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06 大図書館。




 翌朝は、気持ち良く起きられた。

 大いに笑って、泣いたからだろうか。

 それともエメの正体を知ったことで、すっきりしたからだろうか。

 はたまた精霊が見守ってくれているとわかったからだろうか。

 歯磨きをして、顔を洗った。それから、化粧水をペタペタと掌で染み込ませて、クリームで整える。

 クローゼットを開いて、折り畳んだズボンと、ニットトップスを取る。

 寝間着のブラウスとズボンを脱いで、そこでエメの目があることを思い出した。ベッドの上に見てみれば、エメはこっちを振り返る。

 けれどもすぐに「オレは興味ないぞ」と示すように、そっぽを向いた。

 幻獣だものね。まぁいいわ。

 私はお構いなくいつも通りに着替えた。ズボンを穿いて、ニットを着て、その上からコルセットをつける。棚に置いたピアスを耳につけて、ペンダントを首にぶら下げて、剣を持った。


「さぁ行きましょう」


 エメに声をかければ、ベッドから飛び降りる。

 エメと共に、近くのパン屋さんに行き、朝食を買う。それを食べ歩きしながら、精肉店でエメの食事を買って与えた。

 その足で真っ直ぐに向かうのは、城の手前にある大図書館。

 広々とした階段を上がれば、重たい扉。そこを開けば、吹き抜けになった三階分の図書館。ひとりでに本が動いては、カウンターに積み重なる。かと思えば、カウンターから本が動いて棚に入っていく。よく見れば、小さな者が飛んで本を運んだ。

 多分あれは……。


「妖精ですよ」


 誰かが私に教えてくれた。横を見れば、短く白いローブを羽織った、緑の長髪を後ろで束ねた魅力的な笑みを浮かべたグリーンドさん。驚いて目を瞬かせた。


「こんにちは……グリーンドさん」

「こんにちは、ノラさん」


 にこっと笑みを深めたグリーンドさんは「エメが座っているのが見えまして」と私を捜しに来たのだと打ち明ける。


「ノラさんは何の用で大図書館に?」

「私は魔法を学ぼうかと思いまして……」

「それならば、私がお勧めの魔導書を教えましょう」

「それは助かります」


 かの有名な最強アルコバレーノ一行の一人に学ぶことを手伝ってもらえるなら、それはとても助かるし光栄なことだろう。

 グリーンドさんが手を上げれば、一人の妖精が近付いた。子どものような姿。緑のベストに青いシャツ、茶色のズボンに黒いブーツ。村の子どもって感じ。でも瞼はなく、目はつぶらで大きい。耳はとんがっていて、横に伸びていた。トンボのような羽根が背についている。

 図書館の妖精か。可愛らしい。


「何のご用でしょうか?」


 声も可愛らしい子どものもの。


「風の魔道書を閲覧出来ますか?」

「はい、今可能です。失礼ですが、冒険者様ならレベルがわかるリングを提示してください」


 そう言われて、グリーンドさんは迷うことなく金のリングを見せた。

 なるほど。学生なら学生証を出して、閲覧可能かどうかを判断するのか。

 私も提示を求められたから、銀のリングを見せた。妖精は頷く。いいってことみたいだ。


「習得部屋で閲覧します」

「どうぞ。ご案内します」


 子どもらしいけれども、しっかりと受け答えをして案内を始めた。

 グリーンドさんと共についていく。

 ふと、気が付けば、空中を進みながら妖精がじっと私を見ている。不思議そうに何かを探るように見てきたものだから、もしかして私が【聖女】だと勘付いてしまったのだろうか。

 私は人差し指を唇に当てて、微笑んだ。内緒。

 すると、妖精はとんがり耳まで顔を真っ赤にした。

 そこまで反応しなくても。


「あの扉、各学園に繋がっているので、学生が多く利用しているのですよ」


 そんな妖精の反応に気付いていないグリーンドさんは、初めての私のために教えてくれた。指差す左の壁には扉が並んでいる。そこから学生らしい若い子が出入りしていた。この大図書館は、誰もが利用するものなんだ。


「ちなみに、銅の冒険者だとどうなるのですか?」

「閲覧に値しないと判断されて閲覧出来ません」


 銀の冒険者になれて良かった。

 そうなると、異世界人で銀の冒険者になるのは相当時間がかかるものではないのか。通りで注目されるわけだ。


「これが風の魔導書です」


 習得部屋と言われる右側にある部屋には、台が六つあり、一定間隔で置かれていた。三台は使われている。空いている目の前の台に、薄緑の魔導書というものが置かれた。妖精が持つにしては重そうなほど分厚い。


