第16話 二日目の終わり(前編)
暴力行為があります。苦手な方はご注意下さい。
「いよう、さっきは世話になったな」
ギルドから出て早々に話しかけてきたのは、案の定さっきの男たちだった。
骨がつぶれたはずの齧歯類の男も回復ポーションで回復したのか、既に復帰している。
粉砕骨折を治すレベルというと……中級回復ポーションを使ったのか?
奮発したな。
ちなみに、中級回復ポーションの値段は大銀貨1枚。日本円にして10万円だ。
こうして魔法薬の知識がポンポン出てくるのも、アールさんのおかげだ。
ありがたい。
しかし、こいつ等には人通りが少ない場所で襲うとか、そういう発想はないのだろうか?
こそこそ後をつけられるよりはマシといえばマシだけど。
いや、マシなのかな? どっちもどっちか。俺もあんまり目立ちたくないし。
騒ぎを予見したのか、すでに野次馬が集まり始めている。
「雑魚共が。主様に見逃して頂いたということにすら気がつかないとは……」
氷のような目で男たちを見据えるイリス。
そのまるでゴミを見るような目は、「道ばたにゴミが落ちていて邪魔だから仕方なく処理しよう」程度にしか思っていないように見える。
まぁ、「ゴミだし、できれば触りたくないな」くらいには思っているかもしれないが。
実際のところ「状態異常(病気)」であるわけだし、あながち間違っていないというのが面白くて、思わず苦笑してしまう。
イリスの台詞を挑発だと思ったのか、俺が笑ったのが悪かったのか、ますます激昂する男たち。
火蓋を切ったのはまた齧歯類の男だった。
先ほどと同じように爪を伸ばし、目を見開き奇声を上げながら飛びかかってくる。
――が、その鈍く光る爪が振り下ろされることはなかった。
それよりも早く繰り出した俺の貫手が、その見開いた目を突いたからだ。
威力より速さに重点を置き、払うように繰り出された貫手は大した威力ではない。しかしながら、目を攻撃することによって相手は攻撃を継続出来なくなる。
ただそれだけの技――の筈だったが、こちらに来て圧倒的に攻撃力が上がっている俺の貫手は、“齧歯類”の眼球を破裂させてしまった。
「ぐぎゃぁあ、目がぁ! 目がぁ!!」
と悪役らしいセリフを吐きながら、転げまわる“齧歯類”。
ふと、先ほど【真理の魔眼】で確認した「血液感染」の文字がよぎる。
「『クリーニング』」
ステータスを確認したい衝動に駆られつつ、生活魔術を唱える。
『クリーニング』は、水浴び程度の汚れ落としの効果と、殺菌消毒の効果がある。
まぁ、そうそう感染るものではないということ位は理解っているつもりなんだけどね。
地面に墜落し目を押さえ転げ回る“齧歯類”の顎を、蹴り砕くようにして蹴り飛ばした。
死なないように手加減したが、顎が砕け歯も砕け散った彼は、二度と口から固形物を摂ることはできないだろう。
いや、魔法薬があるから何とかなるのか?
全滅した歯が部位欠損に該当するのかどうかによって、魔法薬の値段が変わってくるだろうが……
まぁ、しったことではないな。
むしろ部位欠損として、最上級ポーションが必要になることを祈っておいてやろう。
「てめぇえええ!!」
スキンヘッドの男が頭まで真っ赤になり、釘バットを振りかぶろうとする。
――が、それが叶うことはなかった。
振りかぶるより先に、俺の手が“スキンヘッド”の腕を抑えていたからだ。
攻撃の兆候を読みとり、先んじて相手を抑え攻撃自体を止める柔術の技。
だがそれによりできる隙は、一瞬。
その一瞬の間に、俺の肘が吸い込まれるようにして“スキンヘッド”の顎を砕く。
得てして“齧歯類”と同じ末路をたどる。
――死んでないけど。
残るは二人。
後ろでぼーっとしている、奴隷の女を入れれば三人だ。
次に動いたのは、リーダー格の男だった。
ハルバードを構えたまま、俺に砂をかけるために足を蹴り出そうとした。
しかし、それが叶うことはない。
柔術と、殺術の合わせ。
攻撃の兆候を読みとり、先んじて相手の攻撃を攻撃で止める技。
但し使うのは殺術だ。
魔力を纏った蹴りは、“リーダー格”の臑を蹴り砕く。
そのままバランスを崩し、倒れる“リーダー格”の顎を先の二人と同様に蹴り砕く。
残りは一人……
「まっ、待ってくれ! 俺は、これ以上お前とやり合うつもりはない、見逃してくれ!」
弓を持った男が武器を投げ捨て、命乞いを始める。
都合のいい話だ。
三人を一瞬で片付けたせいか唖然としていた野次馬たちも、どこか冷めた目でその命乞いを眺めている。
まだヤジは飛んでいないが、それは時間の問題のようだった。
「お前は……だろ? 『プロシードペスタレンス』」
黒い霧が男たちを包み込み、身体に吸い込まれていく。
