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07 精霊の声。




 寝間着を脱ぎ捨てて、ブラウスとズボンを穿いて、転移魔法道具のペンダントでギルド会館前に移動した。

 すでに多くの冒険者が集まっていたものだから、ぶつかってしまう。でも互いに謝らなかった。次々と転移魔法の光が現れて、冒険者が姿を見せるからだ。ギルド会館の階段でおしくらまんじゅう状態。

 私はエメが踏み付けられないように抱える。


「ここから西にあるナルファイという街が、大量のドレイクの襲撃を受けている知らせが入りました。ドレイクは火を噴くドラゴンタイプのモンスターです。至急ドレイクの討伐をお願いします」


 ギルド会館の受付の男性が、魔法道具で声を響かせた。


「繰り返します。西にあるナルファイという街が、大量のドレイクの襲撃を受けています。討伐をお願いします。ここにいる方は了承したと判断して、ナルファイに転移させます」


 すると、フッと転移魔法で消える冒険者が何人も出た。

 どうやら銅のリングの冒険者のようだ。自分では手に負えないと判断したのだろう。


「相手はドレイクです。銀のリング以上の冒険者に討伐をお願いします。それではナルファイに転移させます。ご武運を」


 繰り返しドレイクの討伐だと言った男性の合図で、一斉に転移させられた。

 次の瞬間、真昼間になってしまったのかと疑う。

 そこは火の海だった。あちらこちらで悲鳴が上がり、逃げ惑う住人。助けてくれと叫ぶ声もする。街は半壊していて、燃えていた。

 空には無数の赤いドラゴンが舞っては、火を噴く。大きさは建物一つに匹敵する。あれがドレイクだ。この街の冒険者なのか、もう戦っている者がいた。でも空中にいるドレイクに苦戦している様子。

 ならば、と私はエメを下ろして、ペンダントを握った。

 空中に狙いを定めて、転移する。ドレイクの上に移動した私は。


「風よ(ヴェンド)!」


 風の魔法を加え突進するように落下して、ドレイクの長い首を両断した。

 上空でドレイクがクリスタルに変わる。それを手に取り、ポーチの中に入れた私は、近付く地面を見た。下には這いながら火を噴くドレイクがいる。そのまま剣を下に向けて、狙いを定めた。

 衝突直前に「ヴェンド」と唱えて、クッション代わりに風を起こして、剣をドレイクの頭に突き刺す。クリスタルになったけれど、拾う暇はない。


「おい、アイツ! すぐに二体のドレイクを倒しやがった!」

「あれが【野良の戦士】だ!」


 まだ突っ立っている冒険者達が、私に注目して騒いでいる。

 いや、感心している場合じゃないだろう。

 私は一瞥したあと、逃げ惑う住人を追った。ドレイクが追っていたからだ。噴かれた火が襲い掛かる。私はそれをピアスの魔法道具で氷漬けにした。その氷がパリンッと地面に落ちて弾ける。火の海のせいか、すぐに消え去った。

