魔法使い
『魔法使い適性検査』この世界に生まれ、10歳になるかならないかぐらいの年の少年少女たちに行う検査だ。義務化している国もあるが、そうでない国もある。
簡単に言ってしまえば、魔法使いの適性がある子供を選出するための検査だ。この検査に合格した者は自動的に魔法使いの学園への入学資格を得る。魔法使いになれば将来の職は保証されるし何より10年間の寮生活、その間の生活費はすべて学園持ちということもあり受けさせる親が多かった。不合格でも謝礼金が支払われるため生活が困窮しているものは是が非でも受けさせるだろう。
夜空が目覚めたのは転移魔法を付与された棺だ。他の特定の場所からこの学園にある棺に転移することができる。学園から離れた土地に住んでいるものでも学園に向かうためだ。教会に集められた子供は全員魔法を扱うための魔力が一定以上扱える者たちのみだ。本人の自覚がなくとも、魔力を使い人を操ることはたやすい。
魔力は誰でも扱えるものではない。だから、学園に集め『正しく』扱えるよう授業を受け魔法使いとして学園を卒業していくのだろう。
教会を出て数グループに分かれ校舎や寮を案内される。広く西洋風にまとめられた建物ばかり。後から貰えた冊子にはこの学園が一つの島を丸ごと使った巨大なものだと夜空たちは知ることができた。校舎のほかに街や森もあるし古くなった建物もいくつもあるようだ。
夜空たちにとって初の授業は、この学園についての説明だった。
「知っている人も多いと思いますが、この学園は入学が10歳、卒業が20歳の10年間、魔法について学んでもらいます。氷の棺による転送システムでこの学園まで来てもらい、また同じ方法で、故郷に帰します」
説明するのは町に出るときに説明や寮の受付をやっていた、黒髪の教師だった。黄色い蜜のような瞳で痩せているまだ年若い男性。
教室は白を基調としたあまり広くない部屋で、レイミーとは違う教室になったようで夜空とは別グループのようだ。夜空がふわりとあくびをしながら見回すと、緑色のマフラーが見えた。どうやらトーヤも同じグループのようだった。夜空より前に席にいるため表情はわからない。
「この学園は創設者がシャルドネ・ミリ・ルノワール様。クラスは攻撃系の黒魔術、回復系の白魔術に別れます。クラス分けはすでに“魔法使い適性検査”の時に行われ、適した方に分けられます」
教師はあまりうまくない図解を黒板に書きながら説明を続けていく。
「この説明が終わったら、魔導書を授かりに行きます。魔導書はシャルドネ様が私たちのために魔力を込めたいわば魔法の教科書のようなものです。知識が増えることによって暗号が解かれ、読めるようになります。五年たつ頃には全文読めるようになるので、楽しみにしなさい」
チョークを置いて振り返る。窓から差し込む光を反射して琥珀のように輝く瞳が美しいと思った生徒は少なくないだろう。
「では、今日はこのぐらいにして魔導書を貰いに行きましょうか。教会の場所は分かりますよね?あそこで行うので、鐘が鳴ったら向かってください」
教師はそう言って微笑み、黒板の絵を消してから教室を出ていった。
チャイムが鳴るまでは自由時間のようで、暇を持て余した夜空はトーヤのところに行く。
「トーヤ。寒いの?」
部屋の中でもマフラーとコートを外していない。この部屋は過ごしやすい温度に調整されている。夜空は寒いところにすんでいたのでむしろ暑いくらい。
「寒い。でも、僕が異常なだけだからって知ってるから、何も言わないし言われない」
疲れたような表情。トーヤだけ寒がってるのは体質なのだろうか。外から鐘の声が聞こえる。夜空が窓の外を見ると教会の鐘が揺れているのが見えた。教会に向かわないといけない。
「……教会行こ?」
音を聞いて立ち上がっただけだったトーヤは夜空のとなりを歩いて教会まで向かった。
教会には最初にこの学校に来たときの人数の半分ぐらいの子供が集まっていた。
「これより魔導書を授ける。まずはアカルト・ナロ」
