第87話 迷いの森への道程(後編)
前半、食事中注意です。
暴力表現があります。ご注意下さい。
「これはまた、とんでもないコテージ? ですね」
「ある意味では、王城以上ですね……」
マリナさんと王女が口々に感心している。
そして、家に帰るとトイレに行きたくなるタイプらしいヤスナは、
「自然がアタシを呼んでいます!」
と、俺の間取り説明を途中で抜けて、お手洗いに向かっていった。
まぁ、我慢のしすぎは良くないが、いきなり自分家のように思われるというのは少々複雑な気持ちではあるな。
ヤスナらしいと言えばヤスナらしいけど。
「本当に発動できるとは思わなかったよ……しかも一発で覚えるなんて……」
「咲良、主様なら造作もないことです」
術式を登録した張本人である咲良は、家の機能については既に知っているせいか一人だけ別な点に驚いており、イリスはなぜか誇らしげだ。
「まぁ、魔力は結構持っていかれたな。それでもまだ戦闘に支障をきたすほどでもない」
「なんていうか、日本にいたときもいろんな意味で凄かったけど、こっちに来て益々磨きがかかったみたいで恐ろしいような……頼もしいような……」
「なんだよ、いろんな意味で凄かったって。陸上記録なんかも高校生の記録の範囲内に留まっていただろう?」
「陸上系の記録が、全部ピッタリ前年インターハイの平均記録だったりしなきゃあねぇ。うちの高校、陸上はそんなにだったから、勧誘が凄いことになったじゃない」
「あれはちょっと面倒だったなぁ。筋力系の記録は普通だったんだけどな」
筋力に関しては氣を使わなければ、平均より少し上くらいだった。
身体の動かし方がもろに出る陸上競技系の記録は、色々面倒だったので調整させて貰った。
中学までは、じいさんに言われた通りの記録を出していた。
修行の一環だと言われていたが、今にして思えば騒ぎを避けるためだったんだろうな。
「魔石もなしにどうやって……?」
蛇口を捻り水を出しながら、王女が首をかしげている。
まぁ、「蛇口を捻り」というのは慣用的な表現に過ぎず、実際はレバーを横に倒す仕組みだ。
赤のレバーを倒すとお湯が青のレバーを倒すと水や出るようになっている。
それぞれの倒す幅を調整することで、温度の調節が可能だ。
温度指定など機械的な制御は、魔術だけでは難しかった。
回すと水が出るというより、レバーにしたのも同様の理由だ。
「まぁ、この家自体使い捨てだからできることだな。最初に込めた魔力がなくなれば、全部使えなくなるからな」
このあたりは課題だな。
こうしてテント代わりに使う分にはなんの問題もないのだが。
一通り、台所の使い方を教えた後は、風呂場へ……
「キョーヤさん! キョーヤさん!」
と思ったら、ヤスナが興奮しながら廊下を走ってくる。
忍びの性なのか、足音はたてずに。
「ヤスナ、廊下は走るな。足音をたてなければ良いって問題でもない」
「おおっと。すみません。
いやぁ、異世界のお手洗いって凄いんですね! 並々ならぬ情熱を感じました!」
そういえば、アメリカから来た留学生も、こんな感じで、
「キョーヤ! 日本のトイレはすごいねぇ! 壁にボタンが沢山あって困惑したよ!! HaHaHa!!」
とか言ってたな。
ちなみに、この世界のトイレといえば、穴かおまるだ。
それから比べると、随分と革新的だろう。
ヤスナが興奮して温水洗浄便座と自動洗浄機能について語る姿を生暖かい目で見つつ、風呂場の利用方法を皆に説明し一通りの案内を終えたのだった。
†