 ドレイクが、私を睨む付ける。

 私だって睨み付けてやった。


「ヴェンド!」


 口を凍りつかせて、風を纏い首元に飛び込み、切り裂く。


「助けて!!」


 クリスタルがボトンと落ちると、その声がはっきりと聞こえた。

 近くにドレイクもいないから、私はその方へと駆け出す。

 瓦礫を越えていけば、女の子を見付けた。大きな目に涙を浮かべて、煤だらけの女の子の前には、瓦礫の下敷きになっている男の人がいる。


「エメ!」

「わかっている」


 手を貸してと言おうとしたけれども、もうエメは人の姿になっていた。一緒に瓦礫を押し退けて、男の人を引きずり出す。


「ありがとうありがとうっ」

「行って」


 必死な様子でお礼を言う茶髪の女の子に兄らしい男の人と行くように言う。


「お願い。お父さんが街の入り口にいるのっ」

「街の入り口? わかったわ、見てくるから、安全なところにいて」


 正直、現在地が何処だかわかっていないけれども、私は入り口とやらに行くことに決めた。

 瓦礫を登って、建物の屋根に登る。見回す限り、火事。どうやら私達は街のど真ん中に転移したらしい。

 水の魔法を覚えていれば、降り注いだのに。グッと唇を噛み締めていれば。


「あっちだろう」


 エメが指を差した。街は壁に囲われているようで、その門のことが入り口のようだ。その方へ、私は走り出した。

 ドレイクが見える。それを退治して、街の入り口を安全にしよう。

 私に出来ることはそれくらいだ。

 被害者が増えないように、急がないといけない。

 また風の魔法を唱えて、文字通り風と共に駆けた。

 辿り着いた街の入り口は、地獄図のようだった。

 血の海。多くの人々が倒れていて、血を流している。肉の焼ける臭いは、鼻を劈くほどだった。

 そして、そこにいたのは、一際大きなドレイク。甲冑を着た人々を投げ払っては、押し潰している。弄んでいるように見えた。

 力を持て余して、弄んでいるんだ。

 だったら、と私は「ヴェンド!!」と唱えて、ドレイクの右翼の上に移動した瞬間したに叩き斬った。

 ドレイクは悲鳴を上げる。

 そんなドレイクを踏み付けて、私は次に回転をした勢いで尻尾を切り落とす。

 ジタバタと暴れるドレイクの上から退いて、足を凍り付かせる。

 火が噴かれたが、転がって避けて、左の翼も斬り付けた。


「悪いね、私、怒ったから」


 私の声は、ドレイクの悲鳴に掻き消される。

 トドメに首を刎ねた。

 ズドン、とクリスタルが落ちる。

 けれども気にせずに、私は叫んだ。


「精霊様! 力を貸してください!」


 どこにいるかはわからないけれど、近くにはいるはず。


「周囲の人間を癒す魔法を教えてください! お願いします!!」

「……ノラ」


 頭を下げて、私は助けを乞う。

 精霊なら、そういう魔法を知っているはず。

 今こそ、力を貸してほしい。


「私の魔力全てを使ってでも、傷を癒して人を救いたいのです!! どうか力を貸してください!!」


 見ず知らずの人々だけれども、私にはきっと救う力があるはず。

 それを使わずに、死者を増やしたくない。救いたい。救わせてほしい。

 懇願は届いた。


『詠唱を繰り返せ』


 声が響く。エメのものではない。頭の中に響く声だった。

 私は膝をついて、地面に手をついて、目を閉じ耳を傾ける。


「“ーー清浄を広げ、我が汝らを癒す。地の鼓動を聴け。天の光の息吹を感じよーー”」


 カッと地面が光り、それが広がっていく。

 魔力が消耗していく。力が地面に吸い取られるような、そんな感覚だ。

 クラッと目眩を覚えたかと思えば、私は意識を失った。




「ーー……ノラ! おーい! ノラ!」


 呼ぶ声がする。

 ノラって誰だ? あ、私のことだった。

 意識が浮上してくるけれども、何かもふもふしたものに包まれて、このまま瞼を上げたくない気持ちに陥る。なめらかな肌触りは最高のもふもふで、気持ちがいい。花の香りがした。私は撫でて、顔を埋める。


「ノラってば!!」


 また呼ばれて、私は顔を上げた。そうすれば、鼻を刺激する焦げた臭い。

 すぐに鼻を摘んだ。


「レッド、さん……アルコバレーノの皆さん?」


 呼んでいたのは、レッドさんだ。

 それにブルーノさんに、ブラックさんとグリーンドさんもいた。

 少し離れたところに立っている。


「そんなところで寝て、どうしたの? 魔力切れ?」


 レッドさんは苦味を含めた笑みを向けて問いかけてきた。

 何故距離があるのかと思っていれば、原因は私がもふもふしているものにあった。

 見た瞬間、ギョッとしてしまう。

 なんとエメが巨大化していたのだ。さながら緑の大狼。私はそのエメに寄り掛かって気を失っていたらしい。シュッとして凛々しい顔立ちになっているエメは、近づく者は何人たりとも許さないといった様子で怖い顔をする。だから、レッドさんは遠くから呼びかけていたのだ。エメが接近を許可しなかったから。


