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第三話「暗い森の中での盟約」

 ――視界は闇に染まっている。

 当然だ。何せ俺が今居る場所が、光も差さない深い森の中なのだから。


 ――周りからとてつもなく不気味な音が聞こえてくる。

 それは動物の声だ。この森には、動物が複数種生息しているのだ。


 ――そんなところで俺は今、何をしているのか?

 答えは簡単。付けられた傷を癒しながら、精神統一をするために座禅を組んでいる。


 この森に来てから何日経ったのかは分からない。逃げ切った後に森の大木を背に意識を失ってから、既に時間の感覚が無くなっている。腹時計ですら、光のほとんど届かないこの森ではあまり役に立たない。

 森の暗さにはもう慣れてしまった。普通なら何も見えないほど暗い中でも、今の俺にとっては薄暗い程度となっている。


「……」


 付けられた数多の傷は既にほとんどが回復している。ただ、あのとき不意を突かれてまともに斬られた背中だけは、今になっても動くだけで痛みが走る。

 この森に来て、まだ一度も食事を摂取していない。それは回復を優先した結果なのだが、さすがに限界が来ている。

 そろそろ、無理をしてでも食料を手に入れなければならないのだが……。


 ――グルルゥ。

 ――ゲガ、ギャブ。

 ――ガガァゥ。


 と、周りから聞こえる何かの声が、俺の行動への抑止力となっていた。

 明らかに、俺の元居た世界に居る動物の声ではない。

 思い当たることがあるといえば、この世界特有の動物の声なのだが……そんなものは答えが分かり切っている。


 ――モンスターだ。


 定番なところで言えば、スライムやゴブリン、オークといったところだろう。

 単体であれば、そんな相手には今の状態でも後れを取らないと断言できるが、周りから聞こえる声は一や十などという数ではない。おそらく、桁が違う。


 最初に見たステータスから考えて、防御力は十分に足りている。問題は、圧倒的な数の暴力だ。三桁に近い、あるいはそれ以上の敵を相手にするのは雑魚であってもそれなりの技量が必要になる。そして俺には、その技量が無い。


 ――さて、どうしたものか。


 相手に敵対意思が無ければ、それで良い。俺はスキル「平和主義者」のおかげで魔物との敵対率が激減している。もしかすれば、相手は俺を放っておいてくれるかもしれない。

 ただ、そうやってタカを括って行動しては、足元を掬われかねない。


 答えが出ない自問自答に、俺は三十秒ほど悩み続けた。

 しかし、答えは意外とあっさりと出てきてしまった。


「まぁ……今死ぬか、後で死ぬかの違いか」


 そう。選択肢の違いはあまりに些細なもの過ぎた。


 もし、何もしないを選択すれば、俺は間違いなく飢えて死ぬ。

 逆に、食料を探すという行動を選択すれば、少なくとも生き残れる可能性が浮かんでくる。

 ならば、その生き残れる可能性のある方に賭けるのが、一番良い手なのは決まっている。誰が好き好んで、可能性ゼロの方を選ぶというのか。


 俺は座禅の状態から素早く立ち上がり、そして行動を開始した。

 気ままにぶらぶらと、しかし確実にモンスターやらが少ない方へと向かい、歩き続ける。


 ――どれくらい、そうしていただろうか。


 ある時を境に、俺の鼓動は早くなり、体からは冷や汗を流していた。

 それは肌にチリチリとした空気が当たってきたからだ。それの大本が何なのか、そこまでは分からない。

 だが、このまま進むのはあまりに愚かしい行為だと、自身の本能が警邏を鳴らしていた。


 これがいわゆる、危機回避能力――第六感――というものなのか?

 そうであれば、このまま進むのは自殺行為に等しい。本能がそう感じているのであれば、十中八九、この先に俺には対処不可能な何かがある。

 その何かが今分かれば、とても判断がし易かったのだが……。


 結局、俺はその自分へと向けられた警告を無視して、理性と危機に気付かない一部の鈍感な本能の赴くままに歩き続けた。


(助けてッ!)


