもいいことです。ですが、この島には命を狙う人間がいることは忘れないでいなさい。それがたとえ、友達だったとしても」
あたたかな右手は優しく。不安なレイミーの心を優しく包み込むようだった。
少し時間はさかのぼり、夜空の手紙がナイヴィスの手に届いた頃。
ナイヴィスは手紙に書いた通り森をさまよっていた。
何者かに森の奥へといざなわれているようだとナイヴィスは感じた。魔法でナイヴィスが迷うように目印を消したり、幻覚作用のあるバラをわざと道に配置してあったりしていつの間にか森深くまで進んでいるのがわかる。
「森から出ることはできるけど…」
ナイヴィスは独り言をつぶやく。出ることはできても、この森で自分を森深くに導いているものには会うことができない。最初はトーヤかと思っていたが、夜空が見つけたのなら違う人物なのだろう。
ふと、視界の端に、動く青色の物体が見えた。見えた方を探すと、そこにはきれいな半透明の小鳥がいた。
まるでガラス細工のようなその青い鳥は小さな声で鳴きながら、毛づくろいをするような仕草をしてナイヴィスのほうを向いた。
鳥はその小さな羽を広げ、導くかのようにそのままゆっくりと森の奥へと飛んでいきました。ナイヴィスがついてきていることを確認しながら。
「導いている…のか?」
信用できるかわからない、と思いながらもその鳥を追いかけることにしたナイヴィス。今まで自分を森に誘い込んでいた人物がこの鳥を操っているかもしれない。
しばらく鳥を追いかけると、開けた場所にたどり着いた。そこには小さめの池があり、そして、幼い女の子が水浴びをやっているようだった。雪が降り積もるような真冬に、薄い生地のワンピースのみの姿で。
「寒く…ないのか……?」
ゆるくウェーブした金髪。木漏れ日を反射し虹色に光る怪しい瞳。10歳ぐらいの幼い少女だが、すぐにその女の子が普通ではないことに気が付いた。きれいな金髪の間から見えるオレンジ色の角。
彼女の額には立派な1本の角が生えているのだ。ナイヴィスがいるところからは離れているためよくはわからないが半透明で、宝石のような輝きを放っていた。
「龍姫族……ではない、よな。角は2本だし、あのぐらいの年なら渦巻き状になるはずだ」
龍姫族とはナイヴィスの一族であり、少数民族である。女性の多い種族で美しい容姿と虹色の瞳、金色の髪が特徴であり羊のような角が頭に生えているのと蝙蝠のような羽が背中に生えている。ナイヴィスはその少女を見たことがある気がしたが思い出せなかった。木陰から観察していたが女の子がナイヴィスのほうに振り返り、
「僕たちを見るのは初めて?龍のいとし子」
かわいらしい声で問いかけ、女の子はナイヴィスをじっと見つめた。
「ああ、驚かせてしまったみたいだね」
ナイヴィスは少し警戒しながら茂みから出て、少女の前に姿を表した。
「いや、こちらこそすまない。女性の水浴びを見てしまうなんて」
ナイヴィスはあまり少女の方を見ないようにしながら近づく。まだ小さいとはいえ薄いワンピースは肌に張り付き柔らかな少女の体が分かるようだ。
「ん?そうか、そうだったね。人間はあまり肌を露出しないんだっけ」
少女はそう言って着ていた服に魔法をかけて乾燥させる。そして水から出てナイヴィスの目の前まで歩いてきた。
「初めまして、龍のいとし子。僕はトワイライト。…名前を聞いても?」
オレンジ色の角を美しく輝かせ、少女は微笑んだ。
ナイヴィスはその微笑みに答えるように笑顔を見せ
「俺はナイヴィス。龍のいとし子ってことは、トワイライトは龍姫族と何か関係が?」
と問いかけました。龍姫族は他の種族と交流が少なくあまり知られていない種族だ。
