戦闘を経て
体操服に着替え、四人は指定された会場に向かう。今回の会場はグラウンドに設置された特設会場。
今までのものは授業で使う大きめの屋内の部屋が主だったが、今回は完全に手作業で組み立てられている。
「すご…。あれ、なんで魔法使わなかったんだろう…」
夜空が呟いた。その呟きに、トーヤが答える。
「魔法を使うより建材を組み立てていく方が好きな人もいるからね。趣味じゃない?」
トーヤが話しているうちに、受付の青年が四人に気がつき声をかけてきた。
「あ!そこの四人って参加者だよね?悪いけど急いで!くじ引きしなきゃいけないから!」
慌てた様子で四人を会場の中に引き入れた。
中も、立派な作りになっていて手作業とは思えない仕上がりだ。
「おしっ!頑張ろうなぁ!みんな!」
レイミーがワクワクした様子でぴょんぴょんと跳び跳ねる。
手には黒光りする弓と、腰の矢筒がカタカタと音をたて、不気味さを醸し出していた。
「久しぶりに本気でやれるからな!ワクワクするよな?トーヤ」
大剣を片手にトーヤに話を振ったが、トーヤは無表情のまま何かを考えているようだった。
「トーヤ?どうかしたの?」
夜空が覗き込んでも、トーヤは反応しない。
「………とりゃ!」
ナイヴィスがトーヤのマフラーの間に冷たい手をいれた。
「うわぁぁあ!何すんだよ!?」
いきなりでビックリしたトーヤは周りの人が振り向くほどの大声を出して後退りした。
トーヤの大声ははじめて聞いたようで夜空とレイミーは驚いた。ナイヴィスは大声で笑った。
くじ引きの結果は、最初の組にレイミーとトーヤ。その何試合か後に夜空とナイヴィスの番になるようだった。
「ちゃんと勝ってきてね!」
夜空が二人の背中を押す。
「俺と戦うまで残っておけよ?トーヤ」
ナイヴィスが笑いながら念を押した。
「行ってくるわ!夜空」
レイミーが笑顔でフィールドに出ていった。
「当たり前だろ。お前と戦えるの、楽しみにしてる」
トーヤも、めったに見せない微笑みを浮かべ、出ていった。
「……客席にいこ!」
二人を見送った夜空はナイヴィスの手をとって客席に向かう。
「あ…あぁ…!」
夜空は前を歩いているのでナイヴィスが赤くなっていることに気がつかなかった。
二人が客席につく頃には、試合は始まっていた。他の会場と違い、あまり広くはないステージだった。その中心で二つの短剣を持つ同い年ぐらいの女子生徒とトーヤが戦っていた。レイミーは後ろで矢を放ち、相手側にも銃を手にしている女子生徒が見えた。どうやらレイミーとトーヤの対戦相手は双剣使いと銃士のようだった。
「回復科なんてなめてるやつケチョンケチョンにしてやって!」
銃士が叫ぶ。双剣使いは無駄のない動きで、容赦なくトーヤに斬りかかりるが、ほぼ弾かれている。
「仲間気にしとる暇あんのかぁ!?」
レイミーが威嚇射撃してくる銃士の弾を避けながら矢を放ちます。銃は続けて撃てないらしく合間に短いナイフを投げて邪魔をしてきた。
「援護だって楽じゃないな…!」
剣撃を避けたり弾いたりしながら魔導書を開き、呪文を唱える。レイミーには意外と掠めた弾が多く傷ができている。それを治しているのはトーヤだ。レイミーを確認しながら戦っていると
「よそ見……するな…!」
かすれるような小さな声。双剣使いの声だった。そして時間経過式の魔法が発動したらしく、銀色の剣に炎がともる。剣劇を避けても飛び散る火の粉がうっとうしく後ろに飛んで間合いを取った。
「くそっ…めんどくさい…!」
トーヤに向かって振り下ろされる炎をまとった剣。トーヤはそれを防ぐことなく、歌を歌いました。
さっきの歌とは違う歌だが、同じように愛をうたう歌のようだった。そして剣を振り下ろしていた双剣使いは時が止まったかのように、動けなくなっていた。
