第10話 都市セーレ
朝食は、また肉だった。
イリスは、俺がすべて解体してしまったことに、驚き恐縮していた。
イリスが寝ている間にやってしまったと勘違いしていたようなので、それは否定しておいた。
勘違いさせておいた方が楽ではあるけど、今後のことを考えると少しずつオープンにしていくべきだと思う。
知り合って1日も経っていないし、さじ加減が難しいけど。
ちなみに、アイテムボックスで解体された肉は、四等分されて一纏めに葉蘭に似た葉っぱに包まれていた。
どこからその葉っぱが出てきたのかは、謎だ。
イリスからも特にツッコミはなかった。
夜半から火の番をしていてはらぺこな俺はともかく、イリスにはさすがに重いかと思ったが、俺はおろかイリスもすべて食べきってしまった。夜は二等分だったところを、今回は四等分となっており量が控えめだったおかげだろう。直火であぶるには、足を持つ必要があるので、上半分は食べることができないことになるからな。
俺のカッターシャツとズボンは何とか乾いていたため、胴着袴で行軍する羽目にはならなかったが、イリスに貸している学ランはさすがに無理だった。
その上、服はもちろん防具も一度外したら完璧に壊れたらしく、結局イリスは芋ジャージでの移動になった。
魔物や、盗賊が跋扈している世界だ。防御力が不足している感は否めなかった。
しかし、結果的にいえば残りの旅路はつつがなく終わった。
街から近いことでもあるし、盗賊もいないのだろう。幅をきかせていたらしい盗賊は、俺が討伐してしまったことでもあるし。
それに合わせて魔物もだな。
もともと、街道沿いには殆どいないって話だからな。
魔物の領域にまで足を運んで、『魔寄せの香』を焚いたあのとき以外は、結局魔物に襲われていない。
もともと、あのホーンラビットにしても、本来はある程度の強さをもった者からは逃げるらしいし、このあたりの日中は、ホーンラビットしか出ないようだ。
空が白み始めた頃には出発したおかげか、俺の時計にして9時頃には街門に到着した。
昨日の移動と合わせれば、森から街まで、片道8時間から9時間といったところだ。
イリスに案内されてきたこの町は、街道から見える範囲をぐるっと外壁に覆われている。
街の後ろがどうなっているのかをここからうかがい知ることはできないが、壁に囲まれているか、街の後ろにそびえ立っている山の麓まで街が続いているのだろう。
そんな街への入り口である、外壁に設えられた門はかなりの大きさだ。
「これなら、【トーチ】で照らしながら無理矢理行軍すれば、昨日のうちに到着できていたな」
「夜は、街門が開いていませんから、門の前でどのみち野宿になりますので……」
なるほど。24時間営業なわけはないか。
俺たちの前には大きな馬車を引き連れ、護衛を連れた商人らしきグループが何組かいる。
門の通行許可待ちの列だ。
彼等が門の前で夜明かし組なのだろう。
積み荷を検める必要があるらしく、時間がかかっているようだ。
それに、引き連れている人数も多い。
これは、俺たちの順番までしばらくかかりそうだ。
暇に飽かせて、【真理の魔眼】でスキルを確認していく。
安全な街道での旅だ。
人数こそ多いが、スキルのレベルはさほどではないようだ。
もちろん、全員分見えたわけではなく、視界に入った人だけだったけど。
持っていないところでは、【風魔術】レベル1、【土魔術】レベル1、【生活魔術】レベル1、【弓術】レベル2、【盾術】レベル1、【馬術】レベル1、【鑑定】レベル2、後は術技が少々といったところだ。
盗賊のときは戦闘をしながらの確認ではあったので、改めて検証してみたが、【完全見取り】は、実際に使っているところを見て初めて経験も複製できるが、スキル名を見るだけでも、レベルはコピーでき、低いレベルであったなら、高いレベルに上書きされるようだ。
経験は複製されないので、見るだけでレベルが上がるとすれば、その条件だけだな。
そうした場合、スキルはあっても知識や経験はないのでちぐはぐになってしまう。“レベルは2ただし経験値は0”などといった、本来ではあり得ない状態になるのだ。
