第11話 服を買おう!
イリスの案内で向かったのは、街中央の広場だ。
曰く、露店はここでしか開くことができず、露店を開くためには広場中央の受付で場所代を支払う必要があるそうな。
まぁ、買う分には何の問題もない。
見ると、露店は人々の通行の邪魔にならないように配置されており、区画毎によって取扱商品が違うようだ。
恐らくは、受付で場所まで割り当てられるのだろう。
「服は店でオーダーメイドするか、古着屋で買うか、自分で作るしかありません」
「そうなのか。すぐに服は欲しいからな。選択肢は一つという訳か……」
「ですが! ここなら、針子が店からの仕事の合間に服を作って、露店で売っているんですよ。店に在職している針子とて常に仕事があるわけじゃあないですからね。もちろん露店なので、古着もありますが。――といっても、私はギルドの女性職員に教えてもらっただけで、私も服を売っている区画まで来るのは初めてです」
「なるほど。選べるならできる限り古着じゃない方がいいな。適当に見て回ろうか」
「はい。こちらです。古着かどうかは、値段を見ればわかります。私は古着でも構いませんが……」
「そこに差をつけるつもりはない。もちろん、古着で気に入ったものがあれば買えばいいけど、遠慮はするな」
「お下がりと、古着以外の服は初めてです……」
イリスは、拳を握りしめて喜びを表わしている。
そんなに嬉しいか。
中学まではじいさんとの鍛錬があったため、学校の友人と学校外で遊んだのは、一度だけだった。
友人というか、デートに誘われて遊びにいったのだ。
まぁ、それで大失敗して、トラウマになったわけで。
それでも、高校に入ってからは、積極的に遊びにいくようになった。
実に皮肉なことに、じいさんが亡くなって時間ができたというのもある。
別に、鍛錬をサボったわけじゃない。
夜の鍛錬を後ろに二時間ずらすとか、朝の鍛錬を二時間早めるといった調整がきくようになったからだ。
残念ながら恋人はできなかったけど、女子生徒とも頻繁に遊んだ。気がついたら、あまりトラウマを思い出さないくらいには、リハビリは成功していると思う。
このあたりは、咲良のおかげだ。
そうでなければ、こうしてイリスと一緒に歩くことはできなかっただろう。
「しかし、意外といっぱい有るもんだな」
「そうですね。いま、この町では新しく商売を始めることはできませんから。
工房を持つ職人なら、工房内敷地内で自分の作った物に限って、小売りも認められているのですが……」
店では既製品、工房ではオーダーメイドがメインと区分けができている武器防具とはちがい、店で注文しても、工房で注文してもオーダーメイドになる服飾は、圧倒的に商店側の方が有利なのだろう。
店でオーダーされて、頑張って作っても、「私が作りました!」とアピールする機会はないだろうしな。
さながら、この場は、この町の針子さんや服飾デザイナーの作品展示場というわけだ。
古着を売っている店はできる限り多くの商品を陳列しようとしているのに対して、針子さんが出している店は一番の自信作であろう目玉商品をトルソーに飾るなどして、数を奥より目を引くことを目的とした商品陳列となっている。
背景を知ってしまうと、商品陳列のぱっと見で、古着専門か、そうでないのかがわかるのは少し楽しい気がする。
「とりあえず、一周してみるか」
「はい」
そんなわけ一周してみたが、言葉は悪いけど言ってみればピンキリだった。
その中で、一番目を引いた店にやってきた。
丁寧に作られた、マーメードラインのドレスと、まるで、それと対になるかのように作られた、これまた仕立ての良いタキシード。
この二点だけをトルソーに着せているだけで、他の商品は一切陳列していないのだ。
ただ、この二点の出来は他のどの店よりも素晴らしい物だった。
店主(といっても、露店だが)はこれまた変わっていて、雪のように白い肌、ややウェーブがかったエメラルドグリーンの髪に、翡翠の瞳。