「な…!!?何…これ…!!」
いきなり体が動かなくなってしまった双剣使いは宙に留まったままの腕を動かそうとするが、何かに掴まれたように動かすことができない。
トーヤは目を細め、まるで恋人に歌を捧げているかのように歌い続ける。そして双剣使いの攻撃が届かないところまで移動し歌うことを止めた。歌が止まったことで動けるようになった双剣使い。
だが、切りかかる直前で動きを止められていたせいでバランスを崩して倒れてしまった。
「うう…あ…」
この試合は膝をついたら負け。倒れこんでしまった双剣使い達の負けが決定した。
勝者はレイミーとトーヤとなった。
安堵の表情を見せるレイミー。トーヤは回復させきれなかったレイミーの傷を癒しつつ、相手の挙動を観察している。悔しそうにしながら立ち上がる双剣使い。その両手に、確かにあったはずの対をなす短めの剣がひび割れていた。まるで、ガラス細工を誤って落としてしまった時のように。
ひびは次第に深く、ピキピキと嫌な音を立てながら広がっていき、ガラスが砕けたような、もしくは氷を金づちでたたき割った時のような不快な音を響かせ、粉々に砕け散った。
「……ああ、やはり……」
かすれた、絞り出すような声。ステージ上にいる者にしか聞こえないほどに小さな声でつぶやいた。
「……なんや?なんて言ったんや?」
少し離れた場所にいたレイミーには聞こえなかったようだ。ただ、そばにいたトーヤにはしっかりと聞こえていたらしく
「僕と戦ったから、という訳ではないよ。それは、君の問題だ。わかってるだろうけど」
パタンっと魔導書を閉じ、砕け落ちたかけらを拾い上げます。それは鋭いものだが、トーヤの指を傷つけることはなく、ただ、指の体温で溶けていくばかりだった。
双剣使いの剣は炎がともっていたというのに、氷のように溶けていった。
「…シャルドネ様は…私を……加護してはくださらなかったのですね……」
溶けていく氷を見つめていた女子生徒をパートナーが抱きかかえるようにして会場を立ち去って行った。
この大会はトーナメント形式のため負けたらもう退場していいことになっている。
トーヤとレイミーの試合の後、何試合かが終わり、夜空とナイヴィスの番となる。二人は学校指定の体操着だが、相手はもっとしっかりとした戦闘用の装備のようで金属製の胸当てを二人ともしていた。
一人はおそらく夜空たちよりも上級生なのだろう。魔導書を持ち上品に微笑み夜空とナイヴィスを品定めするような視線で見つめている。もう一人は夜空の知り合いだった。
「夜空、警戒しておこう。初戦で上級生に当たるとは……あまり運がいいとは言えないな」
ナイヴィスが大剣を構えながら夜空に話しかけた。ナイヴィスは実践で何度か上級生と戦闘訓練をしているため上級生の強さを知っている。
「……うん。大丈夫。私たちだって、やれるよ」
ふわりと、自信にあふれた微笑みを見せる夜空。胸のときめきを悟られないように、足早にフィールドの中心に出たナイヴィス。
「あらあら…かわいらしい少年ですこと。2年…いえ、3年かしら?差し詰め姫とナイト様ってところかしら?ねぇ?アカルト」
明らかに上級生で、長い黒髪を後ろで束ねた女性がくすくすと上品に笑いながら隣にいる気弱そうな少年に話しかけている。少年は向けられた視線を鬱陶しそうにし目線を合わせなかった。
「あぁ…ごめんなさい?あなたの知り合いだったかしら?でも……」
女性はスッと真顔になりアカルトと呼んだ少年を抱き寄せ
「私に背くことは許さないわ…あなたは私のものよ……?ねぇ、アカルト。返事なさい?」
耳元で囁くように、静かに、脅しているかのようだった。
アカルトはその言葉には反応せず女性の手を取りキスをしてナイヴィス近くに向かう。
