表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

05 幻獣と【聖女】。




 鼻を啜って、目元を擦る。


「ごめんなさい。笑って、泣いて、すみません」

「えっ? その、えっと……いいよ。その」


 仕方なく笑って見せると、レッドさんが歩み寄った。

 何故か、頬が紅潮している。びしょ濡れになったから、風邪でも引いたのか。それにしては熱が出るのが早すぎる。


「可愛い笑顔だと思うよ、オレ!」


 そわそわしたレッドさんは、それだけを言うと離れた。

 可愛い、か。それはありがとう。


「乾かしましょう」


 グリーンドさんは微笑むと、炎を操って私を囲った。熱風に包まれる。

 火花が散るようにして、炎は消えた。大分乾いたけれど、髪の毛が広がってしまっている。撫で付けて整えながら「ありがとうございます」とお礼を伝えた。


「異世界人も色々大変なんだろう。ガス抜きは大事だぜ」


 バシッと喝を入れるみたいに背中を叩くのは、ブラックさん。中々痛い。

 事情を察してくれるのは、ありがたいけれども。痛い。


「我々と共も戦ってくださり、ありがとうございます。ノラさん」

「こちらこそ、ありがとうございます。グリーンドさん、ブラックさん、レッドさん、ブルーノさん」

「いえいえ。我々のことは、アルコバレーノと呼んでください」

「!」


 アルコバレーノ。それはイタリア語で虹を意味する。

 驚いたのは、そのことではない。

 アルコバレーノは、王から直属に命が下るほどの力強い集まりだと聞いたことがある。女亭主ターニャさんが「この国一番の冒険者さ!」と自慢げに言っていた。

 最強の集まり。だから名前に聞き覚えがあったのだ。

 私ってばそんな人達に誘われて、一緒に戦ってしまったのか。 


「えっ。まさか……この依頼って……」

「国から直属の依頼ですよ。聞いていなかったのですか?」

「……聞いていない」


 全然聞いていない。


「そう青ざめてどうしたのですか?」


 グリーンドさんは、おかしそうにクスクスと笑う。


「いえ、私……身の程知らずだな、と思って。私みたいな初心者が参加してすみません」

「え!? なんで!? ノラ、すっごい強いよ! 十分だよ!」


 レッドさんが、ブラックさんの後ろでフォローしてくれた。

 何故距離があるのでしょうか。


「そうだよ。卑下しなくてもいい。オレ達の足を引っ張るどころか、いい魔法のチョイスだよ。まぁ君の戦闘スタイルが、偶然合っていただけのことだろうけど」


 次にブルーノさんはフォローしてきた。

 確かに私の行動が邪魔にならなかっただけ。偶然。


「しかし、あのモンスターに臆さずに戦えていたのですから」

「おう。そんじゃそこらの冒険者とは一際違うわ! 自信持っていい!」

「……かの有名なアルコバレーノ一行の皆さんにそう言ってもらえると、自信が持てます」

「謙虚だなぁ、ノラは」


 ブラックさんは、笑い退ける。

 謙虚だとは言われても、普通だと思う。


「今日は本当にありがとうございます。いい経験が出来ました」

「いい経験だなんて、さみしいことを言わないでください。また一緒に戦いましょう」


 グリーンドさんが、柔和な笑みで言ってくれた。

 社交辞令だと思っておこう。


「今日の報酬は、山分けです。報酬を受け取りに戻りましょうか」


 そう言うので、私はグリーンドさんに近付く。

 レッドさん達も集まると、グリーンドさんの足元から白い光が広がって、私達を飲み込んだ。

 光が収まれば、街の外にいた。そのままぞろぞろ歩いて、ギルド会館に向かう。

 レッドさんはそわそわしていて、私のそばを歩くエメに触れることを試みた。でもエメは許可せずに、唸って見せる。

 エメも人見知り病だったのかな。


「ね、ねぇ! ノラ」

「はい?」


 そのそわそわしているレッドさんが、覗き込んだ。


「夕食、一緒にどう? 乾杯しようよ」

「あー……」


 食事も一緒だなんて、注目浴びて嫌だ。先ずはそう思ったが、手遅れだろう。ギルド会館でも注目を浴びたし、アルコバレーノと仕事をしたことはもう広まってしまっているに違いない。


「でも私、毎晩同じ店で食事をしてまして」

「知ってる!」


 ええっ?