「っ!?」


 不意に、頭の中で直接響くような声が聞こえてきた。

 これはテレパシーなどの能力的ものなのか、それとも空耳なのか……。

 しかし、前に聞いたような「大魔王の囁き」とは関係が無いと確信する。何故なら、その聞こえる音の質が全く違うからだ。


(誰か、誰か助けてッ!)


「っ! 何処に居るんだ!?」


 先ほどまでゆっくりと動いていた足が、いつの間にか激しく動いていた。

 背中に痛みを感じたが、今はそんな痛みよりも後に残るのであろう後悔の方が辛かった。


 しかし、それで状況が変わるというわけでもない。こちらから呼び掛けても声は答えない。いや、こちらの声が届いていない、という可能性が高い。

 そうであれば、もはや自力で相手を見つける以外に方法は無かった。


「くそっ!」


 木々と生い茂る植物を物ともせず、俺はひたすら直感だけに従って走る。

 この努力が結実する確率は極めて低い。だが、何もしないよりはした方が良い。少しでも確率があるのであれば、そちらを選択するのが最良の一手である。


 そして、俺のそんな無駄にも思えた努力は……ものの数秒で、実を結んだ。


「っ、あの光か!?」


 光がほとんど差し込まない森の中で、不自然に青く光る一点を俺は見つけた。

 こんな暗い森の中で、あのような光を放つものは存在しない。

 つまり、少なくともあの不可思議な光は何らかのトラブルの種を背負っているとみて、間違いないということになる。


「待っていろよ!」


 それからの行動はとても迅速だったと自負できるものだった。

 暇つぶしに精神統一をしていた時、俺は魔力のコントロール方法を身につけてしまった。

 魔力を一口に表現すれば、万能なエネルギーだ。腕に集めれば腕力が向上し、脚に集めれば脚力が向上し、体全体に循環させれば傷の治りが早くなる。

 これは既に、目覚めてから今までの実験により証明されている。


 急にどうしてこんなことが出来るようになったのかは、推測でしかないのだが、魔力感知とかいうスキルを取ったせいだと踏んでいる。

 魔力感知を習得した状態で集中状態になると、魔力をコントロールする事が出来る。合っている保証はないが、かなり有力な説と考えられる。


 俺はその魔力コントロールにて脚にありったけの魔力を集中させ、この森の中をただ光の方へと向かって爆走する。


 そして森の中で初めて見たギャップに辿り着いたと同時に、俺は今まで足に溜めていた全魔力をすぐに右腕と拳だけに集中させ、そして地面を踏む。


「聖渾――」


 眼前に広がるのは、一匹の紺色の鱗に身を包まれた御世辞にも格好がいいとは言えない二足歩行のドラゴンと、白すぎる刀身の剣を持った二十歳前ほどの男とが対峙している場面。

 ドラゴンは既に満身創痍だ。警戒心を持って油断も隙もなく男を睨んでいるが、その鱗の所々に裂傷が見られ、出血量もかなり多い。その上、背中に生えている両翼のうち、右翼は切断されていた。

 一方、男の方は傷を負っている気配が見られない。ヤツは悠々としているが、その目はただドラゴンを確実に殺すという殺意に満ちている。

 周りには衝撃で圧し折れたであろう木々が大量にあった。これがきっと二者の戦闘による爪の跡だ。それが壮絶な戦いだったことは、目に見えて明らかだった。


 周りの状況を見て、俺は瞬時に悟った。正攻法では、どちらに勝つことも出来ない、と。

 ――だからこそ、チャンスはこの一度きりだと。


 俺は何故か迷いもせずに男に狙いを定めていた。それが第六感の作用によって無意識に選択した事なのか、あるいは状況を見て劣勢の方がSOS信号を出した奴だと確信していたのか。


