第09話 銀髪女子マネージャー誕生
きりの良いところまで終わらせたかったので、ちょっと長めです。
《レベルが上がりました》
足元には、折り重なるようにしてホーンラビットの死体が転がっている。
空中から突撃してくる習性のせいか、踏み荒らされた死体はないため、血で濡れている以外は綺麗なものだ。がしかし、その数は数えるのもおっくうな数だ。
ちなみに、最終的な撃墜スコアは、俺がイリスに五倍以上の差をつけている。
「すみません、こんなに効果があるとは……」
一段落ついたのを見計らって、イリスが頭を下げる。また、土下座をしそうな勢いだ。さすがに止めたけど。
というのも、先ほどのホーンラビットの大群は、イリスの提案で使用した『魔寄せの香』の効果だからだ。
もちろん、イリスが賞金稼ぎ連中から奪ったものだ。
ちなみに、そのイリスだが、途中から剣の切れ味が目に見えて落ちていたため、今はミスリルのエストックを装備させている。
「まぁ、なんともなかったんだし、気にするな」
「私を襲った賞金稼ぎたちは、“狩りに使える”と言っていたのですが……この分だと私はまた騙されていたのでしょうか……?」
それは、狩りの対象が違うんじゃないか?
という台詞をぐっと飲み込み、気になっていたことを確認する。
「イリス、そっちの剣を見せてみろ」
俺の言葉に、おずおずと鋼のスモールソードを差し出す。
予想通り、かなりガタが来ている。
上手に使っていたが、やはりあの数と戦うのは厳しかったようだ。これは、修理するより買った方が安いかもしれない。
「そっちのエストックをそのまま使っていてくれ」
「よろしいのですか?」
「まぁ、使い勝手が変わるだろうからな。多少の不便は勘弁してくれ。街に着いたら、新しい武器も買いにいこう。別にそれをそのまま使ってもらっても構わないけど、魔物と戦うには、切る機能もあった方が良い」
このミスリルのエストックは、スモールソードとは違って、刺す剣だ。刃も付いているが、ほとんど切れない。もちろん長さも違う。
「ミスリル製の武器を予備扱いというのは、何とも贅沢な感じがしますが……」
ファンタジー金属だしな。ミスリル。
「さて、少し手間だが、血抜きと、毛皮の剥ぎ取りと下処理をしてしまおうか」
「はい」
数が多いが、アイテムボックス内に入れておけばいいだろう。
アイテムボックスの中の時間がどうなっているか知らないが……
と考えて思い直す。
いや、簡単に確認する方法があるな。
アイテムボックスに放り込んでおいた、携帯電話を取り出して時間を確認する。
10:40
電波などないこの世界では、時計の自動合わせ機能は動作しない。
時計が進んでいないということは、アイテムボックス内の時間は止まっていると考えればいいだろう。
これなら、食べる分だけを処理して、あとは暇を見て処理すればいいな。
いきなり取り出した、見知らぬ道具に疑問符を浮かべているイリスを見なかったことにして、戦闘中に考えていた血抜きの方法を試すことにする。
「『コントロールウォーターカレント』」
水流操作の魔術だ。
試しにと拾い上げたホーンラビットの首から、勢いよく血が噴き出した。
ふむ、これは便利だな。
死んだあとに、こうして大きな血管から、血を絞り出すくらいしかできなさそうだけど。
生きているうちに、『コントロールウォーターカレント』で血を抜き出せるほどの傷をつけたのなら、その時点で致命傷だろう。
まったく意味がない。
接触距離でないとうまく操れなさそうなのもなぁ……
「これは、魔術で血抜きを終わらせてある。イリスは、あとの作業を頼む。俺は、他のホーンラビットをアイテムボックスに仕舞う。残りの処理は、あとでゆっくりやればいいだろう。暗くなる前に食事と野営の準備をしておきたい」
戦闘時間が長かったせいで、すでに日は傾き始めている。
「そうですね、承知しました」
イリスは、はぎ取り用にと渡した鉄のナイフを受け取ると、ホーンラビットを抱え先ほど野営地にと決めた場所へと移動していった。
手当たり次第にアイテムボックスへと放り込む作業は、今日だけで何度も行っただけあって、あっという間に終わった。
メニューを開いて数を確認してみると、248羽だった。
イリスに渡したのと含めて、249羽。
250羽にぎりぎり届かなかったが、相当な数だ。
これは、処理に相当な時間がかかるだろう。
数を見るために視線を集中させたからだろうか。
『解体しますか Y/N』と書かれたポップアップウインドウが立ち上がった。
Yesを選択すると、『ホーンラビットの耳』『ホーンラビットの内蔵』『ホーンラビットの肉』『ホーンラビットの血液』『ホーンラビットの毛皮』『ホーンラビットの魔石』というアイテムへと変わる。
ホーンラビットの耳だけが、249個で、それ以外はすべて248個存在する。