地球ではあり得ない髪色と鮮やかな瞳だが、不自然なところはない。
年齢も背格好もイリスと同じくらいだが、胸は絶望的に……ない。
胸部分を控えめに作られているトルソーと比べても……ない。
全体的にフランス人形のような美をたたえる。そんな店員さんは、何をするでもなく積みあげられた行李の上にぼーっと座っていた。
「すみません、商品はここに出ている服だけですか?」
「え? ああ、いらっしゃいませ。すみません、ぼーっとしてました」
それはわかる。
「で、展示してある物以外の服ですよね? ありますよ? ちょっと量が多いので、予算とかデザインの希望を言ってくれれば、何点か出しますよ」
「サイズは大丈夫なんですか?」
「ええ、鎧も着ていないようですし、服の上からなら私のスキルで判断できますから。それにしても……作りの良い服ですね。女性の方も、ちょっとデザインは変わっていますが、伸縮性があって良さそうです」
む、やはり注目されてしまっただろうか。
「目立ちますかね?」
「いえ、服飾に興味がある人がこうして近くで見てわかる程度です。人の手で作られた物か迷宮産かすら、普通の人にはわからないと思いますよ」
気にしすぎだったか。
ミシンとかがなさそうなこの世界で、明らかに機械で作られた服ということで、少し気になっていたんだけど。
まぁ、だからといって服を買わないという選択肢もないわけで。
一張羅だけじゃあ、困るからな。
「普段着用に何枚かと……あと、冒険者になる予定なので動きやすくて破れにくい物を何枚か、後は、寝間着と下着をお願いします。用途に合っているかの方が重要なので、値段は気にせず先ずは見せてもらえますか? 男女両方で」
「あ、はいはい。ちょっとお待ちくださいね。冒険者になるってことは、まだなってないってことですよね? 迷宮に合わせるなら、寒暖に対応できるような服が好ましいと思うのですが」
行李を開け、中から服を引っ張り出しながら訊ねてくる。
行李のサイズより明らかに出てくる服が多いのは、恐らくあの行李が魔法の鞄だからだろう。
「そうですね、迷宮に合わせて選んでもらえますか?」
「少々お値段が張りますが……」
と言って出してきてくれたのは、確かに動きやすそうな服だった。
とはいえ、キチンとデザインはされているので、ファンタジー感があって良い。
長袖だが体温を一定に保つ効果がある生地を使用しているらしく、夏に涼しく冬に暖かいようだ。汚れも付きにくく落としやすいようなので、なおさら素晴らしい。
夏はともかく寒さが厳しい場所に行く場合は、コートなり毛皮なりを着込む必要はあるそうだけど。
値段は、3000リコ。日本円にして、3万円。
露店の値段と考えると、高額だろう。
普段着用にと選んだ服が、300リコほどだったことを考えると、なおさら。
「っと、イリス。俺の分は良いから……自分の分を選んでくれ」
自分のことはそっちのけで、俺の服を選びはじめたイリスに声をかけて、俺は俺で選び始める。
「あ、ズボンはこの場で裾上げするので、長さが合わなくても大丈夫ですよ」
あれこれ見ていた俺に声をかけてくる。
よし、ならば……と、値段は気にせず、気に入った物は買っていくことにする。
実際に縫っているところを見せてもらえるなら、スキルを手に入れることができるからな。【真理の魔眼】でスキルだけ得ても経験を伴わずちぐはぐになることは、既にわかっていることだ。
後は、普段着用のコートと、迷宮用のマントを一着ずつ。
下着は、トランクスしかないようだが、トランクス派なので何の問題もない。
ゴムはないので、紐で縛るタイプだ。
買いも買ったりで、下着類を除いて30点は超えている。
「とりあえず、俺の分はこれくらいで……」
購入物を決めきって、イリスの様子をうかがうが、何も決まっていないようだ。
「先に俺の分だけ支払うので、先に俺の分の裾上げをお願いできますか?」
「わかりました」
料金を支払うと、針と糸、そしてはさみを取り出した。
さて、【真理の魔眼】発動!
