第12話 イリスのしっぽ
ちょっと増量です。異世界飯の表現って難しいですね。
イリスに案内されたのは、『自家製パン石臼屋』と看板に書かれたパン屋だ。
本業はパン屋だが、イートイン可能でパンに合わせた料理と飲み物を出しているらしい。
木製のドアを開けると、カウベルがカランカランと小気味のいい音を奏でる。
「いらっしゃいませ、お食事ですか?」
「はい、二人ですが大丈夫ですか?」
「はーい、こちらへどうぞー」
案内してくれたのは、三角巾でボリュームのある髪を束ね、緑のエプロンワンピースを着た女の子だった。
笑顔が明るくて癒やされる。
後で聞いたところによると、メリルさんという名前らしい。
客層は、男性より女性が多めといった様子だ。
まぁ、イリスセレクトというよりは、ギルド職員にイリスが聞いた店らしいからな。
「今日は、肉料理がスモールボアのオーブン焼き、魚料理がデスオラトリアのチーズ焼き、野菜料理が肉野菜炒めです。どれでも、70リコです」
野菜料理から伝わる、コレじゃない感は置いておいて、肉はボアだから、イノシシだろう。
で、デスオラトリオってなんだ?
ちょっとかっこいいな。生誕曲?
「すみません、デスオラトリオって何ですか?」
「えっと、デスオラトリアです。
魔物食材なんですが、平べったいエビみたいな形をしていて……爪はないんですが、身体は棘と硬い甲羅に覆われていて、脚が鎌になっていて料理するときに気をつけないと、スパッと切れてしまうので注意が必要な魔物です。
仕入れるときにシェフが聞いたところによると、鎌での攻撃もさることながら、蹴りが強力で城壁すら破壊してしまうそうです。
このあたりでは珍しいので滅多に出回らないんですが、運良く手に入りまして……」
……聞き間違えたらしい。
しかし、城壁を蹴り壊すって……水陸両用なのだろうか。
特徴だけ聞くとめちゃめちゃ強そうだ……
イリスを見ると顔を引きつらせている。
さもありなん。
俺に倒せるだろうか?
まぁ、げん担ぎにコレにしてみるか。相手を食えっていうしな。
「じゃあ、俺は魚料理で」
「では、私も同じ物を」
「はーい。飲み物が付きますけど何が良いですか? 紅茶と黒茶、果実水にミルクから選べます。プラス銅貨一枚でエールにもできますよ」
まぁ、紅茶で良いか。
「紅茶でお願いします。食後に持ってきてください」
「私も紅茶で。少し冷ましてから持ってきてもらって良いですか?」
「はーい。それでは、少々お待ちくださいね」
そう言ってパタパタと駆けていく。
「この店は、ギルドの職員に聞いたんですよ。職員に人気のお店だとか。頼んだ料理に合わせて違うパンが出てくるそうですよ」
「へぇ。凝ってるんだな」
この世界に来てから初めてのまともな食事だ。期待はうなぎ登りだ。
俺は、食べることにはうるさいからな。日本人だし。レストランの息子だし。
「おまたせしましたー。熱いので気をつけてくださいね」
と、持ってきたのは、十字に切れ目が入ったパンと、水。そしてメインは……チーズに隠れて見えない。
メリルさんの言うとおり、これでもかというほど湯気が立っている。
「さて。いただきます」
「いただきます」
パンッ、と手を合わせスプーンとナイフを手に取る。ちなみに、ナイフは金属製だがスプーンは木製だ。
毎食、「いただきます」をしているせいだろうか。イリスも真似をし始めたようだ。
オーブンで焼かれて柔らかくなったチーズをナイフでかき分けていくと、薄い紫色のデスオラトリアらしき物体が見えてくる。
その下には赤いソースと野菜が敷き詰められ、層になっているようだ。
辛いのかと思いきや、少し甘みと酸味のあるソースだ。
塩味自体はデスオラトリアやチーズから供給されているらしく、ソースやその下の野菜の味付けは控えめだ。
そのかわり、ハーブをうまく使い味の深みを出しているようだ。
で肝心のデスオラトリアだけど、丸々一匹な訳もなく全体像は掴めない。
掴めないが……味や食感はエビとかシャコに似ている。
そして、この料理に合わせたパンというのが、ハーブパンだった。
