第52話 空軍基地での戦闘
事前にヤスナから仕入れた情報によると、ゲルベルン王国空軍基地は会議室や執務室などがある本舎、劣飛竜が飼われている厩舎、兵士たちが寝泊まりする宿舎、演習場を兼ねた軍港、そして地下には兵站倉庫があるとのことだ。
所謂ゲームと、【メニュー】の地図機能の違いは、「地図を手に入れたところで地図機能の方に勝手に追記されたりはしない」ということだ。
あくまで、俺自身がその場に行って確認することで、追記されていく。
手に入れた地図が正しいかどうか、正確かどうかわからないのだから当然といえる。
つまり何が言いたいのかというと……
「幾ら何でもだだっ広すぎるだろう」
これだけ見晴らしがいいと気配を消して隠れながら……ってのはまず不可能だな。
隠れるような場所が殆どない。
これが夜ならまだやりようがあっただろうが……
ヤスナからもらった地図の縮尺が適当すぎたおかげで、もう少しこぢんまりしたものを想像していたが、仮にも空軍基地が狭い筈はないのだった。
いや、縮尺が適当だろうが、敵軍基地の地図がこうして手に入っている時点で、ミレハイム王国の隠密たちの凄さがわかるというものか。
これまた、広いからといって人が少ないかと問われると、コレまた否。
何しろ、ゲルベルン王国内にある空軍基地はここだけ。ということは、それに係わる人間はすべてここにいるのだ。
当然、ハインツエルン王国に宣戦布告した際の戦力がすべてというわけもなく、厩舎の中には1000近い数の劣飛竜が存在し、竜に乗る騎兵は当然のこと、その世話をする人間もそれに比例して多くなる。
コソコソしているところを見られたら一発でアウトだし、見られないように移動するのは無理だな。
まぁ、逆にいえば全員が全員の顔を知っているわけもなく、こうして忍び込んでさえしまえば、怪しい動きさえしなければ何とかなるってことだな。
ゲルベルン王国が貧乏であるのは事実らしく、王城などの他国からの視線がない場所では、一定階級以上にならないと制服の支給はないそうで、変装をするために制服を調達する必要もない。
さすがに、本舎に忍び込むなら必要かもしれないが、咲良がいるのは軍港だ。
このまま、怪しまれない程度に堂々と突っ切ろう。
――と、思っていたら、前方から兵士がやってきたようだ。
制服を着た兵士2名と、俺と同じく装備が自前の兵士5名だ。
向こうからは未だはっきりと見えてはいないだろうが、急いで気配を普通の状態へと戻し、移動速度も緩める。
「よう、そんなに急いでどうした?」
声をかけてきたのは、制服の兵士だ。
普通に歩いているつもりだったが、気が急いていたのだろうか?
喉の調子がおかしいのか、手で喉を押さえている。
「いえ、ちょっと忘れ物を……」
我ながら、もう少し良い言い訳がないものかと思うが、咄嗟に出てきたのは、何とも微妙な言い訳だった。
「もう一度聞くが……そんなに急いでどうした?」
兵士たちの目が剣呑に光り剣を抜き放ったのは、声をかけてきていた兵士が、こちらに向かって“何か丸い物”を投げつけてきたのと同時だった。
喉を押さえる振りをして、袖口から取り出したのか?
何はともあれ、あれに当たるとまずそうだな……
(――『ハイステップ』)
自力発動で、『ハイステップ』を発動させる。
ハイステップは、魔力で脚力を強化し、特殊な歩法で高速移動するスキルだ。
下位スキルの『ステップ』と比べると移動距離が伸びている。
じいさんの歩法は見た目の上ではいきなり距離が縮まったように見えるが、あくまでそう見えるだけで、実際の速度はこのハイステップの方が上だ。
謎の丸い玉は俺に当たることなく、地面を転がった。
「ちっ」
玉を投げてきた男は、舌打ちをしながら他の面々に遅れて抜剣した。
しかし、何というのか……構えがへっぽこだ。後ろの階級が低いであろう男たちの方が未だ様になっている。
【真理の魔眼】で確認すると、目の前の男は剣術スキルレベル1、もう一人の制服の男は剣術スキルレベル2、自前装備の兵士は剣術スキルレベル3だ。
その代わり、槍術スキルレベルが各々4だ。
そういえば、宣戦布告をしたときに見た騎兵たちは全員槍を持っていたな……
「おいおい、いきなり何をするんだ?」
「それは、お前が一番わかっているだろう?
――やれ!」
そう言って後ろに下がる。
まぁ、剣術スキルを見る限りそれが正しいだろう。
しかし、何で槍を装備してないんだろう?
