幻想バラ
「うええ……」
バラ園に入った途端、激しい吐き気とともにどこかに飛ばされた感覚をナイヴィスは感じた。今、自分がどこにいるのかも把握できないが、自分の周囲にはバラの生垣が整備されているのが見えたためバラ園の中なのは間違いないだろう。
「あっま……」
香ってくる匂いは甘い花の香り。一輪だけならいい香りなのかもしれないその花の匂いは、そこら中に植えられているバラの匂いなのだろう。思わず服で鼻を覆う。
「このバラ園のどこかに夜空とレイミーがいるってのか」
心の中でもう一人の女の子と、トーヤとメアリーという女の子もか、と訂正した。メアリーと囚われている女の子はナイヴィスの知り合いではない。
「早く見つけてやらねえと。でも、どこにいるんだ?」
トーヤは何か知っていそうだが、バラに幻覚作用があることと、トーヤを信用するなというアドバイスをくれただけだ。
「……やみくもに、歩いてみるしかねえな。魔力探知の魔法、使ってみるか」
ナイヴィスは攻撃特化の学科に所属しているため探査や治癒の魔法が苦手だ。トーヤが時々教えてくれた簡単な魔法ぐらいしか使うことができない。
間違わないよう、慎重に短い詠唱を唱えると、背中の剣がほんのり熱を持った。この熱が魔力量の多い場所に近づくと温かくなり、遠ざかると冷たくなる魔法。三人も魔法使いが集まる場所なら、すぐに反応があるだろうと思い、ナイヴィスは歩き出した。
「……これが、非公式ギャンブル。幻想バラの誓い、ね」
身長と同じ長さの赤い槍を握りしめ、歩き出す。詳細を聞くまではピンときていなかったがメアリーはこのギャンブルを存在だけ知っていた。学園内で暇を持て余した金持ちが主催する大規模博打。自分はその賭けの対象であると、理解していた。
幻想バラの誓いとは、愛し合う二人が、妖精のいたずらにより引き離され、幻覚を見せるバラの森に閉じ込められた愛しい人を助け出しに行く伝説からギャンブル化したもの。
運がいいのか悪いのか、メアリーは近くに誰かがいるのに気が付いた。詠唱する声と、頭を整理するために独り言をつぶやくナイヴィスの声。
「……チャンス、かもね」
聞こえないような声でつぶやいたメアリー。おもむろにワンピースを脱ぎ始め、下に着ていたTシャツと半ズボンのみの姿になる。そして、ナイヴィスに聞こえないよう注意しながら詠唱し、自身に魔法をかけた。
「あー、あ。うん。うまくいったみたいね」
メアリーの姿はさっきまでナイヴィスと一緒にいたトーヤの姿に変化した。そして、声もトーヤのものそっくりに変わっている。
この姿であの男に近づき、うまく協力して助けに行こう。そして最後に裏切り、賞品は私がいただく。
我ながら完ぺきと自画自賛し、ナイヴィスに近づくタイミングを計りながら、今後の作戦を立てるメアリー。
優勝した参加者に贈られる賞品は決まっていた。それを知っているのは三人のうちメアリーだけだ。
どんな相手でも必ず結ばれる。そんな謳い文句の指輪が、賞品なのだ。
トーヤはパチリと瞼を開いた。視界を埋め尽くすバラの生垣。それらは自分よりも高く、この迷路をより複雑なものに変えているようだった。吐き気に耐えながら腰から黒い杖を抜き、ぼふっと地面を叩いた。土を叩いてもいい音は鳴らない。
「囚われた乙女はバラの幹にいる。人が三人は入れる幹を探せばいい」
めんどくさそうに杖を肩にのせ、ため息をついた。幻覚を見せるこのバラの周辺では視覚は当てにならない。バラの生垣の中に幹があることをトーヤは知っていたが、バラの棘には幻覚を見せる毒が付着していることも知っていた。でたらめに生垣に手を突っ込むのはやめておくべきだ。
濃密なバラの香りに咽るトーヤ。この香りが幻覚を見せるためすでに自分は幻覚を見ているのだろうと推測している。
「魔力探知は他の参加者も反応する。なら、どうすればいい?」