便利すぎるな。アイテムボックス。
思いがけず、解体まで完了させてしまった俺は、意気揚々とイリスのもとへと向かったのだった。
†
パチパチと薪のはぜる音。
イリスの作業を横目に見ながら火を起こし、テントを立てたところで薄暮となっていた。
テントの仕組みは、日本のそれとは違っていたが、ずいぶんと単純なものだった。
テントというかタープだった。
横の布は申し訳程度に存在するだけだ。
ドーム型のテントは存在しているかはわからないが、イリス曰くこれが標準的なテントとのことだ。
防風、防寒、防滴性能にいろいろ問題がありそうだが、ゆとりのある者たちは、魔石を燃料とする魔道具を使用してこれらの要件を満たすらしい。
魔道具や、魔術、スキルなんて便利技術がある分、科学技術のレベルは低そうだな。
解体を終えたイリスは申し訳なさそうにして、洗濯を申し出てきた。
確かに、ホーンラビットの返り血を浴びてしまっている。
白いカッターシャツが猟奇的な色に染まっていた。
イリスはイリスで、貸した学生服が血まみれだ。
元は盗賊の返り血を落とすために持ってきていた特殊洗剤(これも元は賞金稼ぎの物)を使って洗えば、血などの生体系の汚れを綺麗に落としてくれるらしい。
「問題は、洗濯をしている間の服をどうするか……」
一応、俺のスポーツバッグには、筋トレ用のジャージとTシャツ、それ以外の鍛錬用に胴着袴が入っている。
ジャージは、いわゆる芋ジャージだ。
色は小豆色。
問題はどっちを貸すかだ。
目の前の銀髪美少女の胴着袴姿は興味があるけど、着方とかしらないだろうしな。
ここは、ジャージにしておくか。
「服はこれしかないんだが、大丈夫か?」
「おお、例の金具で前を止めるんですね。動きやすそうですし、大丈夫です」
ファスナーに興味持ちすぎだろう。
「じゃあ着替えるか」
と言ってテントに向かう。
「はい」
付いてくる、イリス。
「いや、付いてきてどうする?」
「?」
「一緒に着替えるつもりか?」
「そうですが……? あと、着替えをお手伝いしませんと」
「そこまでは必要ないし、一緒に着替えるのは……見ないようにするにしても、なんかいたたまれないだろう」
「交代で着替えても影は見えますので、さほどの違いはないかと……」
逆にそっちの方がエロい気もしてくるから困る。
「わかったわかった。時間の無駄だからな。とっとと着替えるぞ」
お互いに、影を見ないようにすればいいだけだと気がついたのは、着替え終わってからのことだった。
盗賊のところにあった布の中で、一番水を吸いそうな物を適当に切って、一枚は『ティア』で濡らして、もう一枚は乾いたまま渡してやる。
もしかすると、いい布かもしれないが……まぁ、ちょっとくらいはいいだろう。
スポーツタオルは持っているが、二人分はない。
差をつけるのは何となく嫌だったので、俺の分も同じように用意する。
「ありがとうございます」
「じゃあ、こっち向いて着替えるからな、お前はあっち向いて着替えるんだぞ。俺が終わったら声をかけて出ていくから、イリスが先に終わったら声をかけてくれ」
そう言って、イリスが後ろを向いたのを確認して、俺も着替え始めた。
ぱぱっと服を脱いでしまい、血と汗を拭き清めていく。
鎧がある分遅いのだろう。
少し遅れて、イリスが身体を拭く音が聞こえてくる。
これと同じ布で、拭いてるのか……
いやいや、マニアックすぎるだろ! そこに興奮するのは。
衣擦れの音とかさ、あるだろうもう少し。
と考えて、今まで気にならなかった音が気になってくる。
合わせて、【気配探知】が、すぐ後ろの様子を細かく伝え、【魔力探知】が、身体のラインを伝えてくる。
警戒のために強めに発動させているから、伝わってくる情報は詳細だ。
何が嬉しいのか、例の幻覚のしっぽがブンブン振られている気配すらある。
しかし、意外と有るな。
っと、悶々としているうちに着替え終わってしまった。
十年以上も一日二回、場合によってはそれ以上これに着替えているわけだからな。
無意識に終わらせてしまったらしい。
いや、残念じゃないぞ。さっさと出ていこう。
「俺は着替え終わったから、先に出てるぞ」
「わかりました」
苦難は去った。
イリスはなまじ美少女なうえに、ガードが甘いところがあるな。
と考えて、ふと、咲良のことを思い出した。
あいつも、美少女のうえに、ガードが甘かったな。
俺が幼なじみだからかもしれないけど。
屋上から落ちそうなところは何とか助けたけど、その後、俺が下に落ちたまま戻ってこない、死体も見つからないだと騒ぎになっているだろうが……
「お待たせしました。では、洗濯をしますので、申し訳ありませんが、水をいただけますか?」
芋ジャージを着たイリスが戻ってきた。少し大きいらしく、裾を折り曲げて着ている。
たらいに水を汲んでやると、いそいそと洗濯を始めた。