昨日学園長だと名乗っていたフィルコが壇上でアカルトという名の人を呼んでいる。
「は…はい…」
前に出てきたのは気の弱そうな男の子だった。赤髪をハーフアップにし長めの前髪をピンで止めていた。
「アカルトはおまえだね。両手を出しなさい」
学園長はアカルトの両手を握り、小さく呪文を唱えた。するとアカルトの両手の上に光が集まってきた。
その光はやがて長方形になり、立方体になり、最後は一冊の本になった。
「こ…これは……?」
おそるおそる聞くアカルトに学園長は優しげな顔で
「これが魔導書だ。表紙になんと書かれてあるか分かるか?」
と問いかけた。アカルトはおどおどとしながら
「あ…あの…狂犬…と書いてありますが…」
と答えた。狂犬と書かれた魔導書が強力なものかは分からないが、魔導書を貰うことができた安心からか顔には安堵の表情だった。
「では…次で…」
そのあともどんどんと魔導書を貰うなか、トーヤは『音楽』夜空は『再生』の魔導書を貰った。
夜空には表紙の文にどんな意味があるか分からないが、トーヤはどこか諦めたような表情で魔導書を見つめているのがみえた。
全員の魔導書を貰うことができた夜空たちは教室に戻る。先を歩くトーヤの背中を見つけ、小走りで夜空が追いついた。
「トーヤ。その魔導書に何かあるの?」
夜空が聞くと、トーヤはため息と共に
「何もないよ。別に、僕がシャルドネを嫌いなだけだ。……夜空は気にしないで」
と答えて、そのまま一言も話さなくなった。
「夜空ちゃーん!聞いてー!貰った武器めっちゃごついねん!」
先に寮の部屋につき、届いた荷物をほどいていた夜空にレイミーは泣きそうな顔で抱きついてきた。
手にはつや消しされた黒い弓。朝顔のようなツタと葉っぱが巻き付いたもので、腰についているのも同じデザインの矢筒。大きさもレイミーと同じぐらいあり、扱えるか不安になるほどの大きさ。
「その弓もかわいいよ。あ、よかったら食べる?金平糖」
夜空の好物だからと、両親が荷物に入れてくれた様。瓶の中に色とりどりの金平糖が入っている。
「……食べる」
まだふてくされているレイミーだが、夜空の隣にちょこんと座り、荷物の中身を出すのを手伝う。洋服の着替えの他に、普段夜空がよく着る民族衣装も入っており、小説や日用品なども入っている。 二人がおしゃべりしながら荷ほどきしているとレイミーの荷物も届いたみたいだった。
その頃、男子寮の一室でも似たような会話がされていた。
「トーヤ。これさ、すげー邪魔なんだけどどうにかなんねぇ?」
ナイヴィスが鞘に入った大剣を肩に担いで帰ってきた。トーヤは自分のベッドで魔導書を読んでいるところで、
「めんどくさい。自分でやりなよ」
と、一蹴し魔導書に視線を戻した。
ナイヴィスは不満そうに
「お前なら知ってると思ったんだけどな…。どうせ、その魔導書全文読めるんだろ」
と言って壁に大剣を立て掛けた。トーヤはピクリと反応し、顔をあげる。
「……何で、そう思う?」
声はいつも通り。だが、明らかな警戒心が含まれた声だった。
「何でと言われても…。そんなゆっくり読むんなら、暗号も解き終わってるんだと思っただけだ。…そうなんだろ?」
ナイヴィスの言葉に、トーヤはめんどくさそうに頭を掻く。
「まぁ…読めるよ。前に、読んだことがあるし、解読方法も知ってる。お前の剣を小さくするやり方も知っている」
嘘を言っても意味がないと悟ったのだろう。ナイヴィスはニヤリと笑い、
「なら、教えてくれよ。簡単でなくっても、自分でやるからさ」
と言いった。トーヤは当然だ。と言いながらパラパラと魔導書を開く。
剣を小さくする方法は、簡単なもので、授業をまだ受けていないナイヴィスでもすぐに小さくできた。
ギリギリまで絞られる弓。弦を引いているのはレイミー。
「もっと腰に力をいれて!冷静に、的を狙いなさい」