だが、ステータスを見ることはできない。【隠蔽】スキルかその効果のあるアクセサリかと思ったが、魔眼そのものの効果を弾かれたように見えた。
代わりに、【縫製】スキルレベル4、【絵描き】スキルレベル4、【器用】スキルレベル3の経験が入ってくる。【縫製】は俺の複製結果こそスキルレベル4だが、実際はそれ以上のスキルレベルだろうと思われる。恐らく、スキルレベル5相当だろう。
まぁ、使っているところだけ見ることができれば、こうしてスキルを経験ごと得ることはできる。
それ以外のスキルにも興味があったんだけどな……
得られた経験の濃密さに驚きつつ、俺は彼女の作業を見つめた。
女性の買い物は長いという話をよく聞くが、俺の感覚からすると、さほど長いイメージはない。
なかったんだけど、そのときは、恐らく気をつかってもらっていたのだろう。
で、なぜこんなことを思い出しているかというと、イリスの買い物が終わらないからだ。
服を捨てるくらいだ。
案外、無頓着に適当に買うかと思ったが、そういうわけではなかったらしい。
服を買いにいくと言ったときに、ものすごく喜んでいたからな。
時折、「どうでしょう?」と聞きながら、服をあてて訊ねてくるが、「似合うよ」としか言いようがない。
イリスの場合、ジャージですら似合っているからな。
褒め言葉にバリエーションを持たせるほど、語彙が豊かではないというのもある。
俺の買い物は裾上げも含めてすべて終わっている。
この店の服の出来自体は、スキルレベルが高いだけあって妙に出来が良い。
それがなぜこんなところで、露店を開いているのか?
更にいえば、濃密な経験が流れてきたのにもかかわらず、店員さんは非常に若く見えるのだ。
イリスと同じくらいに見えるからな。
で、イリスの買い物が終わらないのは、件の店員のせいでもあった。
ズボンの裾上げを神がかり的な速度で終わらせた後は、飽きもせずに行李からあれこれ服を引っ張り出して、イリスに合わせている。
更衣室がないから、前から合わせるだけだ。
それでも枚数を重ねると、かなりの時間になる。
「あーとりあえず、そこまでにして、今悩んでる服を持ってきてくれるか?」
「そうですね。他の店もみたいと思っていましたが、この出来を見てしまうと……わかりました、悩んでいる服はコレなんですが……」
そう言って持ってきたのは、動きやすさを重視した服が主となっている服たちだ。軽鎧との相性もいいだろう。
それが上下あわせて10着ほど。
あとは、おしゃれ着的な服。
それも上下合わせて10着ほどだ。
その他、コートや小物が少々といったところだ。
後、追加で、恥ずかしそうに持ってきたのは紐パンだった。
どうやら、この世界にはゴムがないらしく、パンツは、紐で縛るトランクスか、紐パンしかない。
靴下は、普通にあったので驚いた。
おいおい、イリスさんよ……他の店でも見るつもりだったのか……止めて良かった。
「では、これ全部下さい」
「え、主様!?」
迷っているなら全部買えばいいのだ。有り体に言って、正直待ちすぎてつらい。
イリスは目を丸くし、店員さんも一瞬ぎょっとした後、ほくほく顔で袋に詰め始めた。
「ありがとうございましたー。しばらくは、ここで店を出していると思うので、また何かあれば来てくださいね!」
店員さんの営業文句を背に、呆然としたままのイリスを引き連れて店を後にした。
両手にいっぱいの戦利品を抱えて、中央広場を離れる。
それを、人目に付かないように気をつけつつ、アイテムボックスにしまい、店員さんおすすめの宿屋に行って着替えようとしたところで、イリスのお腹が鳴る。
すでに正午の鐘は鳴っており、そのときに確認したところによると15分ほど時間がずれているようだったので、俺の時計も15分ずらしておいた。
このまま宿に向かい宿で食べても良いが、どうせこれから毎日食べるのだ。どこか別なところで食べても良いだろう。
間近で見られた緑髪の店員さんには、あれこれ聞かれたが、言われたとおり誰も俺たちの服装なんて気にしては居ない。
ならば問題ないだろう。外で食べよう。
「イリス。宿に向かう前に食事がしたい。良い店を知らないか?」
「そうですね……街の中では宿以外で食事を摂ったことがありませんから、噂に聞いたことがある店しか紹介できませんが……」
「それで良いけど、朝昼晩とすべて宿だったのか?」
「昼は、薬草採集にいったりしていたので、宿では食べていません。朝と夜のパンが1度だけお代わりできたので、それを昼に食べていました」
なんか、ちょっと切なくなってきたな。
「……お腹いっぱい食べてくれ」
■改稿履歴
【縫製】スキルレベル5を得たようにミスリードしそうな文章だったので、修正しました。