 私は驚愕してしまった。何故知られてしまっているのだ。


「ターニャさんの店だよね! たまに見かけてた!」

「ノラさんの行きつけの店にしましょうか。構いませんか?」

「……ええ、皆さんがいいのなら」

「決まりですね」


 誰かと一緒に食事か。それも久しくて、また泣いてしまわないようにしなくては。

 ターニャさんの店に行くと、今日は団体で驚かれた。いつもは一人と一匹だからだろう。それともアルコバレーノ一行といるからだろうか。きっと後者だ。

 私はチェリー酒。他はビールを頼んで、乾杯をした。

 討伐の成功祝い。

 根掘り葉掘り尋ねられることもなく、普通に食事をするだけですんだ。


「私はこれで失礼します」

「おや、送りますよ」

「おお、そうだぜ。異世界人のアパートだよな」


 帰ってシャワーを浴びなくてはいけない。

 そう言い出せば、グリーンドさん達も席を立った。


「お気遣い、ありがとうございます」


 住んでいる場所を知られるのはちょっと不安だけれども、異世界人が与えられているアパートは周知。それに魔法道具をぶら下げている冒険者をどうこうしようなんて、考える輩ではないだろう。

 いざって時は、全力で抵抗する。エメもいるし。


「まいどあり!」


 ターニャさんの豪快な笑いで見送られて、アパートに戻った。


「ありがとうございました」

「こちらこそ、今日はありがとうございました」

「そうかしこまるなって、気楽でいようぜ」

「そうそう! また今度な! ノラ!」

「じゃあね」


 部屋の前まで送るということは遠慮してくれて、アパートの前で手を振られる。私も一礼してから、手を振り返した。

 部屋に戻ったら。


「……ただいま」


 そう呟いてみる。

 ここが私の帰る家だ。そう心で受け止めて、私はエメに笑いかけた。

 ピアスとペンダントを外して、棚の上に置く。剣は立てかけた。


「シャワー、浴びようか」


 バスルームに入って、エメとシャワーを浴びる。

 すっきりしたところで、軽くストレッチ。そして、ベッドに横になる。すぐ隣には、エメが潜り込む。それを微笑んで見てから、瞼を閉じた。




 暫くして、何かの気配を感じて、目が覚める。

 目の前にいたのは、緑の犬なんかではなかった。

 むっすりとした顔の男の人だったものだから、飛び起きる。


「何故オレの前では泣かなかったのに、あやつらの前で泣いたのだ?」

「は!? えっ!?」


 棚の上のピアスを取ろうかと戸惑っていれば、見付けてしまう。

 男の人の頭の上にある獣耳。暗闇でもわかる。ピンッと立った獣耳。

 まさかと思い、視線を落とす。彼の後ろにはもふもふの尻尾があった。


「獣人……?」

「エメだ!」

「エメぇ!?」


 獣人だけでも驚きなのに、名乗られてさらに驚く。

 エメがいない。彼がエメ。エメが男の人になった。

 犬みたいに見える耳はピンと立っていて、Vネックの長袖のシャツを着ていて、ズボンも穿いている。


「エメ! 獣人だったの!?」

「オレは幻獣の類だ。さっきから驚きすぎだろうが」

「驚くわ!」


 声を上げてしまったけれども、アパートの壁がそう厚くはないと思い出す。近所迷惑だ。口を押さえる。


「幻獣……てか、なんで今まで喋れない振りをしていたの? 一緒にシャワー浴びたじゃない」

「……」


 エメと名乗る男の人の視線が、私の身体に向けられた。次は僅かに月明かりが射し込む窓に移動する。


「エメぇえ!」

「ノラが勝手に裸になっただけだろうが」

「エメ!!」

「ええい、オレが話したいのはそのことじゃない」


 エメの顎を鷲掴みにした。だが、すぐに振り払われる。

 逸らしても、私の裸を見た事実は消えない。


「何故、野郎共の前であんなに笑って泣いたんだ?」

「……笑いのツボに入って、色々押し寄せてきて涙が出てきた」

「……そうか」


 あのアルコバレーノ一行と行動させたのはエメじゃないか。

 そう思っていれば、フリフリともふりっとした尻尾が揺れた。

 私はそれに手を伸ばして掴んだ。エメはビクリッと震え上がった。


「触らせないとは言わせないわよ」

「っ……」


 鋭く視線をよこせば、エメは私の裸を毎日見ていた負い目がある。

