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第50話 セーフハウス

「で? これからどうするんだ?」

 

 元々の予定では宿を取る予定だったが、正規の手段で入街していないため、泊まることはできない。

 

「まぁ、有事ですからねぇ……後でこっぴどく怒られるかも知れませんが、セーフハウスにお連れします」

 

 ヤスナはそう提案した後、「怒られるだけで済めばいいですが……」と小声で付け加え、肩をふるわせた。

 

 セーフハウスとは、言わば諜報機関の秘密基地のようなものだ。

 

 敵国内のセーフハウスなど、普通は国家機密中の国家機密だ。

 それを独断で、たかだか冒険者に――それもCランク冒険者に教えるのだ。

 どう考えても、「ちょっと怒られるだけ」では済まないだろう。

 まぁ、正直なところ、色々と今更な感じがするわけだけど。

 

 

 

 ヴァルバッハの街は、お世辞にも活気がある街とはいえない。

 画一的な石の建物と石畳は、整備された美しさというよりは、冷たさを感じるし、道行く人もどこか影があるというか、活気がない。

 

 というか、そもそも、真っ昼間だというのにも拘わらず、殆ど人が歩いていない。

 

 住人の殆どが軍関係者で、戦時中であるため陸軍や、空軍の詰め所に詰めている……

 と、いうわけでもなさそうだ。

 民家の中にはしっかりと住民の気配を感じる。

 

 単純に外出を控えているのだろう。

 それが、元々のお国柄なのか、戦時中だからなのかはわからないが。

 

 

 そんな雰囲気の暗い街を、極力目立たないように歩くこと10数分。ヤスナの案内でたどり着いたセーフハウスは、不人気そうな鍛冶屋だった。

 

 いや、セーフハウスとして用意した鍛冶屋なら、人気が出ても困るだろうし、そして、実際に不人気なのだろうが。

 

 店の外観は、可も無く不可も無くといった感じで、特に目立つものはなく、掲げられている看板も、地味で目立たないものだ。

 

 ここに店があると知っていなければ、気がつかずに通り過ぎてしまうかも知れない。

 

 入り口のドアを開けて中に入る。

 カウベルなどはなく、ガラス窓の類いもない何の変哲もないドアが、わずかな軋みをあげて開く。

 

「いらっしゃい」

 

 迎えてくれた鍛治師兼店員は、ドワーフの男だった。

 

 店内を見渡すと、ごく普通の鍛冶屋……よりも、寂れた印象だ。

 

 少なくとも、都市セーレにあるバルガムス工房と比べると、活気や、やる気が全く感じられない。

 

 売り物として飾られている包丁や鎌などは微妙に歪んでおり、刃物としての機能を果たせるか果たせないかギリギリといった所だろう。

 それでも、値付けが安ければ売れるかもしれないが、他店と同等か少し高い位の強気の値付けだ。

 

 これでは、お世辞にも流行らないだろう。

 

 少なくとも、店内に客の姿や気配は感じられない。

 

 少なくとも、こんな鍛冶屋で武器を注文する者などいないに違いない。

 

 しかしながら――

 

「すみません、()()()()()()売って欲しいのですが」

「……なんだって?」

「すみません、()()()()()()売って欲しいのですが」

「ああ、うちは見てのとおり、武器は作っていなくてね、どうしてもと言うのなら特注になるけどいいかい?」

「それでしたら、アタシ好みの仕様で作っていただけますか?」

「ああ、構わないよ、こちらで打合せをしよう」

 

 と言うやり取りの後に案内されたのは、打合せスペース……ではなく、見た目は極々普通の住居だった。

 

「ボコフさんありがとうございました!」

「ああ、何かあったら言ってくれ」

 

 ヤスナが礼を言って、ボコフと呼ばれたドワーフの店員は去って行った。

 

「さて……キョーヤさんイリスさん、ここがセーフハウスです」

 

 鍛冶屋であれば、武器や防具を置いてあっても問題はないだろうし、こうして住居スペースも置ける。

 それに客として訪ねていけば、頻繁にいろんな人が出入りしてもそうそう怪しまれない。

 

 なるほどなぁ。

 

「時間がないんだろ? さっさと話を済ませてしまおう」

「そうですね。じゃあ、まずキョーヤさんが知りたがっていることからお話ししましょうか?

 ――勇者の主についてです」

「ああ、頼む。けどいいのか? それを聞いたが最後、飛び出して行くかもしれないぞ?」

「大丈夫ですよ。本当にキョーヤさんが勇者を救出したいなら、それだけはないと断言できますから」

 

 妙に自信たっぷりだな。

 

「そうか、なら教えてくれ」

「勇者の主は、アンナロッテ第三王女です。そして恐らくまだ、主のままでしょう」

「どうしてわかるんだ?」

「アンナロッテ様がまだ幽閉され続けているからです。主の権限を委譲させられたら、恐らくこの世にいないか、放逐されているでしょう」

「どうして、王女が生きていることがわかるんだ?」

「アンナロッテ様とアタシは、互いに居場所と、その生死を知ることができる『見守りの首飾り』を持っていますので……」

 

 なるほど、生死はもちろんのこと、居場所も把握できているということか。

 だから、迷わずヴァルバッハを目的地にしたんだな。

 咲良もここにいることがわかっているし、ギリギリで救われたな。

 

「素人考えですが、主の権限を王女が持っているなら、殺して奪えば済む話では?」

「勇者が守るので、それは不可能です」

 

 と、イリスの質問をヤスナはばっさりと切り捨てた。

 

 つまり、第三王女が主としてゲルベルン王国に権限が渡らないように咲良を守り、咲良は勇者として――いや、ここはあえて奴隷という言葉を使うことにしよう――奴隷として王女を守っているということか?