トワイライトと名乗った少女は額に伸びた角を触りながら
「この角で察するかと思ったけど、僕の話伝わってないの?」
少し不服そうに溜め息をつく。トワイライトは続けて
「ハイトラって名前の男を知っているか?ナイヴィスと同じ龍のいとし子だった」
ハイトラという名前に、ナイヴィスは心当たりがあった。普段から一族の中で比べられ続けた優秀な龍姫族の男。龍姫族は男性の出生率が少なく、記録の中ではそのハイトラとナイヴィスのみだった。
「知ってる。彼が関係してるのか?」
と言っても彼自身が語ることは少なかったらしく彼の逸話は周囲からの評価ばかりで彼が何を思っていたのかは誰も知らない。
「なるほどね。彼は僕についての話をあまり話さないからな。すまなかったな、ナイヴィス。今まで不安だったろう?自分が出来損ないなんじゃないかって」
トワイライトは背中から白く大きな羽を広げた。鳥のようで美しくさわり心地の良さそうなとてもきれいな羽。
「龍姫族は龍と契約した一族のことだ。その時は男が生まれたら龍に捧げることになったが、龍は長い間生きる上に食料は必要ない。繁殖も他種族とはできないし。龍は男が生まれたら力を与え、一族に返したんだ」
ナイヴィスは龍に生け贄にされるものだと思っていた。先ほど話に出てきたハイトラという男は多くの仕事をこなしたあと一族を離れそのまま帰ってこなかったらしい。
「ハイトラは龍を探しに行くと言って村を離れてから帰らなかった。龍に会えたっていうのか?」
ナイヴィスの問いかけにトワイライトは頷く。
「そう。彼は雪深い森に落ちてしまい寒さに凍えていた僕を暖かい地域まで運んでくれた。人間に関する知識を教えながらね」
そう言ってナイヴィスをまっすぐ見据え
「おめでとう。ナイヴィス。お前は僕という龍を見つけた。幸運にも人間の言葉を理解できる僕にね」
トワイライトは背中の羽を大きく広げ両手を胸の前で組む。その光景は天使と見紛うほどの美しさだった。
「…ほ…他の龍は言葉が話せないのか?」
ならば、どうやって契約を行ったのか。
ナイヴィスはトワイライトの美しさに酔いそうになりながら問いかける。トワイライトは両手を離し
「龍の意志疎通は言葉ではなく鳴き声でするんだ。契約前も頼られるときは助けてあげてたけど、言葉はわからなかったから助けられてたのかはわからないけどね」
そういって何かの呪文を唱えると右手に小さな花束を作り上げた。半透明の花がふわりと風に揺れ、とても美しい花束だった。
「これあげる。あれだ、えーっと……お近づきの印ってやつ。本来の力が欲しくなったらまた僕に会いに来るといいよ」
花束をナイヴィスに渡してトワイライトは少女らしく華やかな微笑みを見せた。しかし、次に紡がれた言葉はナイヴィスを深く混乱させるものだった。
「お前に力を与えるには僕の力が足りないかな。お前の、大切なものを奪うかもしれない」
覚悟しておいてねと、トワイライトは告げ森の中に消えていった。
ナイヴィスはトワイライトの後を追ったがすぐに道に迷い、諦めた。
森の外に出てからも青い半透明の鳥はナイヴィスの後をついてきて自己を主張するように鳴いたり顔の周りを飛んだりして随分となついているようだった。
「ははっ……かわいい」
意思があるように飛び回る鳥は生きているかのような繊細さでナイヴィスは気に入ったようだった。
「龍のものなのか?まあ、魔力は感じないし無害なものか…?」
鳥と戯れながら学園に向かっていると、途中で2つの人影を見つけた。
「あ!ナイヴィス!トーヤちゃんと見つかったよ!」
先に向こうが気づいたようで手を振っているのが見える。ナイヴィスにもそれが夜空とトーヤだとわかった。
