序章 偽りのノクターン
夢は叶えたら、何もかも消えてしまう。それ以上でもそれ以下でもない。叶えなくても、後悔しか残らない。夢とは最悪のものだ。
そう思いながら高校生から過ごしてきた。
あるマンションの四階まで階段で上がり、高城と書かれた表札の前で止まり、鞄の中から鍵を探す。あった。未来が開いた音というわけでもなく、食器洗浄機から食器を取り出したように日常茶飯事の音を立て、開く鍵はますます期待感をなくすようなものだった。ドアは軋むような音を立てる。
それまではどうだろう。俺は思い描いてきた夢を自らの手で壊すために生きていたのだろうか。そんな気持ちを体験したのは何万年も昔のように思え、それは頭の引き出しから訣別し、家出をしたようだ。
あの時の想い出も頭の片隅にしか残っていない。声の温かさも薄れ、笑顔も大体でしか思い浮かばなかった。もう既に、今からすると、ただの過去でしかないのだ。
俺は将来の夢など捨て、普通に生活できるような仕事に就いた。
だが、俺はもう人を愛せないと思う。いや愛す意味以前に当人を信じることは出来なくなっているだろう。
あれから何度季節が巡っただろう。変わり行く景色と共に、この俺は変わった。社会に認められる成人にもなった。しかし、あの頃の想い出は変わらない。
過去に耽りつつ、住宅街や車の通り抜けるヘッドライト、過ぎ去るテールライトのまばらな光が見えるベランダに立ち、一本の飲みかけの缶ビールを片手に、そっと口の煙草にライターで火をつけた。
俺はあいつのことは嫌いだ。成人になって数年経ってしまった今も。
あいつとは幼馴染で恋愛感情などは考えたこともなかった。
何故かあいつとは腐れ縁で何事も一緒になる。嫌な話だ。
「またお前とかよ。やだな」
「こっちこそよ。まーくんがどっかいきなさいよ」
「やだよ、祈梨がどっかいけよ」
こんなような今思うと微笑ましいやりとりを繰り返していた。それは小学生から高校生の頃だった。いや、まともに会話していたのは、小学生の時かもしれないな。