 きっと迷いも、躊躇いも無かったからこそ、この二者に全く気付かれずに、俺はこの場に乱入出来た。だからこそ――


「一擲――!」


「ッ!?」


 ――男に、何の抵抗もさせず拳を直撃させることが出来たのだろう。


 魔力によって腕力と拳を強化し、そこからの聖渾一擲は、文字通り俺に今できる最強の攻撃だった。

 迷いの無い、殺す気の拳だったと俺は自負していたが、生憎俺の最大威力の攻撃は男を吹っ飛ばすだけという結果になってしまった。

 しかし、吹っ飛ばすだけと言っても飛距離は相当なものだ。どれだけ飛んで行ったのかは知らないが、とても遠くから大木が圧し折れるような音が聞こえてきた。


「っぐ……」


 その後すぐに、俺の体にあの時と同じように虚脱感が襲ってきた。どうやら、聖渾一擲を放つと虚脱状態になってしまうようだ。

 しかし、今はそんなことを言っていられない。相手の防具を破壊した手応えはあったが、相手の肉を貫く手応えは全く得られなかった。

 これはつまり、相手がまだ行動可能である可能性を示唆している。


「っ、早く、逃げるぞ!」


 まだ回復しきっていない体に鞭を打ち、俺は魔力コントロールにより腕力と脚力の二つを強化し、そしてそのドラゴンの太い腕を両手で抱えるようにして持ち、そのまま引きずるようにしてその場からすぐに離れる。


 その時に分かったことだが、どうやらこのドラゴンはどちらかと言うと人間寄りらしい。

 直立状態の体長は二メートルほど。このドラゴンは二足歩行でも難無く走れるらしく、また重さはかなりのものだった。

 顔は強面(ドラゴン面)だった。体格と顔の大きさが妙にアンバランスな気がするが、そこに触れてはいけない気がした。


 そんなドラゴンを俺が引っ張ることが出来たのは、魔力による腕力と脚力の強化のおかげだった。その二つが無ければ、今頃俺は虚脱感に見舞われて、自分一人で逃げることが精一杯の状態になっていたはずだ。


 人生で何が役に立つか分からないとは言うが、まさにその通りだった。ただ傷の回復を早めようと思って行ったことが、まさか逃走の役に立つとは……。


 俺は元来た道を戻り、あのモンスターが周りを囲んでいるのであろう最初の地点へとリターンした。

 そこでようやくドラゴンの腕を放して、俺は地面に仰向けになって倒れる。


「き、つい……」


 一連の動作がまるで一瞬のようだった。その癖に体は既に限界点を振り切って危険域へと突入していた。

 その証拠に背中の傷がパックリと開き、地面に少しずつ、赤が広がる。


(くそ、俺は何をやってるんだ)


 俺は心の中で悪態を吐いた。先ほどの一連の流れを思い出したせいだ。


 先ほど、俺はどちらが善悪なのか区別を付けず、ただ優勢であるからといって男に奇襲を仕掛けた。

 それが成功だったのかどうか、俺には今でも分からない。何せ、このドラゴンが極悪な人間を虐殺するような奴かもしれないから。

 今はまだ傷を負っていて、その正体を隠しているだけかもしれない。


 それに、あのSOS信号だって、このドラゴンが発したものなのかは判断がつかない。

 なのに、俺は自分勝手にも男に向けて殺すための一撃をお見舞いし、そしてドラゴンをここまで連れてきてしまった。


(もしドラゴンが悪だった場合、俺は本当にクズだな……)


 振り返ってみて、自分の行動に今更ながら反吐が出る。

 しかし、後悔は不思議と感じなかった。


(善悪なんて気にせずに、ただ自分の道を信じて、そこだけを突き進むのも……ありかもしれないな)