 互いに守り合っている状態だと。

 

 二人で連れ立って逃げてくれればまだ何とかなるだろうが……

 流石にそれは無理だろうな。

 

 さっき咲良を見たときは、【真理の魔眼】を発動させていたとはいえ、まともに咲良のステータスを確認しなかった。

 

 つくづく頭に血が上っていたんだな。

 反省しよう。

 

 まぁ、父さんや母さんに力を貰った俺ほどではないにせよ、俺と同じように、召喚されたときに何らかの力を得ているのはあの【重力魔法】を見ても明らかだ。

 

 俺自身、父さん達がくれた力以外のスキルをいくつか持っていたし、身体能力もあがっているのだから、咲良も同じように【重力魔法】以外のスキルを持っている可能性は高いし、身体能力も上がっているだろう。

 

 だからといって、つい最近まで普通の女子高生をやっていた咲良にあれこれ求めすぎるのは、(こく)というものだろう。

 

 王女の行動は、「自分が助かるために、奴隷魔術を維持し続けている」というように取れなくもないけど、「奴隷魔術を解除したから勝手に逃げてくれ」と言って、咲良を放逐するよりは余程マシな結果になっているのが、なんとも皮肉なところだな。

 

 咲良の性格上、強制的に呼び出されたからといって、王女を見捨てるような行動を取るとも思えないしな。

 

 ……アイツは、お節介焼きで、お人好しだからな。

 

「ですが……それも、時間の問題です。アンナロッテ様も抵抗されているようですが、それでも、【神聖魔術】によって徐々に、奴隷魔術を書き換えられ、近いうちに主ではなくなってしまうでしょう。

 そうなってしまえば……」

「王女は殺されるかうち捨てられ、咲良(勇者)自身もどうなるかはわからない……ってことか?」

「はい。ですので、アンナロッテ様と(くだん)の勇者。その両方まとめて救出するのが、一番良い結果になると思います」

 

 なるほど、そう来たか。

 まぁ、どのみち王女の(けん)は投げ出すつもりはなかったからな。

 

 俺が直接関わるかどうかは別にして。

 

 逆に、ヤスナからすると、咲良の救出は優先度は低いといえる。

 奪われると巨大な戦力をゲルベルン王国に与えてしまうことになるが、王女救出という観点からだけで見ると、咲良の救出は必須事項ではない。

 

 だが、「王女と勇者の両方を救出」と銘打つことで、俺が依頼を破棄し単身で咲良だけを救出するという事態を避けたのだろう。

 

 イリスだけを残して、単身で乗り込むつもりだったが……これは、出鼻をくじかれたな。

 

 まぁ、ヤスナがそういうつもりなら、俺もそれに乗っかるだけだ。

 

「では、俺が咲良(勇者)を救出しよう。イリスとヤスナは王女の救出に向かってくれ」

 

 どちらにせよ、戦力を分けるならこれが一番だろう。俺が単身で乗り込むことに変わりは無い。ただ、依頼を破棄しないだけだ。

 シンシアのおかげで、俺は咲良の居場所もわかっているしな。そういった面でも妥当だろう。

 

「キョーヤさんは、勇者の居場所がどこなのか知っているのですか?」

「ああ。どうやって調べたかを教えるつもりはないけどな」

 

 そう言うと、ヤスナはもちろん、イリスも特に異論はなさそうだったが……

 

「はい。あの――主様(あるじさま)、1つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 と、イリスはおずおずと手を上げた。

 

「何だ?」

「主様と、勇者は……その、お知り合いか何かでしょうか?」

 

 とても言いにくそうに、訊ねてくる。

 最初に詮索するなとか言ったからなぁ。律儀な奴だと思う。

 

「そういえば、お知り合いだって言っていましたね! どういうお知り合いなのですか?」

 

 まぁ、ヤスナには知り合いだとうっかり言ってしまったしな。

 無意識に冷静さを欠いていたとはいえ、正直迂闊だった。

 

 どちらにせよ、王女を救出したら言うつもりだったしな。

 

「確かに知り合いだ。どういう知り合いかは、王女を救出したときに、マリナさんも含めて皆に説明する。それまで、少し待っていてくれ」

「……承知しました」

「わかりました! 楽しみにしていますね!」

 

 納得してもらえたようなので、話を戻すことにする。

 

「で、奴隷魔術は、後どれ位()ちそうなんだ?」

「ハインツエルン王国への宣戦布告に、勇者の同行が確認できましたからね。殆ど猶予はありません。魔物の大量発生の件がなかったとしても、然程(さほど)の違いはないでしょう。

 ――いえ、むしろ、大量発生の前に破られて書き換えられる可能性の方が高いでしょう」

 

 なるほど、それは確かにのんびりしている暇はないな。

 しかし、どうにも引っかかることがある。

 

「ゲルベルン王国は何で、王女に主の権限を与えたんだ? 勇者召喚の術者こそ、王女だけど、話によると術式を用意したのはゲルベルン王国なんだろ?

 だったら、最初からゲルベルン王国の誰かを主にするようにしておけば良かったじゃないか? 時空魔術と奴隷魔術は別物なわけだし……」

「すみません、そこまでの情報は……

 ですが、言われてみればおかしいですね? 何か事故でもあったのでしょうか?」

 

 何か事故でも……か。

 恐らく何の考えもなく、述べた推論だろうが……なんとなく、正鵠を射ているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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