04 久方の笑い。
【野良の戦士】。
戦っているから、戦士。
名前の由来が野良と伝わってしまっているらしく、野良。
一人で戦っているから、野良の戦士。
そんな風に呼ばれてしまっていることに、恥ずかしさを感じた。
注目されているのは、なんとも言い難い気分になる。
いや、正直言って嫌だ。眉は整えているけれど、化粧していない顔を見ないでほしい。化粧品買おうか。
「稼ぎまくってるじゃないか。もっと注文して食べていきなよ」
亭主ターニャさんは、そう豪快に笑う。
「あいにく胃袋は大きくならないので」
そう苦笑含ませて、遠慮をした。
アパートに帰って、ベッドに倒れ込む。
「もう、エメが働かせるからだよ」
エメに苦情を言うけれど、知らん顔をされてしまう。
もう、と漏らして、一緒にシャワー浴びた。
そしてベッドに戻って眠りにつく。
もうトリップしてから、何日目と数えなくなったある日のことだった。
「人が襲われた?」
「はい。死亡しました」
同業者の冒険者がモンスターに喰われてしまったということを、ギルド会館の受け付けで聞く。死亡した話を聞かされたのは、初めてで顔を歪めてしまう。
「そのモンスターの退治をお願いしております」
「はい、引き受けます」
二つ返事をした。
同業者を食い殺したモンスターでも、私にはどんなモンスターも討伐出来る自信があったのだ。それくらい強くなったと自負している。
「実は他の方々にもお願いしていて……」
そう受け付けのお兄さんが言う。
複数に依頼しているのか。それほど数が多いのか、強いのか。どちらかだろう。
私は悩んでしまう。今まで野良で、一人と一匹でやってきたのだ。
協力して戦うのは、自信がない。戦いに関しての協調性は身につけていない。
「そういうことなら、お断りします」
「えぇ!? なんで!?」
私は跳ねるように顔を上げる。
振り返ると、そこには赤毛の髪をした青年が立っていた。ふんわりとボリュームある赤髪に、丸目の瞳。私より下、いや同じ歳くらいか。
どうやらこの件を引き受けた本人が、聞いてしまったらしい。
「一緒に戦おうぜ?」
「おいやめろ、レッド。彼女は【野良の戦士】だ。誰ともつるまない」
「だからこそ一緒に戦いたいんじゃん! ブルーノ!」
止めたのは、ストレートの青い髪をした青年だった。
私は孤高の【野良の戦士】で通っているらしい。
単に人見知り病なだけなのに。
それにしても、レッドにブルーなんて、戦隊モノみたい。
あれ、でも、レッドとかブルーノとか、話に聞いたことある気がする。
有名な同業者の名前だった気がするけれど、思い出せない。
「戦おうぜ! 【野良の戦士】!」
ずいっと手を差し出してきた。
そう【野良の戦士】と面向かって呼ばれると、やっぱり恥ずかしい。
言っている本人は、恥ずかしさなんて感じていないようで、ただ人懐っこい笑みを向けてくる。
困ったな。私は一緒に戦う自信がないから、断りたいのだけれども、どうにもその笑顔を見ると断りにくい。
「ほら、彼女も迷惑がっているよ」
ブルーノさんがそう見えたらしく、言う。
染み付いた営業スマイルを、出し忘れていた。今更作っても疲れるだけだと判断した私はつい、肩を竦める。
「お願いだよ、君の実力をみたいんだ!」
本音はそれか。
手を合わせてお願いするレッドさん。
ここは迷惑がっていると思って、身を引いてくれないだろうか。
「行こうぜ! 名前はノラだっけか? オレはブラック」
黒髪でもみあげを刈り上げた髪型の大柄の男性が、笑いかけて名乗ってきたのもだから、私は笑いそうになった。でもポーカーフェイス。
人の名前を聞いて笑ってはいけない。
皆が戦隊モノみたいだけれど、笑ってしまってはいけない。
「グリーンドです」
大柄のブラックの横に立っている緑の長髪の人が、眼鏡をくいっと上げて名乗った。美しい顔立ちだけれども。
笑わせたいのか、この人達。
「我々は足を引っ張らないので、同行していただけないでしょうか?」
