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シェルバート姫とエバート

学園で学び始めて、3年と半年が過ぎた。


季節は秋、夜空は夏生まれで、すでに誕生日を迎え13歳になっている。


いつも通り授業を終えて部屋で祖国の本を読んでいるとドアがゆっくりと開いた。


「……?どうしたの?レイミー」


授業終わりはテンションが高く、ウザいぐらい夜空に絡んでくるレイミーが、今日は静かでおとなしい。


「よぞらぁ…。確か、回復科やったよね…?」


レイミーは太ももを擦りながら部屋に入ってくる。




回復科とは、二年次に決める選択科目のことで、


接近攻撃を学ぶ前衛魔法科。


遠距離攻撃を学ぶ後衛魔法科。


回復魔法を学ぶ回復魔法科。


魔法薬学を学ぶ薬学魔法科。


の4つから選べる。


回復魔法科、通称回復科は人数が少なく、見つけるのに苦労すると言われている。


「そうだけど…どうしたの…急に。どっか怪我でもしたなら保健室行けば?」


夜空は本を置いて、レイミーのスカートをめくり太ももを見る。細い太ももには包帯が巻かれ、赤く血がにじんでいた。


「それがなぁ…保健室行ったら突き返されたんよ…『回復魔法科の生徒に治してもらえって』。今までやってくれてたのに…」


レイミーはぶつぶつと言いながら包帯をはずした。


夜空は苦笑しながら魔導書をとりだし、


「痛みを消すとか、複雑なのはまだできないの。だから結構痛いと思うけど…我慢してね?」


と言いながらページをめくります。


とあるページで止まり、傷口に手を置き呪文を唱えると、レイミーが痛そうな声をあげながら治っていく傷を見ないように目をそらす。


何故急に保健室は怪我を治すことをやめたのか。夜空には、分からないことだった。


夜空はレイミーの傷を治し、大事をとってベッドに休ませる。


そして真相を探るべく、保健室へ向かった。




保健室には先客がいた。ナイヴィスと年上に見える茶髪の男子生徒がいた。二人は話し込んでいるようだったが、表情からそれほど深刻な話ではないと思い、ドアを開けて中に入る。


「ナイヴィス!どうしたの?」


夜空が声をかけるとナイヴィスは夜空の存在に気づき、


「あぁ…夜空。こんにちは、どうかしたの?保健室に用?」


と、返した。茶髪の先輩は柔らかな微笑みと共に


「やぁ、夜空ちゃんだっけ。ナイヴィスから話は聞いてるよ。怪我でもしたの?」


と夜空に質問を投げ掛けた。


夜空は保健室に入り、扉を閉めながら


「いや…レイミーの傷の治療が拒否されたみたいで。なにか理由でもあるのかなって思ったんだけど…テラー先生はいないね。どこ行ったの?」


テラーは回復科の先生でいつも保健室にいる女性だ。生徒からの人気が高く、保健室は和気藹々とした賑やかな場所だったが今は茶髪の先輩とナイヴィスしかいない。


「先生、行方不明なんだってさ…。噂では『貝殻姫』が関与してるとか…」


茶髪の先輩の呟きに二人が不思議そうな顔をする。


「『貝殻姫』って誰ですか?」


ナイヴィスが問うと茶髪の先輩は


「あれ…?知らない?西にある古い塔にシャルドネ様が悪い姫の『貝殻姫』を閉じ込めてたんだって。今でも、古いし幽霊が出るからって誰も近づけないように警備隊が常駐してるよ」


と、答えた。茶髪の先輩は続けて小さくため息を吐き、


「貝殻姫が、テラー先生の魔力をすべて吸いとってしまった…とか」


と不吉なことを呟いた。貝殻姫と呼ばれる姫がどんな人かわからないが、あまりよく思われていないようだ。


「どうして…あなたはそんなに知ってるんですか?」


夜空が質問した。自分ははじめて知った貝殻姫の話。警備がつくほど危険な場所なのに、知らなかったのが不思議だと。茶髪の先輩は答える。


「今ぐらいの時期、先生が一人か二人、失踪するんだよ。毎年。だから、気になって先輩に聞いたらそんな話を教えてくれた。狙われるのは上級生の担当教諭だから下級生は大体知らないよ」