「はぁ、ちょっと、魔力切れで……っ」


 起き上がろうとしたけれども失敗して、もふっとまたエメの身体の上に倒れてしまう。


「大丈夫!? ノラ!」

「はい、少し休めば……」


 大丈夫、と返して私は周囲を見回す。火は鎮火されたようで、水浸しだ。

 ドレイクの雄叫びも聞こえない。空は明るくなり、朝を迎えたようだ。


「終わったんですね」

「終わりましたよ」

「これ、ノラのもの?」


 グリーンドさんのあとに問うブルーノさんが持ち上げて見せるのは、一際大きなクリスタルだった。


「ええ。多分」

「ほら」


 ブルーノさんは私に向かって投げ渡す。

 受け止めたら、ちょっと痛かった。


「それにしても、それはエメか?」


 ブラックさんが、さっきから訊きたくてうずうずしていた様子で視線を送る。


「エメ、みたいです」


 私も初めてみたものだから、そう曖昧な回答をした。

 エメは拾った謎の犬だということは、夕食の時に話したので、色々察してくれるだろう。


「私のことはどうぞお気にならずに」

「ここに倒れているのは、あなたが最後なのです」

「あーそれは失礼。お見苦しいところを見せてしまいましたね」

「魔力が切れるほど魔法を使ってはいけませんよ、ノラさん。例え守ってくれる存在がいても、ね」

「はい、肝に命じます」


 どうやら私が広範囲の治癒魔法を使ったことは、知らないようだ。

 騒ぎになっていない辺り、失敗でもしたのか。でも周りを見ると、死体はない。あんなに人が倒れていたのに、だ。


「あー、そう言えば、ノラは見てない? 広範囲の治癒魔法を使った人」


 レッドさんがしゃがんで尋ねてきたから、私はギクリとした。


「なんですか? その広範囲の治癒魔法って」

「ここら一帯の怪我人皆を治してしまった魔法のことです。誰もが気付いたら、怪我が治っていたと口を揃えて言うのですよ」

「巨大なドレイクの対応をしていた衛兵隊がここでやられたそうだ。中には腕や足がもげて失神した人も何人もいたみたいだよ。でも生えてきたみたいだ」


 私ですね。はい。よかった、成功したようだ。

 それならいい。救えたようだ。安堵を覚えたけれど、表に出さないようにした。

 甲冑を着た人達は、衛兵って言うのか。


「それは驚きですね。誰の仕業か心当たりないのですか?」


 そうポーカーフェイスで尋ねてみる。


「さぁね。この辺に治癒魔法に優れた魔法使いでもいたんじゃないの?」


 ブルーノさんが答えた。


「魔法使いが戦場の前線に来るでしょうか?」

「知らないよ。たまたま居合わせて使ったんじゃないの、治癒魔法」


 グリーンドさんとブルーノさんは、そう話す。

 私はもう一度、起き上がることに挑戦した。フラつくけれども、ちゃんと立てたけれど、エメも立ち上がって支えてくれる。


「ノラ! エメさえよければ、オレが手を貸そうか?」


 そわそわしながら、レッドさんが申し出てきた。


「大丈夫です。エメが支えてくれますので」

「……あ、そう、か」


 くしゃくしゃとレッドさんは、真っ赤な髪を掻き乱して、背を向ける。バシバシと、ブラックさんがその背中を叩いた。


「?」

「一緒に帰りませんか? ノラさん」

「私は少し休んでから帰りますので、お先にどうぞ」

「そうですか。ではお先に」


 グリーンドさんに親切で言ってくれるけれど、笑みで断る。

 転移魔法でアルコバレーノ一行は消えた。


「……はぁ……私は救えたの? エメ」


 もふもふの背に凭れて、疲れた息を吐いて私は問う。


「大勢を救った」


 喉を震わせる低い声が、聞こえた。

 あの女の子の父親も救えただろうか。聞くのは怖い。

 でも気になるから、私はナルファイの街の中に戻った。

 一人でもフラつかなくなったから、エメは元のサイズに戻ってもらい、隣を歩いてもらう。光の玉が目の前を横切った。精霊だ。追うと街の中心についた。ボロボロになった街の中心には、花束が置かれていた。亡くなった人へのものだろう。

 救えなかった人がいるという事実に、ズキンと胸が痛んだ。


『全員は救えない』


 頭の中に声が響いた。精霊のものだろう。

 でも昨夜詠唱を教えてくれた精霊の声とは違う。昨夜の声は、男性。

 今の声は、少年のよう。


『君は最善を尽くした』

「うん……」


 私は反射的に頷く。瞼を閉じて、私はつーっと涙を流す。泣いている人々を見ていると、流さずにはいられない。

 私も手向ける花を買って、置きに行った。

 すると、手を掴まれた。小さな手。見れば、あの女の子だ。


「お姉さん。お父さんが帰ってきた。ありがとう」

「……そう、それはよかった」


 女の子の父親は生きている。よかった、としゃがんで頭を撫でた。


「お姉さん、名前教えて」

「私はノラ。【野良の戦士】って呼ばれている冒険者」

「ノラさん。あたしはジャクリーン」

「可愛い名前ね」


 おさげの茶髪に茶色の瞳。昨夜は見えなかったけれど、そばかすもある。

 そんなジャクリーンを呼ぶ声がした。兄だろうか。「バイバイ」とジャクリーンは手を振って、その声の元に行く。

 私は立ち上がって、見送る。私も人々の中から出て、周囲を見た。

 魔法で建物を立て直す人達がいる。みるみる内に建物が修復された。妖精が手伝っている光景も目にする。

 半壊しているけれども、魔法のおかげで街が元通りになるのは早そうだ。

 私はペンダントを握って、そのナルファイの街をあとにした。



 

 

20180131

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