グリーンドさんは、そう提案する。右の手首には、金のリング。
「いえ。足を引っ張ってしまうのは、私の方です」
「ご謙遜を。【野良の戦士】のお噂はかねがね聞いています」
微笑まれて、私は肩を落とす。
誇張されているみたいだ。これだから注目されたくなかった。
エメが張り切ってしまうから、もう。
「私はまだまだ未熟者です。この通り、銀のリングになったばかりの異世界人で、協力して戦ったこともありません。なので今回のクエストには、相応しくないでしょう」
「いえ、その点は心配しなくてもいいです。このレッドは突っ走るタイプですので、一緒にフォローしますよ」
グリーンドさんは、さらっと言ってくれた。
「えへへ」と照れたように頭を掻くレッドさん。その手首には、金のリングがつけられている。
「褒めてないから」とブルーノさんが、ツッコミを入れた。
「せっかくのお誘いですが」
はっきりと断ろうとしたけれども、その前に「アウゥウウッ!」と吠える声がギルド会館まで響く。いつもは大人しいエメのものだ。
「お断り……」
「アウゥウウッ!」とまたエメの声。
どうやら断らせたくないようだ。
なんなんだ、あのワンコ。一ヶ月経っても子犬サイズで成長しないエメは、謎すぎる。もうあれが成長した姿なのだろう。可愛いしもふもふだけれども、謎だった。頭がいいとはわかるけれども、どこまで理解しているのやら。
「アウゥウウッ!」
「あれは、君の犬では?」
グリーンドさんが問う。
ええ、まぁそうですね。
「引き受けます」
私がそう言ったら、静かになった。
なんなんだ。何を考えているのだろうか。エメは。
「それはよかったです。では行きましょう」
「やったぁ!」
にこっとグリーンドさんが笑みを深めれば、レッドさんが手放しで喜んだ。
覚悟を決めなくちゃいけない。やだなぁ、感がある。
気が重いけれども「よろしくお願いします」と一礼した。
ギルド会館から出て、待っていたエメを抱える。
「何何? ペットも同伴なの? 大丈夫? 名前なんていうの?」
「あーはい。構いませんか? 邪魔はしませんので。名前はエメです」
レッドさんが問い詰めてきたので、しっかり答えては確認した。グリーンドさんに。
「ノラさんが構わないなら、どうぞ」
「はい」
許可は得たので、私はちゃんとエメを抱える。
レッドさんがもふもふしようと手を伸ばしたけれど、エメは嫌がったように唸った。レッドさんは傷付いて、しょんぼりと頭を垂らす。
「さーて、行くとしようぜ!」
ブラックさんが気合いを入れた様子で、声をかけた。
「おう!」とレッドさんが、顔を上げる。
グリーンドさんは「転移魔法を使いますよ」と言った。
どうやら道具に頼らずに、魔法を使うらしい。
レッドさんにくいくいと手招きされて、一歩歩み寄れば、グリーンドさんの足元から白い光が広がった。その光が、私達を包み込んだ。
場所は変わり、鬱蒼とした森の中。見覚えある。ここは西に位置する森だ。
「ここから、さらに西の方角だそうですよ。皆さん、気を引き締めてかかりましょう」
「大丈夫だ!」
「まっかせて!」
ブラックさんとレッドさんは言い退けた。
グリーンドさんは、楽しげではない。ため息をついている。
私はエメを下ろす。すると、いつものように駆け出した。
「あっちにいるみたいです」
「ほう? あなたの犬は感知能力があるのですね」
「そのようです」
グリーンさんは感心する。
「それは便利ですね」
便利。必要以上に感知してモンスターと戦う羽目になることが、便利の範囲に入るのだろうか。悩ましいものだ。
「ノラ! 前線行こうぜ!」
「はい」
レッドさんに笑いかけられて、返事をする。
剣を抜いて、いつでも戦える準備をした。レッドさんも、剣を抜く。二人で並んで歩くけれども、私に視線を送ってきた。にこにこしている。
「何か?」
「ううん! オレ、ずっと気になってたんだよなぁ、ノラの強さ!」
「はぁ……噂ほど強くないですよ」