往年の女子マネージャーのようだ。
やかんとか持って、洗濯とかするやつ。
洗っているのは、返り血でちょっと物騒だけど。
美少女というのは何を着ても似合うんだな。
芋ジャージに似合うも何もないだろうし、似合うといわれても嬉しくないだろうけどな。
洗濯が終われば、お待ちかねの食事である。
しかしながら、料理らしき料理はしない、
調理器具がないからな。
しないというよりできない。
ホーンラビットの内臓は、食べることもできるが、調理器具も、まともな調味料もない状態では、さすがに食べることができない。
内臓を取り除き、縦半分に切ったホーンラビットの足をつかみ、たき火で炙る。
程よく表面が焼けたら、ナイフで削り塩を振って食べる。
これだけだ。
イメージ的には、純塩味ケバブといったところか。
ピタパンも野菜もないけど。
香辛料がないのが少し寂しいが、前にハードな山籠もりしたときと食事内容はさほど変わらない。あのときは、罠を仕掛けて、うり坊を捕まえたんだっけか。
切って網で焼くか、直火で炙ってそのあと切るかの違いだけだ。
ホーンラビットの味は、ウサギに近い……といっても日本だとあまり食べる機会がないか。
俺は、山で捕って食べていたけど……
そうだな、鶏肉とか鴨肉に近い。
鶏肉より固いがジューシーだ。
筋も、ナイフで軽く切ってやれば噛み切れないほどではない。
何にせよ、味のしない携帯食よりは余程ましだ。
ザ・肉って感じだけど、味はしっかりするし。
肉オンリーなので栄養面が心配ではあるが……
炭水化物ゼロだからな。
少し前に流行った、ノンカーボンダイエットだな。
あれは、野菜はきちんと摂るんだっけか。
「これは、血抜きが完璧でとてもおいしいですね。【水魔術】を血抜きに使うとは、考え付きませんでした」
イリスからの評価が順調に上がっていて嬉しいけど、落ちるときが怖いな。
たわいない話をしながら食べていると、多いと思っていた肉もきれいさっぱり食べきってしまった。
思ったより骨太だったというのもあるのかもしれない。
強度はさほどではないため、武器などに加工することはないが、良い出汁が取れるとのことだ。
「じゃあ、交代で見張りを立てながら寝るか。といっても、少し剣を振ってから寝たい。どうする? 先に寝るか?」
少し早いが、あたりは真っ暗だ。
今日はさすがに疲れたが、鍛錬はしておきたい。
まだ試していないスキルも試しておきたいしな。
やはり、情報として知っているだけではなく、実際の動きを見てみないと、実戦では使えない。
【ウォーターニードル】をいきなり実戦で試し打ちしたのは、余裕があったからこそだ。
初めて、本当の意味での実戦を経て得るものはたくさんあったし、こっちに来て以来身体能力が上がり続けているので、それにも慣れておきたい。
【身体制御】があっても安心できないのだ。
スキルや術技に関してはきちんと把握しておきたい反面、それに頼りすぎると、ぎりぎりの戦闘でどうしようもなくなる気がする。
「もしよろしければ、私も少し見学させていただいてもよろしいですか?」
「ああ、構わないよ」
どうやらスキルのテストは、あとになりそうだ。
結局、柔術の型をさらっと流す程度で鍛錬を終えた。
さすがに、スキルの全種試し打ちは、端から見ると「張り切っちゃってる人」に見えそうだから自粛した。
まぁ、あとでこっそりやればいいだろう。
「じゃあ、『魔除けの香』がここまで来たら交代な。起こしに来てくれ」
魔除けの香は、弱い魔物を寄せ付けないお香らしい。
見た目は、まんま蚊取り線香だ。
俺には腕時計があるが、時間の単位も感覚もイリスとは違う。
わかりやすいのが、一晩中燃え続けてくれるという魔除けの香が、どこまで燃えたかで時間を計る方法だ。
話によれば、街でも時計代わりに香を焚くのはよくあることなのだそうだ。香が燃えている時間が営業時間とかね。
この場合は、魔物もよってこないし、時間もわかるので一石二鳥というわけだな。
「はい。ごゆっくりお休みください」
嫌な予感がしたので、念を押す。
「必ず起こすんだぞ?」
耳がぴくっとした。
やはり、起こさずに一人で見張るつもりだったようだ。
とはいえまだ、夜の7時すぎだ。
さすがに途中で起きて気がついただろうが。
気がつかなかったふりをして、俺はテントの中に入った。
いつもより早い時間だけど、色々ありすぎてさすがに疲れた。
テントに入り、毛布をたぐり寄せると、俺は睡魔に身をゆだねた。
たまに指摘や質問を受けるので、後書きスペースをつかって捕捉を……
『ホーンラビットの耳』は、左右揃っている状態で一個です。
バラすと、それぞれ『ホーンラビットの右耳』『ホーンラビットの左耳』となります。
『ホーンラビットの肉』や『ホーンラビットの内臓』も、全ての部位が揃っていないと、『ホーンラビットの肩肉』などと名前が変わります。