「それでは、その、ごゆっくり」


 頬を赤らめて私に笑いかけた妖精は、そそくさと習得部屋をあとにした。


「? ……妖精が恋でもしたのでしょうか」

「恋?」


 その様子を見たグリーンドさんがそんなことを言うものだから、私は聞き返した。


「ノラさんは笑顔が素敵ですからね。急に微笑みられると惚れてしまいそうなほど」

「ご冗談を」

「本心ですよ」


 グリーンドさんは、クスリと小さく笑った。

 そりゃ笑顔がチャームポイントだと言われたことがあるけれども、一目惚れされるほどの美女ではないし、化粧気もゼロな今の私は苦笑いを零してしまう。


「風の魔導書を勧める理由をお聞きしてもいいですか?」


 私は変なやり取りが続かないように、話題を変えた。


「昨日、あなたの剣さばきを見て、スピードを加えるといいと思ったからですよ」

「スピードですか……」

「はい。風を纏い、そのスピードで動けばさらに強くなるでしょう。身軽なあなたにぴったりだと思います。先ずはこの魔法を習得しましょうか、詠唱してください」


 詠唱か。私はグリーンドさんが開いたページを覗く。

 魔導書には、説明と習得のための詠唱が書いてあった。

 ヴェンド、と唱えると発動する魔法のようだ。

 言われた通り、読み上げた。発音合っているかな、とドキドキしながら続ける。終わると、足元がカッと光って円が浮かび上がった。よく見れば、魔法陣だ。

 だから習得部屋があるのか、と納得する。

 これを本を読んでいる最中に、隣でやられては気が散るだろう。


「これで唱えれば、初歩的な風の魔法が使えます。唱えて発動する魔法を【唱の魔法】と言います。他にもたくさん種類があるので、また日を改めて習得してみてください」

「? 続けて習得してはいけないのですか?」

「習得にも魔力が消耗されるのです。異世界人のあなたには少々つらいと思いますよ」


 考慮してくれるグリーンドさんには悪いけれど、私には魔力が膨大にあるらしいから大丈夫だ。でもそれを言ってはいけないのだろう。【聖女】だとバレかねない。


「ありがとうございます、私に付き合ってくださり……グリーンドさんはまだ時間あります? お礼に昼食をどうですか?」

「おや、お誘いありがとうございます。しかし、レッド達と集合する時間なので、別の日にお願いしてもいいでしょうか?」


 柔和な笑みを浮かべて、グリーンドさんが別の日と提案するので、頷いて見せた。私はそれで構わない。

 また手を上げて妖精を招いたグリーンドさんは、風の魔導書を返した。


「ご利用ありがとうございました」


 妖精は私に一礼をして、本を片付けに行く。

 グリーンドさんとはその場で別れて、私は少し図書館の中を回ってみることにした。階段を上がって、三階から図書館を見下ろす。ピカピカに磨き上げたブラウンの本棚。本が宙を移動する光景は、幻想的で素敵だ。私は手摺りに頬杖をついて、暫し眺めさせてもらった。


「あ、あの! 何かお探しですかっ?」


 声をかけてきたのは、緑のベストに青いシャツの妖精。さっき対応をしてくれた妖精だろう。頬を真っ赤にして、私に尋ねてきた。別に探している本はないのだけれども、でも思い付く。


「【聖女】に関する書物はどこにありますか?」

「はい! それならこちらにあります!」


 パッと顔を輝かせた妖精が案内してくれた先には、聖女に関する本がずらりと並んでいた。予想以上に多くて、目を瞬く。


「えっと……瘴気を浄化して世界を救ったという【聖女】に関する事実に基づいた本はどれですか?」

「それなら、これとこれです。あとこれもそうです」

「ありがとうございます」


 それでも三冊もあるのか。私は一冊、手に取り立ち読みをした。


「あ、あの。椅子をご用意しますよ」

「気遣い、ありがとうございます。大丈夫ですよ」


 私は微笑んで、もういいことを伝える。

 そうすれば、妖精は真っ赤な顔を小さな手で覆って、宙返りした。

 そんな反応しなくても。

 黙読してわかったけれど、エメの言う大昔は千年も前のこと。

 国らしいものも出来ていない時代で、【聖女】のことは、神のように崇めていたという。当時の【聖女】は、ウェーブのかかった白金髪のドレスを着た美しい女性。絶世の美女と記されている。

 なるほど、と髪を耳にかける仕草をしてから、本を棚に戻す。

 お腹も空いたからエメと合流をして昼食をとろう。

 そう思って移動しようとした瞬間、目の前に光の玉が現れたものだから驚いていると、ドンッと人とぶつかってしまった。

 私も相手もまさかぶつかると思っていなかったから、面食らった顔をしてしまう。


「ごめんなさい」

「いや、謝らないでいい。お互い様だ」


 背の高い男性は、笑みを作ると後ろに控えた男性二人に手を翳して見せた。その二人は甲冑を着ていて、さながら騎士のようだ。いや多分騎士なのだろう。剣を腰に携えている。それを握って私を睨み付ける辺り、ぶつかってしまった相手は護衛がつくほどの要人。貴族か何かかもしれない。