他の参加者に鉢合わせれば戦闘は免れない。あの蘇生薬が本物である保証はない。リスクは避けるべきだろう。
トーヤは使える魔法を探しながら歩き始めた。『始まりの大樹』を使った武器のみしか持たないトーヤたちでは使える魔法が限られる。普段なら補助の道具を使うが今はトーヤも持っていない。
幾分か歩いた後、黒い影が生垣の隙間から見えた。トーヤがよく目を凝らすと、それは自分と同じ服を着た同じぐらいの背格好の男だった。
「……変化の魔法か。なんで、僕に?」
トーヤが着ているコートは国外での特注品であるため同じものはない。あれが、自分に化けているとすぐに気づいた。
化けている自分はこそこそと忍びながら何かに近づいているようだった。トーヤは少し考えた後、彼らに近づかないようほかの道を選択した。
「トーヤ?」
ナイヴィスが角から出てきた見知った顔に声をかけた。黒髪と緑の瞳、金の刺繍が美しいコートを羽織るトーヤの姿だ。
「ナイヴィス。よかった、早い段階で合流できたな」
ふーと安堵したようなため息をついてナイヴィスに近づくトーヤ。ナイヴィスも知った顔に会えてほっとした。
「早く見つけないと……夜空とレイミーが無事なのか……」
焦るような声。ナイヴィスはトーヤの言葉に頷き、魔力探知魔法の結果を伝えた。
「動いている魔力は俺を含め三つ。止まっている魔力は一つだけで、たぶんそこにレイミーと夜空がいる」
魔力はそれ以外にも小さいものがいくつか反応したが、それは監視用の鳥たちのものだろうと結論付けた。
「そうか。じゃあ、早く行こう。案内してくれるか?」
目的地が決められ、急かすトーヤにナイヴィスはうなずき、先行するように歩き出した。後をついてくるトーヤ。
数分歩くと、ただの生垣の前に立ち止まった。見ただけではほかの場所と変わらない。
「ここだ。ただ、その前に確認しておきたいことがある」
ナイヴィスが振り返り、トーヤに対峙した。トーヤは何のことかわからずきょとんとしていると肩にかけていたコートを剥ぎ取られた。
「な…何するんだよ?」
突然のことで驚いたトーヤだったが、ナイヴィスは確信したように背中の大剣を抜いた。突然の行為に驚いたトーヤも腰の杖を抜く。
「お前、誰?」
ナイヴィスが警戒するような問いとともに、奪ったコートを投げ捨てた。トーヤもピクリと肩を震わせ、観察するような視線を向ける。
「何言ってるんだよ。幻覚でも見てる?」
茶化すような言葉を発したトーヤだが、ナイヴィスの真剣な表情に押されるように押し黙った。
「そうかもな。お前はトーヤじゃない」
大剣を構え、戦闘態勢に入るナイヴィス。トーヤは観念したように深いため息をつき、変化の魔法を解いた。
Tシャツと半ズボンで軽装のメアリーが姿を現した。手に持っていた杖は赤く長い槍に変化した。彼女の武器なのだろう。
「どうしてわかったの?完璧な変化魔法ができてたのに」
悔しそうな表情でキッとにらむメアリー。ナイヴィスも警戒したまま
「まずは魔力量。以前に魔力探知を試しに使った時と違い反応が薄すぎる。トーヤの魔力はもっと多い」
と言って大剣に力を込めた。次第に熱がこもっていく大剣を見つめ、メアリーは
「なるほどね。トーヤ君って見た目より魔力量が多いの。意外だわ」
ふふっと笑い槍を構えた。魔力を槍に込めるとふわりと淡い光が槍から漏れ、地面に溶けるように落ちていった。光に触れた場所から植物の芽がポンと芽吹く。
「あとはコート。あいつ落ちないようにブローチで固定してたんだよ。あんな簡単に奪えたりしねえ」
ちらりと投げ捨てたコートを見る。消えかけたそのコートを剥ぎ取った時、特に抵抗がなかったのでブローチはコートのみについていたのだろう。
大剣に炎をともし、駆け出すナイヴィス。勢いよくメアリーの槍とかち合うが、メアリーの細腕からは想像できないほどの力で弾かれた。メアリーは隙のできたナイヴィスの腹部目掛け思い切り突いたが攻撃の気配を察知したナイヴィスによけられてしまう。