毎年狙われている。そんな話を夜空とナイヴィスははじめて知った。そんな危険なものを、今まで知らなかった。


「何故…そんな話が表に出ないんすか?危ないでしょ」


ナイヴィスが疑問を投げ掛ける。茶髪の先輩は肩をすくめて


「そんなこと言われてもなぁ…ここって危険な場所、いっぱいあるよ?はちみつ沼とか長蛇の丘とか知らないだろ?」


と言いました。知らない、というよりは興味のない場所、といった感じだ。


入学の時地図を貰ったが、島全体を示すもので学校周辺しか見ていない。


「そう…ですね…。帰ったらちゃんと地図を見返してみます」


夜空が思い返しながら言う。地図をちゃんと見たのは初めて街に行ったときのみ。


その後はなんだかんだトーヤが案内してくれたので地図を見る必要がなかった。


「なら、図書室にある『学園島のすべて 危険な場所と穴場スポット』って本がおすすめだよ。語学の棚の一番左端に入ってるから探してみてね」


茶髪の先輩が勧めてくれた。そうだ、と先輩は何かを思い出したように言葉を繋げる。


「まだ、自己紹介してなかったよね?僕はエミリオ・クーデルホーク。よろしくね、夜空ちゃん」


と、名乗った。夜空も名乗って、お互いに握手をした。




夜空はエミリオと別れて図書館に向かった。


エミリオとナイヴィスはまだ用事があるみたいで、しばらく保健室にいるそう。夜空は早速教えてもらった本を借りて自分の部屋に帰るところだった。その帰り道、トーヤを遠くに見つけた。


