泡沫のトロイメライ 2
「実際に何がしたいとか構想あるのか」
部長にそう聞かれ、俺は焦る。
「全く念頭にも思い浮かべてません」
けろっと言ってみる。
「……高城、あのな?もし仮に廃部の日俺がお前に出来てるか聞いて出来てなくてもまだ許せる。だがな、もう三日経ってるんだぞ……少しは考えて来いよ」
「ういっす、すません!」
「謝る気なしかよ……」
「でも……」
口に出しかけて、引っ込める。
「なんだ、イメージでもあるのか」
「わ、忘れてください」
「言っとくけど、俺からは案出さないから。つまり、お前が言うまで進まねえからな」
「笑わないで、くださいよ。……誰もが見て綺麗だなって思うもの作りたいです」
部長は驚いた顔をしたかと思うと、突然笑い出した。極限まで俺の顔が熱くなる。
「ちょっと、先輩!」
「いやぁ、ごめんごめん。お前がそんなロマンチックなこと言う奴だと思ってなかったからさ。ついつい笑ってしまった。
でも良い案だ。それをどう形にするかだな」
「星は綺麗ですけどね。この部屋に口寄せなんて出来ないですし」
「そりゃあ、星口寄せなんてしたら、この部屋どころか地球が危ないからな」
「ソウイウコトジャナイデス」
夜空に光る儚い光だけを、と言ったつもりだった。しかし部長は理解した上で、からかった。酷い人だ。
「まあ、時間はある。ゆっくり考えてくれ。せめて夏までだがな」
「なぁ、新ちゃん」
「なんだ?そんな深刻な顔して、らしくねえぞ、チャラ男」
チャらくねえよ。
「天体って言われたら、なんだ?」
「はぁ?天体って言われてもな。あれじゃねぇの?午前二時ぐらいに観測する的な感じか?」
「いや、具体的に言ってくれよ。過程を言えって言ったんじゃないって」
「だから好きな人と待ち合わせして、どっかで眺めて流れ星!とか言うんじゃねえの?」
「そんなん作れねー」
「そりゃあな。お前が神になるしかないわな」
新一は爆笑する。
俺は遠足がある一週間後には案を出したかったが、出なかった。結局、遠足まで鬱蒼とした気持ちも一緒に持参することになった。
しかし幸運な事に、遠足の行き先は科学館なるもので、天体に関する情報を得られるかも、と思う自分もいた。それを部長に伝えると、『盗める物は盗んで来い。あ、マジで窃盗すんなよ。俺、責任持たねえからな』という有難いお言葉を頂いた。なんだかんだで寛容で細かい男だ。そんな人モテないですよ、と言ってやりたかった。いや、かの別の部活の先輩に突っ込んで欲しかった。
そして遠足当日。俺はもう一度荷物を確認して、出掛ける。遠足の日は私服で、前日はどれを着て行こうか迷うものだ。そして俺が費やした時間五分。よく着る水と白のチェックとジーンズという如何にも何処にでも居そうな中学生のような服装だ。皆もまだ中学生でオシャレに興味が無い男子は似たような格好だった。対して女子はそれ何々ちゃんに似合ってるーとか、今日はこんな服着てきたんだーといった話を繰り広げていた。
揉めに揉めたバスの席は、一番後ろという最高の席であった。後ろはトイレなので、好きに使える。つまり、後ろを気にせずに凭れ放題だ。隣は皮肉な事に新一。バスとなると、煩い奴は隣に来ると困る。暫くの間話し相手をしなければならないのだ。
「隣はまこっちゃんかー。普段聞けないこと洗いざらいに聞いてやるゼェ!」
「朝っぱらからうるせぇなぁ。聞かれても言う奴じゃないから残念だったな、新一よ」
如何にも中学生を表すかというような調子乗った話し方をしていた。
「お、進んだ進んだ。さぁ、皆も話盛り上がってるみたいだし、そんな話しても誰にも聞こえないぞ」
「聞く気満々だな」
「まこっちゃんに好きな人いんのかー?」
「す、ストレートだな、おい」
新一は小悪魔っぽい笑みを浮かべる。
「顔赤くなってんぞー」
「そりゃ、中学生なったらいるだろ」
「どっちだ」
俺はハッとした。新一は顔は笑っているが、長年の付き合いだ。此奴は本気だ。冗談で聞いてない。
「どっちって、誰と誰だよ」
そうはぐらかすと、新一はやっぱりか、と言おうとする顔で笑った。
「わかってんだろうよ」
「てかそっちはどうなんだよ」
新一はけろっとした顔で答える。
「俺か?俺も好きな人くらいいるぞ」
「誰だよ」
「さぁ、誰だろうな。手が届かない人、かな」
新一はやはり笑った。しかし、心は笑っていない。何処となく、悲しく辛そうな笑顔だった。
「何処に行こうかなぁ」
班行動だが、班は形だけですぐに崩壊した。残ったのは、俺と新一だが、新一はその辺で寝とこうかなーとか言って何処かに消えた。
フラつきながらマップでも見ていると、目の前に女性が立っていた。
「何処行くの?高城。はぐれちゃったから、一緒に行動しない?」
その声は慣れた声。服装は赤色のパーカーの中に黒に部分部分に英単語が描かれたTシャツ。下は紺のスカート。
少し恥じらってて、可愛らしかった。
「滝口か。美人が良かったぜ」
「そう、ならバイバイ」
祈梨はムッとして去ろうとした。
「待て待て待て」
「え?だって美人さんが良いんでしょ?」
祈梨は振り返りざまに応答した。
「いや、この際祈梨様で良いかなと」
「そう。なら、今回は何かの奢りで免除してあげましょう」
「いや、金持ってきて無いんですけど」
学校でお金持ってくるな、とか言われたのだ。持参は弁当とかそれぐらい。
「実は?」
「モッテキテマス」
勿論、俺は学校の規則に従わない。そして、その行いを見てきた祈梨に暴露た。
「よし、決まり!高城、プラネタリウム行かない?天文部の腕見せてよ」
「いや、待って。俺あんまり知らねえよ?」
小学生の時と同じように強引に、滝口祈梨という初恋の人に連れ回されることが決定した。話すことでさえ、まともにしていなかった。だからうんざりしつつも、嬉しかった。俺のように悪戯ばかりの陰湿で暗い性格の奴には、祈梨のような明るく優しい人は遠い存在で、俺はただの悪友Aだと思っていたからだ。昔のように接してくれることが、嬉しくもあり、何故か切なくもあった。