ナイヴィスの剣から火の粉が落ち、地面に生える雑草を少しずつ燃やしながらメアリーに攻撃していく。
メアリーも防御しながら攻撃を仕掛けるが当たらず弾かれたり避けられたりでうまく当たらない。
「はっ…!やるじゃない。あなたのこと、見直したわ。意外と強いのね?」
息が少し上がったようで距離を取るメアリー。ナイヴィスも息を整えるため追撃はしない。
「どうぞそのまま、惚れていただいて構いませんよ?」
軽口をたたきながら微笑むナイヴィス。通常であれば大半の少女が恋に落ちる微笑みだ。だが、メアリーは
「まさか。あんたみたいな男、願い下げよ!」
槍を地面に刺し呪文を唱えた。ふわりと光が蛍のように舞いナイヴィスの周囲を浮遊した。不思議に思ったナイヴィスだが危険を察知して光を転がるように避けた。
すると今さっきまで立っていた場所に地面からバラの枝が勢いよく生えて檻のように組みあがっていった。周囲のバラとは花の色が違うため、違う品種のバラなのだろう。
「なんだ、避けちゃうの?」
地面から槍を抜き取りクルクルと回す。ナイヴィスはさっきの魔法を完全にはよけきれず足をかすめたようで青い染みができていくのが自分でもわかった。
「くっ…」
そういえば薬を飲むのを忘れていたと、思い出した。じくじくとした痛みに耐え、構えなおす。
「青い、血液。龍姫族?まさか、あそこは女しかいないはず」
メアリーが広がりゆく染みに気づき、青い血液の種族を思い出した。他にも青い体液の種族はいるが、ナイヴィスの美しい金髪と緑の瞳は龍姫族の特徴ともいえ、疑問を残しながらも正解にたどり着いた。
「その、まさか。俺は、龍姫族だ」
ブンと剣を振り、火の粉を撒く。草の燃える不快な臭いに顔をしかめるメアリーは
「男装にしてはできすぎてる。本当に男なのね。残念」
サクサクとまた地面を刺して魔力を地面に込めている。また植物を使い攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。
「男に決まってるだろ。俺は強くなってみせる。強くならないといけないんだ!」
決意したかのように叫び地面に大剣を突き刺す。剣の半分ほどが刺さり、地面が光った。
「な…!」
ナイヴィスの剣が刺さることによりきれいな円の魔法陣が完成し、中心にいるメアリーを囲むように火の粉で焼けた草の跡が光を放っているようだった。ナイヴィスはキッとメアリーを睨み
「焼き尽くせ!」
剣に魔力を込めながら叫んだ。魔法陣はナイヴィスの叫びに呼応するように強く輝き、炎の柱になっていきメアリーを取り囲んだ。
「ぐ……」
膝をつき、すがるように剣を握るナイヴィスはかなりの魔力を消費している。
意識がもうろうとする中で、消火しかけた魔法陣の中心には焦げた一人の人間が倒れていた。ピクリとも動かないその人間を見て勝利を確信したナイヴィスは剣から手を放し、その場に倒れこんだ。
「トーヤ」
短い自分を呼ぶ声に、トーヤは振り返った。そこには満身創痍と表現できそうなぼろぼろのナイヴィスが立っていた。
「何か、あったのか?」
実は完全に迷子になり自分がどこにいるのか把握できていなかったトーヤはナイヴィスの傷を確認する。
大きな傷は足の切り傷ぐらいでほかは打ち身などしかなく、特に問題はなさそうだ。
「いや、もう一人の参加者がいただろ?あいつがトーヤに化けててさ、そいつに攻撃されたんだよ」
治癒魔法をしようかトーヤが聞いたが、ナイヴィスはもう血も止まっているから大丈夫と辞退した。
「そう、で、僕になんの用?」
トーヤが歩き出すナイヴィスについていき、草の燃えるにおいが立ち込める戦闘の痕跡の残る場所にたどり着いた。
「ここだ。あいつには火傷を負わせたからすぐには逃げられないはず。俺が気絶してる間にどっかにいっちまったみたいだけどな」