備え付けられたオイルをつけて食べてもおいしいが、少し下品にデスオラトリアをパンにのせて食べると、パンのハーブと相まってまた違った味になる。
「これは……確かにおいしいですね。デスオラトリアは食べたことがなかったので、私も頼んでみましたが正解だったようです」
見えないはずの尻尾がぶんぶん振られている。
《スキル【真理の魔眼】のレベルが上がりました》
「!?」
……思わずパンを喉に詰めるところだった。
【真理の魔眼】のレベルが上がった途端、イリスの尻尾が本当に見えるようになったのだ。
ジャージに穴があいているわけではなく、すり抜けているようだ。
なるほどね……「レベルが上がると、真理を見通せるようになる」か……
すぐにメニューを開いて確認したい衝動に駆られたが、食事中だからな。
後にしよう。
食事のマナーは大事なのだ。
食事を終えた俺たちが、次に向かったのは針子さんに教えてもらった宿屋だった。
当面の宿を確保しつつ、早速服を着替えるためだ。
教えてもらったのは、そこそこの値段でもいいから料理のおいしい宿だ。
どのみち、高い宿は貴族街にあって泊まれない。
それ以外にある宿は、どれだけ高くてもたかが知れているようだった。
それでも、イリスが泊まっていた宿と比べると、200リコ以上の値段差があるそうだが。
別にあればあるだけ使うわけではないが、服にしても宿にしても節約するポイントではない。
そうしてたどり着いたのは、冒険者ギルドにほど近い、『宵の石竈亭』だ。
3階建てで、しっかりした作りだ。
途中で見た家屋は雨戸となる木があるだけで窓ガラスははまっていなかったが、この宿では窓にガラスが使われているようだ。
ただし、透明度はさほど高くない。
というか、表面は割とガタガタしている。
分厚いので丈夫そうではある。
冒険者ギルドに近い立地ではあるが料金が割高であるため、低ランク冒険者が泊まることは殆どないとのこと。
「いらっしゃいませ。お食事ですか? お泊まりですか?」
話しかけてきたのは、16歳くらいの若い娘だった。
美人というよりは、愛嬌があって可愛いタイプだ。
接客向きといえる。
「二名、宿泊を頼みます」
「はい、ではこちらへ。
二人一部屋の場合、一泊二人で900リコ。
一人一部屋の場合、一泊二人で1000リコとなります。
朝食は付きますが、夕食をつける場合は、二人で100リコ追加になります」
イリスが泊まっていた宿が280リコだと言っていたので、220リコほど高い計算になる。ほぼ倍の値段だ。
ちなみにその宿は、風呂なしシャワーなしで調度品はベッドだけだがこの街で最安値だそうだ。
雑魚寝の大部屋なら100リコからあるそうだけど、最初から選択肢に入っていない。
「じゃあ、別べ――」
……イリスが、段ボールに捨てられた子犬みたいな目を向けてくる。
しっぽも耳も、へなっとしていた。
「あーなんだ、一緒の部屋で良いか?」
今度は、しっぽがブンブン振られ、耳もピンと立っている。
「大丈夫です! 問題ありません!」
でもなぁ。年頃の男女が同じ部屋で寝るってのもなぁ。
・
・
・
「いや、同じ部屋で。夕食はつけてください。とりあえず6泊で」
結局、折れてしまった。
まぁ、一人部屋にしたところで入り浸ることになりそうだしな。
と、無理矢理自分を納得させる。
「ツインとダブルがありますが」
「ツインで」
これは即答。当たり前だ。
「それでは、6泊夕食付きで……6000リコになります」
料金の対応表を見ながら料金を告げられ、銀貨6枚を手渡す。
それくらいの計算なら、暗算した方が早い気がするけど……
「朝食は5の刻まで、夕食は10の刻までに来てください。遅れると食べることができなくなりますので、注意してください。宿帳への記入と身分証の提出をお願いできますか? 代筆も可能ですが……」
イリスはちらっとこちらを見ながら、もじもじしている。
「どうした? イリス」
「その……共通語は何とか話せるのですが、読み書きまでは……」
「ん? そうなのか?」
話では、低ランクの依頼は掲示板に貼られているんじゃなかったか……?