「主様、少々よろしいですか? ああ、やはりヤスナもいたのか」
アスドラとタマの世話を終えてリビングで小休止を取っていた俺のところに、先ずはヤスナが、次いでイリスがやってきた。
「二人とも、要件はこちらに向かってくる人間らしき気配ってことで合っているか?」
「やはり、主様もお気づきでしたか」
「ああ。一応『インビジブル』で隠しておいたが、聖属性の波動を発しているからな。気がつかれるかもしれない」
といっても、マップ上の光点は敵性及び味方以外を表す黄色だ。
すぐに問題へ発展はしないだろう……
――と思っていた時期が俺にもありました。
時刻が夕方にさしかかると同時にぽつりぽつりと現れ始めたミストレイスが、あからさまにこの家を避けているのを目ざとく見つけた、件の気配の主たちがやってきたのだ。
現在、先頭を歩いていた男が壁にぶつかって悪態をついている様子が、シンシアによって実況中継されている。
「しょうがない、ちょっと外に行ってくる。お前たちは夕飯の支度を続けつつ、風呂の準備を始めておいてくれ」
「主様、お一人で向かわれるおつもりですか?」
「ちょっと行って話してくるだけだ。すぐ戻る」
玄関へと向かおうとしたが、イリスに呼び止められる。
「主様がそのような雑事をされる必要はありません。私とヤスナで参りますので、主様はそのままおくつろぎを」
「夕飯とお風呂の準備なら、そんなに人数は必要ないですからね。パパッとお話をしてきますよ。キョーヤさんはそのまま休んでいてください」
ふむ、そう言うことならお言葉に甘えるとしよう。
「……そうか、女二人ということで、舐められるようなら合図をして知らせてくれ」
「「わかりました」」
廊下の向こうに消えていく二人を見送ると、王女が俺に話しかけてきた。
「何となくですが、ヤスナも張り切っているようですね」
「そうなのか?」
本気で冒険者を目指すつもりなのだろうか?
「ええ。ここのところずっと思い詰めていたようですが、ようやく振り切れたようですね。すべてキョーヤさまのおかげです。ありがとうございます」
「頭を上げてくれ。俺は礼を言われるようなことは何もしていない」
「では、そう言うことにしておきましょうか。ですが、ヤスナも……いいえ、私もマリナもキョーヤさまには感謝し通しなのです。そのことだけでも、覚えておいてくださいね」
そう言って、キッチンへと戻っていってしまった。
……心当たりがなさすぎる。
「キョーヤ、ヤスナが呼んでるから、繋げていいかしら?」
省エネモードで俺の肩に乗ったままのシンシアが、俺に話しかけてきた。
「ああ。頼む」
「あーキョーヤさん、聞こえますか?」
「聞こえてるぞ。どうした? 何か問題があったのか?」
と聞いてヤスナの解答がある前に状況を察することができた。
「――がいします! 軒をお借りするだけでも……」
「パーティのリーダーとお話させてください!」
「だめだ! だめだ! すぐにここから立ち去れ!」
10人程の男たちが、イリスとヤスナに詰め寄っている様子が聞こえてきた。
「っとまぁ、こんな感じでして……」
「一体全体、どういう素性の奴等なんだ?」
「おおよそは、キョーヤさんの想像通りかと」
「……ゲルベルン王国からの脱走者か。ハインツエルン王国国境にも、ミレハイム王国国境にも行けないから、迷いの森を抜けようっていうのか?
全く、無茶なことを考える連中だな」
「キョーヤさんがそれを言いますか?
って、それはどうでも良いのですが、張り切って出ていった手前申し訳ないのですが、どうしましょうか?
