第06話 主様!
目の前には、生まれて初めて見るものがあった。
土下座。
DOGEZA。
美少女の土下座だ。
もっといえば、ジャンピング土下座だ。
手足が縛られているせいで、orzみたいになってるけど。
「いやいや、お互い怪我もなかったんだから大丈夫だよ。そうやって誤解も解けたみたいだし。っていうか無事なんだよね? 思いっきり斬り飛ばしたけど」
「え? ああ、身代わりの指輪が壊れていますね。身代わりの指輪は、一度だけ即死を防いでくれる指輪なのです。
まぁ、発動すると、こうして壊れてしまいますが。一刀で斬り伏せていただいてむしろ幸運だったといえるでしょう。徐々に弱らされていたら、効力が発動しませんし、発動してもすぐにまた死にますからね」
なんか高そうだな、身代わりの指輪。
本人が良さそうだから、何も言わないけど。
「俺も悪かったね。【索敵】にも引っかかったし、攻撃されたものだからてっきり盗賊の残党かと」
「あの……ところで、どうして冒険者だと気づかれたのですか?」
「ああ、できれば秘密にしておいて欲しいんだけど……実は魔眼もちなんだ。でも、顔を隠されると、見抜けないみたいでさ。覆面をとってようやく誤解だと気がついたってわけさ」
「なるほど。たしかに、人間族では珍しいですね。ですが、特段言いふらすことでもないですし、言いませんよ」
「まぁ、実のところ、魔眼もごまかす方法はあるけど……俺は、人を見る目はある方だしね。さて、無理して起きたから、紐が締まったでしょう。切るからじっとしててくれるかな?」
じいさん直伝の暴れると締まり、解こうとしても締まる結び方だ。
切る以外に解く方法はない。
縛るのに使った剣帯がもったいない気もするが、しょうがないな。
「気を失っていたようだけど、立てるかな?」
「はい。少しふらつきますが大丈夫です」
「じゃあ、とりあえずこれでも羽織って肌を隠してくれるかな?」
学ランだけ脱いで渡してやる。
イリスはもともと、急所だけを革鎧で隠した軽装だ。
ばっさり斬ったので、服ごと脱げかけていた。
俺より小柄であることだし、学ランなら革鎧上からでも羽織ることができるだろう。
「こっ、これは。見苦しいものを……申し訳ない」
「いや、まったくもって見苦しくはないけど、恥ずかしいだろうし、俺も目のやりどころが困るからね」
「こっこれは……妙に仕立ての良い服だな。この金具は便利だが、見たことのない作りだ」
どうやら、線ファスナーを知らないらしい。
しかし、美少女の男装はくるものがあるな。ぶかぶかだけど。
「まぁ、そんなわけで、ここにいた20人はもう生きてはいない。他に残党がいるなら協力するけど?」
「いえ、私が聞いている限りその20人以外にはいないはずです。そうでなくても、熊人族のゲオがいないなら、ここは終わりですね」
「そうか、じゃあ、あとは死体を焼いて終わりだな。洞窟の中で焼こうと思って、もう中に入れてあるんだよ」
「そうですね、死霊になっても面倒ですし、焼いていくのがいいでしょう」
「ああ、そういえば、自己紹介がまだだったね。俺は、藤堂 恭弥。恭弥がファーストネームで、藤堂がファミリーネームになる」
「キョーヤさんですね。私はイリスと申します。既に、族からは離れておりますので、族名はありません。それで――」
と区切って、じっと俺の目を見る。
「是非お詫びをしたいのですが……」
「いや、いらないよ。お互い勘違いしていたわけだし。与えた被害だけでいえば、俺の方が大きいわけだし」
「先に斬りかかったのは私の方ですし、それに何より、身代わりの指輪があったとはいえ、気を失った私にとどめを刺そうと思えば刺せたはずです。それを留まり、助けていただいたことには変わりはありません」
どことなしか、目がきらっきらしている気がする。
急にぐいぐいくるなこの娘。
「まぁまぁ、おちついて。礼って何をするつもり?」
まぁ、物やお金なら貰っておけばいいだろう。
「残念ながら、駆け出し冒険者のこの身。金銭で恩に報いることはできません。いえ、そもそも命の対価を金銭で払おうなどとはおこがましいですね……是非この身を捧げさせて下さい」
「いやいや、大げさすぎるでしょう」
「命の件がなくとも、強い雄の群れに加わるのは当然のことです」
