第13話 冒険者ギルド
宿のほど近く。
イリスの案内でたどり着いたのは、一際大きな四階建ての建物だった。
看板と扉には、「ブーツを履いて、大きなリュックを背負った猫の絵」が描かれている。
「長靴をはいた猫?」
「ケットシーですね。10年以上生きた猫が妖精化したもので、連れていると迷宮の中で迷ったときに外まで案内してくれるそうです」
扉を開けると、喧噪が飛び交っており掲示板には人が群がっている……
なんて状況を想像していたが、随分と静かなものだ。
閑古鳥。
という言葉が浮かんできそうだ。
カウンターは、冒険者用窓口、依頼用窓口、相談窓口、貯蓄専用窓口、と受付が分かれており郵便局に近い。
低ランクの依頼が張られている掲示板には整然と依頼書らしき紙が並んでいる。
1Fには酒場や喫茶スペースといった談笑できるスペースがないからか、時間的な問題かは知らないが、冒険者らしき姿は見受けられない。
依頼用窓口で商人らしき男が何やら依頼をしているくらいで、それ以外の窓口はすいているようだ。
「あまり混んでいないんだな?」
「仕事を受ける者たちは、もっと早い時間にギルドに来ますので……それに、ここには順番待ち用の椅子しかありませんから、冒険者が一階で休憩することもありません」
「一階でってことは、他の階にならいるのか?」
「まず、この裏手が冒険者専用の酒場になっています。冒険者ギルドのカードがないと入ることのできない酒場ですが、ここには一日中誰かしらの人がいます。次に、この三階はテラスになっていてそこで、休憩したりパーティ同士の情報交換をしたりしているようです。私は一度しか行ったことはありませんが」
苦々しい顔をするイリス。その一度というのは、例の返り討ちにした男達なのだろう。
「ちなみに、2階と4階には何があるんだ?」
「2階は、ちょっとした売店になっていて、魔法薬や調合薬などの回復薬から、簡単な武器まで売っています。街中で買うよりは割高なのですが、消耗品に買い忘れがあってもここで買えるので、買う人は多いようです。4Fは職員専用フロアなので、何があるかは知りません。ちなみに地下は修練場になっています」
地下室まであるのか。
案外、建築技術は高いのかもしれない。
魔術で無理矢理つじつまを合わせている可能性もあるけど。日本ほどの地震大国でなければ、耐震や免震なんかも口うるさくなくて平気だろうし。
俺たちは、冒険者用の窓口に近づき、
「すみません。冒険者登録をしたいのですが」
と切り出した。
対応してくれるのは、森ガール的なゆるふわなお姉さんだ。
ゆるふわなのは格好とその胸部だけで、口調はしっかりしたモノだ。
できることなら、胸部のガードもしっかりして欲しい。健全な青少年としては目のやり場に困る。
「はい、それでは、身分証の提出と、こちらの用紙への記入をお願いします。登録には、銀貨一枚、1000リコかかりますが、よろしいですか?
って、あれ? イリスさん。ガルデさんたちと一緒だったのでは……?」
俺の斜め後ろのイリスに気がつき、訊ねてくる。
まぁ、そうなるよね。
イリス曰く、「誤魔化す理由もない」とのことなので俺も気にしない。
イリスに視線を向けると、コクリと頷く。どうやら自分で説明するらしい。
「道中で襲われそうになったので、返り討ちにしました。私に対しては未遂でしたが、ステータスプレートには強姦と殺人が記載されています。初犯ではないでしょう」
イリスはギルドカードと、ステータスプレートを取り出して職員に渡した。
「確認しました。犯罪の履歴はあるようですが賞金対象ではなく、指名手配もされていないようですので、賞金は出ませんがよろしいですか? 犯罪履歴の“殺人”が大量殺人なら、賞金も出たのですが……」
ちなみに後で聞いたところ、大量殺人に加えて放火や強盗が賞金の対象だ。
放火未遂や強盗未遂でも、わずかながら賞金が出るそうな。
それ以外に関しては指名手配されているか、別途賞金がかけられている場合にのみ賞金が支払われる。
その場合は、生死不問の場合と、生け捕り限定の場合がある。生け捕り限定の場合は殺してしまっても罰則はないが、殺してしまうと賞金が出なくなる。
これは賞金の有無であり、これ以外なら罰せられない訳ではない。
「はい。大丈夫です」
「ちなみに、ギルドカード回収の賞金は出ますので、後でお持ちしますね。4枚ですので銀貨2枚。2000リコですが」
死んだ冒険者のギルドカードは、回収してくると謝礼として500リコ受け取ることができる。
名簿の管理と、それを材料にして新しいギルドカードを作るのだそうだ。
話が付いたのを見計らって、仮身分証を提出し、必要事項を記入していく。
