泡沫のトロイメライ 6
「じゃあ、美術室に行こうか」
文化祭も終わりかけた頃、俺は祈梨に声を掛ける。
「やっとだね!」
祈梨はワクワクと心を躍らせているようだ。彼女はスキップで美術室を目指す。彼女にしては足早で、俺は全力で歩いて追い付くのがやっとだった。
「はい!着いた!開けて良い?」
その時の祈梨は餌を待つような犬に似ていた。
「うん、良いよ」
「プーラネタリウムー!」
そう言いながら、ドアを開く。
「お前、知ってたのかよ」
「高城の考えてる事とか、余裕でわかるよ」
「嘘つけ」
そう言って、二人で笑う。
「……あれ?この部屋おかしくない?なんか足りないような」
「そう?何が足りない?」
「……オリオン座?」
「違うわ。なんでプラネタリウムの時と同じ間違いしてんだよ」
俺は揶揄いながらも、笑う。
「んー、夏の大三角形!」
「それそれ」
「何でないの?」
軽く首を傾げる彼女は、とても可愛くて、俺の心臓をフォークでえぐるような感覚に陥らせる。
「……滝口だけに、見て欲しかったから」
俺は、顔の紅潮を隠す為に、隠してあった夏の大三角形の道具を取り出す。
ちらりと、祈梨の方を見ると、薄っすらと暗闇に浮かぶ彼女の笑顔。
「ありがとう、高城」
俺は何も答えずに、準備に戻る。
俺は、彼女のこの表情を見たかったのだ。誰にも譲りたくない、彼女の笑顔。
「準備出来た。照らすぞー」
先輩にも言わなかった、夏の大三角形の存在。我ながら、一番上手く出来ていた。
祈梨は今まで見たことがないような表情を浮かべていた。この世の全てを悟ったかのような顔。怖いというより、安堵に満ちた表情だった。
「ねぇ、高城。もし、あんたが恋人の体の一部を残すとしたら、何処を残す?」
「何だよ、その質問」
そう言いながらも俺は考える。恋人にするなら、祈梨。祈梨の一部を残すなら、心臓、脳、顔、目……どれも違う。俺は何も求めない。
「……俺は、体の一部なんか残したくない。俺は、彼女の体に見とれていたんじゃないから。彼女の心に、俺は惚れるんだと思う。
だから……体の一部じゃないが、俺は彼女が生きたという、証を残したい」
祈梨は目を大きく開き、驚いたと思うと、すぐに笑顔になった。
「……高城は面白いね。人間じゃないんじゃない?」
「バーカ。心臓動いてるわ」
彼女への思いが込み上げてくる。好きだという思い。
しかし、言葉が出ない。喉元で、言葉が出まいと断固として出ようとしない。
俺は臆病者だ。強欲で、利己的で、馬鹿で……しかし、彼女を傷付ける、告白する事によって、彼女が離れていくことを悟った。
「……誠、私と友達として、ずっと一緒に居てね」
「高城じゃねーのかよ。祈梨さん?」
友人。それで良い。彼女が傍にいさえすれば。
「バーカ」
そう言って、彼女は笑った。
長期休載前にこれだけはあげようと思いました。
キリが良いと思うので、一度これにて完結とさせて頂きます。早くて三ヶ月後に、この続きをあげられたらな、と考えています。