どうやって仕事を受けていたんだろうか?
聞いてみると、
「冒険者ギルドでは、掲示板に低ランクの依頼書が貼られていて、それを受付に持っていくことで仕事を受けることができるのですが、代読にもお金を取られますし……
薬草とか簡単な単語はなんとか拾えますから、それで依頼を予想して受けていました。掲示板から依頼書を剥がして持っていくと、「ヒポクネ草10株の採集ですね?」と最終確認してもらえますから、それで何とか……」
何とも涙ぐましい話だった。
なぜ、薬草の採集しか受けなかったのだろうと疑問に思っていたが、この分だと薬草っていう単語しかしらない可能性すらあるな。
「まぁ、ここは俺が代わりに書いておいてやる」
そういって、必要事項を埋めていく。
とはいえ、名前と性別それと職業くらいだったが。
そのうち、名前くらいは書けるようになってもらおう。
職業は、少々勇み足だが俺もイリスも冒険者としておいた。「これから登録しにいきます」とだけ添えて。
「ありがとうございます。それでは、お部屋にご案内しますね。お部屋は305になります」
1Fが食堂と酒場、2階と3階が客室だそうだ。
案内された305号室は3階の角部屋だった。
「部屋にはお風呂とシャワーがありますが、使用するための魔石は有料となっております。桶1杯分のシャワーで5リコ、お風呂は、100リコとなります。魔石の持ち込みはご遠慮ください。ですが、魔術で直接お湯を入れられる場合はそうして頂いて結構です。タオルは1組までは無料でお貸しします。その他ルームサービスについては、机の上に記載したものが置いてありますので是非ご利用ください。それでは、ごゆっくりとおくつろぎください」
部屋は、12畳くらいの広さだ。
予想よりかなり広いといえる。
全体的に落ち着く雰囲気の部屋だ。
窓にはガラスがはめられており、カーテンはない。
そのかわり木の雨戸を閉めれば暗くはできる。
調度品としては、机と大きめのベッドが二台設えられており、埋め込みではないがクローゼットも用意されている。
で、肝心の風呂とシャワーだけど、もちろん換気扇などはなく天窓から蒸気を逃がす仕組みのようだ。
全体的に石造りだが、壁際の天井には紐の付いた木桶がぶら下げられている。
穴の空いた桶にお湯を入れて、紐を引っ張ってお湯を浴びるようだ。
……シャワー?