「……直接話すのは初めてだよな、アカルト・ナロ」
ナイヴィスが話しかけるが、アカルトは小さくため息をついて小柄な体躯には大きい魔導書を事前に用意していたらしいひもで背中に固定した。遠くから見ればリュックを背負っているように見えるだろう。
「あぁ初めまして。お噂はかねがね」
暗く、鬱々とした声。しかし普段、アカルトと共に授業を受けている夜空にはそれが彼のいつもの姿だと知っていた。
「ナイヴィス。アカルトは私と同じ回復科だけど、接近戦が得意だよ。気を付けて!」
夜空がナイヴィスに向かって叫んだ。相手の雰囲気からそれとなく感じ取っていたため警戒するように大剣を構えた。
アカルトは上級生の強化魔法を受け、肉体を視覚で捉えることのできるほどに変化させた。袖を撒くりあらわになる細い腕には獣のように体毛が密集している。顔にも同じ色の体毛が生え、どう猛な牙と鋭い眼光は先のアカルトと同じ人物とは思えないほど野性的だ。それはまるで狼男のような姿で犬のような耳と鋭く照明の光を反射させる爪を見せた。
「…すげえな」
ナイヴィスはアカルトの変容に感嘆の息を漏らした。そして次の瞬間、ナイヴィスは切りかかった。剣が重いため大ぶりな攻撃になってしまいアカルトにすぐによけられてしまう。
「君は…好きな人がいるんだろう?」
避けながらナイヴィスにしか聞こえない声で問いかける。ナイヴィスの大剣は次第に熱を持ち、アカルトとナイヴィスの額にも汗がにじんだ。
「……お前には関係ないだろう。俺は……好意を誰かに伝える気はないよ。これでも、特殊な一族なんでね」
隙のできやすい攻撃を難なくかわし無防備な背中や足に鋭い爪でひっかいていく。布を引き裂き内側から赤い血がにじむ。
「特殊なのは君だけじゃない。君が仲良くしている者たちも、随分特殊なんだろうね」
ちらりと後ろで詠唱を行う夜空を見るアカルト。その瞳はどこか諦めの見える覚めたものだった。
小柄なアカルトは一気に距離を詰め、ナイヴィスに爪で切りかかる。反応が遅れたナイヴィスは体勢を崩したがうまくいなして攻撃を受け流していく。
「君の後ろにいるかわいい女の子だって内に秘めた何かがあるんじゃないの?」
アカルトの言葉に、ナイヴィスは少しの動揺を見せたが次第に剣に込める力を増していき、受け止めた爪と嫌な音を響かせる。
「……夜空!」
ナイヴィスの声に応えるように、夜空は長い詠唱を終えた。それは夜空たちの年齢では扱うことが難しいとされる強化魔法だった。
今までは熱を帯びるだけだったナイヴィスの剣が炎で包まれていく。
「……さすが!!」
成功し、高揚していく夜空の感情を感じ取り、つられてナイヴィスも好戦的に笑う。
炎が揺らめき、大剣を振るごとに周囲に火の粉を振りまいていく。肉体を強化しているせいで体毛も常人より獣に近く毛深くなっているアカルトにはその火の粉は厄介なもののようだった。
「……っ!くそ…」
チリチリと燃える毛先を気にしながら避けていく。炎がともっていては爪で防ぐこともできない。
アカルトは助けを求めるように女性のいるほうへ視線を動かした。しかし、彼女をとらえることができなかった。
なぜなら、すでに上級生はアカルトの懐まで間合いを詰め腹部に強力な打撃を与えていた。
急な痛みに悶絶したアカルトは、その場にひざまずいてしまう。
膝をついてしまうと負けなので終了の声が響き渡り、夜空とナイヴィスの勝利を知らせた。
「なかなか楽しかったわ。お姫様とナイト様……」
気を失ってしまい倒れたアカルトを軽々と持ち上げ、まっすぐに二人を見つめる上級生。その表情は面白そうなおもちゃを見つけた少女のような無邪気なものだった。
「……いえ、蠱毒の術師と龍のいとし子……の方が正しかったかしら」
