泡沫のトロイメライ 4
夏休み明け、気怠そうに登校する生徒もいれば、久々に友人に会い楽しそうにするやつもいる。俺はどちらでもなく、完成するかな、と言う不安に駆られていた。
「おっす、まこっちゃん。顔色悪いぞ!宿題全部残ってるとか!?」
相変わらず新一は朝っぱらでも、テンションマックス。
「おーっす。それは全部やってる」
「なら、全部家に忘れた!とか?」
「持ってる」
「なんでそんな素っ気ないんだよー。まさか、俺の事嫌いなのか……」
「安心しろ、好きでも嫌いでもない」
「それ、一番傷つく答え!」
「もうそろそろ完成だな」
「はい、これから部長は受験勉強っすよ!」
部長は引き吊った顔になる。
「ははは……。どの高校に行くのやら」
高校、と聞いて俺は祈梨と同じ高校なのかな、と少し気になった。
「じゃあとは一人でやれよー」
「え、この量をすか!?」
「だって俺とお前半々作っても、誰の為に作ってるのかわからなくなるじゃない?それに、高城はわざわざ、最後までそれを大切に残しといたんだろ?なら、画竜点睛ってやつだ。見せたい奴がいるなら、俺が作ったんだーって胸張れるの作れや。じゃーなー」
部長の意見はごもっともだ。
俺は早速、作業に取り掛かる。
やれやれ、文化祭前日に全ての窓に新聞紙を貼らなきゃ……。部長本当恨む。
遂に文化祭の日。展示場所は作業をしていた美術室になった。一応最終確認はしてあるが、綺麗に見えるかは不安だ。
校長先生の挨拶を終え、準備の三十分間に入る。
「自信持てよー。どう転んでも失敗しない案なんだからよー」
俺は真っ青な顔になっていたのだろう。逆にその言葉が緊張を呼び起こす。更にお腹が痛くなってきた。体が冷えてきた。
「多分真っ先にあいつが入ってくるんだろうな」
そう、開始ぴったりの時間のことだった。ドアを開けたのは、俺と部長ではなく、水鳥先輩だった。
先輩は、夜の景色に足を踏み入れた。
夜でもないのに、美術室には満天の星空が煌めいていた。
俺が作ったのは、プラネタリウム。影絵の要領ではあるが、真逆の使い方で、ダンボールに穴を開け、それを光に照らし、空いている部分が光になるという仕組みだ。
「私を入れなかった理由はこれかー!また粋な事を考えるね、シャイボーイ!」
「それは褒めの言葉として受け取っていいのだろうか……」
「じゃあ、俺クラスの方あるから行くわ」
そう言って、部長は美術室を出て行った。
二人きりの美術室。部長が出て行った後だった、こんなに水鳥先輩が静かになったのは。何故か今までのように話しかけられない。言わなければならないことがあるのに。
「あ、あの、先輩」
「なんだい、告白かい?」
「いや、そうっちゃそうですね」
水鳥先輩は聞いた耳を疑った。
「俺、これを先輩に見て欲しかったんです。別にまた居心地の悪い部活に行けとは言いません。でも、自分の好きな事を貫き通して欲しいんです。
俺も廃部になってでも、何か先輩の背中を押せるような事をしたかった。それを含めて、天文部の何かを作りたかったんです」
俺はずっと心の中に忍ばせていたものを打ち明けた。先輩は、黙り込んだ。そして、先輩の目から一滴の涙が落ちた。
「私、楽器を吹くの好きだけどさ、顧問の先生が変わって、私の吹きたいように吹かせてもらえなかった。楽譜にはこう書いてある、だからこう演奏しろとか、ここはもっとこうしろだとか。楽しくなかった。そんな自由じゃない演奏。それで部活辞めようと思っても、最後の一歩が踏み出せなかった。
でも君の言葉と、この一面の天体を見てわかった。踏み出すのは、反対の方向だって。だから、私はこれから頑張っていく。君にそう学んだから。
もう、こんなことされたら、君を好きになっちゃうじゃないか……」
初めて見る表情に俺は戸惑う。特に泣いている人を前にすると、どうすればいいのかわからなくなる。
「私と付き合ってください」
言葉はちゃんと入ってきた。しかし、どう答えればいいか、わからなかった。
夜のような静けさが部屋を満たす。
静寂を断ち切ったのは、先輩だった。
「……顔に出てる。もう思ってることを言って」
「……俺は、先輩のことは好きです。でも、それ以上に好きな人がいるんです。天然で、マイペースで、一人にしたら空に飛んでいきそうな奴が居るんです。……なんというか、あいつの笑顔をずっと見てたいんです。
……俺の思ってることです。ごめんなさい」
「知ってるよ、そんなの。その上で告白したのさ。
それに、私を振ったからには、その子に告白しろって脅しも含めてだからな!」
先輩は泣き顔で笑った。
「酷くねえすか!?も、勿論俺もあいつに告るつも……り」
「シャイボーイだなぁ!
さあ、私も十月の発表に向けて今日から頑張るよ」
「え、なんすか、それ。俺、行ってもいいすか?」
先輩は大きな身振りでバツを浮かべた。
「そりゃダメでしょ。私の告白を断ったんだからな!
それに、私一人で何処まで行けるか頑張ってみたいんだ」
全てを振り払ったかのような先輩の笑顔に、俺は爽快感を覚えた。
「じゃあ、私は行くよ。ありがとね」
そう言って、先輩は夜の空間から、足を踏み出して行った。
俺は一人、星が煌めく暗闇に立っていた。