脅しても、なだめすかしてもだめで……」
「そいつ等は今のところ敵性の反応はない。あまりやると、逆にお前たちの方に犯罪歴がつくから気をつけろよ。
――仕方ない。やはり俺がそっちに行こう」
俺が外に出ると、イリスとヤスナが申し訳なさそうに待ち構えていた。
「主様、申し訳ありません」
「お役に立てず……
ですが、彼等もパーティリーダーとお話できれば、落ち着くでしょう」
誰がパーティリーダーだ誰が。
そういえば、まだ決めてなかったな。
あとで話し合うか。
とはいえ、連中を前に不用意な発言をするほど間が抜けてはいない。
「こんな子供がパーティリーダー?」
「我々を侮って、女子供をよこしたのではなかったのか?」
やはり、この世界では若く見られるようだな……。
目の前の男たちに比べてしまうと、たとえ18歳に見られていたとしても十分子供かもしれないが。
まぁ、いずれいせよ間違いを正してやる理由は一切ないけど。
「ここは俺たちが陣を張っている。そうやって、無理に野営の場所を同じくするのはルール違反だろう?
そこにいられると迷惑だ、さっさと立ち去ってくれ」
冒険者の間では明確に禁止されているし、そのため一般的な旅人も不文律としているはずだ。
そうしないと、冒険者を護衛に雇えないしな。
こうして、コバンザメ的にあやかろうっていう魂胆が嫌われるというのもあるが、街中と違い基本的には無法状態であり、互いに自衛が目的というわけだ。
こうしてしつこいと、怪しんでくれ、嫌ってくれと言っているようなものだ。
「それは、そこの二人にもはっきり言われた。だが、夜逃げ同然に落ち延びてきた我々には、魔除けの香は疎か食料すらも……」
「中に入れてくれとは言わない。だが、せめて軒先だけでも……」
「できれば食料を……」
最後、要求のレベルが上がったな……。
下手に同情すると、“軒を貸して母屋を取られる”なんてことになりそうな連中だな……。
「お前たちみたいなゲルベルン王国民が、一体何人いると思ってるんだ?
それを、全部助けろとでも言うのか? それとも、お前たちだけが助かればそれで良いのか?」
あえて口には出さないが、為政者が犯した罪であっても、その国民に一切の罪がないというわけではないからな。
「ぐ。子供のくせに屁理屈を……」
「こっちが下手に出ていれば、子供のくせに……」
ほら、化けの皮が剥がれてきた。
「下手って……迷惑だって言っているのにもかかわらず、こうして居座っているだけじゃあないですか……」
ヤスナが残念な物を見るようなめで、連中を見やる。
「それに、随分と少人数で逃げてきたように見えるが……それこそ、女子供、それに老人はどうした? まさか、見捨ててお前たちだけで逃げ出してきたのか?
それとも、老人たちは見捨てるか殺し、女子供は奴隷商にでも売ったのか?」
俺が劣飛竜を看病している間、ゲルベルン王国にはハイエナのように奴隷商人が入り込み、少量の食料などと引き替えに女子供を買って回ったそうだ。
現在、ミレハイム王国が国境を封鎖している理由は、そんなところにもあった。
残念ながら、取引自体は合法であるそうだが。
俺のセリフに、男たちは言葉につまる。
なんだ、図星か。ゲス野郎ども。
ますます、助ける気がなくなったな。
まぁ、元々ゼロでこれ以上減りようがないんだけど。
自然と半眼で連中を睨みつけていると……
「つーか、どうせ女子供しかいないんだろう? 殺して奪い取ればいいだけの話じゃねぇかっ!!」
「おっおい……お前等……」
「俺はのったぜぇええええええええ! どうせ、一人も二人も一緒だあああああ! ひゃはーっっ!!」
二人の男が敵性反応に変わり抜剣する。
だが、抜剣の手つきはお世辞にも良いとは言えない。
当然、経験が入ってくることもない。
どの段階で経験が入ってくるかはまちまちではあるのだが、恐らく【剣術】スキルを持っていないのだろう。
念のため真理の魔眼で確認すると、当然【剣術】スキルは持っておらず、しかも――