 と、最終的には俺らしくない思考に辿り着いてしまった。

 いや、そもそも最初の反省のあたりから、既に俺らしくなかった。

 俺は至って利己的な考え方をする人間の筈だ。他人の感情さえも天秤に掛けて、それらを総合してどちらを行動するか選ぶ。

 時には感情に任せて突っ走ることもあるが、それでも後悔の無いように突き進む。


 結果、俺はただ後悔の無いように選択肢を選択する、臆病な人間だ。


 そんな俺が善悪なんて、笑い話にもならない。

 もとより俺には善悪の区別など無く、あるのは利己的な打算だけだ。

俺はその打算で動き、計算することは「どうすれば金銭を多く手に入れられるか」ではなく、「どうしたら居心地のいい環境を作れるか」なんていう、つまらないものだ。


(俺が今更、善悪二元論なんて……バカバカしい)


 SOS信号に駆けつけたのだって、後で何か情報が得られるかもしれないという、可能性の利益があったからに過ぎない。


 ――本当に、そうなの?

 それ以外に、考えられない。答えは出ない。


 ――それはつまり、感情を度外視しているの?

 感情すら打算の内に入れて行動しているんだ。そうしないと、居心地のいい環境なんて作れない。


 ――それはただ甘いだけじゃないの?

 それも一つの見解だ。そう見えるようにして、周りからの視線を良いものにしようとしているからな。


 ――つまり、それって自分が善人になろうっていう努力だよね?

 これほど利己的な思考が善であって堪るものか。それが善なら、悪は利己的でありかつ他人を不愉快にすることになってしまう。


 結論を言えば、俺は今の今まで、ただ後悔に苛まれないように生きてきた。

 これは後悔に苛まれれば、どんな環境に居ても居心地は悪いだろうという打算からきている。


 自分の道を信じて進む? そんなものはとっくの昔からやっている。自分の道しか信じて進まなかったから、善悪なんてものに固執していないんだ。さっきの考えでは、まるで善悪と自分の行動を天秤に掛けているようじゃないか。

 ……なんで、俺は思考が退化しているんだ。


(くそっ、頭がクラクラしてきた……)


 意識が朦朧としていく。というか、俺はさっき誰の問いに答えていたんだ?

 ……思い出せない。

 これは、本格的に不味いのかもしれない。出血多量か、それとも体がとうとう壊れてしまったのか。


「こんな、とこ、ろで……」


 もはや目の前は真っ暗だった。目を開けているのに、何も見えない。ただ暗闇が目の前を支配し、身体はまるで自分の支配下から外れてしまったかのように動かない。


(俺の人生はこんなところで……終わってしまうのか?)


 それだけは勘弁願いたい。せっかく異世界に来てからの理不尽を退けて、何とか生き延びたというのに。

 一難去ってまた一難とは、まさにこの事だ。これではいくつ命があっても足りやしない。


(そうだ。こんな時だからこそ、魔力を循環させればいいんだ)


 そうすれば、開いた傷の治りだって早くなる。

 俺は咄嗟に思いつき、すぐに集中した。いつもの精神統一のように、魔力を全体に浸透させ、血の流れと魔力の流れを同化させようと、精一杯に頑張った。


 しかし、現実は非情だ。

 そこになってようやく、俺は自分の五感はおろか、魔力の感覚さえも掴めていないことに気が付いた。


(五感に魔力の感覚がシャットダウン、か。詰んだかもしれん)


 あまりに他人事のように考え過ぎていると思われるかもしれないが、ただ闇雲に足掻いたところでどうにかなる状況でない事は明らかだった。


(まぁ、それでもどうにかしないと、いけないよな)


 五感がダメ。魔力がダメ。助かるには、何か他の力が必要になる。

 大魔王の囁きの前回の提案に乗ってみるのが一番建設的ではあるのだが、それは死んでも御免だった。


 そういえば、この状態でもメニューを開くことは出来るのだろうか?

