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【補足】 『合戦』とは!?

メッセージ、ご感想をいただいたみなさま!


まことにありがとうございました!


読者様より、前回の「合戦とは!?」に補足をいただきました!


ありがとうございます!!


今回はその補足をご紹介いたします。

(情報をご提供いただいたお方の名前は伏せさせていただきますが、素晴らしい内容ですのでそのまま引用させていただきます!)


◇馬について◇

日本在来種馬は元々蒙古馬種に属します。大型ポニーに分類されていますが、実は元々の日本に古来からいる馬は木曽馬や南部馬だけで、その他はこの木曽馬や南部馬を基に品種改良して小型化させた馬なのです。戦国期には147㎝以上の小型馬(ポニーよりは大きい)がそれなりにいます。

名馬と云われる馬が該当します。平均135㎝の中で145㎝の馬がいると大きく見えますよね?前田利益の松風しかり、本多忠勝の三国黒しかりです。

尤もサラブレッドは甲冑を纏うと足が折れます・・・欧州の中世騎士モノでもサラブレッドは多用されていますがこちらも不可能ですよね(・・;)こちらは重馬種です。

確かに……

重すぎると脚が折れてしまいますよね……



馬に乗っていなかったという点ですが、確かに最前線にいる将は乗っていなかったのはほぼ間違いないのですが、一部例外があるそうです。

それはこの時代の武士は平均身長が低く、馬に乗ったほうが視界が広く取れて、指揮が上手く出来るという点です。

もっともこれも鉄砲のいい的になるので、かなり後方の司令官が、戦闘中に乗っていたというのが確かなのでしょうが。

それと伝令をする役目の侍は、やはり移動速度が速いので、馬に乗っていたようです。

馬廻りというのは大将にとって最後の壁であると同時に、指示を各武将に送るものだったようですので。

なるほど……

確かに利用用途は移動手段だけではなさそうですね!

この観点は素晴らしい!


◇一騎打ち◇

正式には一騎討ち

一騎討ちは戦国期にも普通に行われています。最後の一騎打ちは西南の役(ただし一次史料では未確認)であった可能性もあるほどです。

なるほど!

もしかしたら乱戦の中で偶然出くわして始まってしまったという可能性はありますね!

まさか兵たちが見守る中で一騎討ちとは、少し考えにくいですからね……


◇鉄砲◇

戦国期後半は鉄砲。

これも実は怪しくて、一説には一番多かったのは矢傷であったと言われています。原因は硝石や黒色火薬が今とは比べ物にならないレベルで高かったからですね。つまり、鉄砲を一斉射→弓攻撃が大半であったのです。

鉄砲の玉+火薬一発分で矢が数十本揃います・・・

私は「投石」もかなりあったのではないかと思っております。

兵たちの多くは農民であったことを考えると、弓の取り扱いはかなり困難だったのではないか、というのが私の推論です。

ましてや鉄砲の取り扱いなど……



……ということで、補足でした。


みなさまからのご意見、まだまだ募集しております!





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