第19話 魔力変換資質
おいおい。
【索敵】にも【気配察知】にも引っかからなかったぞ……
普通は気配を消そうとする。それこそが敵対行動として索敵に引っかかるはずだが、ギリクは敵意も気配も魔力も遮断していたということになる。
ギリクのステータスを見ることができないので、彼の持つスキルのおかげなのか、それとも本人の技術によるところなのかは定かではないが、厄介なオッサンだな……
しかし、後から入ってきたのならドアの開け閉めがあったはずだが……
まぁ、考えてもわからんことだ。
あれ? イリスは驚いていないな。気がついていたのか?
俺と同じくポーカーフェイスというわけではないだろう。しっぽも平然としているからな。
「ギリク……また裏で寝ていたのかい? ギルドは君の仮眠室じゃないんだけどね」
「それが嫌なら、応接室に隠し部屋なんて作らなきゃいいだろう。それに、わざわざ裏の様子を確かめさせなかったってことは、完全に故意だろ」
「一応、その話は機密事項だからね」
「坊主の方はわからねぇが、嬢ちゃんは最初から気がついていたみたいだし……今更だな」
なるほど、その裏にある隠し部屋自体に何か誤魔化す仕掛けがしてあるのかもしれないな。
その上で気がついていたらしい、イリスは実は凄い子かもしれない。
と、俺が人知れずイリスの評価を上げていると、
「まぁ、ギリクがやってくれるというのなら、ギルドとしても否やはないけどね。一応、そっちの二人の意見も聞かせてもらえるかな?」
と、いつの間にかギリクとイリスが戦う流れになっていた。
予定外に俺のCランク昇進が成ってしまったが、別に急ぐことはないんだよな。
どっちみち、明日には二人ともDランクになって迷宮に潜ることができるようになる予定だったのだから。
武器や防具も買い揃えていないし、未鑑定品の鑑定も残っているから、完全に予定が空いているというわけでもない。
元々予定していた相手が誰かは知らないけど、Aランク冒険者の――というかギリクのスキルやその経験には興味があるんだよな。
【真理の魔眼】でステータスをみてスキルを『収集』するのは無理でも、スキルを使っているところさえ見ることができれば、『習得』はできるからな。
とすると、イリスには受けてもらう方向で話を進めないとな。
「イリス、あのな……」
「主様、この話受けさせて頂けませんか?」
説得する前に、説得完了してしまった。
「わかった。俺は見学者として参加するけど構わないか?」
「ああ、普通試験は非公開で行うものだけど、パーティーならお互いが了承していれば構わないよ」
「大丈夫です」
「そうかい。ならば話は以上だ。準備ができ次第、ギリクと地下へ向かってくれ。イオ君、後の手配は任せたよ」
「承りました」
イオさんが答えると同時に、ぬいぐるみから魔力が消えしゃべることはなくなった。
互いに特に準備などは必要ないという話になったので、イオさんが修練場を貸し切りにするのを5分ほど待った後、アヒル支部長以外の全員で修練場へと向かった。
1Fの混雑は少し鳴りを潜めてつつあるが未だ健在だった。
そんな状況で、ものの5分で貸し切りにできるなんて、どれだけ不人気施設なんだ。
と思いつつ、俺も迷宮に通い始めたら行かない自信があるな。
つまりはそういうことだ。
そもそも彼等は、今日の仕事を見付けに来ているのであって、鍛錬のために来ているわけではないしね。
ギルドが主催している、初級者向けの講習も開始時間はもう少し後だそうなので、それもあるのだろう。
などと、修練場のあり方に改めて思いを馳ながら武器を持って立ち会う二人を眺める。
武器は個人のものではなく、ギルドが用意した刃引きの剣だ。
それでも突けば刺さるし、当たれば青あざくらいはできる。下手をすれば骨折だ。
ちなみに、イリスはレイピアを、ギリクは普通のツーハンドソードだ。
レイピアは先日までイリスが使っていたスモールソードと比べると刀身が30cmも長いが、ギリクのツーハンドソードはそれよりも60cmは長い。
実のところ、本来のイリスの戦闘スタイルはスモールソードではなくレイピアを使用するのが本当なのだそうだ。
なら、なぜスモールソードを使っていたのかというと、村から出たときに貨幣を持っていなかった為、元々持っていたレイピアを売りスモールソードに買い換えたんだそうだ。
ツーハンドソードは長さ150cmほどだろうか。ギリクが背につり下げていた剣はもう少し長く大きかったが、それと比べれば然程でもないかもしれない。それでも鈍器としては優秀すぎるので中を空洞化させ軽量化されているようだ。
ちなみに、そのままでは簡単に傷んでしまうしまうので、『硬化』が付与されている。
双方の間合いからぎりぎり離れた位置で、お互いに剣は構えず自然体で向かい合っている。
「模擬戦といっても、これは嬢ちゃんの実力を見るためのものだからな。勝つ必要もなければ無理をする必要もない」
「はい、胸をお借りします」
「つっても、これは冒険者ギルド主催の模擬戦だからな、怪我をしてもギルドが責任を持って治してくれるから、そのあたりは心配しなくていいぞ」
「わかりました。――では、参ります」
宣言と共に、イリスはギリクに突っ込んでいく。
ギリクの方が上背もあるし、刀身だって長い。イリスの方が断然間合いが狭いのだから。どうしてもそうなるだろう。
まぁ、俺みたいに【飛剣】が使えれば、また話は別だけど。
イリスが距離を詰め切る前に、ギリクの剣が振り抜かれる。
様子見?
