ギャグセンの高い話をしようか
ギャグセンの高い話をしよっか。
これはね、とある誰かさんの昔話なんだけどね。
まあ、お固いことは考えずに少し読んでよ。
あくまで昔話なんですから。
彼がね、その事に気がついたのは高校2年生の頃だったんだそうだよ。時期的には今みたいな夏の日の、花火大会の後だったかな。
彼には一つの性格、というより性質があったんだ。
その性質ってのは......
まあ、そう話を急いだって良いよね。
だって昔話なんだからさ、少し先延ばしにしたって昔の事は変わらない訳だし遠回りしてみようか。
昔話の昔の話。
彼が小学生の頃の話をしようかな。
ある所に小学生が居ました。もちろんこの小学生は昔話の彼だよ。
彼はね、今じゃ考えられないけどちょっと内気な小学生なんだよね。特に女の子の前では緊張しちゃうんだ。
でも、彼だって女の子とお近づきになりたい訳だ。
彼の友達が「俺好きな娘の前だとひねくれちゃってさ」って言ってるのを彼は聞いてあげてたけど、彼は可哀想にとも思わなかった。彼にはそのひねくれさえ出来ない程内気だったからね。
いっそ、ひねくれられたらって彼は思ってたんだ。
まぁ、ひねくれられないものは仕様がないんだけど、彼はある時一つ発見をしたんだ。
女の子とお近づきになるコツをね。
それというのはね。
給食の時って男女が向かい合ってお食事するでしょ?今じゃ、合コンみたいだなって笑えるよね。
それは置いといて、彼は男の子と話す時には口がうまいんだ。
だから女の子は思わず破顔するからさ、その機に乗じて会話するってもんだったんだ。
遠回り過ぎるように見えるけど「急がば回れ」って昔から言うしね。
彼は熱意をだいぶ注いだようだったんだ。お笑いの本とか読んだりしたしね。
そうやって、口を鍛えながら女の子ともお近づきになった彼はいつしか皆にこう言われるようになったんだ。
「○○君は面白いよね!ギャグセンが高いんだよね」ってね
さてさて、そうやって小学生の頃から着実に話の腕を彼は上げてった訳だ。
中学の時もだいぶチヤホヤとされたもんだった。漫画ほどじゃないにしても順風満帆ってやつだったんだ。
でも高校に入ってから薄々彼は自分の性質に気付いてしまったんだ。そして、その性質に毎晩いやな夢を見る事も少なくはなかった。
それが
「ギャグセンと幸福度が反比例してるんじゃないかな」って性質なんだ
彼は誰から見ても話が上手いし、面白い人なんだ。
高校生に入ってもそれは変わらないんだけど、自分では少しずつギャグセンが落ちてるって気付いていたんだ。
しかもね、それは自分が幸せな時、それも人生の絶頂期に著しく落ちてるように見えた。
それが原因で彼は一度自棄になってしまって友達を失いかけたんだ。
でも、その孤独を感じた頃に彼のギャグセンはたちまち戻って彼の交友関係は難を逃れたんだ。
そう言う事が幾度となく起きて彼は自分の性質に気付いてしまったんだね。
その性質を彼はとても怖がっていたんだ、幸せになるにはギャグセンが高い状態で居るのは必須条件だった。でもね、幸せになると立ち所に彼はとてもつまらない人間になってしまうんだ。
こんな話を聞くと君らは「そんな小さな事で」と眉をひそめるかもしれないけど、彼のギャグセンってのはそれ程彼にとって重要だったんだよ。それこそ、両足とかと同じぐらい彼の身体の一部だったんだ。
性質を知った所で彼はどうしようもなかったんだ。
君らだっていつか怪我するって分かっててもスポーツするでしょう?もしかしたら死ぬかもって思っても生きるでしょう?