名前、性別、年齢、出身地に加えて、得意分野や、使用武器などだ。
基本プロフィールはともかく、それ以外は適当で良いだろう。
得意分野なんて、『※個人の感想です』とか注釈つければ良いからな。
注意事項も記載されているが、街門で見た内容とさほど変わらない。
大きく違うところといえば、「最終的な判断はギルドが下すから、判断に困ったらギルドに聞くこと」と最後に記載されてあるくらいだ。
「トウドウ キョウヤさんですね。18歳ですか……もう少しお若く見えますね」
なぜかイリスが驚いているが、そんなものだろうか。
そういえば、イリスに年齢は教えていなかったかもしれない。宿帳には書いたが、イリスは読めないしな。
確かにこれまでであった人は皆、西洋系の顔立ちをしている。
日本人は若く見られるというからな。
「はい。恭弥がファーストネームで、藤堂がファミリーネームになります」
「あら、アシハラ出身ですか? ってあれ? 出身地は、森……ですか?」
「ええ、この世界に生まれてきてからは、ずっと森にいたので」
嘘はついていない。アシハラという国は若干気になるな。
「それは……大変でしたね……」
同情されてしまった。
「で、得意分野と使用武器が白紙ですか?」
「はい。これが終わったら、武器を見繕おうと思っています。この剣は、まぁ護身用ですね」
「そうですか。ギルドに登録する方の半分くらいはトウドウさんみたいな感じですので、これで問題ありません。依頼をこなしている内に剣や弓などの使い方を覚えると思いますよ」
「精進します」
「それでは、冒険者ギルドについてご説明させていただきますね。
ギルド員にはギルドに対する貢献度によって、ランクがあります。最低ランクが仮ギルド員状態のG。そこからF、E、D、C、B、A、S、SS、SSSと上がっていきます。
現状では、Sが10人いるだけで、それより上は存在しません。ギルドでの仕事中に、不慮の事故で亡くなった場合は、慣例的に2ランクのランクアップをしています。
GランクからFランクまでは、一度依頼を成功して頂ければ、上げることができます。それより上へ上がるためには、ギルドへの貢献度に応じて付与されるポイント――ギルドポイントをためて頂く必要があります。
また、Eランクへ上がる際に、冒険者ギルドからの指名依頼をこなしていただく必要があり、さらにDランクに上がる際には、戦闘力を測る試験を受けて頂く必要があります。それ以降、Aまでは単純にギルドポイントでランクが上がります。Sランクへ上がるには、そこからさらに功績をあげる必要があります。
そして、冒険者ランクが上がれば上がるほど、ギルドからのサポートが手厚くなり、特典が付きます。
ギルドで貯蓄ができるようになったり、逆に無担保で融資をしたりですね。
詳しくは、別途お渡しする小冊子を参考にしてください。
迷宮に入る場合、パーティメンバーの過半数をDランク以上にする必要があります。Cランクであればソロでも入れますが、おすすめはしません。
Dランクまでの依頼は、掲示板に貼り出されています。
掲示板の依頼は自分のランクより一つ上のものまで受けることができますが、失敗した場合はペナルティとして、ギルドポイントの減少と罰金が発生しますのでご注意ください」
なるほど、SSランクとSSSランクは、実質二階級特進用の空きランクということか。
「Cランク以上の依頼はどうやって受けるんですか?」
「窓口での斡旋となります。Cランク以上の実力が必要な依頼となると、危険度も応じて高くなりますので。魔物の討伐依頼などを貼り出すと、戦闘力が心許ない冒険者が勝手に討伐に向かい命を落とすことがあるので、現状はこのような措置をとっています。他にご質問などはありますか?」
「大丈夫です」
「それでは、その他に必要事項や禁止事項はお渡しする小冊子に記載してありますので、後ほどお読みください。質問などがありましたら、気軽におたずねください。それでは、こちらがGランクギルドカードになります」
渡されたのは、街門で発行されたものと似たり寄ったりの、木製のカードだ。
焼き印でケットシーが書かれており、そのリュックにはGと大きく記載されている。Gランク冒険者ということなのだろう。
はて。イリスのものはステータスプレートのような素材だったが……
「正式なギルドカードは、ギルドポイントが1ポイント以上貯まり、Fランクとなった際に支給されます」
「わかりました。では早速ですが、盗賊を討伐したので確認して頂いてよろしいですか?」
「え? 盗賊討伐ですか……? お二人で?」
「はい」
「え? 主様? 私は……」