ああ、狼だしね。そういうこともあるのか。
「俺より強い奴なんて、いっぱいいると思うけど……」
「強いだけではなく、冷静に相手を判断する能力、一度命を狙ったのにも拘わらず、こうして気遣ってくれる度量。内面こそ素晴らしいではありませんか!? というより、術技を使わずあの動き、あの剣技、下手をすれば剣聖以上の……」
よくよく考えれば、悪い話じゃないんだよな。
なんとなくだけど、この性格じゃあ裏切りそうにないし。この性格で、上下関係ができているなら、もめることもないだろうし。演技している様子もないし。
ここから人里に行くにも、案内は欲しいところだし、この世界の常識を教えてくれる人も欲しい。
金を稼ぐ方法も必要だろう。
「なら、俺が出す条件に同意できるなら構わないよ」
「同意します。本日からよろしくお願いします、主様。私のことはイリスとお呼びください」
「まだ何も言ってないよね? あと、その呼び方何とかならないのか?」
「毎朝毎晩夜とぎをしろとか、子供は9人とかでも問題ありませんが……むしろ、嬉しいです。それに、主様は主様です。ご主人様だと奴隷と同じになってしまいますし……いえ、それで、もし主様の信頼を得られるなら、この身、奴隷に堕としても……」
「え? そんな重い話だったの? 群れがどうとか言ってなかった?」
「強い雄に従う雌というのはそういうものですよ。群れですから」
「群れに変なルビが付いてる気がするけど、まぁいいや。頃合いを見て話すことにはなるだろうけど、俺には秘密がある。今はあえて話さないが、聞かなくても気がつくかもしれない。それはそれだ、俺について知り得たことの一切の口外を禁止する。どんな些細なことでもだ。あとは、俺は常識がない。だから、どんな些細なことでもいい。馬鹿にせず、教えて欲しい」
「わかりました。ちなみに、教える常識というのはどのレベルでしょうか?」
「そうだな……ここにいるのは記憶喪失の人間だと思ってくれればいい。今いるこの国のことも一切知らないし、貨幣の価値も知らないと思ってくれていい」
実際のところ、【真理の魔眼】によって、
鉄貨 1リコ
銅貨 10リコ
大銅貨 100リコ
銀貨 1,000リコ
大銀貨 10,000リコ
金貨 100,000リコ
大金貨 1,000,000リコ
白金貨 10,000,000リコ
大白金貨 100,000,000リコ
で、通貨の仕様は大陸共通で柄は国ごとに違うが、単位も価値も共通のようだってことまではわかっている。
手元に白金貨はあるが、大白金貨はないため、大白金貨についてはあくまで推測ではある。
ちなみに、現在所持金にして、約4000万リコほど所有している。
問題は、1リコの価値がどれくらいなのかということだけど。
「わかりました。ではまず、盗賊の死体を焼くのはよろしいのですが、彼等が持っていた金品はどうされましたか? 盗賊であれば、ステータスカードを賞金稼ぎギルドか、街の衛兵に渡せば換金してもらえますが、微々たる金額です。盗賊の所持していた金品はすべて討伐者のものとなりますので、回収されていないようでしたら、回収してください」
なるほど。それはいいことを聞いた。
全部返せとかいわれるくらいなら、討伐したことを報告しないでおこうとか思ったくらいだ。
っていうかあれだな、俺みたいな奴がいるから、そういうルールにしているのか。
「一応、回収したけど、一応中を見てくれるか? 死体が転がっているが」
そのついでに火をつけてしまえばいいだろう。
【完全見取り】で経験まで複製されているとはいえ、初めての魔術で緊張するけど。
「わかりました。それでは中に入りましょう。主様」
しまった。主様で定着してしまった。
「食料品と酒類以外は持ち出した」
「高価な酒類もありますが……」
「毒物が怖くてね」
と言ってから気がついた。
【真理の魔眼】で毒を見抜けないだろうか?
実際に毒入りの食物を見てみない限りわからないだろうな。
「どのような魔眼をお持ちかはわかりませんが、魔眼で見抜けませんか?」
「試したことはないからな。ちなみにどれくらい高いんだ?」
「家族三人が1年暮らせるくらいですかね」
結構高いな。
日本円にして、500万から600万くらいか?
