03 野良の戦士。
幸い、ペットとして飼うことは許された。
その生き物は何かはわからなかったけれども、モンスターとは別の生き物だという。変わった犬だろう、とのことだ。モンスターがいるのだから、緑の犬がいても不思議ではないだろう。
食堂でも許可をもらって、店の奥で一緒に食べさせてもらった。ターニャという名の女亭主も犬だろうと言う。生肉を獰猛にかぶりついた。ガウガウと食い付いて、意外と肉食系。
部屋に帰ってからも、その子犬くんは大人しいものだった。
彷徨いて部屋の広さを確認すると、眺めていた私をじっと眺める。
「先ずは洗いましょうか」
そう提案して、バスルームに招き入れた。
私のシャンプーで泡立たせながら、名前を考えてみる。
私は心機一転して、ノラと名乗っていた。自分の名前に使っていなければ、ノラと名付けていたところだ。
むぅーと悩んだ末に「エメラルド」にした。
「エメラルドのエメ」
ブンブンとエメは身震いして、水っ気を吹き飛ばす。
理解しているかわからない。出来たらすごい。
「ついてきてくれてありがとうね。私、寂しかったの。ありがとう」
タオルで拭いてやりながら、私は笑いかけた。
本心だ。寂しかった。家族にも友だちにも、もう会えない。
新しく友だちを作る方法なんて、私にはわからなかった。そんな交友的な性格でもないし、その術を知らない。
まだここに来て三日。一緒にいてくれて嬉しい。
同じシャンプーの匂いを嗅ぎながら、その日はベッドに共に眠った。
「おはよう、エメー」
もふもふのエメを抱き締める。ペット用のシャンプーを買ってあげよう。
エメを置いて出掛けたら、それが気に入らなかったらしくて、帰ったら部屋は滅茶苦茶にされていた。簡易ベッドのシーツやタオルケットが、床に落ちている。
「……だめでしょう?」
「フシュ!」
「フシュ! じゃなくて」
一緒にいる時は、大人しくていい子なのに。
「どうしてこんなことしたの? 外に出たいの?」
コクリと頷いた。
驚く。とても頭がいいらしい。
人間の言葉を理解している。
「あなた何者?」
じとっと見ていたけれども、流石に喋りださない。
「わかったわ。仕事しに行きましょう」
そう言えば、コクリと頷いた。
ベッドを整えてから、私はギルド会館に向かう。エメも、タタッと歩いてついてきた。ギルド会館の中には流石に入れることは出来ないから、待ってもらう。エメは、お座りした。
冒険者初心者向けの依頼を引き受けて、エメと共に一緒に街を出る。
エメは行き先がわかっているようで、ズンズンと進んでいく。
そして標的を見付けた。
退治をして、換金。食堂で食事を済ませて、アパートに帰る。ペット用のシャンプーでエメを洗ってやり、自分もすっきりした。それから軽く筋トレして、ストレッチをしてベッドに眠る。
翌朝起きたら、顔を洗って歯を磨いた。そして筋トレ。腹筋と腕立て伏せとスクワット。
アパートの近くのパン屋さんで朝食を買って、肉屋さんでエメのハムを買い与えた。
そしてギルド会館に行って、依頼を引き受ける。
そんな日々を繰り返して、三十日が経った。
慣れてきたも同然だったある日。
「依頼がない?」
「はい。初心者向けの依頼はもう他の方が引き受けました」
初心者向けの依頼が、もうない。
私は受け付けのカウンターに頬杖をついた。
「もうそろそろ慣れた頃でしょう? フリーで討伐をしてみたらどうでしょうか」
受け付けの男性は、柔和な表情で告げる。
フリーか。クリスタルさえ手に入ればお金に換金できる。依頼を受けなくても、狩りをするのだろう。
「遠出が必要です。移転魔法の道具を購入することをお勧めします」
「魔法道具ですか……はい」
魔法道具は見に行ったことがあるけれども、どれも高かった。今なら貯め込んだから買えるだろう。
魔法は学校とかで学ばなければ習得出来ないらしいけれども、魔法道具なら誰でも扱える。
「わかりました。そうします」
私は地図に印をつけてもらい、ギルド会館を出た。
お座りして待っていたエメに「今日はフリーで狩りをするよ」と伝える。
ギルド会館から離れて、魔法道具の店に入った。転移魔法道具の使い方を教わって、購入。ペンダントタイプで、念じれば発動する。
私は店を出て、エメを抱えてから、緑のグラデーションの楕円石を握り締めて念じた。
初めは酔うかもしれないと言われていたけれど、ちょっとクラッとしただけで大丈夫だ。
目を閉じていたからどうなったかはわからない。でも目を開けば、違う光景があった。身体も浮いていて、スタンと着地する。
荒野が広がっていた。岩がゴツゴツとあちらこちらある。
エメが私の腕から飛び降りた。グルルッと唸る。
モンスターが近いということだ。私は腰に携えた剣を抜いた。
岩陰から覗けば、いる。大型犬のよりも大きいけれど、痩せっぽち。骨が剥き出しになりそうなほどだ。全体的に黒い。
私は飛び出して、真っ直ぐに向かい一刀両断した。
「ガウ!」