何か言いかけたイリスを、目で黙らせる。
「盗賊のステータスプレートはお持ちですか?」
俺はこくりと頷いて、ステータスプレートを渡した。二十枚すべてだ。
「多いですね……」
「アジトごと壊滅させてきましたからね」
「なるほど……って、これ『森蜂』じゃないですか? ゲルベルン王国で有名な盗賊グループですよ!? こんなのが、近くにいたんですか!?」
俺は、知っていたか? と目でイリスに問いただすが、首を振っている。
どうやら、知らなかったようだ。
「イリスと一緒に盗賊討伐に出かけた男たちは、盗賊の情報を持っていたみたいですが、ギルドでは認識していなかったんですか?」
「報告は受けていなかったですね」
申し訳なさそうにする、職員さん。
だがイリスからもたらされた情報は、俺にとってはあまり意外性のない回答だった。
「それについては、私から。例の男たちですが、何やらその盗賊と繋がりがあるようでした。尋問をしたわけではなく、本人たちが嬉しそうにペラペラしゃべってくれただけの情報ですが」
「なるほど……それが事実であれば、ギルドとしても見過ごせない事態なのですが……」
「関係者を尋問できない以上、事実関係を調査することは難しい……ですか?」
「申し訳ありませんが、そういうことになると思います。一応上には報告として上げておきます」
俺は、イリスが頷くのを確認して、
「それで問題ありません。既に彼等はイリスによって裁かれているわけですし、他にも仲間がいないかどうかだけは調査した方が良いとは思いますが」
と締めくくり、改めてカードの確認をお願いした。
職員さんは止まっていた手を再開させると、程なく査定を完了させた。
「確認しました。ギルドポイントは、お二人に等分で分けてよろしいですか?」
「いえ、二人同じ数字になるように調整して頂けますか? パーティを組む予定なので、その方が都合が良いんですよ」
「承知しました。ステータスカードはお返しします。こちらでは換金できませんので、騎士団詰め所にお持ちください。代理での換金も受け付けておりますが、手数料として10%頂くことになってしまいます」
騎士団であれこれ聞かれて時間を浪費するのが嫌だったため、大人しく手数料を払ってギルドに換金してきてもらうことにする。
「では、ギルドの方で換金をお願いします。先ほども申しましたとおり、武器を見にいきたいし、明日からは早速仕事もしたいので」
「わかりました、こちらで手配しておきますね。明日以降に改めて、受け取りに来てください。今回の盗賊退治だけで、ポイントだけでいえば、Dランクまで上がっています。指名依頼と、試験さえ受けていただければ、お二人ともDランクになりますが、お受けになりますか?」
ちらっとイリスを見るが、俺に任せるといわんばかりだったので、
「はい、お願いします」
と言って受けることにした。
「ではまず、指名依頼ですが……こちらの収集依頼となります」
と手渡されたのは、『ホーンラビットの耳』10セット、『ホーンラビットの魔石』10個だった。
「これは、俺と、イリス、それぞれってことですか?」
「はい。これより多く討伐して余った素材や、これ以外の毛皮などの素材も納品いただければ、購入いたします」
「この街に来る途中で狩ったものがあるのですが、それでも良いですか?」
「肉は鮮度を調べさせて頂きますが、大丈夫ですよ。今お持ちですか?」
持っているが、目の前でアイテムボックスを使う必要が出てくる。
バレないように小細工が必要だな。
「宿に置いてありますので、取ってきます。肉は悪くならないようにしていますので、問題ないかと思います」
「そうですか。それではDランク昇格試験についてはその後にしましょう。こちら、Fランクのカードとなります」
そう言って渡されたのは、イリスと同じステータスカードに似たカードだった。
新しいカードを受け取って、木製のカードは返却する。
セラミックに似た素材でできており、裏面にはやはりケットシーが描かれ、そのリュックには大きくFと記載されている。
「色々、ありがとうございました。それでは、後ほど来ますね」
「いえ、こちらこそ。有望そうな新人さんで、うれしいです」
気がついたら、週間ランキング1位になっていました。
ポイント入れて下さった方、お気に入り登録して下さった方、ありがとうございます。
これからも、頑張って更新を続けていきますので、よろしくお願いします。
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■改稿履歴
本ギルドカードを受け取ったところに、ギルドカードの描写を入れました。