丸い焼け跡や一部は焼けてしまっているバラでできた檻がある。ため息をつくナイヴィスをじっと見つめるトーヤ。彼は何かを思考した後
「この周辺に、囚われてる子たちがいるってこと?」
と問いかけ、ナイヴィスも頷いて肯定する。
「俺だけだと信ぴょう性に欠けるというか、お前も調べたほうがいいかと思ってな」
と言ってトーヤの視線から逃れるようにバラの生垣に近づく。トーヤは手に持っている杖を地面に突き刺し、呪文を唱えた。
「何やってんだ…。レイミーと夜空を助け……!?」
ナイヴィスが言葉を言い終えるよりも早く、トーヤは土を盛り上がらせ、ナイヴィスの足をがっちりと固定し、動けないようにした。
「お前、メアリーか?ナイヴィスに化けるなんて姑息な手を打ってきたな」
地面から杖を抜き取り、ナイヴィスの首に突きつける。その瞳は友人に向けるようなものではなく、明らかな殺意のこもる鋭いものだった。
「なんで……なんで分かるのよ!!こんなに完ぺきなのに!」
泣きそうになりながら魔法を解くメアリー。その姿は先ほどのナイヴィスのものよりもひどく火傷で爛れた皮膚と隙間から除くピンク色の肉が見え、額からは汗が流れ必死に痛みに耐えているのがわかる。
「何年一緒に生活してきたと思ってるんだ。ナイヴィスは僕を頼ったりしない。僕も必要な時以外は頼らない」
拘束を解いて距離を取るトーヤ。急に固定を解かれ、バランスを崩したメアリーはその場に倒れこみました。ドチャリと嫌な音と苦痛にゆがむメアリーの声が響いた。
「蘇生薬が本物ならここで命を奪っておくけど、本物な保証はないからな。死なれては困る」
トーヤは攻撃する体力の残っていないメアリーに治癒魔法をかけるため、近づいていく。そして、彼女に触れそうなとき、何かに吹き飛ばされた。
「ガッ……!」
トーヤは受け身もうまく取れずそのまま生垣に背中を打ち付けた。草なのであまり痛くはないが、幻覚作用のあるバラの生垣。コートがなければ強い幻覚に襲われていただろう。
「お姉ちゃんは……私が…!」
メアリーが痛みに耐えながら顔を上げた。その瞳は美しい紫色から、赤黒いものに変色している。
「な…!魔法血石の反応!?」
トーヤはその変化に心当たりがあった。瞳だけでなく、髪も赤いものに変化していくようだ。
魔法血石とは、魔法石と同じく魔法を強化することができる石だが、強力すぎて魔法血石の力に飲み込まれ、自我を失い暴走させてしまう代物と言われている。
「私が…助ける…!それで、それで、私が、お姉ちゃんを連れ戻すの!助けなきゃ!愛してるの!!誰よりも!!」
ゴフッと血を吐き、叫び続けるメアリーをトーヤは痛々しくて見ていられなかった。傷は見る見るうちに治り、美しい肌に治ったが、焼け焦げた服の代わりに地面から生えてくる草花で編み込まれたドレスを身にまとう。
「それは、愛、と言えるのかな」
立ち上がり、見据えるトーヤ。感情をむき出しにしたメアリーは握りしめた槍を勢いよく横に振った。
すると、トーヤの背中から、棘のように鋭く固まったバラの枝がトーヤを突き刺した。
突然のこと過ぎてトーヤは反応することもできずに体を貫かれ、赤い血を滴らせ驚愕の表情とともに血を吐いた。
べちゃりと地面に吐いた血の塊が落ちる音がした。もう一度メアリーが槍を振り、トーヤに刺さっていたバラの枝を抜き取る。トーヤは立っていることができずに膝から崩れ落ちた。
「ぐ…!くそっ……!」
油断していた。と先までの自分を責めるトーヤ。刺されたのは腹部で、いつ死んでもおかしくないような傷だと認識できた。
「あ、い?愛してるわ。だって、お姉ちゃんは、私がいるもの。私が、助けないと。だめ、お前、達には渡さない」
うつろな瞳でつぶやきながらゆっくりとトーヤに近づく。距離は、どんどん近づいて、メアリーの槍で、刺せる位置まで来た。
「お前は、お姉ちゃんに、愛されている、の?いや。嫌よ。そんなの嫌!」