エメが吠える。まだモンスターはいるようだ。それを知らせてくれる。
すぐに視線を走らせて周りを見れば、襲い掛かる同じモンスターがいた。
私は屈んで避けると同時に、剣を上に向けて立てる。飛び掛かる勢いで両断。ポトンと、クリスタルが落ちる。
それでも「グルルッ」とエメは岩の方を見て、唸った。
まだまだいるようだ。
「よし。狩りまくろうか」
私だって、まだまだいける。
エメの感知を頼りに、どんどん狩りをした。
陽が暮れるまで、剣を振り続ける。
クリスタルを拾い集めた頃には、すっかり暗くなってしまった。
転移魔法道具のペンダントで街の入り口に戻って、ギルドに向かう。
どーんとクリスタルの山をカウンターに置いたら、周囲がざわめいた。
注目されていることに、ちょっと恥ずかしさと居心地悪さを感じる。
「一人でよくここまで狩りましたね。……異世界人ですよね?」
今朝話した受け付けの人が、驚きつつもクリスタルを秤にかけた。
厳密に言えば一人ではない。エメがサポートをしてくれたから、休むことなく戦い続けた。流石にヘトヘトである。
「異世界人です」
私は苦笑交じりにそう答えた。
大量の金貨をもらったので、明日は何か魔法道具を買いに行こう。
ざわめくギルド会館から逃げるように、飛び出した。
「ご飯の時間だよ、行こうエメ」
待っていたエメに声をかけて、いつもの食堂に食べる。
女亭主ターニャさんに相談してみた。モンスターとの戦いで便利な魔法道具は何か。
「そうだね。直接、魔法道具の店員に尋ねた方がいいと思うけれど、わたしとしてはノラは剣を使うんだろう? だったら、飾りの魔法道具がいいと思うよ」
「飾り、ですか?」
「そう。耳飾りや腕飾り、身につけて魔力を込めれば発動するものさ。そのペンダントみたいにね」
「なるほど、参考になります」
ありがとうございます、とお礼を伝える。
そういう攻撃魔法の道具もあるのか。明日よく考えながら購入して狩りに行こう。
「それにしても、今日はアンタ、何故か注目されてるね」
「え?」
ターニャさんに言われるまで気が付かなかったけれども、他のお客さんに見られている。ギルド会館にいた人達だだろう。居心地悪さを感じた私はサッと食事を済ませて、エメと帰った。
予定した通り、翌日は魔法道具を買いに行く。
老人の店長から説明を聞きつつ、どれにしようか吟味した。
そして、選んだのは白銀のひし形の一つの耳飾り。左耳につけた。
早速使おうと、ギルド会館には行かずにそのまま昨日狩りをした場所に行く。転移魔法道具のペンダントを使った。一度来た場所ならスムーズに移動出来るという話だ。思い浮かべたその場所に、立っていた。
そしてモンスターがいたものだから、一度距離を取ろうと身を引く。
昨日と同じ黒くて大型犬みたいな細身のモンスターだ。
ゲームのように湧いてくる。根源は黒のクリスタルだという。それはここよりも遥か遠くにあるそうで、夜のうちに生み出してはそのモンスターが街に近付くらしい。だから毎日狩っても狩っても、湧いてくる。
お金を払ってくれているのは、国だ。国を守っていると同じだから。
けれども、昨日よりは少なかった。三体だけ。
私は念じるように魔力を込めて、耳飾りの魔法を発動させた。
氷の魔法の魔法道具。目にした場所に氷を作り出すもので、私はモンスターの足を凍らせることに使った。
動けないモンスターの首をはねる。
三体倒した時には、もう氷を使うコツが掴めていた。
「よし、今日はこれくらいにしようかな」
昨日は稼ぎまくったから、もう終わりにしようと思ったけれども、エメがトコトコと歩いて行ってしまう。
「エメ? 何処行くの?」
追い掛けてみれば、暫くしてモンスターと出くわした。
丸々と太ったマンモスのような巨大なモンスター。私を簡単に踏みつけそうなそれと戦うことになった。モンスターとは人間どころか他の動物を襲う習性があるのだ。
氷で足を封じようとしたけれど、パッリーンと壊された。
氷の厚さが足りないみたいだ。
私は十分に距離を取って、じっと足を睨むように見て集中した。もっと大きな氷を、と念じる。すると、さっきの二回り大きな氷が現れて、マンモスモンスターの足を封じた。
チャンス。そう判断したと同時に飛び込んで、剣を心臓があるであろう胸に深々と突き刺した。パッと黒く光ったかと思えば、手応えも姿も消えて、クリスタルが落ちる。
「エメ。終わりにしよう」
周りを確認しつつ、帰ることを伝えるけれども、またエメはまたトコトコとモンスターを探しにいってしまう。
鬼だな、あの犬。そう思った。
魔力の消耗に気を付けて、と老人の店長に助言をもらったけれども、特に魔力切れはない。魔力が多い質みたいだ。
結局、またどっさりとクリスタルを持って帰り、私は嫌な注目を浴びてしまう。
それが数日繰り返して、私は何故か銅のリングを取り上げられて、銀のリングを与えられる。そのあとで、食堂で同業者に【野良の戦士】と呼ばれていることを知った。