12 雪の山。
どんどん近付く真っ白な地面。
私は「風よ(ヴェンド)!」と唱えて、風のクッションを作り出した。
無事着地したはいいけれども、プスンッと足が雪の中に突っ込んだ。白の正体は雪だった。
「ひやあああ! 冷たい!! え、エメ!!」
私はバタバタと暴れて、エメに助けを求める。吐く息も真っ白だ。
巨大化して大狼の姿になったエメによじ登って、避難した。
もう氷のように冷たくなってしまった足を摩って、身を縮め込ませる。
寝間着姿では寒すぎる気温。ここは多分雪山だ。国の北側の山に雪が降っていると聞いたことある。それとも雪の降る国だったりするのだろうか。
寒すぎて、泣きそうだ。
「エメ、毛皮貸して」
「そんな冗談言っても無駄だぞ」
「エメぇ……」
エメはいいよね、毛に覆われているんだもの。
私はガクガクと震えていれば、目の前に毛皮が差し出された。
少年の姿の精霊が、笑顔で差し出す。
呼び出す前に、着替えさせてもらいたかった。
「ありがとうございます」
ガクガク震えつつも、毛皮のコートの袖に腕を通して、もふもふのブーツを履く。それでも暫く凍えてしまったから、エメにしがみ付いた。
「あ、あの、あなたの名前は?」
「ボクは大地の大精霊の配下、この山の精霊だよ。アテッラ」
「精霊アテッラ。助けてほしいとは、何ですか?」
早速本題に入って済ませたい私は問う。
すると私が乗っているエメが唸った。
「あれだよっ!」
精霊アテッラが指差すのは、斜め上。
それを目で追ってみると、丘を超えて巨大な蛇が姿を現した。
純白の雪山には似合わないピンクの身体は、一際大きなドレイクより巨大だ。バサッと羽ばたく。蝙蝠の翼を持っていた。
「気を付けろ!」
エメが吠えると、同時に空へと飛び上がる。
「キーヴルだ!! 猛毒を吐くぞ!」
「猛毒!?」
キーヴルというモンスターらしい。
エメにしがみ付いて見てみれば、さっきまでいた場所に毒らしき液体が吐かれた。どす黒い紫色をした液体から、黒い煙が立ち上り、雪が溶ける。
喰らったら、ひとたまりもない。
精霊アテッラも飛ぶ。
「ボクを狙っているみたいなんだよ!」
「わかりました。あれを狩ればいいんですね」
「お願い!」
風で浮き上がるエメから、降りる。
ひゅううんっと落下していく中、剣を抜く。
「風よ(ヴェンド)!」
風を纏って、キーヴルに真っ直ぐと向かう。
手っ取り早く首を両断しようとしたけれども、キーヴルは上に飛んだ。尻尾が背中に叩き付けられて、私は雪の中にボスンと落ちた。
「ぶはっ!」
沈んでいないで、すぐに起き上がる。
「何やっている、ノラ!」
「蛇は苦手なのよ!」
動きが予測しづらい。初めての蛇モンスターと戦った時は、満身創痍になったくらいだ。エメに叱られて、ぶるっと顔を振る。
また唱えて、風を纏って上空に飛んだキーヴルを追った。
吐かれる猛毒を、回転して避ける。剣は掠った。黒い血が噴き出す。
身体を捩ったキーヴルは、また尻尾で攻撃してきた。
私は上半身を捻って避けてから、緑の舌を叩き斬る。
耳を塞ぎたくなる悲鳴が響いた。おかげで下は、雪崩が起きる。スノーパウダーが舞い上がって視界を悪くするけれども、見えないほどではない。
下はお構いなく、私は水の檻を生み出した。その中に閉じ込めたら、徐々に水の柱が凍り付く。氷の檻の出来上がりだ。
キーヴルは毒を吐いて、溶かそうとする。
その前に、私は水の球体を作り出して、衝突させた。
弾き飛んだ水は、凍って雪の上に落ちる。
もう一回、水の球体をお見舞いしてやった。
キーヴルには大ダメージのはずだけれど、ぐるぐると回った勢いで凍った水の檻を破壊する。パラパラと煌めきながら、砕けた氷が落ちていく。
やっぱり、蛇の頭を落とすしかない。
風の魔法で宙に留まっていた私は、身体を吹っ飛ばした。
それを警戒したキーヴルが、またにゅるりと躱す。
的が大きいくせに、にょろにょろして剣が当たらない。
「だったら超加速!」
スピードが勝ればいい。魔力を込めて、風の魔法を強めた。
目も開けていられないスピードで間合いを詰めたあと、剣に手応え。
目を開けば、キーヴルの頭は胴体から離れていた。
そして、黒く光ってくすんだクリスタルになる。今まで一番巨大なクリスタルが、落ちそうだったけれど、精霊アテッラが受け止めてくれた。
「ありがとう! ノラ!」
「いえ……どういたしまして」
私は緩やかに落下して、ポスンと雪の上に着地する。
「なんでまた精霊がモンスターに襲われていたのですか? そういうものですか?」
「ううん。ここまで来たあんな巨大なモンスターは初めてだよ。暴れるからボクが鎮めようとしたら、狙われちゃって……ノラに助けてもらっちゃった!」
ふわふわと漂う精霊アテッラは、無邪気に笑って見せた。
精霊が狙われることは滅多になさそう。
姿を見せないものね。精霊は。
「そうですか、もういいですよね。私はこれで失礼します」
白い息を吐いて、ブルブルと震える。
動いたとはいえ、風をずっと纏っていた状態だった。そんなに温まっていない。顔は冷たいし、早く帰してほしいと頼もうとした。私は転移の魔法道具を持ってきていないから、精霊アテッラに帰してもらうしかない。
「そんな! せっかく来たんだからゆっくりしてって!」
「いえ。日を改めたいと思います」
帰らせて、切実に帰らせて。
雪山で、寝間着はキツすぎる。毛皮があってもだ。
「そんなことを言わずにさ! ほら! ボクがいいところに連れてってあげる!」
「もう夜ですし……」
「夜だからいいんだよ!」
精霊アテッラに、手を掴まれた。そのまま、ふかふかの雪の上を歩かされる。コートの隙間から入ってくる風が冷たい。
ひぃいっと思いながら、私は仕方なく精霊アテッラについていく。
あれ、エメは何処だ?