両手でしっかりと槍を握り、振りかぶったメアリー。その瞳は魔法血石の狂気に取り込まれている。
薄れゆく意識の中、死を覚悟したトーヤは聞きなれた声が聞こえた気がした。
「こんなところで死ぬつもり?」
美しく、凛とした女性の声。残った力を振り絞り、顔を上げようとすると、
「駄目よ。動かないで」
と言ってトーヤの頭に手を置かれ、撫でるような感覚を味わった。
『生命の源よ。愛しい人の傷を癒せ』
短い詠唱を唱えられ、トーヤは傷がふさがっていくのを感じた。あれだけ出血したというのに、もう起き上がっても問題なさそうなほど傷はふさがっている。
「シェルバート……姫」
顔を上げた先、声の聞こえた方には愛おしそうにトーヤを見つめるシェルバートの美しい笑顔があった。
「こんなに無茶して。私が来なかったら、死んでたかもしれないわよ」
くすくすと笑いトーヤの頭を変わらず撫でるシェルバート。優しく、慈愛に満ちた姫の微笑みに心を奪われていたトーヤは、ハッとしたように
「姫…!なんでここに?というより、どうやって?」
疑問を投げかけた。姫は変わらず監禁されているはず。こんなところに来れるはずがない。
「私も、あなたを守りたいのよ。エバート。魔法血石は彼女をすでに取り込んでる。止めるには、彼女の魔力を奪うしかない。できるわよね?」
あなたならできると、いうようなシェルバートのまなざしにトーヤは頷く。
「なら、もう大丈夫ね。あなたの勝利を祈っているわ」
ふわりと笑い、彼女はまばゆい光を身にまとい、姿を消した。メアリーは急に出てきた女を警戒し距離を取っていた。
「なに、今の。あ。貝殻、姫?あの姫に守られている?うそ。ダメ。シャルドネ様の敵は殺す。殺さないと!!」
姫の姿と会話から、突然の乱入者がシェルバート姫であると気づいた。幼いころから、悪い姫と教え込まれた存在。それに命を救われたトーヤ。トーヤがシェルバートと関係を持っていると、メアリーは結論づけた。
「僕を、殺せると?」
傷が治ったトーヤは地面にしみ込んだ自分の血を確認した。そして、杖を地面に突き刺す。
「殺さないと。殺される。おねえちゃん。助ける。助けて。メアリーは。愛してる」
嗚咽とともに絞り出すような声で話すメアリー。随分と無理をしているようでトーヤと同じかそれ以上の量の血を吐いている。
「君の魔力を、奪わせてもらうよ」
杖に魔力を込め、それに応えるように杖と、地面にしみ込んだ血が反応する。赤黒く変色した土は意思を持ったように練りあがりあっという間にメアリーの足に絡みついた。
「こんな、もの。すぐに……とれ」
強化された筋力で足を土の拘束から抜こうとしたが、その力よりも土の絡みつくスピードのほうが速く、あっという間にメアリーの全身を覆うほどになった。もう残っているのは首より上ぐらい。
トーヤは体に当たらない程度まで土に杖を突き刺し詠唱を始める。
『わが体液を媒体とし、狂気に落ちた少女の魔力を奪いたまえ。二度と、狂気にかどわかされぬ様、魂を浄化し救済せよ』
すべてを言い終わるとメアリーの赤く変色した瞳と髪は元の美しい紫色の瞳と金髪に戻り、うつろな表情も元に戻り、意識を手放した。
トーヤは完全に気絶しているのを確かめた後、土の拘束を解き地面に優しく寝かせた。
「これで、終わりかな」
はぁと息を吐く。油断していると魔力不足でトーヤも倒れてしまいそうだったが、必死に意識を保っている。メアリーから奪った魔力はトーヤには吸収されず、土に吸収されたようだった。自分の中に残った魔力が少なく、ナイヴィスを探しに行くのも億劫なほど疲れていた。
「あ…あう……」
バラ園の映像を確認していたレイミーが唐突に頭を押さえ苦しそうな声を出した。
急なことだったため反応が遅れたリスタが声をかける。
「え?どうしたの?レイミーちゃん」
