噛み合わない話
「………あれ?」
すでに自分は10分以上この状態だ。なのにいつまでたっても狼はやってこない。
そろそろ動けるようになった身体をのっそりと起こして周囲をうかがう。ピィピィと鳥の鳴き声だけが聞こえる。彼女ははぁぁーーと深いため息をついた。
「死ぬかと……思ったわ……」
彼女のすでにボロボロも崩れていた団子を解いて下で一つにまとめ直す。そしてゆっくりと荷台へ近づいていく。
「なんで荷馬車なんだ…これ、馬に引かせるやつだよな…車じゃねぇのかよ。……なんかの撮影か?」
にしても、いったい自分に何が起きているのか。先ほどはまるで嵐のような出来事だった。突然訳のわからないところにいたと思えば突然狼に追いかけられ、盗賊?のような格好をした人たちにぶつかったと思えばその人たちはさっさと何処かへ行ってしまった。最後は狼に殺されると覚悟を決めて目を閉じてれば何も無く、狼もいない。
体をひねればズキズキと痛み、スカートは少し裂け、足は所々切れており血が出ていた。腕は幸いなことにジャケットが守ってくれたのか傷はなかったが手もやはり葉や木の枝で切れていたらしい。手の切り傷を少し舐め、リュックの中から水筒を取り出し喉を潤す。
混乱した時は状況を整理せよ、とは先輩の言葉だ。
「えぇっと、私の名前は……古川杏。年齢は……何歳だっけ。あぁ、17歳。の、熊川高校二年生帰宅部。よし。覚えてる。」
いや、こんぐらい普通に覚えてるか、と乾いた笑いを零す。
朝、自転車で登校中。ぐらりと視界が歪み「あれ」と思った時にはすでにあの森の中にいた。そこからは、さっきの通り。
「……くそ、情報が少なすぎんだよ」
手を見るとフルフルと微妙に震えている。手だけじゃない。全身がフルフルと震えている。
「はは、震えるほど怖かったのか」
怖かったにきまってるだろう!!突然わけわかんねぇことに巻き込まれて、ここがどこかもわかんないまま死にかけて!!これで怖くない奴がいるのかよ!!
半ギレでそう言い返すとだんだん本当にこのままなんじゃないか。と思えてきて。もう二度とあの我が家には戻れないんじゃないかと思えてきて瞳からボロボロと涙がこぼれる。
「お、おぉ。な、泣くなよ。悪かったって。ほら、な?」
「ひぐっ…うるさ…ひぃ…ううぅ〜」
ん?
「ひぃぃぃあぁあぁ!?!?!?!?」
「どぉぉぉおおおお!?!?!?!?」
だだだだだ誰!?!?
「え?今?今気づいたの俺に。遅くね?会話してたじゃん。」
「え、あっごめ、すみません。あの、え?」
気がつけば隣に男が座っていた。日本人ではありえないような栗色の髪、青い瞳。
「あ、に、日本語お上手ですね…ハハ」
「は?ニホンゴ?」
「え?い、いや日本で話されてる言語で」
「はぁ?言語に種類もクソもあるかい」
いや、種類もクソもあるだろ!
「あのここはどこですか?」
「ここは…多分カナトルーンに向かう道の途中だな。」
「かな…つるー…?」
「カナトルーン。知ってるだろ?めちゃくちゃ有名なでっけぇ商業都市。」
「す、すみません。どこの国の話ししてるんですか?」
「どこの国ってここはリアナ王国だよ」
「…?」
「……?えっ…と、嬢ちゃんはどこの子だ?ここらじゃ、あんまみねぇ服してっけどよ。」
「私はあの、日本。日本国です」
「はぁ?どこだそりゃ。」
「え?いや。日本です。JAPAN!アジアの!極東の!島国で!」
「島国…?いや、島国でも聞いたことないな。有名なのか」
「そりゃ有名…な、つもりなんですけど…あの、中国。Chinaの隣に」
「チャ…?」
「あの、アメリカと海を挟んで…」
「アメ…り…」
「イギリスとか!フランスとか!あと、あとロシア!」
「????」
(こいつ…有名な国名を挙げたつもりだがこれすらもわからんとは…かなり…あの、頭が弱いんじゃ…)
「おい、バカを見るような目をしてるんじゃねぇ」
「えっいやっはははは」
「バカはオメェだろ。カナトルーンもリアナ王国もわかんねぇとか今まで何してたんだよ」
「えっいや普通知らない…」
「国なんて全部で4つしかねぇぞ。」
「はっ!?100超えてるはずじゃ…」
「はぁ!?そんな多くねぇよ!リアナ王国!ドーソン王国!ラサ王国!モブティ王国の計4つ!」
「はぁ!?」
「んん!?」
どうも話が噛み合わなさすぎる。そう思った彼は少し苛立ったように説明を始める。