 だから大人しくもふもふさせてもらった。もふりやすいように後ろを向いたエメの頭の上に顎を乗せる。そうすれば、頬が左右の耳に挟まれた。もふもふ。幸せ。

 毎日手入れをしているから、尻尾の毛はなめらかで掌を擽る。


「逆撫でするな……」

「擽ったい?」

「耳に息を吹きかけるなっ」


 そんなつもりはなかったけれども、耳に息を吹きかけてしまった。

 ビクンビクンと震える耳が、可愛い。


「ねえ、なんで私についてきたの? 沼から救ったお礼がしたくて、毎日モンスターを見付けてくれたの?」

「は? そんなわけないだろう。オレは仕えてやってるんだ」


 ツーンとした態度で、エメは答えた。


「仕えてやってるんだって……エメってばツンデレ?」

「つんでれ? どういう意味だ?」

「態度でツンツンしながらも、尽くしてくれるエメのこと」


 すりすりと頬擦りをする。もふもふふふ。


「大体、お前には【聖女】の自覚が足りないんだ」

「……せいじょ?」

「そうだ。お前は【聖女】なんだよ」


 ぺちっと立っている耳にビンタされて、エメが振り返ってきた。私を見上げてきた彼を見て、目を瞬かせる。


「……なにそれ?」


 私は率直に問う。


「この世界、いやこの国は異世界から人間が召喚される。ほとんどがただの人間だが、召喚された時、精霊達を見たはずだろう?」

「……白い光なら見たけれど」

「それが精霊達だ」

「!?」


 あれは、精霊達が浮いていたのか。

 エメが言うには、普通の人間では見えないものらしい。


「じゃあ、精霊が私とあなたを引き合わせたのね?」

「ああ、精霊にお前を育てるように言われた」

「……」


 私はあぐらをかいて、頬杖をついた。

 聖女とは、神の恩寵を受けて奇跡を成し遂げた女性だったり、けがれを知らない神聖な女性のことを指す。


「何故、直接精霊が私と話さないの?」

「今は時期じゃないからだ。【聖女】は世界を救うために、大昔に召喚した神や精霊の恩寵を受けた女のことだ。異世界からの召喚の代償として、異世界と繋がってしまい、時折人間が来るようになった」

「それで日常化してしまったのね」


 異世界転移の現象が日常化している原因を知り、納得した。

 その聖女の召喚魔法のせいで、大昔に地球とこのキャルークスを繋げてしまったのだろう。


「大昔に世界を覆い尽くそうとした瘴気は、当時の【聖女】が完全に浄化して世界を救った。だが、それでも【聖女】を召喚したから、精霊達は世話をするつもりだ」

「……私、召喚されたけれど、やることないのね」


 世界を救うと言う使命がないというのは、ホッとする一方で虚しくもなる。

 だから中途半端な笑みを漏らす。

 【聖女】なのに、私はやることがないのだ。世界を救うために召喚されたのに、事務的な対応をされて放っておかれたことを怒るところだ。

 でもまぁ、精霊は武器選びを手伝ってくれたし、エメとも引き合わせてくらた。少々厳しいけれども、見守ってはくれている。そのことに感謝しよう。


「まぁいいわ。このまま冒険者として活躍する」

「その粋だ。精霊が黙っていたのは、人間に利用されないためだ。世界中がお前を欲しがり戦争を起こしかねない。だから、【聖女】だということは伏せておくんだ」

「それは……面倒そうだし、うん、黙っているわ」


 私は面倒ごとには巻き込まれたくないと、苦笑を零す。


「私が他の人と違うのは、どこ?」

「魔力の性質と量だ。けがれなき魔力は膨大にある」

「そうなの。魔法を学ぼうかしら」

「図書館に行けばいい。魔導書の宝庫だ」

「それはいい考えね。でも図書館にあなたは入れないでしょ」

「……」


 流石に図書館にペットは入れないはず。

 エメはむくれた。その耳や尻尾を外せるものなら、外すと言うだろう。外せないのだ。このもふもふ。


「元に戻って。寝ましょう」

「……おう」


 私は手招きして、横たわった。

 頷いたエメは煙に包まれたかと思えば、ポンッといつもの子犬サイズの幻獣になって降り立つ。そのまま私に寄り添ったので、タオルケットを被って眠りに落ちた。



 

20180128

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