──────────
犯罪
強盗未遂
──────────
──────────
犯罪
殺人・強盗未遂
──────────
ハイ、アウトー。
俺が敵性反応と犯罪がついたことをイリスたちに知らせる前に、片方が氷漬けになり、片方の首が飛んだ。
氷漬けになった方はまだ蘇生の可能性があるが……
もう片方は一瞬で命の炎が消されてしまった。
敵性反応だったからとはいえ、戦争中でもないときに問答無用で殺せば犯罪がつくかもしれないのに、無茶するなぁ。
今回は、強盗未遂がついた後だったので問題なさそうだが。
一瞬の間の惨劇に、
「ひっ!」
という声をあげて、残り8名中7名が怯えて後ずさったが――
残り1名の男はその場に踏みとどまり、
「くそっ! 二人の敵っ!」
と抜剣するが、抜いたままの体勢でその動きを止める。
動きを止めたおかげで振り上げた剣が振り下ろされることはなかった。
しかしながら、男は【剣術】スキルを持っていたようでその経験が流れてくる。
《スキル【完全見取り】のレベルが上がりました》
おおっ。
魔物の大量発生で大量に複製したからな。
そろそろ来ると思っていた。【SP操作】で上げるのを我慢していた甲斐があったというものだ。
【SP操作】でレベルを上げると、経験が無駄になるからな。
コレで心置きなく――
っといかんいかん、とりあえず目の前のことに集中しないと。
「アタシの目の前で、そんなことができると思っているんですか?」
冷酷な眼で連中を視界に納めながら、言い捨てるヤスナ。
アレは、王女の敵を相手にするときのヤスナだな。
この場に王女はいないけどな。全く、どう言う風の吹き回しだ?
いつの間にか、残りの7名の影も縫い付けられているようだ。
まさに彼等の命は風前の灯火という奴だ。
「ヤスナ、そこまでだ」
「はい」
死体へと変わった男の身体に浮いているステータスプレートを手に取る。
【真理の魔眼】で確認済みであるため、わざわざ見る必要はないが……まぁ、コレも演出だ。
「こいつは、強盗未遂の犯罪歴がついている。恐らくは今しがたついたものだろう。
今なら、お前たちを強盗の仲間として処断することは不可能ではないな」
「「「「「――――――――!!」」」」」
連中は一切の身動きを封じられ、言葉を発することは疎か表情を変えることすらできないが、彼等を取り巻く空気が絶望へと変わるのがわかる。
ちなみに、斬りかかってきた男はともかく、残り7名の光点は最初から最後まで黄色のままだ。
捕まえて警備兵に突き出すなり、冒険者ギルドに突き出すなりすることはできても、殺してしまうとさすがに問題があるだろう。
なので120%脅しなのだが、かなりの効果があったようだ。
「――でもまぁ、今の俺は機嫌が良いからな。『振り出しに戻る』ってことで許してやるよ。
『ゲート』『ミラーリング』」
王都ゲンベルクに繋いだゲートを全員の目の前に出してやる。氷漬けになった男は、イリスが転移ゲートに放り込んでしまった。
ヤスナによる『影縫い』は既に解除されているはずだが、誰一人として声を発することはない。
連中は互いに顔を見合わせると、一人また一人とゲートをくぐっていき、そして誰もいなくなった。
あれ? 迷いの森に着きませんでした……
─────
■改稿履歴
旧:
冷酷な眼で連中を視界に納めながら、言い捨てるヤスナ。
新:
冷酷な眼で連中を視界に納めながら、言い捨てるヤスナ。
アレは、王女の敵を相手にするときのヤスナだな。
この場に王女はいないけどな。全く、どう言う風の吹き回しだ?
旧:
まぁ、「蛇口を捻り」というのは慣用的な表現に過ぎず、実際はレバーを倒すと水やお湯が出るようになっている。
倒し方を調整することで、温度調整可能だ。
新:
まぁ、「蛇口を捻り」というのは慣用的な表現に過ぎず、実際はレバーを横に倒す仕組みだ。
赤のレバーを倒すとお湯が青のレバーを倒すと水や出るようになっている。
それぞれの倒す幅を調整することで、温度の調節が可能だ。