「おー。よかったよかった。って……トーヤ!?なんだよその目!誰にやられた?」
そして、ナイヴィスにもトーヤの目が赤くにじんだ包帯に隠されてるのがわかった。
「……だから、治るまで隠れているつもりだったのに…」
トーヤはめんどくさそうにつぶやく。
「ほら、もう何ともないよ。血も止まったし心配するほどじゃない」
そう言ってトーヤは包帯をほどき、カバンから取り出したタオルで目元を拭いた。傷らしいものは残っておらず、そこには落ちくぼんだまぶたが存在していた。
「……おまえ、俺に隠していることがあるだろ」
ナイヴィスが詰まりながら問い詰める。トーヤは開かない目で少し黙った後、
「それはお前も同じなんじゃないか?」
ナイヴィスはそのまま黙ってしまいう。話さないナイヴィスにトーヤはため息をつき
「お前は、龍に会ったようだな。あの、夕焼け色の角を持つ龍に」
カバンから取り出した真っ黒い杖を地面に突き刺し、魔力を込める。すると地面からむくりと小鳥が浮き出てきた。それは最初土人形のように茶色く浮かぶこともできなかったが、次第に透明度が上がり、ガラスのように透き通った。
それはナイヴィスの周りを飛ぶ青い半透明の鳥と同じようだった。
「あの龍は人間の言葉が話せるだろう。僕と、僕の嫁になった人が教えたんだ。この鳥とその花の魔法もね」
ナイヴィスはトーヤの言葉にピクリと反応した。なぜ、トーヤが龍を知っているのだろうかと。
「トーヤ、お前なんで…」
龍もこの島以外では絶滅したとされる幻想種の一種。その存在を知っているものは少ない。
「……僕は前世の記憶を持っている。生まれる前の話だ。トーヤ・リンクとしての人生とは別に。僕は昔龍姫族でハイトラという名で生きていた」
トーヤの打ち明けた言葉にナイヴィスは耳を疑った。
「ハイトラって…嘘だろ…」
トーヤが生み出した透明な鳥は優雅にトーヤの周りを飛んだあと、突然意思を失ったように動きを止め、そのまま地面に落ちた。パリンッとガラスの割れる音が周囲に広がる。
「当時僕は龍姫族の男として生まれ、早々に集落を抜けた。あのままあそこにいたら人間ではなくなってしまいそうだったからな。何も変わらなければ、ナイヴィスも同じようになるかもしれないけどね」
トーヤは杖を地面から抜いてカバンにしまう。
「人間ではなくなるって…どういうことだ?」
ナイヴィスが割れたガラスの破片を拾おうとするとすぐに溶けるように地面に吸い込まれていった。夜空はトーヤが魔導書を使わず魔法を使ったところを見たのは初めてだったため驚いた。
「龍姫族は男が珍しいのはナイヴィスも知ってるよね。普通なら外部から男を迎え入れて婿養子にし、子孫を残していく。そんな一族に男が生まれたらどうなると思う?」
「……龍姫族の女の子と男が子供を作ればどうなるのか……?」
ナイヴィスが答えをつぶやきました。トーヤは肯定するようにうなずき
「僕は龍姫族の女と結婚し子を作った。普通の龍姫族の娘が生まれたけど、一族は他の可能性も試したかったみたいでね。その後ほかの女や男と体の関係を迫られて恐ろしくなって逃げたんだよ。最初の嫁と一緒に」
愁いを帯びた雰囲気で過去を語るトーヤは同年齢とは思えない大人びた表情だった。
「娘はすでに僕らの手を離れて独り立ちしていたから。その後、逃げながら旅をしている間に生まれたばかりの龍を拾ったんだ。オレンジ色の一本角のきれいな龍だった」
歩きだしたトーヤ。向かう先は学園ですでに片づけは終わっている。二人もついていく。
「龍が成長するにはあたたかな日差しが必要だ。龍を拾った場所は雪の降る山岳地帯。嫁が育てるって聞かなくてね。暖かい地域に運ぶ間は嫁に世話を任せた。目的にしていた地域につく頃にはそれなりに言葉が話せるようになっていたよ」