とんでもない。確かに、様子見のテレホンパンチだろうが、剣速、剣圧ともに当たれば必殺の一撃だ。
刃引きに軽量化といった措置をしていたとしても、当たり所が悪ければ死ぬだろう。
ギリクの【剣術】と【腕力強化】の経験が流れてくるが、【完全見取り】で習得できるのはスキルレベル4までだ。
――だが、それでもこの情報量か……正直きつい。
【完全見取り】のレベルを上げればこの制限を突破できるかもしれないが、これ以上の情報量をこの一瞬で処理するとなると、流石に人間をやめる必要があるだろう。
既にやめている気もするが。それはそれだ。
【縫製】のときはもう少し楽だったけど、【剣術】は術技も一緒に入ってくるからな。
それの影響が大きいのだろう。
まぁ、ステータスの、知力や精神が上がればもしかすると楽に処理できるようになって、スキルレベル4制限がなくなっても問題なくなるかもしれないな。
「『ステップ』!」
瞬発的な高速移動を可能とする、『ステップ』を使用し剣を躱しつつ更に距離を詰める。俺には見えているが、隣にいるイオさんにはイリスが一瞬消えて瞬間移動したように見えただろう。
そして、そこはもはやイリスの間合いでもあった。
術技を使用しない、単純な引き胴を放つ。
ギリクはにやりと笑うとその剣をワザと受けた。
ガキィン
とおよそ人体には似合わない音が鳴り響き、イリスの剣を生身で受けきった。流れてきた経験から、【身体能力強化】と【魔力撃】の効果だとわかる。
【魔力撃】は、武器に纏わせて損傷を防ぎながら威力を増したり、身体にまとわりつかせて身体能力を上げたり……といったスキルだが、斬撃を受ける位置に魔力を集約させて受けきったのだ。
しかしイリスも然る者だ。一撃与えて離脱するときの速度は、先ほどの『ステップ』の速度とさほど変わらない。
あっという間に、ギリクの間合いからも離れてしまった。
「いいねぇ、Dなら今の時点で合格だけどな。Cならもう少し気張れよ? ――『剣一閃』!」
「っ『パリィ』!」
一瞬の閃光にも似た剣閃が奔るが、イリスは難なく防ぐ。
『パリィ』は、普通に使えば術技が勝手に攻撃を逸らしてくれるオートガードの技だ。剣は魔力でしっかり覆われる為、剣が傷む心配もない。
そして、普通ではない使い方をすると、逸らすだけではなく剣を弾くことができる。
剣を弾かれ、がら空きになった身体に――
「『稲妻突き』!」
雷の力を帯びた、高速の突きだ。
通常であれば突き刺した後に傷口から一瞬にして電流を流し込む技だが、流石に手加減をしているらしく、アレなら触れてもちょっと痺れるだけだろう。
「よっ!」
と気の抜けたようなかけ声とともに、『稲妻突き』を躱し、追撃を放とうとしたイリスを手で制する。
「魔力変換資質持ちか。しっぽがないからもしやとは思ったんだけどよ。まぁ、それなら合格! 合格だ!!」
後でこっそりイリスに聞いたところによると、魔力変換というのは、獣人の中でも資質を持つ一部の人にしか使えない魔力を直接属性の力に変更する技だ。
イリスは、闇以外のすべての基本属性に資質があるそうだけど、今使えるのはスキルとして覚えたこの『稲妻突き』だけだそうだ。
俺も使えるんだけど、大丈夫なのかな……?