 試しに、俺はメニューと念じてみることにした。


『ステータス画面✕

     所持品

      装備

    仲間編成

  スキルツリー

     ヘルプ✕』


 開いた。それも、五感が働いていないにも関わらずその内容が視覚情報のように分かる。

 どういう作用なのかは分からないが、これは非常に有用だ。もしかすれば、時間が止まった世界ですら、意識さえあればメニューを開くことが出来るかもしれない。

 いや、現実的に考えて時間が止まった世界で意識を保つなんて有り得ないのだが……。


 とにかく、これは大きな進歩に変わりは無い。まずは「所持品」と念じてみる。


『爆弾(攻撃用アイテム・敵全体に小ダメージ)

 勇者の導き(貴重品)

 魔王の導き(貴重品)

 スキル大全集(貴重品・破棄不可能アイテム)

 大魔王の囁き(???・破棄不可能・破壊不可能アイテム)』


 しかし、所持品は前と何も変わっていない。

 この所持品を見て、俺はふと思った。勇者の導きや魔王の導きとは、どういう効果のものなのだろうか、と。


 試しに俺は「勇者の導き」と念じてみた。


『勇者の導きを使用しますか? YES/NO』


 ……ただの飾りかと思っていたが、ちゃんと使用出来るアイテムらしい。

 状況が状況だ。この際、命が助かるのであればこういった貴重品が使用して紛失しても良いと思い、俺は「YES」と念じた。


《解説:現在、あなたの肉体の損傷はかなり深いです。あなたは気づいていませんでしたが、あの男からの反撃により、背中に深い裂傷を負いました。前回の不意打ちの傷と無関係ではありませんが、あの傷をより深く抉られた、と思えばいいでしょう》


 つまり、俺はドラゴンを助けた際に男から知らない間に反撃を受け、背中に重度の傷を負ってしまった、ということか。

 ――不味い。あの男に勝てる可能性が目に見えて激減した気がする。

 そして何より、俺の生存率が絶望的になってしまった気がする。


《あなたが生き残るには、幾つかの選択肢があります。

 一つ、勇者を辞めて魔王に昇華する方法です。大魔王の囁きを使用すれば、それも可能でしょう。魔王になれば、あの男も何とか撃退出来るほどに力が付くことでしょう。


 二つ、魔法の根源にある力(魔力)ではなく、武術にある根源の力(気力)を使用してください。コントロールが必要になり、また時間との勝負になるため、賭けの要素が強くなります。この方法は、あまりお勧めできる方法ではありません。何故なら、あなたは聖渾一擲で既にほとんどの気力を使い、コントロールするにもまず、その気を感じる事が出来ない恐れがあるからです。


 三つ、竜姫と契約を交わし、彼女の力で復活してください。ただし、これには高い解呪能力、もしくはあの男を打倒するほどの力が必要になります。盟約を交えればこのどちらも必要はありませんが……盟約を交える場合は、覚悟をしておいてください》


 ……いや、三つ目の最後にある覚悟って、何に対する覚悟だよ。あと、竜姫ってまさかあの強面ドラゴンのことか? とてもそんな風には見えなかったが……。


《あなたが助けたドラゴンこそが、竜姫と呼ばれる存在です。

 補足しますが、竜姫と盟約を交えた場合、その恩恵により肉体の高速再生が可能となります。》


 どうやら、俺は相当な大物を助けたらしい。字面からして、確実にドラゴンのお姫様とかいうポジションだろうし。

 そんな大物だからこそ、肉体の高速再生というのも何となく納得が出来た。


 まぁ、それにしても難儀な選択肢を押し付けられたものだ。

 何せ選択肢が「魔王になる」、「賭け」、「覚悟」の三択なのだから。


 正直に言えば、俺はどの選択肢も選ばずに新しい選択肢を見つけたい。

 しかし、それはあまりにも現実離れしている。それに、新しい方法といってもそんなものは微塵も思い浮かばない。


(――三択、か)


 まさか、こんな酷い三択を選ぶことになるとは思わなかった。それも、どの選択肢を選んでも不安が尽きない、とは。間違いなく、人生の中で最悪の選択肢を突き付けられている。