夜空とナイヴィスは黙ったままトーヤが続きを話すのを待っている。まだ、学園の建物は遠い場所にある。
「龍といっても生まれたては知識が少ない。僕も多少の魔法と今までの魔法使いや世界の歴史を教え込んだ。そして、龍は巣にできそうな場所に到着したとき僕と僕の嫁にお礼に僕の力を解放してあげようと持ち掛けてきた」
トーヤの話にナイヴィスが少し反応した。
「力の開放…?まさか、トーヤ、いや、ハイトラは幼龍の状態であれほどの功績を残したのか!?」
ナイヴィスが驚き、夜空はよくわからないと首をかしげました。トーヤは夜空にわかるように
「龍姫族は龍の角と翼をもった種族だ。その角は成長とともに伸びて渦を巻いていくんだが男は幼い角のまま成長できずに幼龍と呼ばれる角の状態のまま成人になってしまう。大人の角になり、龍姫族の本来の圧倒的な戦闘能力と魔力量を使うには何かしらの方法で大人の龍になる必要がある」
と説明してナイヴィスのほうを向いた。トーヤにはナイヴィスが龍姫族だと気づいているようだった。
「……分かった。見せるよ、俺のを」
おでこをコンコンと叩き魔法を解除する呪文を唱えた。金色の髪の間から小さな青い透明な角が見える。それは夏の空のように綺麗な青色だった。背中にも羽が生えるらしいが服に隠れていて見ることはできない。
ナイヴィスは角の形状が渦を巻いていなかったことを伝えた。つまり、ナイヴィスはまだ幼龍のままということだ。
「力の開放は龍に供物を与えたらできるらしい。だが、ただ与えればいいわけではなかった。龍たちは現実の物体のほかに人間の記憶を食べる。龍が僕に力の開放をする代わりに要求したものは『ハイトラという男の感情の記憶』と『ハイトラを愛した女性』だった」
トーヤは過去を語るというよりは物語を語るように話していたのは感情の記憶がないからだった。いつ何を思っていたのか、聞いた話でしか認識できないためだ。
トーヤが立ち止まり、二人も立ち止まった。
「ナイヴィス。忠告しておく。龍は大事に思っているものを奪っていく。僕はその龍に感情と愛した女性を要求されたが、それは生まれたての龍を運んだ恩義のためまだ手放しやすいものを要求されたが、お前は違う。お前が何を要求されるかはわからない」
ナイヴィスの胸に指をあて開かない眼でみつめる。
「龍は人の姿をしていただろう。美しい少女だったんじゃないか?」
トーヤは見たことがあるかのように少女であることを当てた。
「なんでそれ、知ってるんだ?だって、龍は姿を変化させるはずじゃ…」
トーヤが龍の容姿をあてたことに驚き、変化するはずの龍は実は少女の姿をしているものなのかと思考していると
「金髪と、虹色に輝く龍姫族の瞳、10歳程度の年齢の少女。トワイライトは僕の……いや、ハイトラの嫁になった少女の名だ。そのガラスの鳥の魔法も彼女が得意としていた魔法だ」
ナイヴィスの肩にとまりキュイ?と鳴く青い半透明の鳥。
「龍は生贄にトワイライトのすべてを要求した。ハイトラは拒否したが、トワイライトはハイトラが寝ている間に龍にすべてをささげた。結果。ハイトラは目覚めるとともに立派な角と羽を手に入れ、愛してくれた嫁と今までの感情を失った。記憶だけだから、そのあとの感情はすべて覚えてるけどね」
あの愛らしい少女の姿、かわいらしい声。すべて、龍のものではない。
「ナイヴィス。力を求めるなとは言わない。あの龍も人間のモラルを少しは理解しているはずだから僕の時ほどのものを要求するとは限らないけど、警戒はすべきだ。龍は死よりも恐ろしい。戦争が起きていない今は力を求める必要はないんじゃないか?」