魔術に関しては、さほどその条件で不便を感じないが、それ以外は駄目だろう。
こうして【弓術】スキルレベル2を手に入れても、射法八節に基づいたいわゆる弓道しかできない俺が、まともに獲物を狙えるわけがない。
これは欠点だな。【真理の魔眼】を多用すると、このちぐはぐな状態が悪化していくことになる。
もし、スキルの保有数制限が少ないのなら、早々に詰む可能性すらあるな。【限界突破】されているが無制限というわけではないのだろうし。
逆に使っているところさえ見れば、すべての経験を複製することができ、十人十色の技術を好きなだけため込めることができる。
しかし、その場合は【真理の魔眼】を使う必要は一切ないわけで……
スキル保有数制限がなかったとしても、目に魔力を集中させるので、見られたことに気がつく人がいるかもしれないので、あまり多用はできないだろうが、戦闘中は積極的に使うべきだろうな。
情報を得ることの方が重要だろう。
「次の者」
ようやく俺たちの番らしい。
「一人は冒険者、で、もう一人が身分証無しか。7日間有効の仮身分証の発行と入市税合わせて、銀貨一枚だが大丈夫か?」
日本円にして1万円だ。
あらかじめ、話には聞いていたが、意外と高いな。
ちなみにイリスは、冒険者なので入市税はないらしい。
税金は、ギルドが代わりに負担しているとのことだ。
ちなみに、俺も仮入場証の有効期間中は、入市税が無料になる。
出たり入ったりでお金を取られることはないということだ。
「大丈夫です」
「すまねぇな。高くしないと、スラムに人が入ってきちまうからな。じゃあ、こっちに来てくれ」
なるほど。
高すぎると今度は人が入ってこない。
銀貨が市民の平均給料の一日分と考えたら、妥当なところかもしれない。
ギルドに所属すれば、身分証くらいは簡単に作れるわけだしな。
案内されたのは、街門横の詰め所だ。
街門の中ではなく、せり出すように外壁と同じ石材で作られている。
部屋の広さは四畳もないくらいで、調度品は小さなテーブルがぽつんと置かれているだけといった質素な部屋だ。
「文字は?」
自動翻訳があるからな。恐らくは大丈夫だろう。
ちらっとイリスを見ると首を振っている。
イリスは駄目なようだな。
「大丈夫だと思います」
「じゃあ、これを読んで必要事項を記載してくれ」
言われて2枚の紙を渡される。
1枚目に書かれているのは、基本的な注意事項とそれを遵守する制約だ。
・犯罪を起こしてはならない。
・7日を過ぎた場合は仮身分証が失効になるので、そのときまでに身分証を持っていない場合は、もう一度申請すること。
・申請しなかった場合は、3日間の禁固及び金貨1枚の罰金刑となる。
以上が制約だが、それ以外にも
貴族街にはむやみに近づかないこと
立ち小便をしないこと
火には気をつけること
夜は静かにすること
死体を発見したら、みだりに動かさずに通報すること
・
・
・
等と、注意事項がつらつらと書かれていた。
即犯罪ではないが、やると迷惑そうなことが書かれている。
一通り読んだが、普通に生活していれば問題なさそうな範囲だ。
スキルを使用して共通語でサインをする。
自動書記というだけあって、手が勝手に動いて記述する。
なんとなく、サイン偽造が怖いな。
で、二枚目が、犯罪履歴の有無を問う内容や、スパイではないかどうかといった内容だ。
ただ、犯罪を起こしたことがあっても、刑期を終えたり罰金を払ったりしていれば問題ないようだ。
「ここに来る途中、襲ってきた盗賊を殺してしまったのですが、それは大丈夫ですか?」
「相手が盗賊なら大丈夫だ。正当防衛や戦時の場合も問題はない」
あとで、イリスから聞いたところによると、基本的に街の外や、迷宮の中で起こったことは自己責任ということらしい。
魔物が跋扈しているから、何があってもおかしくないということだ。
ただ、冒険者が問題行動を起こしすぎると、今度は冒険者ギルドから粛正されるし、街の外で略奪行為をすると盗賊として討伐されるので、何をしても良いというわけではない。
こちらも気軽にサインをする。
「できました」
「なら、この腕輪をつけて、“書類に記載した内容に偽りはない”と言ってくれ」