上級生の言葉に、ひそかに二人は動揺した。誰にも教えていない、自分だけの秘密。
「……どうして…それを…」
ナイヴィスの声は震えていた。上級生はにやにやと薄気味悪い笑みと共に
「私はミア・エーデルワイス。アカルトの『飼い主』よ。この子、私を守る気があるのかしら?せっかく魔力のある子を買ってここまで育てたのに。…じゃあね」
と言って、ステージを降りていった。
次の試合が開始され、熱気に包まれている客席を縫うようにしてナイヴィスと夜空は観戦していたトーヤとレイミーと合流した。四人ともが知らない生徒だったのであまり興味がなく、後ろの方の椅子に座り喧騒から逃れているようだ。
「お疲れ様やで!めっちゃかっこよかったよ!夜空!」
近づいてくる夜空たちに気づいたレイミーが手を振って席に座るよう促す。すでに傷を癒して全快しているナイヴィスと共に同じテーブルについた。
「ありがとう!成功してよかった!」
興奮の冷めない夜空がニコニコ笑っているとトーヤがいつも以上に自分を見つめていることに気が付いた。
「……トーヤ、どうかしたの?」
夜空の言葉で自分が見つめていたことに気が付いたらしい。さっと目をそらし、テーブルに置いていた自分の飲み物を飲む。
「い、いや、なんでもない。それよりさっき使ってた魔法、もっと短い呪文で発動させられるよ。教えとくね」
ごまかすように魔法についての話を始めた。魔導書を開いて夜空に呪文を教えていく。その二人を見てナイヴィスが
「……俺が思ってたより仲いいんだな」
とつぶやいた。その小さなつぶやきを目ざとくレイミーが拾った。
「授業終わりによく教えてるらしいで?あの感じやとどっちも教師と生徒ぐらいにしか思ってないんやろうけどな」
レイミーはふふんと笑い肩に手をポンと置いた。ナイヴィスは
「……別に、気にしてないし」
とぶっきらぼうに答え自分の分の飲み物を買いに行った。
試合はその後どちらも次の対戦相手に負けてしまい退場となった。がっかりしていると受付をやっていた青年が他の人には内緒なと言って小さな小瓶を渡してきた。
トーヤと夜空が調べるとそれは魔力の回復薬のようで、少量だったが貴重なものを渡してくれたようだった。
大体の大きな大会が終わり、帰り支度を始める学生が目立つ中、夜空たちも帰ろうかと話しているところだった。
学園内全体に響く放送。それは攻撃魔法科の先生が流しているもののようだった。
『寮の外に出ている生徒は直ちに寮に戻りなさい。大会の主催者たちは撤収作業があるとは思いますが明日の授業はすべて中止にしますので明日に行ってください。今日は今すぐ寮に戻りなさい』
繰り返します。と続けて、何度か同じ放送を繰り返す。今までの三年間では聞いたことのない放送だった。
「まじ!明日実技だったからラッキー!」
「えー?どうせいつかやらなきゃいけないじゃん?」
周囲にいた上級生の会話が聞こえる。あまり焦っていないことから、緊急事態、という訳ではないようだ。
「どうする?帰る?」
夜空が問いかけた。他の三人もあまり異論はないようでそのまま四人は自分の部屋に帰ることになった。
寮に向かって歩いている中、前方にきょろきょろと人を探すように見回している人影を見つける。
トーヤとナイヴィスに戦闘技術を教えているナガトだった。
「よかった。見つけられました。トーヤ・リンク、話があるのですが今からいいでしょうか?食事をしながらでいいので」
と言って微笑みました。ナイヴィスがトーヤだけ?俺はついて行ったらだめなのか?と聞いたが、トーヤだけですと一蹴する。
「……いいですよ。小食なので、あまり食べれませんけど」
トーヤが不審に思いながら答える。生徒一人だけの呼び出しはあまりないことだからだ。ナガトはトーヤを連れて教員が暮らしている建物へ連れて行った。