今はどの国も終戦や停戦状態で世界は平和な日々が続いていた。魔法使いの学校もいざこざがないのはどこも敵対していないのが要因の一つなのだろう。
「トーヤ・リンク!!」
学園のほうから叫ぶような呼び声がした。それは大人のもので、先生が走ってきているのが見えた。
「無事だったのですね!なぜ外で立ち話などしているのです!」
見覚えのない先生であることからほかの学年の先生なのだろう。トーヤは小さく舌打ちをして
「白々しい…」
とつぶやいた。その声はそばにいた夜空とナイヴィスにしか聞こえなかった。
「この目を見ればわかるでしょう。無事ではありません」
息を切らして走ってきた先生はトーヤの目を見て驚き、顔が険しいものに変化させる。
「誰にやられたのですか?まさか……貝殻姫が…」
その表情は心配でも怒りでもなく、恐れているようだった。
「違います。この目を奪ったのは魔法使い。姫ではありません」
トーヤは恐れを抱く大人にあきれるように、諭すような優しい声で説明する。
「僕は保健室に向かいます。後ろの二人は付き添いです。すぐに、ナガト先生を呼んでください。聞きたいことがあります」
驚きで行動が遅くなる先生をせかすようにトーヤは保健室に向かって歩き出した。
呼び出すのはナガト先生。今は特に授業のない時間帯なので居場所はわかるだろう。
「わ、分かった。保健室に行くよう伝えるから君たちは早く向かいなさい」
来た道を戻るように走っていく先生を見つめながら三人は歩き始めた。
「何があったか、話してくれないの?」
夜空が問いかけたがトーヤは少し考えた後首を縦に振った。
「いずれ、分かる時が来る。それは今じゃないというだけ」
保健室についたころにはすっかり夜になっていた。廊下を歩く生徒の数は少なく、足音で誰かが来たことがわかった。
「失礼。何の用ですか?トーヤ。あまり遅くなるのはやめてほしいのですが」
扉を開け、部屋に入ってきたナガト先生。急いできたのか少し息を切らしていた。
「呼んでしまってすみません。すぐに終わります。いくつか質問するだけなので」
保健室には3人のほかに誰もいなかったのでトーヤが棚を荒らしていたが先生が入ってきたため近くの椅子に座った。
「わかりました。答えられることなら」
少し警戒した様子のナガト先生は椅子をトーヤの近くまで動かして座った。夜空とナイヴィスは少し離れた場所にあるソファに座っている。
「ええ、簡単なことです。僕が緑眼族のものだと誰に教えましたか?」
トーヤの問いかけにナガト先生は答えたくないような雰囲気で目をそらしました。
「僕がこの目を失った原因は僕が緑眼族だからだ。それはわかっている。そのことを知っているのはナガト先生、あなただけだ」
ナガト先生はだんまりのまま。
「僕の目を奪った魔法使いはこの目が特別なものだと知っていた。あなたが、教えたのか?」
固く閉ざしていたナガト先生の口が言葉を紡いだ。
「学園長です。報告会の後に個人的に話したいといわれ、君のことを聞かれました。すでに知られている情報だと思っていたのですが」
その話にトーヤは深いため息をつき、合点がいったような顔で
「なるほどな。だから…か。わかりました。ほかにはいませんよね?」
確認するようなトーヤにナガト先生は頷いた。
「学園長には私も弱みを握られているのでだんまりはできない。すまない、トーヤ」
トーヤの情報を話したのは本意ではなかったのだろう。随分と沈んでいるようだった。
「かまいません。いずれ学園長にはばれるだろうと思っていたので。彼は金に汚いところがあるからどうせ僕の目も金儲けのためでしょう」
まるで会ったことがあるような口ぶりだった。