どうしようもないことが度を過ぎると受け入れるしかないんだね。
彼は自分の性質を受け入れながら生きていた。受け入れると言ってもビクビクしながらね。
今日良いことがあると明日には、話がつまらないって白けるかもしれないって知りながら生きているってどんな風か知ってるかい?幸せと同時に恐怖を与えられてる感覚をさ。
僕は知らないけどね、彼の昔話だからさ。
でも、語る彼の顔を見ると相当な物を感じたね。
彼って今でも良いことがあると嫌な顔をするんだ。昔の慣れだとか言ってさ。
そうして彼は高校を卒業してさ。
大学に入り、彼女を作った。彼女は彼の面白い所が好きって言ってたけど彼の顔は引きつってたと思うよ。
大学を卒業して、起業勤めになると上司にだいぶ好かれた。上司も自分の部下の話が面白いんだってなんのって偉く褒めちぎってたけど彼は青白い顔だった。
彼は幸せを異常に怖がっていたからね。でも、そのおかげかもしれないけど彼のギャグセンは健在なままだった。
傍から見たら彼はこれ以上にないって程幸せな立ち位置に居るのに彼があまり喜んでそうにないからね。
いつ共に生きて来たギャグセンに殺されるかってビクビクしていたんだ。
手に入った物が増えるたびに「いつかこれを手放すんだな」って、自分で飛び降りる高さをつりあげてるみたいだって彼は言っていたんだ。
そうして世界は「もう幸せになったろ?」って彼に引導を渡すんだ。
言ってみれば「こんな景色の良い所まで運んでやったんだ、突き落としても文句はないよね」ってことだね。
次の日の朝に、いつになく幸せな夢を見たなってご満悦な彼は数秒考えて
「そうか終わりか」って悲しそうな顔をしたんだ。
「だってあなた最近つまらないし」
「いやはや、君はちゃんと仕事してるんだけどね。なんかパッとしないんだよね」
数年来連れ添っていた奥さんは彼の他に相手を見つけてしまったらしい。
仲の良かった上司、内密な約束事もしてたのにそのポストには自分より後輩がついていた。
彼は一気に孤独になっていた。
彼が良かれと思って口に出した言葉はことごとく相手を不快にさせるし、面白いと思ってした話は集団の中じゃ相手にもされない。
彼は窓際に追いやられた職場でずっとブツブツと呟いている。
そのどの呟きもが孤独の絶頂に来て、最高にギャグセンに高い独り言なのに誰も聞いてない。
まあ、独り言なんだからしょうがないんだけどね。
彼の独り言を聞かないで周りの人々は「何アノ人、怖い」「奥さんに逃げられたんだって」「へぇ、わかる」なんて影で言っている。
でも、それを知らない彼は誰かに聞いて欲しい独り言を呟く。誰かに聞いてもらえれば消えてしまう独り言を。
ふと久しぶりに花火を見た彼は、高二の夏に自分の性質に気付いたんだなぁって思い出した。
高二の夏、友達と喧嘩したらしいんだ。喧嘩ってのはいつもなら彼のギャグセンで茶化せた話が、幸せの絶頂でギャグセンが落ちてたせいで相手を傷つけてしまったらしい。
いつもと同じ様に言ってたのになんでだろうって一人寂しく思いながら友達の居ない花火を見ていた。友達が居ないのでだいぶ寂しかった。
そうしてポツリと自分で呟いた一言に自分で笑ってしまったらしい。
だけど年を経て、また孤独の夏を迎える彼はギャグセンへの見方が変わっているのに気付いたんだ。
昔は満たされる程にギャグセンが錆びていくような、そんな面持ちでギャグセンを見ていた。
だけど、今はちょっと違ってギャグセンは元々自分のために。それも孤独の時のために、世界が取っておいてくれた物じゃないかって。
するとスルスルと心の帯が解けるように彼は思えた。
ギャグセンは彼が孤独な時に、彼を笑わせてあげる誰かが居ない時に。そんな時に。
ずっと傍に居て、彼を笑わせてあげていたんだ。
そんな話を僕は彼にバーで聞かされていた。
彼とは今日まで面識はないんだけど、あまりのギャグセンの高い話に聞き入ってしまった。
どうだい面白いかいって彼が聞くので、僕は手放しに賛辞した。
すると彼はほんとに嫌そうな顔をするので、本当の話なんだろうって思った。
そして彼はバーテンダーにお酒を二つ頼んで僕に言った。
「これはね、俺のギャグセンへ捧げるよ」
僕が不思議に思っていると彼は答えた
「あんまりギャグセンに頼って生きるのはよくないね。思えばギャグセンにおんぶに抱っこで人と真面目に話した事なんてなかった、茶化してばかりさ。今日を持ってギャグセンの命日にする、俺がおっ死んだらこいつと天国で有って色んな話をしてやるんだよ」
大真面目に語る彼に僕は何も返事が出来なくて、ただ出されたお酒を飲んだ。
ギャグセンってどんな顔をしているんだろう、おい、僕ののギャグセンよたまには顔を出してくれって呼びかける。
感覚で話してんじゃねぇぞ、目見て話なってギャグセンが返して来た。
僕のギャグセンは団塊世代らしい。
「じゃあなギャグセン。俺は一人でやってけるよ。いつもお前の事怖がってごめんな。ずっと傍に居てくれたの知ってたのに幸せになったら手のひら返したのは俺だったよ」
まぁ、話を思いついたのは
「お前ギャグセン高いな」って言われて「こいつ馬鹿にしてんだろ」って思ったからです、いぇい!