いつもよりも多少早足で、ワクワクしているような雰囲気を醸し出していると感じられた。


夜空は後をつけようか、少々迷ったが、レイミーが心配なので自分の部屋に帰っていった。




トーヤは、とある建物の前に立ち止まる。


警備員が入り口と思われる大きな扉の前に立っている。


この建物は石造りで古いものなのか緑の蔦が絡まる塔だ窓は屋根の近くにあるだけで、中の様子はうかがえない。


トーヤは、臆することなく、その建物に近づく。


警備員が、トーヤに気がついた。


「そこの君!ここは危険だ、早く寮に戻りなさい!」


警備員は女性で、最高学年であることを表す真っ白の制服を着ていた。


トーヤはふわりと優しげな微笑みを浮かべ


「僕のことは気にしなくていいよ。この塔に用があるだけだから」


と言って警備員の女性の脇をすり抜けて塔の扉に手を置いた。


女性は振り向きざまに腰の剣を抜きながら


「あなた…!名乗りなさい!」


と、叫んだ。トーヤは振り返らずに答える。


「僕は…エバート・ルイ・ガルシア。って呼ばれてたよ」


トーヤの答えに、警備員の女性はその場にへたりこみ剣を落とす。


「……エバート…!近衛騎兵隊…隊長…!」


驚きを隠せない、女性は震える声で言葉を絞り出し落とした剣を構えなおす。瞳には怯えるような光が宿っている。


トーヤは女性の言葉に、ため息を吐き、


「シェルバート姫に会いに来ただけだよ。なにもしないから安心しなよ」


と言って怯える女性を無視して塔に入っていった。


『貝殻姫』と呼ばれる、姫君に会いに来たと言って。


塔の内部は、白い石で作られた螺旋階段と、冷たい空気で埋められていた。かなり気温が低い。


トーヤはマフラーを強く巻き、階段を上っていく。


「姫。エバートが参りました。お顔をお見せくださいますか?」


上に向かって、話しかけた。


上からはクスクスと女性の笑い声が響いてくる。


「姫。シェルバート姫。お会いしたかったです…」


階段を上りきり、大きな広間に出る。


広間には真ん中に大きな透明な石が鎮座しており、その石に寄りかかるように少女が座っていた。


少女は黄色のドレスを身に纏い、ゆっくりとトーヤに視線を向けた。薄い金髪と薄茶色の瞳を持つ、美しい少女だ。


「久しぶり、エバート。元気だったかしら?」


少女らしいかわいらしい声でトーヤは嬉しそうに笑い、少女の前に跪いた。


「はい。エバート・ルイ・ガルシア、只今、シェルバート姫の元に戻りました」


そう言って、トーヤはシェルバートと呼ぶ少女の手をとり、手の甲にキスをした。


「おかえりなさい、エバート。また会えて嬉しいわ…。それより…」


シェルバート姫は薄茶色の瞳を瞬かせ


「その固苦しい口調止めたら?似合わないわ」


と言ってトーヤの手から自身の手を抜き取った。


トーヤはニヤリと笑い


「ははっ…バレたか…。やっぱ、姫には敵わないな。すぐバレるんだから…」


楽しそうに声をあげて、笑った。


「それで、あなたは今、どんな名前なの?」


シェルバート姫が自分の隣をポンとたたいて隣に座るように促す。トーヤは少し迷ったが、シェルバート姫の隣に座った。


「トーヤ・リンクだ。緑眼族っていう種族らしい。この緑の目と黒髪が特徴かな」


トーヤがそういうとシェルバート姫がトーヤの顎を掴み至近距離で瞳を見つめる。


「へぇ…きれいな瞳。あなたの青い瞳も柔らかな金の髪も好きだけど、緑も素敵ね」


そう言ってシェルバート姫は嬉しそうに微笑んだ。髪に触れる優しい掌が心地よくてトーヤは目を閉じる。


「姫の瞳も美しい。昔よりも色が薄くなってしまったが、視力は落ちてしまったのか?」


トーヤは過去の記憶を思い出していた。記憶の中のシェルバート姫はオレンジ寄りの金髪とこげ茶色の瞳を持つ美しい姫だった。シェルバート姫は悲しげに微笑み


「あなたの顔も、うっすらとしか見えないわ。でも、あなたがあなただと…すぐにわかるけどね」


そう言ってトーヤの頬に軽くキスをした。驚いたトーヤだったが、お返しと同じく姫の頬にキスを落とした。


「ありがとう、姫。いつか必ず、ここから連れ出して見せるから」


トーヤの決意を聞いて嬉しそうに微笑む少女は見た目は15歳程度に見えるが、すでに何百年もこの塔に囚われている。


姫は足につけられた鎖を見つめながらアザのできた足首を撫でる。それは魔法が込められている鎖で、トーヤには破壊することができないものだ。トーヤは悔しそうに顔をゆがませる。