「じゃあ、高い奴だけ持って出てみるか。後で、毒を入れたものを魔眼で見てみてどうなるかを確認だな」
「もしだめでも、高位の鑑定スキル所持者に見てもらえば大丈夫だと思います。手数料は取られますが、問題がないようなら、収支はプラスになると思います。もちろん、駄目ならマイナスになりますが」
「【鑑定】を騙す方法はないのか?」
「魔力を帯びた魔道具なら可能ですが、これはただの酒ですので」
なるほどな。偽装のネックレスも死んだら無効になるしな。
なら、俺の【真理の魔眼】で毒検知できるか調べて、その結果次第だな。
「大体わかった。とりあえず、今のところ俺の魔眼では毒入りとは出ていない。俺は酒の価値はわからないから、見繕ってくれるか?」
「承知しました。――といっても、そこにある3本以外は必要ないと思います」
「わかった。これだけは仕舞っておこう」
そう言って、アイテムボックスに格納する。
「!?」
しまった! 自然にアイテムボックスを使ってしまった。
「ああ、こういうスキルなんだ」
「他の収奪品もそうされているのですか?」
「ああ。こんな感じで」
そう言って、ステータスプレートを出したり仕舞ったりする。
「(主様は強いだけではないのだな……)」
「まぁこんな感じだな。イリスの様子を見る限りは秘密にしておいた方がよさげかな?」
「そうですね。高級品ではありますが、見た目に反して大量のものが入る魔法の鞄なども売られていますので、普段はそういったものを利用された方が悪目立ちしないかと思います」
「どれくらいするものなんだ?」
「容量にもよりますが、大銀貨3枚ほどからですね」
3万リコか。
何の問題なく買える値段だ。
多少高い物も買えるだろう。
「貨幣価値がわからないんだが……」
「そうですね、貨幣の種類はご存じですか?」
「鉄貨が1リコ、銅貨が10リコで、大銅貨が、100リコ以降、銀、大銀、金、大金、白金、大白金と10枚単位で上がっていく……で合っているか?」
「それで結構です。1食が大体30から70リコ程度でしょうか? 庶民であれば、奮発して100リコほどです。ホテルでの個室料金が、1泊素泊まりで300リコ程度からです。ちなみに、庶民の平均収入は、大体1日銀貨1枚。1000リコほどです」
日本円にして、1リコ=10円で計算すればいいくらいかな?
物の価値ってものがあるから、一概にはいえないかもしれないけど。
「なるほど、一人が暮らすなら大体1日500リコ必要なわけだな」
あれだな、一生ホテル暮らしでニートしても金が余るな。
ここの盗賊、金貯めすぎだろう。
「どうかされましたか?」
表情に出ていたのだろうか?
怪訝そうな顔で訊ねてくる。
「いや、白金貨とか持ってたし、ここの盗賊金持ってたんだなーと」
「ぶっ! 白金貨ですか?」
「ああ、これだ」
「おお、初めて見ました……ってこれ、ミレハイムのデザインじゃないですね。ゲルベルンのデザインです」
「珍しいのか?」
「といっても、白金貨自体珍しい物ですからね。大商人や国が大口の取引に使う程度です。一般人であれば、一生見る機会なんてありませんよ」
「まぁ、所詮は盗賊だからな、元はそのゲルベルンとやらで活動していたのかもしれないしな」
「ちなみに、今私たちがいるのが、ミレハイム王国という国で肥沃で豊かな風土です。
主要な小国への交通の便も良く、交通の要所でもあります。
そして、ゲルベルン王国は、ミレハイム王国の隣国で、非常に寒さの厳しい国です。
元は、鉄の輸出で身を立てていましたが、現在では資源が枯渇したのか閉山が続いているようです。
軍事国家でもありますので、現在では逆に鉄を輸入しているようですね。
また、高低差が激しく関税も高いので、ゲルベルン王国を経由して商売をする人間も少ないようです」
先に「今どこにいるのかもわからない」と言ったのを覚えていたのだろう。丁寧な説明だった。
「なるほどよく理解った。これからも頼む」
「はいっ!」
イリスの返事は、先ほどまで気絶していたとは思えないほど、元気で、喜びに満ちていた。
狼っ娘が仲間になりました。
──────────
■改稿履歴
新:
「毎朝毎晩夜とぎをしろとか、子供は9人とかでも問題ありませんが……むしろ、嬉しいです。それに、主様は主様です。ご主人様だと奴隷と同じになってしまいますし……いえ、それで、もし主様の信頼を得られるなら、この身、奴隷に堕としても……」
旧:
「毎朝毎晩夜とぎをしろとか、子供は9人とかでも問題ありませんが……むしろ、嬉しいです。それに主様は主様です。ご主人様だと奴隷になってしまいますし……いえ、主様がそれを望まれるなら、この身、奴隷に堕としても……」
新:
「なるほど。たしかに、人間族では珍しいですね。ですが、特段言いふらすことでもないですし、言いませんよ」
旧:
「なるほど。珍しいですね。言いふらすことでもないですし、言いませんよ」
その他、台詞回しなどを微妙に修正