(とりあえず、魔王の導き、とやらも使っておいた方が良いよな)


 勇者の導きで選択肢が三択も増えたのだ。きっとまた良案を出してくれるだろう、と魔王の導きとやらを使ってみたのだが……。


(……お互い、考える事が同じなのか)


 結果、勇者の導きと魔王の導きに差は全くと言っていいほど無かった。ただ二点、勇者の導きと違って言葉遣いが荒く、また魔王の導きが大魔王の囁きを猛烈プッシュしていたのを除けば、だが。


 どうやら、あの三択から俺は逃れられないようだ。ただ一つ、死という手段以外では。


(魔王になるか、賭けをするか、それとも覚悟を決めるか……)


 この選択に、俺は今までにないくらいに悩んだ。

 悩んで、悩んで、悩み抜いて。


《告知:これ以上、選択を遅らせると死ぬ危険があります。至急、選択をすることをお勧めします》


 そして、答えがまだ出ていないにも関わらず、そのような最悪の告知がされた。


(もう、賭けの選択は無くなったな)


 正直なところ、俺は魔王になるのだけは絶対に嫌だった。何故なら、その後に安穏とした日々を過ごすことが絶対に出来なくなるからだ。

 ならば、賭けと覚悟のどちらを選ぶかと思っていたが……時間が無い=賭けの成功率の低下となる以上、ここで賭けを選ぶのはあまりにアホらしい。


 そのため、消去法でいくと、選択肢は三番の「覚悟」しか残っていなかった。


(覚悟を、決めるか)


 今思えば、迷っていた時点で俺は「覚悟」を決める口実が欲しかっただけなのかもしれない。何せ、「賭け」に少しでも任せようと考えていれば、限界までその「賭け」を行い、そして無理だと分かれば「覚悟」に切り替えれば良かったのだから。


《告知:竜姫の方から、盟約に応えるとの意思表明を受けました。

 盟約を結びますか? YES/NO》


「……」


 俺はそこで一度、頭の中を空っぽにして、冷静になってから過去を振り返った。

 そして心の中で、諦めともいえる溜息を吐いた。


(YESだよ。コノヤロウ)


 盟約とかいう大層なもので、一体俺には何の制限を課せられるのか不安だったが、そこは相手が良心的であることを願う。


《確認。盟約文を確認の上で、もう一度、選択をしてください。YES/NO》


 俺が心の中で固く誓っていると、そんなメッセージが届いた。

 なるほど、あちらが一方的に内容を決めて結ばされるわけではないのか。

 とても良心的だ、と感心しながら、俺は「勇者の導き」から提示された盟約文に目を通す。


『盟約文

 第一項目(対象:リンド・ウォーデン):今より私(竜姫)こと《リンド・ウォーデン》は、これから盟約を結びし者に力の一端を分け与え、生涯その御傍に居る事をこの盟約の下に誓います。

 第二項目(対象:荒川龍一):今より盟約者こと荒川龍一は、竜姫リンド・ウォーデンの庇護下に入り、その力の一端(恩恵)を譲り受け、生涯を掛けてそれらの力で盟主リンドに降りかかるあらゆる害の盾になり、それらを取り除くことを、この盟約の下に誓う。』