首を回して見れば、エメはバフンッと雪の中に飛び込んで遊んでいた。
「……エメ?」
「なんだ?」
エメを呼べば、にっこりと上機嫌な笑みを返される。
帰りたいのは、私だけなのか。
やっぱり犬って、雪好きなんだ。
「いや、うん、楽しんで」
「おう」
エメの新たな一面を見た。
エメはまた雪に顔から突っ込んだ。
精霊アテッラに連れて行かれたのは、山だった。坂を上って、左右に進む。
「まだ先ですか?」
繋いでいる手はしっとりスベスベしている。精霊って皆肌がスベスベなのだろうか。アフェルトもスベスベだった。
「この山のてっぺん!」
「……転移魔法を使っちゃだめなのですか?」
「人間の君だとあれになっちゃうよ。なんだっけ。えっと、高山病!」
「ああ、お気遣いありがとうございま……す……?」
大きな洞窟の前を横切った時、足元の雪に赤が飛び散っていることに気が付く。
もしかして、これは……血……?
モンスターの血は黒いものだから、動物か人間のものに違いない。
私はそっと精霊アテッラから右手を離して、その洞窟の中に入った。
途端に鼻につく血の臭い。そこは血の海だった。
何人かが倒れていて、虫の息。白い息が、僅かに見えた。
何かに切り裂かれた跡がある。深い傷だ。
私はすぐさま治癒魔法を唱えようとしたけれど。
「ーーまだいたのか」
雪よりも冷たい低い声が、異様にその場に響いた。
ギュッと何も持っていない右手を握り締めた私は振り返るか否かを考えつつも、昼間のアイオライドさんの殺気を思い出す。それをひしひしと感じたのだ。
恐らく、十中八九、この場に倒れている人間をやった者だろう。
私は意を決して、振り返った。
するりと何かが絡み付いて、私の右手を引っ張る。
尻尾のようなものだ。
「っ!?」
ギシッと締め付けられたから、右手を開く。
すると暗闇の中から男の人が現れた。
「……何も、盗っていないな」
手の中を見ると、締め付けは緩められる。
「あ、あの、治癒魔法を唱えさせてください」
「……」
ぎろり、と睨まれた。すぐにでも怪我を癒さなくては、死んでしまう。
「お願いします」
「……」
男の人はじっと私を見据える。見定めるようにじっくり見ているけれど、時間がない。
「ああ! オーロルド! また何してるの!?」
そこで声を上げるのは、追いかけてきた精霊アテッラ。
「治癒魔法を唱えます」
私は尻尾らしきものを振り払って、倒れている人々の真ん中に立った。
「“ーー清浄を広げ、我が汝らを癒す。地の鼓動を聴け。天の光の息吹を感じよーー”」
忘れもしない詠唱。あの時のような魔力の消耗はなかった。
範囲が狭かったおかげだろうか。地面は私の足元から白い光を伸ばして、人々の怪我を癒していく。ざっくりと切れた上半身の傷が塞がっていくのを見た。
「うっ……」
「気が付きましたか?」
「うあああ!」
「逃げろ!!」
「!?」
起き上がったかと思えば、全員は逃げ出す。
よっぽど恐ろしいものでも見たのか、悲鳴を上げて洞窟を出て行く。武器まで置いていっている。
「ノラに感謝もしないの? もう! これだから冒険者は!」
「冒険者……」
精霊アテッラは、プンプンする。
彼らはリングをつけていたらしい。見てなかった。
ん? 冒険者ということは、彼らは何かを討伐しに来たってことか?
私は人の姿をしたあの人を見てみた。尻尾がある。人間ではないはず。
「私は、ノラです。冒険者の【野良の戦士】と呼ばれています」
とりあえず名乗ってみて、彼のことを知ろうとした。
けれども彼は私を見るだけで、何も言おうとしない。
「ドラゴンのオーロルドだよ」
精霊アテッラが紹介してくれた。
私はギョッとしてしまう。
「ど、ドラゴン?」
クリスタルから生み出されるモンスターは別の生き物。幻獣に近い存在。
その大きさはドラゴンタイプと分類されるドレイクとは比べ物にならないほど大きいらしい。三倍はあるとか。
そんな本物のドラゴンと聞いて、驚愕した。
目の前にいるこの男の人が、ドラゴン。
通りで、冒険者達が起きた瞬間に逃げ出すわけだ。
ドラゴンはその気になれば、街なんて一瞬で崩壊させることが出来てしまう最強な種族なのだから。
20180301