「そんな! オレ楽しみにしてる!」
聞いていない。別に期待するほど、強くはないのだけれども。普通だと思う。ギルドも中レベルと判断して、銀のリングを渡してきた。
それなりに鍛えて、戦場に慣れてきただけのこと。
楽しみにされるほどではない。
「いました」
エメが足を止めるから、私はレッドさん達に伝える。
前方には、植物系のモンスターがいた。人喰い植物だ。
巨大な花に見えるが、大きな口から唾液が零れ落ちている。周囲にも似たような一回り小さな植物モンスターがいくつもあった。
私は視認して、耳飾りの魔法道具を発動して、周囲の植物モンスター達を氷漬けにする。
「あ、すみません。仕掛けました」
断りを入れてから、魔法を発動するべきだった。
そう気が付いて、振り返って謝罪する。
「いえ、謝る必要はありません。素晴らしいですね」
「うん、魔力たくさんあるんだね! 異世界人にしては!」
「これだけの数を一瞬にして氷漬けにした魔力……それに的確だ」
グリーンドさんも、レッドさんも、ブルーノさんも、感心した。
「いいから、さっさと狩り尽くそうぜ!」
ブラックさんだけは急かす。
左の方にレッドさんが飛び出した。私はそれを見てから、右に向かって剣を振り下ろす。氷ごと叩っ斬った。パリーンッと氷が砕ける。
一つまた一つと切り壊しておく。
「おりゃあ!!」
レッドさんの声を聞いて、そちらを一瞥する。
レッドさんは赤い剣を振り回して、私が凍らせた氷を叩き切った。
続いて、目にしたのは、大剣を振り下ろすブラックさんだ。
巨大な植物の触手を切った。花は大きな口を開いて、悲鳴を上げる。鋭利な牙がずらりと並んでいた。パクリとされてしまえば、ひとたまりもない。
そんな花のモンスターに、火の玉が降り注いだ。炎の魔法。
振り返れば、グリーンドさんが詠唱していた。
燃え上がる植物モンスター。このままでは、森が火事になってしまう。
炎ごと凍らせるべきだと判断したけれども、それより先に水が落ちた。
ザブンッと、炎は鎮火する。やったのは、グリーンドさんと後ろに控えていたブルーノさんだ。
鎮火したのはいいのだけれども、私達まで水を被ってしまった。まるで、一瞬の滝修行。
「これは失礼。鎮火には必要な量だったので」
ブルーノさんは私と目を合わせて、謝る。
化粧をしていなくてよかった。私は髪を掻き上げて「大丈夫です」と返す。
「オレ達は大丈夫じゃねーよ!」
「びしょ濡れだ!」
レッドさんとブラックさんは、苦情を上げる。
「避けないのが悪い」
「なんだと!?」
「ブルーノ!」
理不尽なブルーノさんに、水も滴るいい男のブラックさんも髪を掻き上げて、犬みたいにブルブルと震えたレッドさんも怒鳴った。
クリスタルは大きな水溜りの中に落ちていて、植物モンスターはもういない。ちょっとした池になってしまっている。
「浴びろ! お前もびしょ濡れになれ!!」
「嫌なこった」
「濡れろ!!」
ブラックさんが大剣で水飛沫を作るのだけれども、ブルーノには届かない。
「ちょっとブルーノこっち来いよ!」とレッドさんが追いかけるけれども、ブルーノは逃げる。
そんな姿を見て、私は吹き出してしまう。ちょっとツボに入ってしまった。私は濡れたまま、お腹を抱えて笑う。
「あははは!」
いつぶりだろうか。声を出して笑ったのは。
この世界に来てから初めてで、久方ぶりだ。
涙が出るくらい、笑ってしまった。
ああそうだ。あのマンガを読んで笑い転げたのがきっと最後だ。あのマンガの続きはもう見れないのか。残念だな。ああ、本当に残念だ。
笑っていたのに、悲しみが押し寄せてきた。ずっと堪えていた色んなものが来てしまったのだろう。涙が落ちる。ボロボロと零れた。
私はその場にしゃがんだ。いつの間にか、寄ってきたエメが頬擦りしてきた。
見られていることはわかっていても、私は泣き続ける。
笑い出したかと思えば、泣いた。情緒不安定な女だと思われるだろう。
それでも、誰もがそっとしておいてくれた。