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第22話 初めての迷宮

 前半部分は、イリス視点です

 早朝より尚早い時間。

 外はようやく白み始めた頃。

 

 私ことイリスは、宿の脱衣室で着替えを始めていた。

 

 私は気にしないのだが、主様(あるじさま)が、「着替えるときは互いに脱衣室で着替えること」というルールを作ったからだ。

 

 残念だが、仕方ない。

 

 さて、そろそろ主様が起きる頃だ。

 主様は、いつもこれくらいの時間に鍛錬をしているらしく、一人でどこへやら出かけてしまうのだ。

 

 昨日はそれに気がつかず歯がゆい思いをしたが、今日こそは……

 

「おう、イリス、おはよう」

 

 ここら一帯では珍しい濡れた烏のような美しい黒髪に、黒曜石のように美しく涼やかな瞳。

 体つきはエルフのように細いが、中には引き締まった鋼のような筋肉が隠れているのは、何度もこっそり見て知っている。

 

「おはようございます、主様。本日は、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

 私の台詞に主様は少し悩む素振りを見せ、

 

「今日は、新しい刀の試し切りに行くだけだぞ?」

 

 と言って、既に腰に()いている刀をぽんと叩く。

 

「はい!」

 

 主様の剣は綺麗だ。

 それが正しい武器を得たときにどうなるのか、武人としてはやはり興味がある。

 

 

 

 

 主様に同行を許して頂いた私と、主様はギルドの修練場に来ていた。

 

 修練場には、私が昨日戦った戦闘訓練用設備の他にも色々な設備があるが、今私たちがいるところはその中でも一番大仰な、魔術やスキルの試し打ちを行なう施設だ。

 

 奥には、魔術や強力なスキルの的になる大岩がならんでおり、入り口付近にはむぎわらで作られた人形が一定間隔で備え付けられている。

 

 立派な設備だというのに、我々以外の人の姿はない。

 早朝ということを鑑みても、ここセーレには何千人もの冒険者がいるはずなのに……

 

 迷宮に潜るような冒険者は、「迷宮で戦った方がよっぽど強くなれる」などと(うそぶ)き、まず立ち寄らない場所ではあるのだが。

 

「『ティア』」

 

 主様は水の魔術を使って、麦わら人形を濡らし始めた。

 

「どうして水で濡らすのですか?」

「ああ、重くなって斬りにくくなるからな。そうしないと、切れ味の確認にならないだろ?」

 

 確かに、水で濡れた麦わら人形は斬りにくい。

 ましてや、あの麦わら人形は主様の魔術によって水をたっぷりと吸っており、生半可な腕ならば斬ることは叶わないだろう。

 

「――さて、イリス少し離れていろ」

 

 主様の指示に従い傍を離れる。主様はそれを確認すると、

 

「――()っ!」

 

 と裂帛の気合いとともに刀を抜き放った。

 

「えっ?」

 素っ頓狂な声が私の口から漏れる。

 私に見えたのは、刀を抜くために右手を柄に移動させるところまでだった。

 

 気がつけば、あの斬りにくい筈のわら人形が×の字に切り裂かれていた。

 

 ――ということは、あの一瞬で二撃加えているということだ。

 

 思わず背筋がぞっとする。

 

 もし、あのとき主様が持っていた武器があの刀だったのなら、一撃目は『身代わりの指輪』で防げても、二撃目で即死していただろう。

 

 私たち狼族は、鼻がきくと同時に、耳と視力も良い。その中でも私はとりわけ、鼻と動体視力には自信があった。

 

 さらに、称号の『銀狼』のおかげで鼻と動体視力、運動能力が上がっている。

 

 その私をもってしても、主様の剣を追うことすらできなかったのだ。

 

「主様、お見事でした」

 

 私は動揺を隠しつつ、主様をねぎらう。

 

「我ながらなかなかの出来だな。せっかくサーベルを買ったけど……この『新月』と『霞の合口』をメイン武器にしよう」

 

 そう言って主様は、残ったわら人形に向かって霞の合口を抜き放った。

 魔力で作られた不可視の刃は、Λ型に残っていたわら人形を平らに変えた。

 

 腕の振りに集中していたおかげか、先ほどとは違い全く見えないわけではなかった。

 が――代わりに今度は刃が見えない。

 

 こうして離れて見ていると気がつくのだが、主様の剣は独特だ。

 

 普通剣を振り下ろすとなれば、剣の重さを利用し段々と早くなるが、主様の剣は最初から速くその速度は一定だ。

 つまり、最初から最後まで最高速度の剣なのだ。

 

 一体どんな術技で……?