「っ……何を……? あれ、何で景色が消えていくんだ?」
「ふぁんふぁんほ、いふぁふなふなっへひた……?」
闇魔術。『プロシードペスタレンス』は、病気を急激に進行させる魔術だ。
恐らく、全員が同じ病気にかかっていて、一番症状が進んでいるのがあの女だ。恐らく目が見えていない。
いや、目だけではなく、聴覚も、触覚も、嗅覚もすべて失ってしまっているように見える。
彼女がなんとか男たちの後ろをついていっているのは、【気配察知】の効果と主人の命令が本人の意思や体調に拘わらず強制的に履行されているからだろう。
「おい、お前たち! 何をしている!?」
街の警備兵が慌ててやってきた。さすがに通報されたのだろう。
まぁ、当たり前といえば当たり前だ。
逃げてしまっても良かったが、これだけの衆人に見られては後々面倒だ。キチンと対応することにしよう。
「いきなり絡まれた後、武器を抜いて襲われましたので身を守らせて頂きました」
「こいつ等は……なるほど、それは災難だったな」
過剰防衛云々と言われるかと思ったが、警備兵の反応はむしろこちら側に同情するものだった。
不思議に思って聞いてみると、どうやら素行に問題がある冒険者たちだったようだ。
こうして冒険者同士の諍いを起こすのはもちろん、一般市民にまで絡んだりとやりたい放題だったらしい。
なぜか被害者が被害を申し出ないので、取り調べることができない状態だったらしい。
まぁ、疑いじゃなくて事実だけどな。
そんなわけで、警備兵側としては、近日中に強制取り調べの予定。
ギルドからも、懲罰を検討しているところだったとのことだ。
「しかし、怪我はともかくこいつ等のこの様子は……? 一体何をしたんだ?」
「どうやら全員、病気を患っているようですね。それが進行したのでしょう」
聞いた途端野次馬たちが一歩離れ、警備兵たちも嫌そうに顔をしかめる。
「何の病気なんだ?」
「いえ、そこまでは。ただ触っただけで感染るとかそういうことはないようですが」
「あらあら、見た感じ炎衰毒じゃないかしら?」
と声をかけてきたのは、白衣を着てにこにこした女性だった。白衣の下に着ている恐ろしく深いVネックからは、惜しげもなく谷間を見せている。
警備兵たちにとっては見知った相手であったらしく、誰何することはなかった。視線がVネックに注がれているため、その余裕が無いだけかも知れないが。
もちろん、ガン見ではなく窺うような感じではあるが、端から見ればもろバレだ。
……俺も気をつけよう。
イリスが、面白くなさそうにしているしな。
「うふふ、こんにちは。私は通りすがりの女医ですわ。と、言いたいところですけれど、ギルドの前でこれだけ騒がれてしまいますと……ねぇ? うふふ」
なんかわからんけど、逆らってはいけない気がする……
「ああ、ギルド職員の方でしたか。お騒がせして申し訳ありません」
素直に謝ろう。
「あらあらうふふ、冒険者ギルドで契約医をしているセレンよ。よろしくね、若い冒険者さん」
「藤堂恭弥です。藤堂がファミリーネーム、恭弥がファーストネームです。よろしくおねがいします」
と、挨拶を済ませたところで警備兵が説明を求めてきた。
「で、炎衰毒とは何なんでしょうか?」
「そうですわねぇ、炎衰毒は、“とある戦争時に人工的に作り出された病気”と言われていますわ。
初期症状で発疹が出たあと徐々に神経が鈍っていきその後は腐り落ちて、死んでしまいますの。
こうなってはさすがに無理ですわねぇ……既に、腐敗が始まっていますわ。
ところで、若い冒険者さん?
「“感染者の血を多く浴びると感染り、浴びた血の量が多いほど症状が進行しやすく重篤になる”と言われていますけど、ちょっと触ったくらいだと大丈夫ですから安心してくださいね? うふふ」
よかった。少し安心した。
それでも後で、確認だけはしておこう。
「しかし、ここにいる男たち全員となると……殺しの現場にでもいたんですかね?」
と首を捻る警備兵。
見えていなさそうなので、とりあえず助け舟を出すことにする。
「そこにいる女性も、彼等パーティのメンバーだと思うのですが?」
「『ダイグネス』……あら、この奴隷の子……も、随分進んでいますわね。進行具合的には彼等と同じくらいかしら? 病名も、炎衰毒で間違いないようですわね。あらあら、ここまで進行しているのにまともに立てているのは、奴隷契約のおかげかしら?」
【闇魔術】で進行させた男たちと比べて同じくらいだということは、男たちが浴びた血が実はこの奴隷のものである可能性か、他にあり得る話としては男たちが傷めつけたあと奴隷にトドメを刺させ、その時に大量の血を浴びたとかだろうか?