「まったく、何でバレたのかわからないが……急いでいるのは間違いないからな。
それに、これで、正当防衛だ」
「何、ふざけたことを……」
剣術スキル2の男は、1の男よりは剣が使えると自負していたのだろう。
後ろに下がらず、不用意に一歩こちらに踏み込んだ。
槍術スキルが4ならそれがいかに危険なのか、わかってもいいはずなのに。
居合い。その達人の間合いは、正に剣の結界だ。
抜刀しながらの一撃。
重ねてもう一撃。
どちらか一撃でも確実に致命傷だが――『身代わりの指輪』の例があるからな。念には念をだ。
そのおかげもあって、不用意に近づいてきた男は物言わぬ骸と化した。
「軍曹殿……これは、さすがに無理でしょう……」
「ちっ、槍があれば……」
「あっても、全部騎乗戦闘用に換えてしまったではありませんか」
「仕方ないな……」
っと、まずい。
内情がいろいろ聞けそうだったので、油断したようだ。
制服の男が、笛のような物を取り出した。恐らく、アレで仲間を呼ぶつもりだろう。
投擲ピックを投げつけるが、コレはさすがに他の兵士に弾かれてしまい、笛を鳴らされてしまった。
笛を鳴らされてしまっては、武器だけで目立たないように……という作戦から、魔術併用の短期決戦へと切り替えた方が良いだろう。
言うなれば……
呪○使うな!
から、
ガンガン○こうぜ!
ってことだな。
俺は舌打ち混じりに間合いを詰めた。
狙いは慌ててピックを弾いたせいで体勢を崩している男だ。すれ違いざまに首をかっ斬って、絶命させる。
復活は――しない。
コレで敵は残り5人。
そして、移動した場所は1対1をあと5回できる位置取りではなく、5人に囲まれた位置だ。
「『炎纏』」
魔力変換で、全身に炎を纏う。
イリスのそれより、高温で広範囲を燃やし尽くす炎の鎧だ。
地面をマグマに変え、敵の鎧ごと身体を炭化させていく。
「あじぃぃいぃ!!」
「うわああああ!!」
「ぎゃああああ!!」
「びゃああああ!!」
非制服組はコレで全滅したが、制服の男は驚愕の表情を浮かべてはいるものの、ノーダーメージで立っていた。
よくみると、胸のあたりが赤く光っている。
恐らく、炎のダメージを無効化するアイテムか何かだろう。
だからといって――
「首を落とされて、無事なわけもないよな……?」
無造作に振り抜かれた新月が、男の首を切り落とした。
炎纏が無効化されても、物理攻撃が無効化されるわけではない。
そして、剣が得意でないこの男が俺の剣を防ぐことなど、できる筈もないのだった。
しかし、これは周りに味方がいるときに使えないよなぁ……
「でも、一人で大量に相手するときはかなり都合がいいな」
俺は、こちらに向かってくる大量の敵兵を見据えながらつぶやいた。
っと、その前に、炎纏を防いだアクセサリを貰っておくか。
未だ赤く光る『赤のタリスマン』を手早く回収すると、改めて敵兵に向き直った。
全身に炎纏の炎。
右手には、新月。左手には透明な純魔力の刃を生やした霞の合口。
手数重視の二刀流だ。
結局、ヤスナの思惑通りに騒ぎを起こしている自分自身に軽く苦笑。
それに応えるは、敵兵の雄叫び。
「邪魔する奴は、容赦しない! 死にたくない奴は、追わないからさっさと道を開けろ!!」
「「「「うおおおおおお!!」」」」
俺の警告は、敵兵の士気に更なる火をつけただけだった。
「《キョーヤ、マズいことになったわね?》」
「(なんだよ、楽しそうに……)」
「《露払い、してあげましょうか?》」
「(いや、そんな状況じゃないってのはわかってるが……人を斬るなら、せめて俺自身の手で送ってやりたい。
それに、逃げるなら追わないってのも本気だからな。問答無用でくびり殺したとか言うと、咲良にどやされる。
まぁ……ちょっとばかし脅してやるさ。
――まぁ……やばそうなら、助けてくれると嬉しいけどな)」
ってわけで……
「『エクスプロージョン』! 『ミラーリング』! 『ミラーリング』! 『ミラーリング』! 『ミラーリング』!!」
スキル『ミラーリング』は起動中の魔術を複製起動して並列で実行するスキルだ。
御者をしながらの移動中、暇だったので覚えておいた。
どこまで並列思考ができるかによって、調整項目が変わってくるが、今回は発動位置だけを変えて威力や範囲などは全部同じだ。
威力を抑えた、爆発・爆炎の魔術エクスプロージョンが、敵兵を吹き飛ばしていく。