自身の記憶の奥底、シェルバート姫との出会いを思い出しながら。




あるところに、可愛らしいお姫様がおりました。


美しい金髪と意志の強いこげ茶色の瞳に誰もが憧れ、求婚を申し込んできましたが、姫は断り続けていました。


「私は戦にいくの!愛する人なんて必要ないわ!」


姫は、王が頭を悩ませるほど、やんちゃで男勝りでした。


そんな姫様にある時、暗殺者が現れました。


戦に勝利し、凱旋パレードを行っていたときのことです。


警備と護衛をかき分け姫に向かって、剣を降り下ろした男がおりました。


姫様はその剣を足で受け止め、弾きました。


男は、近衛兵に捕まるときも抵抗せず、されるがままでした。


その男に疑問を持った姫様は、男に問いかけました。


「なぜ、一撃でやめたの?」


よく見ると、男の腰にも、短刀があります。


それでも十分、姫の命は狙えます。


男は、姫の問いに答えました。


「僕は姫に恨みはない。妹のために、森の魔女と取引をした。それだけだ」


すまなかった。


遅すぎる謝罪の言葉と共に。


姫様は、声をあげて笑い、男の胸ぐらをつかみ


「気に入った。名前は何て言うのかしら?」


ニヤリと不敵な笑いをした。


男は、その笑いに答えるようにヘラっと笑った。


「エバート・ルイ・ガルシア。よろしくお願いいたします、シェルバート姫」


これが、シェルバート姫とエバートの出会いです。




エバートと名乗った男は、王宮の姫様の部屋に、通されました。


姫様は大きなソファに深く腰掛け、足を組んでいました。


「姫、そんな格好をしてはいけませんよ?」


エバートが、目をそらしながら注意します。スカートで隠れてはいますが、普段は見えない足が見せつけられています。


「痛いのよ…。多分、あなたの剣の呪いのせいね」


姫は、スカートの裾をあげ、エバートに足を見せました。


「う……あ…」


白いストッキングに包まれた足には、浅黒いアザのような模様が全体に広がっていました。

エバートは、初めて気がつきました。


あの森の魔女は、これが目的だったのだと。


「気にしなくていいわ。これは私の落ち度。あなたのせいじゃない」


スカートをもとに戻し、立ち上がります。


ですが、足に力が入らず、バランスを崩しました。


「ひ…姫!!」


エバートが、姫を受け止めました。


姫は、エバートの腕の中で、なにかに気がつきました。


「…………」


姫は少し離れ、エバートの手をとりました。


「………?姫?」


にぎにぎとタコの多い手を触る姫様。突然手を離し、ふわりと笑いました。


「あなた、近衛兵になりなさい。私専属の、その命つきるまで、私に忠誠を誓いなさい」


可愛らしい、笑顔。でも、言ってることは忠誠、でした。


近衛兵。


でも、末の姫であるシェルバート姫の近衛隊は戦闘能力を重視していて、品がないと有名でした。


「僕が?なぜ?」


エバートは疑問を口にしました。


エバートは自分自身、それほど運動ができると思っていません。


姫の暗殺もうまくいくと思っていなかったのでダメもとで行ったほどです。


「あなたなら、私が愛してあげてもいいわ」


姫が、表情を変えずに言いました。


姫の言葉は、エバートの頭に疑問を浮かばせます。


「はぁ?なんで、近衛兵にしてやるって言って、愛してやるってなるんだ?」


姫には兄が一人と姉が二人、弟が一人います。


その誰もが個人的な近衛隊を所有していますが、近衛隊員と王族の恋愛は禁止されています。


それなのに、なぜ愛してやると、言ったのでしょうか。


「私は王族をやめるつもりだからよ」


さらりと、大変なことを口にしました。


王族をやめるのは、失うものはあっても得るものがなにもありません。


「なんで?姫に得なことなんてないでしょう?」


エバートが質問しました。


姫は答えます。


「弟が、王になりたそうなのよね。だから、任命されやすいように抜けてあげるの。王位継承権なんて最初から興味なかったしね」


含み笑いをする姫。


誰もが欲するものを簡単に捨てる姫に、エバートは興味を持ち始めていました。




エバートと姫は、その後、長い時間を共に過ごしました。


妹の様子をうかがったり、姫に呪いをかけた魔女の元へ行ったり、王に、共に暮らしたいと願ったり。


やったことはたくさんありますが、得たものは妹の儚い命と、小さな民家一軒でした。


王は二人で暮らすことは許しましたが、誰かを家に呼ぶことを禁じ、近くに護衛を住まわせることを条件にしました。


「私が吸血鬼のヴェイト。そして、こっちが狼男のケイリー」


吸血鬼だと言った女の子が、自己紹介をしました。


隣の灰色の髪の男は会釈をするだけでした。


「初めまして。私がシェルバートよ。こっちがエバート。ごめんなさいね、エバートが強ければ護衛なんか必要ないって突っぱねることができたのだけれど」


笑顔で、エバートが弱いと言ってしまいました。


エバートは否定できないことにしょんぼりしているとケイリーが


「君の強みは腕力じゃないってことだ。…自信を持て、君が姫君に選ばれたってことに」


まだ10代にしか見えないケイリーからそう言われても、エバートは苦笑いをするしかできませんでした。


「そうよ!私が愛しているのはあなただけなんだから!」


花のような笑顔を向けられましたがエバートは


「会って一日もたってないのに、愛してやると言ったあなたの言葉なんか信じられないよ」


と言ってため息をつきました。




シェルバート姫は、アスカ。


エバートは、ヨウ。


と、偽名をつけ、働き始めました。


どちらも花の名前でよく名前になることがあるので疑問を持つ人はいませんでした。


シェルバートはパン屋で下働き、エバートは飲み屋で接客です。


どちらもきちんとした賃金をもらえたので、生活は安定していました。


そこで二人は、子供を作りました。


男の子と女の子。


子供は二人とも仲が良く、元気に育ちました。




ある時、王様が亡くなりました。


次の王様は兄がなるはずでした。


頭が良く、人望も厚い兄なら安心だと、シェルバートも思っていました。


ですが、兄は何者かに殺されてしまいました。


姉たちは危険を感じ、国外に逃げていきました。


残った王族はシェルバートと弟のみ。


当然、弟が王位を継承しましたが、不安を隠しきれない様子でした。


あとから分かったことですが、兄を密かに殺したのは、弟だったのです。


姉たちを脅して国外に逃亡させたのも。


いつのまにか、シェルバートのところにも、暗殺者が来るようになりました。


ヴェイトとケイリーが追い払ったり命を奪ったりしましたが、刺客は留まりなく押し寄せます。


シェルバートは耐えきれずに自殺をし、エバートはその後を追って死んでいきました。


二人の子供を残して。




子供はヴェイトとケイリーが育てました。


二人が成人してヴェイトとケイリーの元を離れる頃には


『王は魔女に操られている』


という噂が広まっていました。


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