一応秘密にしておこう。
†
無事二人とも冒険者ランクCとなった俺たちは、討伐の報酬とギルドカードの書き換えをサクッと終わらせた。
報酬額はイリスが大金貨2枚、俺が大金貨1枚が報酬となる。
二人合わせて、300万リコ。日本円にして3000万だ。
イリスの方が金額が多いのは、主犯は恐らくそちらだし偶然とはいえ事件解決のきっかけとなったからだ。
ああ、あとついでに盗賊の討伐報酬も貰ってきた。
合計金額は26万リコだった。そこからギルドへの手数料を差し引いた金額が、俺の手取り分だ。
どうやら、盗賊のレベル1につき1000リコという何ともなどんぶり勘定らしい。
何にせよ、盗賊が隠し持っていた金品と比べれば見劣りしてしまう。
いかんな、報酬額が高すぎて金銭感覚が麻痺しつつあるな。
イリスの報酬も俺の報酬もまとめて、俺が管理することになった。
最初は、普通に俺に渡そうとしてきたので、「これはイリスが得た報酬だから」と突っ返した。
しかし、敵も然るもの。
「現状、生活に必要なものはすべて主様から与えられていますので」と固辞されレてしまった。
そんなわけで、とりあえず俺が管理することにして、イリスにはお小遣いを渡しておいた。
俺のアイテムボックスがあれば、お金を盗まれる心配はないが、もし俺とはぐれた場合に無一文だと都合が悪いからな。
「それで、少しお伺いしたいことがあるのですが……迷宮産の素材や魔物についての情報が欲しいのですが、本か何かありませんか?」
「ギルドが発行している冊子がありますので、それをお譲りすることはできますよ。それぞれ1万リコです。また、それぞれ年間1000リコで、差分ができ次第追加の小冊子をお渡しします。初年度は無料なので、お得ですよ!」
と言って、見せてくれたのは冊子というか鈍器だった。
紙の品質はあまり良くないが、1枚1枚穴が空いていて紐でとじるようになっているようだ。
なるほど、これなら差分の更新も楽そうだ。
「それでは両方下さい」
「承知しました……が、依頼を受けて頂くときや、特別注意が必要な魔物の場合はこちらから情報をお出ししていますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。何を採集すればいいのかとか、何をはぎ取ってくればいいのかとか知らないと困りますからね」
「なるほど、普通なら既に迷宮に潜っているパーティーで下積みをしたりして徐々に覚えていくものなのですが、お二人の場合は少し特殊ですからね」
そう言って理解してくれる。
俺が今のところ誰ともパーティを組むつもりがないことを酌んだというよりも、イリスの心情を慮ったのだろう。
イリス自身は何ともないようなそぶりをしているが、一連の事件の被害者でもあるわけだしね。
2万リコを支払って小冊子を受け取り、魔法の鞄へしまう振りをしてアイテムボックスにしまう。
これで、全文検索できるはずだ。
「それと、セーレに近い迷宮の場所を教えて頂けませんか?」
「はい、承知しました。地図をお渡ししますので、お持ちください」
渡された地図は、盗賊たちのアジトがあった森よりも更に先の村までの範囲をカバーしており、その範囲内に迷宮は3つ。
それぞれBランクCランクDランクとなっている。
ちなみに迷宮のランクと、冒険者ランクは直接の関係はない。
例えば、最低ランクの迷宮はGランクで階層もおおよそ30階ほどだが、Dランク迷宮の中層以下で出るような魔物が1階から出たりする。
ある程度成長した迷宮は上が弱く下が強くなるといったように人間を誘い込み始めるが、小さい内は全力で排除行動を取りつつ、誘い込んでゆっくり成長することよりも素早く成長することを重視するために、低階層でも罠や強力な魔物を出現させるのだ。
もちろん中心に近い方が、より強い魔物を生み出しやすいということもあるそうだ。
そう考えると、Dランクなんかは手頃なんじゃなかろうか。
攻略できるかどうかはわからないけど、それを狙いつつ低階層で狩りや採集をするってのでも良い気がする。
地図を貰ってようやく俺たちの用事も済んだので、辞去することにする。
冒険者ギルドを出ると、イリスがある提案をしてきた。
それは……
「主様。冒険者ランクも上がりましたし、お買い物に向かう前に教会に行って、称号を更新しませんか?」
「称号?」
「はい。神様から与えられる加護のようなものです。得られた称号によって、様々な効果があります」
そういえば、イリスにはあって俺にはないんだよな。
なるほど、教会か……
俺自身は無信教だからなぁ。
道場に神棚はあったけど、それくらいだ。
初詣くらいしか、神社にも参拝しないしね。
まぁ、この世界の宗教観はともかくとして、便利そうなので教会に行ってみるか。