「えっと……異世界人のノラと申します」


 私は異世界人だから知らなくても仕方ないですよぉ、と免罪符を押し付けてみる。会釈をしてみれば、彼は笑った。


「異世界人が銀の冒険者か。それはすごいね。私はタンザナイト」


 青紫の髪が宝石のように煌めいている。

 タンザナイトって宝石の名前だったっけ。


「タンザナイト・シアン・ステデッレ」


 ステデッレ? この国の名前じゃないか。

 え、ていうことはこの人は……。


「第一王子だよ」

「し、失礼しました。知らないとはいえ、その、ぶつかったり気安く話しかけてしまい」


 私は深々と頭を下げる。まさか王族のしかも王子とぶつかってしまうなんて。

 いや、あれは故意に思える。精霊が私の目を眩ませてわざと王子とぶつけた気がするのだけれども、それって王子と親しくなれってことだろうか。

 利用されないように黙っておけとエメが言っていたけれども、精霊はこの王子は大丈夫と判断したってことなのだろう。


「いいんだって。たまには気安く話しかけてもらうのも嬉しいものだよ。……ノラってことは、君、もしかして噂の【野良の戦士】かい?」

「はい。私はそう呼ばれております」


 頭を上げないまま、私は肯定した。

 でもなんでまた王族のしかも王子が、異世界から来た冒険者のことを知っているのだろうか。


「女性でしかも異世界人なのに凄腕だそうだね。アルコバレーノから聞いたよ」


 アルコバレーノ! あなた達か!

 王直属に依頼が下るほどの冒険者であるアルコバレーノは、この王子とも親しい仲にあるようだ。レッドさんの性格を考えると、王子でも分け隔てなく接していそう。


「いえ。まだまだ未熟者です。今日も未熟さを補おうと魔法の習得をしに来た次第です」

「いい加減、顔を上げていいよ」

「はい」


 言われた通り、顔を上げる。でもすっぴんだということを思い出すと、顔を覆い隠したくなった。目の前の王子は、これまた整った顔立ちをしているし、髪も手伝ってキラキラしているように見える。アーモンド型の瞳は、濃い青紫色。素敵な微笑みを浮かべている。


「でも【聖女】の本を読んでいたようだね」

「ああ、はい。【聖女】がいたと昨夜聞いて、調べてみたいと思い立ったので」

「ふふ。【聖女】の像が各学園と城の庭にもあるのだよ」

「へぇ、そうなのですか」

「機会があったら、見てみるといいよ。じゃあまたね、ノラ」

「はい、殿下」


 私はもう一度頭を下げた。それから王子が通れるように端に移動した。

 王子は騎士二人を連れて、奥に移動する。

 ん? またねって言われた?

 いや深い意味はないだろう。ただの社交辞令。

 そう思って私は出口へと足を向けた。出る前に妖精達がこちらを見ていたので、微笑んで手を振る。そうすれば「きゃー!」と黄色い声が、私の耳にも届いた。アイドルか何かになった気分。私は周囲の目が集まってしまう前に、図書館を飛び出した。


「お待たせ、エメ。ランチ食べたら、風の魔法を試しに行こう」


 待っていたエメと一緒に階段を駆け下りて、適当にランチを食べる。

 それから、転移魔法道具のペンダントを使って、荒地に転移した。

 岩山々が並ぶ荒地の降り立った私は、エメに視線を落とす。エメはクイッと顎を上げて指し示した。モンスターはそこだ。

 痩せっぽちの犬みたいな黒い身体をしたモンスターを視認。

 私は剣を抜いて、唱える。


「風よ(ヴェンド)!」


 風をバネにして飛び込んだ。その速さに戸惑いながらも、モンスターの首を両断した。半回転して、ザッと地面を踏み締めて留まる。

 うん、コツを掴めれば、今までよりも素早く片付けられるだろう。

 唱えて魔法を使えたことに、魔法使いになった気分で浮かれた。

 その調子で、覚えたての魔法を駆使してモンスター狩りをする。

 ついつい楽しくて、また狩り過ぎた。

 ギルド会館のカウンターから落ちてしまいそうなほどの量のクリスタルを置いて、またもや注目を浴びる。単独行動のくせにこんなにもクリスタルを持ってくるから、好奇の目が集まるのだ。今日は主に私が悪いので、甘んじて受け止めた。

 いつもの食堂で夕食をすませて、家に帰ったら、シャワーを浴びる。

 エメが男の人に変身する幻獣だけれども、それはもう気にしないことにして、また一緒にお風呂に入ることにした。すっきりしたら、ベッドにダイブ。花の香りがする緑のもふもふのエメを抱き締めて眠っていた。


「あつっ!」


 右手首のリングが熱くなったものだから、飛び起きる。

 熱を帯びる銀のリング。冒険者になった日に言われた。緊急招集にはリングが熱を帯びる。緊急事態が起きたってことだ。



 

20180130

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