 

 まさか、術技に関係なくただの技術というわけは……流石に主様でも……

 

 

 私のその愚にもつかない筈の予想が事実だと知るのは、しばらく経ってからのことだった。

 

 

 

 †

 

 

 

 4時の刻の鐘が鳴るよりも早く俺たちは街を出た。

 

 目指すは、B級迷宮 トリスタンだ。

 

 セーレの近くではもっともランクの高い迷宮だが、迷宮はランクが高くなるほど、最初は弱い魔物が出てきて、どんどん強くなるという“お約束”を守ってくれるので、入り口付近をうろうろするにはむしろ好都合なのだ。

 

 ランクが低い迷宮は確かに攻略適性レベルは低いが、入り口付近でいきなり中級クラスの魔物と出会うことがあり、俺たちみたいな迷宮初心者には荷が重いといえる。

 

 迷宮の前には何人かの商人が魔法薬などの消耗品を、3割り増しの観光地料金で売っている。

 

 中には地図を売っている者もいるようだ。

 

 一瞬購入を考えたが、すぐに思い直す。

 

 それでは、訓練にならない。

 

 強くなるためには、いつかは前人未踏の領域に行く必要があるだろう。

 

 そのときになって、地図がないから進めませんじゃあ話にならないからな。

 

 商魂たくましい商人たちを横目に見ながら、迷宮の入り口に近づく。

 

 入り口近くには、掘っ建て小屋が建っており、中には騎士が詰めているようだ。

 

 彼らはそこで迷宮の出入りを監視しつつ、迷宮から魔物が出てきたら、即時討伐する任務を帯びている。

 

「冒険者だな、ギルドカードを」

 

 求めに応じてギルドカードを見せる。

 

「Cランク二人だな。通っていいぞ。気をつけてな」

「はい、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 

 迷宮の入り口という言葉の印象から、洞窟のようなものを想像していたが、実際のそれは黒に近い紫色をした霧の渦だ。

 渦は迷宮の成長とともに大きくなるそうで、Bランクともなれば直径50メートルを超える大きさだ。

 

 警戒しながら霧をくぐると、中はごつごつした岩作りの洞窟だった。

 天井近くが一定間隔で発光しているせいか、ぼんやりと明るい。

 

 【炎魔術】の『トーチ』か【光魔術】の『ライト』を使いながらの移動を考えていたが、この分だと必要なさそうだな。

「じゃあ、先に進むぞ。このあたりには魔物はいないようだからな。地図がないからな、とりあえず分岐が見えたらすべて右だ」

 

 役割として、俺が斥候、イリスがマッピングという役割になった。

 俺には【罠発見】スキルはないが、【危機察知】スキルがあるからな。

 

 実際のところ、メニュー機能があるので本来ならマッピングは必要ない。

 単純に、イリスの訓練だ。

 戦闘以外の役割を欲しがったというのもあるが。

 

 今日のところはモンスターの強さを見ながら、いけるところまで行くつもりだ。

 

 しばらく道なりに進んでいると、天井付近に小さな黒いもやが20ほど浮かび、それぞれすべてが巨大なコウモリへと姿を変える。

 

「出やがったな」

 そうつぶやいて、【真理の魔眼】を発動させる。

 

 ──────────

 魔物名

  ブラッドバット

 

 レベル

  1

 

 スキル

  風魔法(LV1)

  吸血(LV1)

 

 説明

 コウモリの魔物。

 【吸血】されると、血とともにHP・MPを吸い取られる。

 

 風魔法を使って高速飛行し攻撃を行うため非常に機動力が高い。

 

 その機動力を利用し、取り付いて吸血してくる。

 

 ──────────

 

 【風魔法】……だと?