リスタの声に夜空も解読の手を止め振り返る。レイミーは頭を押さえたまま
「分からん…なんか、めっちゃ頭痛いねん…。うるさい…」
と言って頭を振りました。バラ園ではメアリーを倒したトーヤとナイヴィスが合流した所だった。一戦交えるかと思われたが特に争わずそのまま捜索に移った。
「うるさいって?霊が騒いでるの?」
夜空は以前にもレイミーが錯乱状態になり興奮してしまうことがあったためすぐに抱きしめた。レイミーも夜空に体を預け、
「うるさい…あたしはあたしや…他の誰でもないねん…知らん…」
うわ言のように呟いた。夜空は背中を擦りながら
「大丈夫。レイミーはレイミーだよ。私がそばにいる。しっかりしなよ」
慣れた様子でぽんぽんと優しく叩いて囁きかけた。その様子を見ていたリスタは
「……レイミーちゃんに…レイミーちゃん以外に誰かいる…?」
と聞こえないように呟いた。リスタは、レイミーの体に本人以外の何かがいるように感じた。まるで、もう一つの人格が表に出てくるのをレイミーが必死に抑えているように。
「う…だめや…出てきたら、だめや…あたしは…シャルドネとちゃう…」
シャルドネと、ハッキリと2人には聞き取れた。唖然とする2人にレイミーはふっと顔を上げ
「エバートは、わたくしのものですわ」
普段は口にしない上品な言葉使いで、にたりと笑った。明るく、活発なレイミーからは想像もできないほどに狡猾な者の笑みで、夜空とリスタはゾクリと鳥肌が立つのを感じた。
レイミーはそのまま意識を失い、夜空の胸に頭を預ける。次第に、規則的な寝息が聞こえ、まだ緊張している夜空とリスタが顔を見合わせた。
「今の、どんな意味か、分かる?」
リスタの言葉を夜空は頷いて肯定した。
「レイミー、が、シャルドネ?」
震える声。レイミーを起こさないよう、小声でしたがしっかりとリスタを見据えて答えた。
「シャルドネ、様は誰かしらに憑依すると聞いているわ。霊体…なのかしら」
リスタが思考しながら言葉を続けようとすると、キィィンと甲高い音が響いた。とっさに二人は耳をふさぎ、レイミーも飛び起きて耳をふさぐ。
「よかった。三人とも無事だね」
「怪我はない?レイミー、どうかしたのか?トーヤに治癒魔法かけてもらう?」
トーヤとナイヴィスの声が聞こえてきた。画面と反対側の、文字が浮き出ていた壁がドアのように開き、そこからトーヤとナイヴィスが中の様子をうかがっていた。
「トーヤ!ナイヴィス!!」
夜空とレイミーが駆け出して二人に抱き着いた。緊張の糸が途切れ二人の目には涙がたまっていく。
「心配した…!無事でよかった!!」
「なんであんなすぐ戦うんや!危ないやろ……!」
鼻孔をくすぐる汗のにおいと血や焼ける匂い。二人が生きてることに安心したレイミーと夜空は感じる肌の熱に安心して、泣き出してしまった。
「ちょ…調子狂うなぁ」
いきなり抱き着いてきた二人にはにかみながら笑うナイヴィス。トーヤも
「レイミーと夜空が無事でよかった。でも、割と倒れそうだから離れてくれると助かる」
と言って女の子の背中をポンと叩く。二人は恥ずかしそうにトーヤとナイヴィスから離れ、茫然としたままのリスタを部屋から引っ張り出した。
部屋の外はついさっきまでトーヤとメアリーが戦っていた場所だ。つまり、メアリーはそのまま地面に横たわっているままで放置されていた。
「メアリー!!」
リスタの声が響いた。リスタが駆け寄るとメアリーが目を覚ます。
「あ…お姉ちゃん。……ごめんなさい。私、お姉ちゃんのこと、名前で呼ばないといけないのに」
意識ははっきりとしているようで申し訳なさそうな声を出した。リスタは首を振って
「そんなことはどうでもいいの!メアリー…あなたが無事で…よかった…!」
と言って乱れた美しい金髪を整えるように撫でてあげる。暗闇ではわからなかったが、月の光と、鳥が持つライトの光に輝くリスタの髪も、美しい金髪だった。




