第07話 初めての魔術
「さて、忘れ物もないし、とっとと後始末して、ここを出よう」
すでに死体には、薪をくべた状態だ。
イリスがいる手前、高火力で一気に焼き尽くす「日本式」の火葬は厳しそうだ。
薪は木製ベッドを斧でたたきつぶして作り、追加の燃料として、藁やシーツもくべてある。
ベッドを潰して薪にしたため、宝物庫兼倉庫への穴はぽっかり開いた状態だが、イリスと二人で再確認してある。
仮にすべて燃えてしまっても問題ないだろう。
「では、火打ち石をお持ちしますね。外に鞄を置いてありますので取りに行ってきます」
「いや、必要ないよ。少し離れておいで」
そう言って、魔力をほんの少しくみ出し、指の先から小さなライターの火が灯るようにイメージする。
初めての魔術。
最低威力の炎の魔術だ。
「『トーチ』」
本来明かり代わりに使ったり、火種として使う程度の魔術だが、俺の指先から出ているのは、ライターの炎というより、バーナーの火といった感じだ。さりとて、火をつけやすい分これでいいだろう。
これくらいの魔術なら、くみ出さずただ唱えるだけの方が制御は楽そうだな。
溢れている余剰魔力だけで十分そうだ。
炎は、シーツから藁へ、藁から薪へと燃え移っていく。
「……おお、魔術まで! 主様すごいです!」
「さて、すぐに熱くなってくるだろうからな。さっさと出よう」
「わかりました」
炎の熱気から逃れるようにして外に出ると、身体を伸ばす。
一仕事終えた! という気持ちでいっぱいだ。
時計を見ると、ちょうど昼を回ったくらいだった。
太陽を見る限り、然程のズレはないようだがいずれ検証してみるべきだろう。
もし、1日が24時間であるならば、このままこの腕時計を使っていればいいだろう。
太陽で充電されることだしな。
しかし、昼だってことを認識したら腹が減ってきたな。
異世界召喚なんてモノに巻き込まれた挙げ句、戦闘やら、後始末やらで身体を動かしたし。
「時計の魔道具ですか? 珍しいですね」
「使えるかどうか確かめているところなんだよ。ちなみに、時間の単位はどうなっている?」
「そうですね、時計の魔道具は私も見たことがないので詳しいことはわかりませんが、大きな街では、朝と昼、そして、夕方に鐘が鳴り、それを基準にしています。それぞれ、4の刻、6の刻、9の刻です。冬になれば、9の刻には大分暗いので夕方というには語弊があるかもしれませんが。鐘は時計の魔道具を利用して鳴らしているようです。田舎では、陽が昇ったら起きて、日が暮れたら寝る感じです」
時間の単位とかないのか。待ち合わせとかどうするんだろうか。
聞いた感じ1の刻2時間の12時間法だろう。1日が24時間ならばだが。
これは一度鐘を聞いてみて調べるしかないな。
「さて、これからどうするかだが……イリス、お前は何か予定があったりはしないのか?」
「それが実は……」
と、申し訳なさそうに話し始めた内容を要約すると、16歳で成人したが、族長との子作りを拒み「だって父親なんですよ!」、村から出奔し「追い出されたんじゃあありません。こっちから出てやったんです」、日々の糊口をしのぐためと身分の保障のために冒険者になったものの、低ランク冒険者の稼ぎだけでは宿代にすらならず「ヒポクネ草10株で100リコとかなんですよ……毎日50株とか無理に決まってるじゃないですか。他の人も取るのに」、誘われて賞金稼ぎに出てみたら、外で男たちに襲われ「幸い戦闘にはそこそこ自信があるので、返り討ちにして身ぐるみ剥いできました。身代わりの指輪も、そのとき手に入れたものなんですよ」、しょうがないので一人で盗賊退治に来て今に、至ると。
その話だけを聞くと、俺への礼を口実に俺にへばりつくだけとも取れるが、本人にそんな意思はないんだろうな。
負けて命を救われたから、俺に仕える。
というのは裏表無しの本気だろう。
「なるほど。じゃあ、特に予定は無しか」
「強いていうなら、主様と出会えたおかげで、私の当座の目的は終了していますので」
犬のような耳があるせいか、尻尾が見える気がする……
そして、幻覚の尻尾がぶんぶん揺れる。
っていうか、これ本当にないんだろうな?
俺の目標は、とりあえず目立たないようにこの世界で生活基盤を築き、ある程度力をつけながら、俺をここに呼び出した奴の調査をし、力をつけたら、そいつをとっちめて、元の世界へ帰る方法をさがす。
ってところだろう。
俺は天涯孤独の身であるし、この分だと大学は怪しいだろうし、その後の就職を考えると、戻らない方が幸せな気もするけどな。
宝石とかを持って帰ることができるなら、そのときにまた考えればいいだろう。
「じゃあ、そうだな……冒険者になれば、身分証は手に入るんだな?」
「はい。低ランクでは大した証明にはなりませんが、身分証がなければ6日に一度仮身分証を更新し続ける必要があります。地味に高いので、皆どこかのギルドに所属しますが、中でも冒険者ギルドが一番ハードルが低いので」
「じゃあ、とりあえず冒険者登録が、最初の目標だな」
「では、最寄りの街へ向かいましょう。今からですと、途中で野宿をする必要があると思いますが……」
そう言って、身の丈以上ある大きさのリュックを背負う。
「まてまて、それは俺の方でしまっておく。必要なものがあれば取り出しておくといい。って、そうだな。武器を預かったままだった。これは返しておこう」
イリスに鋼鉄のスモールソードを渡してやる。
スモールソードというのは、いわば短いレイピアだ。
刺す機能に重きを置かれているものの、斬る機能もしっかり残している代物だ。
ショートソードが同じくらいの長さだが、細身に作られているため、より素早い斬撃を放つことができる。
「ありがとうございます。中は携帯食料やテントなど、野宿に必要な道具が殆どなので大丈夫です」
携帯食料だと……?