 【風魔術】ではないようだ。

 

 【吸血】はともかく、【風魔法】は欲しい。

 間引きながら、【風魔法】を使ってくるのを待とう。

 

「イリス、ブラッドバットだ。吸血されないように気をつけろよ」

 

 とイリスに声をかけつつ、まぁ一応、収集だけはしておこうかな? と思い完全見取りを発動させようとした瞬間――

 ものすごい速度で、口を開けたブラッドバットが突っ込んできた。

 

 おっ、【風魔法】を覚えたみたいだ。

《【風魔術】は上位スキル【風魔法】に統合されました。経験を合算します》

 

 俺の【風魔術】は、スキルレベル1。しかも収集で得たものだから、持っている経験は微々たるものだったのだろう。

 合算したところで、レベルが上がるわけもない。

 

 そんなことを考えながら、一閃。

 ブラッドバットは俺のもとへたどり着くことなく、真っ二つになる。

 

 じいさんの流派では、座った状態で素早く抜剣して斬る技を居合術。立ったままで、素早く抜剣して斬る技を抜刀術と呼んでいた。

 

 座っていないので、この場合は抜刀術だ。

 

 【刀術】スキルは、今朝試し切りをしたときに既に習得している。

 スキルレベルはなんと今までで一番高い7だ。

 

 ……術技は一個もないけどね。

 

 どのブラッドバットも風魔法を利用して加速しているようだ――が、俺の方が断然早い。

 

 黙々とレイピアで羽を突いて地面に落としてから、とどめを刺しているイリスを横目で気にしながら、次々と斬り捨てていく。

 

 この刀――『新月』は【錬金】で作ったおかげか、魔力のノリが良い気がする。

 

 魔力ノリが良いということは、その分だけ刀身が守られるということだ。

 これなら、いつまでも斬っていられそうだ。

 

 

 

 

 

《スキル【風魔法】のレベルが上がりました》

 

 20匹全員から、経験を複製した結果、【風魔法】のスキルレベルが2に上がった。

 で、この【風魔法】は【風魔術】の完全上位互換で、自分のイメージ通りに風を操れるようだ。

 つまり、イメージさえしっかりしていれば、無詠唱で【魔術】と同じことができるのだ。

 しかも、術技として確立しているものは、術技として覚えれば【魔術】としても使用可能だ。

 

 

 ふむ、これなら……

(『ブリーズ』)

 効果をイメージしながら、声に出さず心の中で『ブリーズ』を唱える。

 

 声に出すより威力も弱いようだが、キチンと魔術として発動するようだ。

 発動が遅い気がするのは、使い慣れていないせいだろう。

 

《スキル【無詠唱】を習得できるようになりました。習得する場合は、SP操作から習得してください》

 

 なんだ? 初めて聞くアナウンスだな。

 

「イリス、ちょっと待ってくれ。試したいことがある」

 

 そう言って、SP操作を開くと、

 操作対象スキルに、【無詠唱】がレベル0で表示されており、6ポイントで習得可能なようだ。

 

 ヘルプを見てみると、こんな感じだ。

 

 ──────────

 ■ヘルプ

 ・スキル名

【無詠唱】

 

 ・レアリティ

 3

 

 ・説明

 術技の発動時に、詠唱をする必要がなくなる。

 ただし、威力は若干弱まる。

 

 レベルが上がれば威力は上がるが、元の威力以上にはならない。

 

 

 ──────────

 

 

 ふむ。これを覚えれば、他の属性も声に出さずに発動できるのか。

 

 一切の躊躇なく、流れるように習得すると、

 

「よし、大丈夫だ。じゃあ、ブラッドバット(こいつら)を俺のアイテムボックスにしまって、先を急ぐか」

 

 

 

 ■改稿履歴

 旧:

 操作対象スキルに、【無詠唱】がレベル0で表示されており、3ポイントで取得可能なようだ。

 

 新:

 操作対象スキルに、【無詠唱】がレベル0で表示されており、6ポイントで習得可能なようだ。

 

 

 使用ポイントが手元の設定と違っていましたので修正しました。

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