まぁ、シャワーなんだろう。どちらかというと、かけ湯って感じだけど。
と、シャワー(仮)は残念だったが、お風呂は予想より良いものだった。
陶器製で、見た目は脚の付いた巨大なカレー皿といった感じだ。不○子ちゃんが入っていそうなイメージの風呂だ。
排水もしっかりしているようだし、十分だろう。
さて、宿の設備点検も終わり交代で着替え終えたところで、早速ギルドに向かいたいところだが……問題の【真理の魔眼】レベル2だ。
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■ヘルプ
・スキル名
【真理の魔眼】
・レアリティ
4
・詳細
魔眼。鑑定眼の上級で、アイテムの他に、他人のステータスを見ることができる。
レベルが上がると、理を見通すことができるようになる。
レベル1
アイテムの情報を見ることができる。
他人のレベルおよび、レアリティ9以下のスキル情報を見ることができる。
レベル2
上位存在を見ることができる。
見ることができる上位存在の階級は、自身の資質に依存する。
常時発動。
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ヘルプには、予想通りレベル2の説明が加わっていた。
なるほど。恐らく、イリスのしっぽは上位存在とやらなのだろう。
幻覚だと思っていたが、実際に存在していたのだ。
こうやって実際に見えるようになってみると、わかることがある。
キチンと気配も存在するのだ。
何となく気配を感じることができていたのに、見えてはいなかった。だから、幻視という形でたまに見えていた。
と、今まではこういう状態だったのだろう。
見ることができるようになった今は、その存在もなんとなくではなく、キチンと感じ取ることができている。
さて……
「イリス。ちょっと、手を止めてこっちに来てくれるか?」
殆ど壊れてしまったスモールソードを、なんとも悲しそうに手入れしているイリスに声をかける。
買ったばかりで特に思い入れはないそうなのだが、旅に出て初めて買った剣というのはそれだけで愛着があるのかもしれない。
「はい。主様」
「ちょっと、後ろを向いてくれるか?」
今、俺はベッドに腰をかけている状態で、イリスがその前に立っておしりを向けている状態だ。
つまり、目の前にはしっぽがある。髪と同じ綺麗な銀の毛だが、先の方だけ白っぽくなっている。
とりあえず、そのまま触れてみる……が当然、触れることはできない。
次に、魔力を手に込めて触れてみる。
ふぁさっ
「ひゃん」
さわさわっ
「ひゃん」
ふぁささっ
「ひゃん」
おお。何コレ、すっげー良い手触り。
顔に魔力を纏って頬ずりしたくなる。
「あの……主様、一体何を?」
さて、なんと答えようか。
まぁ、正直に言ってみよう。
しっぽが見えるなんて口走ろうものなら、「頭、大丈夫か?」とか思われるかもしれないけど。
「魔眼の力が上がったらしく、イリスのしっぽが見えるようになったから、ちょっと実験を」
「えっ!? 私のしっぽが見えるんですか?」
「見える。そして、触れる」
ふぁさっ
「ひゃん」
「と、まぁこんな感じで」
「すごいですね……獣人同士ならしっぽを見ることもできるのですが、触れることまではできませんから」
「手に魔力を纏えば触れるぞ?」
「……主様、魔力を纏っても普通は無理なのです……」
「そっ、そうか。なら、触れないのはともかく、どうして獣人同士しか見ることができないんだ?」
「そうですね……獣人族に伝わる理由としては、一部の獣人族は神獣の子孫で、そういった者たちはしっぽが神格化していて、獣人同士か特別な力を持った者以外には見ることができない。ということです」
イリスがいうには、獣人族にはしっぽが普通に見える種族と見えない種族がいて、その中でも人間に近い容姿の種族と獣に近い容姿の種族もいる。しっぽを見ることができない種族は、神霊の子孫なのだとか。
「なるほどな。ちなみに、『獣人族に伝わる理由としては』と言っていたが、他では違うのか? それとも、獣人族しか知らないとかか?」
「そうですね、獣人族以外の説としては、フェアリーの羽と同様に退化して霊体化しただけだとする説が有力なようです」
それは、また夢がないな。神獣の子孫という方が夢があって良いと思うけど。
「フェアリーの羽が退化って、フェアリーは空を飛ばないのか?」
「魔法で飛ぶので、羽は使わないようですね」
「魔術じゃないのか?」
「違うようですね。理由は……すみません。私にはわかりません」
「いいさ。ちょっと気になっただけだからな」
調べることができる機会があれば、調べてみるのも良いだろう。
犬耳にしっぽが無いなんて、あり得ないですよね。
感想で、「改行を入れてほしい」と言う意見を多く頂きましたので、今話から増して入れてみました。