近くにいる赤髪の女性が厳しく指導していく。普通ならば弓を引かせる前にゴムを引っ張ったり筋トレをしたりする必要があるが、レイミーは弓を貰った次の日から弦を引いている。それは、レイミーが特別なわけではなく、弓が特別なだけだ。
「何度か矢を放てば当たるようになります!今は数をこなし、体に精度の高い使いこなしを叩き込みなさい!」
女性はそう言いながらレイミーの後ろに立ち時々叩きながら姿勢を注意していく。
ぎりぎりと音が聞こえてくるほどに引き絞った弦を離すと1kmほど先の的に突き刺ささった。
「やった!先生!今の感じですか?」
喜びを体で表現するように嬉しそうな笑顔で振り返る。女性も愛しそうにクスリ、と笑いレイミーの頭を撫でた。
今日は珍しく誉められた。そう思いながらるんるん気分で自習室に向かっているレイミー。
レイミーに弓を教えている女性の名は、リン・メイシャン。厳しい先生だが、うまくいったときにはきちんと誉めてくれる。
「あ、レイミー、だったっけ?」
後ろから少年の声が聞こえた。レイミーが振り向くと、そこにはナイヴィスがいた。
「あんた…ナイヴィス…やったっけ?夜空に惚れとる…」
レイミーはあまり記憶に残ってないらしく、覚えている事柄を引っ張り出した。レイミーから見てもナイヴィスの恋心はあからさまだったのでしょう。
「な…!そんなんじゃねーし!…勘違いすんな!」
顔を赤らめながら否定するナイヴィス。レイミーは可笑しそうに笑いながらナイヴィスに近づき
「否定せんでいーんやで?誰かを好きになるのは当たり前のことや。うん」
笑いをこらえながら言うレイミーに恥ずかしさで耳まで赤くなっているナイヴィスは
「バカにすんな…!」
と吐き捨てるように叫び、進路を変えて寮の方に向かう。
その後ろ姿を見つめるレイミー。
「誰かを好きになるのは当たり前のこと…なんやろ。シャルドネ」
誰にも聞こえないように、呟いた。
自習室には夜空とトーヤがいた。同じ机で、向い合わせの席に座っている。どうやら夜空がわからないところをトーヤが教えているようだ。
「夜空ー。隣、ええ?」
レイミーは夜空に許可を求め、隣に座った。
「レイミー。ナイヴィス知らない?勉強教える約束だったんだけど…」
トーヤが質問したが、レイミーは苦笑いで
「からかったら寮に帰ってしもたわ。すまんなー」
と言ったらはぁ…とトーヤがため息をつき、
「だったら僕も帰るよ。夜空、レイミー。またね」
別れを告げて去っていった。
「ありがとねー、トーヤ」
勉強を教わっていたらしい夜空がお礼を言うとトーヤは小さく笑い、手を振った。
「なー。夜空ー」
勉強に飽きたレイミーが夜空にちょっかいを出す。
自習室、と言っても静かにしなければならない訳ではないので、普通に話している。
「なに?部屋に戻る?」
ペンを止めた夜空が聞きく。レイミーはニヤリと笑い、
「夜空はトーヤとナイヴィス、どっちが好きなん?」
唐突に、聞いた。夜空は、一呼吸置いて、意味を理解したあたりからかああっと顔が赤くなり、
「ち…違うよ…。そんなんじゃないって…。二人は友達だよ…」
と言って苦笑いをした。レイミーは自分の納得のいかない答えだったようで、
「えー?そうなん?どっちかとなら、うまくいきそうやと思ったんやけどなぁ…」
と言いながら詰め寄る。レイミーは、その綺麗な顔を夜空に寄せ、
「あかんわぁー。もっと積極的にいかなー離れていってしまうでー?」
と言って不敵な笑みを溢した。夜空は、真っ赤になった顔をレイミーから隠すように立ち上がり
「勉強する気がないのなら私は帰るよ。部屋もここも、たいして変わる訳じゃないし」
少し怒りながら、自習室を出ていった。
レイミーは、椅子の背もたれによりかかり、周囲に聞こえない声で呟く。
「夜空の恋は、どうなるんやろうなぁ。まあ、あたしの恋も、どうなるかなんてわからへんけどな」
周囲には誰もいない。小さな独り言を聞くような人間がいないことはすでに確認済みだ。
「なぁ…あんたは覚えとるんか?……シャルドネの…こと…」
誰もいないのに。消え入るような声でつぶやいた。