俺の鞄の中には一応栄養補助食品が入っているが、この世界の携帯食にも興味があるな。
「なぁ、そろそろ昼だと思うんだが……腹が減らないか?」
「うーん、街道沿いにはウサギやら、鳥やらがいるのですが、この森は小動物だけなんですよね……魔物もいるとすれば小動物系ばかりですし、数も少ないんですよ。水と携帯食はありますから、それでいいですか?」
「ああ、構わない。というかだな、水なら魔術で出せるぞ?」
「え? ああなるほど。魔術とは便利ですね。私たち、獣人族は魔術を扱えないため、あこがれてしまいます」
「え? そうなのか? 魔力がないわけじゃないみたいだけどな」
「もちろん魔力がある者もいますが、全くない者もいます。ない者は、魔力消費のある武器技を使えません。生活魔術だけは、人間族であるならば魔術適性に関係なく使用できますが、適性がないと使用魔力が多い割に、大した力は出せません。そもそも、出力は固定です。それでも便利なので、覚える人は多いのですが」
「魔術の適性がないと魔術が使えないのか?」
「はい。エルフなら複数属性の適性を持つ者も多いようですが、人間は大抵一つのようです。その代わり、殆どが一つは魔術の適性を持っているようですが……主様は火ですか? 先ほどのトーチの威力は、生活魔術のものではないですよね?」
「適性ってのは調べたことはないな。火と水の魔術はなぜか使えるってだけで」
「ダブルですか。珍しいですね……いえ、主様の場合キチンと調べれば、完全適性の可能性も……」
「それはおいおいな。それより、携帯食を分けてくれ。コップをくれれば、水は俺が出そう」
「すみません、コップは一つしかなく……私と共用でも構わないでしょうか?」
まぁ、スポーツドリンク用のボトルに水を汲んでもいいけど、甘えておくか。
「ああ、それで構わないよ。気をつかわせて悪いな」
「いえ……」
なぜか顔を赤らめながら、コップを差し出してくる。
「『ティア』」
指の先が蛇口になったように、水が生まれる。
今度は、一切魔力を込めず、余剰魔力のみでの発動だ。
回復し続け、溢れた魔力をそのまま再利用する。
永久機関ができそうだ。
俺の寿命という問題は存在するが。
「ありがとうございます。これが、携帯食料です。あまりおいしいものではありませんが……」
俺の表情が期待に満ちていたのだろう。イリスが気まずそうに申し出てくる。
見た目は、カロリーメイト抹茶味といった感じだ。抹茶味は存在しないけど。
「では……」
実食。
あれ?
味が……ないような……
「味がなくて食べにくいですよね……すみません。水で飲み下してください。そうするとお腹の中でふくれて、満腹感を得られます」
おからクッキーみたいだな。
味ないけど。
いわれたとおりに、水で飲み下す。
魔術で作った水だったが、ザ・常温といった水だ。
魔術なんだから、温度調整できればいいのに。
って、俺が温度について何も考えなかったから悪いのか。
次は試してみよう。
頑張って水で飲み込み、『ティア』で水を追加してイリスに渡す。
いきなりキンキンに冷やすのもアレだったので、少し冷たいかな? 程度の温度に調整しておいた。
「確かに、お腹にたまるな。たまってるのが、食料なのか、水なのか曖昧だけど」
「しっかりと、栄養はあるんですよ。さすがにこればっかりというわけにはいきませんが」
まぁ、貰っておいて文句を言うのもアレだが、今後食料についてはアイテムボックスをフル活用しよう。
食にうるさい日本人なのだ。
コックの息子だし、じいさんと暮らしていたときから、料理は俺の担当だったのだ。
「絶妙に味がなかったからびっくりしたけど、栄養があって腹がふくれるならとりあえず否やはないよ」
「そうですか! なら良かったです!」
「よし、さっくり食べ終わったし片付けて出るか」
といっても片付けるのはコップだけだ。
コップをリュックに仕舞うと、リュックごとアイテムボックスに放り込む。
今更ながら容量制限とかないのだろうか。
気になるところではある。いざという時に備えて、魔法の鞄とかで代用できるようにしておいた方が良さそうだな。
そうして俺は、イリスの案内で森を出発したのだった。
ようやく、森を出ました。
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■改稿履歴
旧:
「もちろん魔力がある者もいますが、全く無い者もいます。無い者は、魔力消費のある武器技を使えません。生活魔術だけは、魔法適性に関係なく使用できますが、適性が無いと、使用魔力が多い割に、大した力は出せません。そもそも、出力は固定です。それでも便利なので、覚える人は多いのですが」
新:
「もちろん魔力がある者もいますが、全くない者もいます。ない者は、魔力消費のある武器技を使えません。生活魔術だけは、人間族であるならば魔法適性に関係なく使用できますが、適性がないと使用魔力が多い割に、大した力は出せません。そもそも、出力は固定です。それでも便利なので、覚える人は多いのですが」
旧:
「さて、ここに長くいると酸欠になる。さっさと出よう」
新:
「さて、すぐに熱くなってくるだろうからな。さっさと出よう」
身分証の有効期限が間違っていましたので修正しました。
正しくは当日含めて7日ですので、6日に一度の更新でした。
(7日に一度だと、宿に泊まれなくなります)