その場合の「殺人」は命令者に付くらしいけど、あの男たちには「暴行」しかなかったんだよなぁ。
――――他に命令した者がいるのかもしれないな。
事情を察したのか、何ともいたたまれない雰囲気が充満している。
俺はといえば、不謹慎ながら喜びを隠すのに精一杯だ。
セレンさんが診断の光魔術を使ったおかげで、【光魔術】レベル3のスキルと経験が手に入った。
光魔術は、回復や補助、アンデッドへの攻撃・浄化を主とする魔術のようだ。
自前での回復手段が手に入ったのは素直に嬉しい。
状況的に不謹慎でもあるので、喜びを表に出すことはしないが。
その雰囲気を打ち破ったのは、またもやセレンさんだった。
「でもこの女性なら、まだ大丈夫。光魔術で治癒できますわ?」
「ん? でも、そうなったら腐り落ちて、後は死んでしまうんじゃないのか?」
「女性は進行がゆるやかですので、まだ間に合いますわ? 進行が進んでいますから治療費も法外ですけど。うふふ」
治療費か……
俺がやれば恐らく無料で治せるが……どう話を持っていくかな?
「どのみち、奴隷じゃあ助からないな……」
と、どこか残念そうに警備兵がつぶやく。
それは俺の声を代弁したかのようだった。
「彼女を私に譲ってくださるなら、私が引き取って治療いたしますわ?」
なるほど。まぁ、それが一番良いだろう。彼女なら身元もしっかりしているしな。
俺と同じく、自分で治せるなら治療費も無料だしな。
「しかし、持ち主がコレじゃあなぁ……」
とまたもや警備兵は困り顔だ。譲渡どころか、会話すら到底できそうにもない。
「なんか、問答無用で奴隷を放棄させられるような規則ってないのか?」
「申し訳ありません。詳しいことは……」
イリスは知らないようだったが、イリスの代わりに俺の質問に答えてくれたのは、警備兵の一人だった。
「衣食住の保証がなされなかったときや、過剰な暴行を加えたときは、放棄させることもできるんだけどな。その場合は、まず監査が入るからなぁ」
「すぐにってのは無理なのか」
「こいつ等が重犯罪者で、まだ罪を償っていない大罪があるなら一発なんだけどなぁ。発覚した時点で、奴隷の所有権はすべて剥奪されるからな」
「暴行傷害とかなら、その対象になりますか?」
「そうだな。だが、ステータスカードに記録されるのは、やり過ぎた場合のみだからな。ちょっとやそっとじゃ付かないぞ?」
なんだ。大丈夫じゃないか。
こいつ等は、全員「暴行傷害」を持っていた。
「では、一応罪を調べてみてはいかがですか? 強制取り調べの予定はあったんですよね?」
と、俺が提案すると、警備兵は、「そうだな」と返事をして、懐から何やら紙のようなモノを取り出し“リーダー格”の胸の上に置いた。
すると、【真理の魔眼】で見た『犯罪』欄だけがその紙に書き写される。
他の男たちも同様だ。
強制取り調べってそういうことか……
てっきり、俺の【真理の魔眼】みたいなスキルで確認するか、例の腕輪を使って確認すると思っていたんだけど……
「ふむ。やはり、全員犯罪者だな。ならば、このまま投獄するとしよう。追って沙汰があるだろう。まぁ、このまま命を落とすだろうが……
そして、この奴隷の件だが……通常であるならば、君のものとなるが……」
と、水を向けられたので、
「いえ、俺は大丈夫です。貰われるなら、キチンとしたところにいった方が良いと思うので」
そう言って辞退した。
奴隷と言うくらいだから、皆から虐げられているのかと思いきやそんなこともないのか。
あの男たちが、屑だっただけだな。
「あらあらうふふ、それでは早速治療室に連れていって回復させましょう。奴隷商へいって、主人の書き換えをするのはその後で良いですわよね?」
そういって、セレンは女の手を引いて冒険者ギルドの中に戻っていった。
すみません。
次話、内容的には、少し短くなりますので、今日の夜(多分18時)に更新します。
元々、今話に入っていたのですが、長くなりすぎましたので分けました。