全力で放っていたら、木っ端みじんだろうが――
「《うーん、アレなら殺してあげた方が親切だったかもしれないわねぇ。手足が明後日の方向をむいちゃってるし》」
「(そうか? 見た目はグロいけど、致命傷ってわけじゃないし、魔術で治る範囲だろう? 死ぬよりはいいと思うけど)」
「《見解の違いねぇ》」
まぁ、コレで引かないなら、こっちとしても容赦はしないけどな。
俺の願いは虚しく、兵たちは雄叫びを上げ、こちらに向かってくる。
前にいる兵たちは剣と盾といった装備だが、後ろからやってくる兵たちはやたらと長い長槍を装備している。
なるほど、通常サイズの槍はなく、騎竜に乗って戦うのに特化した槍しかないのか……
というより、さっき聞いた話が事実なら、通常の槍もすべて長槍に変えてしまったのだろう。
そこまで物資が不足しているのか……
剣を鋳つぶすよりは簡単だろうしな。
バランスとかは悪いと思うけど。
「(突っ込むぞ! シンシア! しっかり付いてこいよ!!)」
シンシアの返事を待つことなく、押し寄せる敵に向かって突っ込む。
先の4人を瞬時に消し炭に変えた炎纏は伊達ではない。
が、ネタが割れてしまえば防御されてしまう類いの物だ。
「マジックシールドを張れ!!」
《スキル【純魔術】のレベルが上がりました》
《スキル【純魔術】のレベルが上がりました》
皆が純魔術のマジックシールドを使ってくれた為、【純魔術】のレベルがいい調子で上がる。
魔物と違って、人間相手の場合は重複した経験が少ないから効率がいいな。
まぁ、マジックシールドを使ったところで……
「ぎゃあああ! 張ってても熱い!! あついいいい!!」
怒号と、悲鳴が渦巻く。
確かに、マジックシールドで防ぐことができるが、弱いシールドしか張れない者はこちらにたどり着く前に燃え尽きてしまう。
耐え切れているのは、360度をマジックシールドで守るのではなく、防御範囲を180度くらいで抑えてシールドを分厚くしている者たちだ。
そうした努力をして俺の下までたどり着けても、
「疾っ!」
《二刀流・刀術技【十字斬り・重】を取得しました》
一呼吸のうちに放たれた4連続の斬撃で、左右から迫る敵を斬り捨てる。
その成果を確かめるために、足を止めることはしない。
斬り捨てるために、速度を緩めることもしない。
むしろ、走れば走るほど、加速していく。
移動速度に比例して、斬撃の威力も上がる。
炎をくぐり抜けることができない敵兵は、炭へとかわり、くぐり抜けたとしても、物言わぬ肉塊へと変わる。
「あっ、足止めだ! 足止めをしろっ!!」
どこからか放たれた命令に従うように、離れた位置より氷魔術と水魔術が雨あられと放たれる。
こちらの火を弱めつつ、足止めをしようという魂胆だろう。
「『ウインドストーム』」
俺を中心に竜巻が起こり、水魔術や氷魔術を打ち落としていく。
いや、それだけではない。
炎が風に煽られ、巻き込まれて炎の竜巻へと変わる。
180度しか守っていないマジックシールドでは、包み込むように襲い来るウインドストームは防ぐことはできない。
周囲の敵兵は燃やされながら、打ち上げられることになる。
周囲に敵兵がいなくなったのをさらっと確認し、両手を駆使して『飛刀』を魔術師部隊に向けて飛ばす。
飛刀はマジックシールドだけでは防ぐことができない。
マテリアルシールドと併用する必要がある。
案の定マジックシールドしか張っていなかった、魔術師部隊は飛刀の直撃を受けてその命を散らしていく。
敵兵は減っているはずだが、地図上の紅点は増え続けている。
当然、【気配察知】でその正体は掴めている。
認めたくないことだが……
「おいおい、たった一人の侵入者のために、緊急出動するのかよ……」
俺のぼやきをあざ笑うかのように、影が落ちる。
急に曇ったかのようだが、雲のせいではない。
劣飛竜部隊の出動だ。
歩兵部隊はまさしく時間稼ぎだったのだろう。
そして、それは果たされた。
さすがにコレは面倒だな。
そして、凶報は続く。
「《恭弥! 勇者の娘が、劣飛竜に乗って飛び出していったわ!》」
くそっ、ここに来て……
まぁ、これだけの騒ぎになっているのだ、当然か……
「(妖精に追わせてくれ!)」
「《それはいいんだけど……何か、一人で飛び出していったわよ?》」
え……?