「書類に記載した内容に偽りはない」
特に何も起こらない。
「じゃあ、腕輪を外して、銀貨一枚を渡してくれ」
何も起こらないのが正解らしい。
何かあった場合は、手錠にでも変わるのだろうか。
……ありそうだな。
銀貨を渡して、木札を貰う。
「ようこそ、都市セーレへ」
「ありがとうございます」
礼をいって門をくぐる。
やはり大きな門だ。
修学旅行で行った、東大寺南大門くらいの大きさはある。
外壁の大きさ、分厚さがわかるという物だ。
こちらは石の壁で、屋根とかはないけど。
「イリス、盗賊討伐ってのは冒険者ランクを上げるギルドポイントは貰えるのか?」
「はい。あの人数のステータスカードを提出すれば、いきなりCランクの可能性すらあります。実際は、Eランク昇格時には課題が、Dランク昇格時にはテストがありますので、いきなりの特進はないと思いますが」
「それは、一人でやったと報告した場合だよな?」
「そうですね」
「なるほど。それじゃあ、報告は冒険者登録した後の方が良さそうだな」
そう言ってにやりと笑う。
「では、まず冒険者ギルドに行きましょう。登録には銀貨一枚必要ですが、他のギルドと比べれば一番安い価格設定です」
「魔術師のギルドはないのか?」
「ありますが、誰かの紹介がないと入ることはできません」
「なら無理か。商業系のギルドは?」
「例の賞金稼ぎから世間話ついでに聞いた話では、セーレの商業ギルドは現在募集をしていないようですね。所属しようと思えば、持っている人から商業権と会員権を買う必要があります。露店であれば、商業権を持つ必要がないので、ギルドに所属せず商売を始めることができます。職人も同様ですね。自分が作った物に限り、工房の敷地内で販売できると、法で定められています。どちらのギルドも、冒険者ギルドとは違いセーレ内のみでの権利となります」
「冒険者は国をまたいでも、有効なんだっけか」
「正確には、冒険者ギルドを受け入れている国の中ではという但し書きがつきますが。例えば、獣人国は、複数の部族が集まって勝手に暮らしているだけですから、冒険者ギルドなんてものはありません。そもそも、獣人国という呼び方は他の国が勝手にそう呼んでいるだけで、内部的には複数の国が乱立しているイメージです」
まぁ、他の選択肢がないか聞いてみただけだ。
冒険者以外は迷宮には入れないわけだしな。
騎士も入れるらしいが、さすがに、仕官するわけにもいかないからな。
予定通りいこう、予定通り。
「ところで、イリスはこの街には来たことがあるのか?」
「はい。あの森にはここから向かいましたし、ここで冒険者登録をして、ずっとここで活動しています。といっても、活動期間はご存じの通りですが」
「じゃあ……そうだな、先ずは服を買いたい。俺たち二人の服をそろえられる場所に案内してくれるか?」
何はともあれ着替えはほしい。
なぜか、思ったほど、目立ってはいないようだが、こちらの世界の服に着替えた方が何かと良いだろう。
イリスも、いつまでもジャージというわけにもいかないからな。
「いえ、私は……」
「俺が出すから、金なら心配するな。俺の傘下に入るんだろ? 面倒を見るのは義務みたいなものだ」
耳がピンと立ち、目を潤ませている。
幻覚の尻尾はぶんぶん振られている。
どうやら、喜んではいるようだ。
「ありがとうございます!」
と、すごい勢いで食いついてきた。
クラスの瀬戸さんと同じクール系だと思ったのだけど、イリスのキャラはよくわからんな。
たまに、こうやってぐいぐい来るからな。
「まぁ、さっさといこうぜ。俺はどこに何があるかとか、一切わからないからな」
「はいっ! お任せください!」
ようやく……街に着きました。
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■改稿履歴
旧:
「セーレの商業ギルドは現在募集をしていないようですね。
新:
「例の賞金稼ぎから世間話ついでに聞いた話では、セーレの商業ギルドは現在募集をしていないようですね。
【完全見取り】の効果について、矛盾している箇所がありましたので修正しました。