 盟約文は、これで以上だった。項目が二つしかないとは、ずいぶんと抜けている文章だとは思うが、これがこの世界では普通なのかもしれない。

 何だか日本でいう結婚の時の誓い言葉の雰囲気に似ている気がするが、それもきっと気のせいだ。


 それにこの命も、どっちにしたって竜姫と盟約を結ぶ以外には助からない。魔王になるのは生理的な嫌悪感を覚えるし。

 ならば、何も気にすることはない。これこそが、異世界における俺の運命だったのだ。


 そして俺は、導きの確認に「YES」と答えた。


《告知:竜姫リンドとの盟約が完了致しました。

これにより、スキル「竜姫の加護」を習得しました。

また、盟約文の効果により「竜化弱体の呪い」の七割を肩代わりしました。

スキル「最強の盾」の効果が発動。呪いの効果に抵抗レジストし、呪いによる能力値低下を無効化しました。

スキル「竜姫の加護」の効果が発動。全能力値が上昇しました。

竜姫と盟約を結んだことにより、新しくスキルツリーが開放されました。》


その瞬間、俺の中に大量の情報が流れ込んできた。

さらに、俺の失った筈の五感と魔力の感覚が蘇った。またそれだけに収まらず、前より圧倒的に力強く、魔力を感じる。


(これが、竜姫の加護……なのか?)


《違います。あなたは「竜化弱体の呪い」の作用として、レベル1から永久にレベルが上がらなくなりました。これにより、あなたはスキル「最弱の強者」を習得。これにより、さらにステータスが強化されました。それによって、魔力も増量し、その純度が飛躍的に高くなったのです。》


 と、勇者の導きが俺の問いに返答してくれた。いや、お前に聞いたわけじゃないけど……まぁ、答えてくれるとすぐに理解出来てありがたい。


 というか、「最強の盾」が「竜化弱体の呪い」を完全に無効化したわけじゃなかったのか。確かに、呪いによる能力値低下の無効化としか書かれていなかったが……まるで詐欺だな。


《事実です。》


 俺の考えが不服だったのか、導きがまたも返答する。

 確かに嘘は言っていないけど……まぁ、いいか。


 結果的に、強くはなれた。

 レベルが永久に1に固定されたのは痛手だが、どちらにしても俺にモンスターを討伐する気はほとんど無かった。

 ならば、今回は僥倖に巡り会えたと思っていい。強くなれたのだから。


(……そろそろ、起きるか)


 盟約のおかげで意識を取り戻したのか、あるいは体に相当負担が掛かっていただけなのか。とりあえず体を動かせるほどには回復したようだった。


 俺はゆっくりと、その重い瞼を開けた。

 そして見えたのは――


「あっ……」


「ッ!?」


 宝石のように輝く白銀の髪。造形美を疑わせる端正な顔立ちに、未だ成長しきっていない未熟な肢体。見ていたら吸い込まれてしまいそうなサファイアの双眸。そしてその背中にはちょこんと、小悪魔のように小さな空色の片翼が生えており、さらにはトカゲのような翼と同じ色の尻尾までも生えている。

 年の頃は……十、いや十二だろうか?

 背丈は御世辞にも高いとは言えず、体も未熟だが、その美しさが妙に際立って年齢を判別しづらくなっている。


 そして今、その少女の顔が……俺の目の前にある。

 つまり、俺は今その少女に覆い被さられている状態にある。


「やっと、見つけました……」


 しかし、その様子がどうにもおかしい。

 少女は恍惚とした表情を浮かべて、しかし対照的にそのサファイアの双眸はギラギラと肉食獣が獲物を見つけた時のように怪しく輝いている。

 そんな少女のおかしな様子に戸惑っているときだった。


「んっ……」


「……ッ!?」


 俺は反応が遅れた。だが、それも仕方のないことだった。

 何故ならその少女に、いきなり唇を奪われたのだから。


(いや、男が唇を奪われたって……てか、何でこんな状況に!?)


 俺の戸惑いをよそに、少女は数秒間だけ唇を押し付けて、それで満足したのか唇を離した。そのキスは唇が触れるだけのものだったが、彼女居ない歴=年齢の俺にはあまりに衝撃的な出来事だった。

 そして彼女は俺をジッと見つめて、鼻先が俺とくっ付きそうなほどの近距離で、花も咲く笑顔というやつでこう言ってきた。


「盟約はもう成立しましたよ。だから、絶対に逃げないでくださいね、王子さま」


 この後、このような感じで少女ばかりが一方的に話し、会話が何故かあらぬ方向へと進行していくのだった。

 俺が正気に戻ったのは、そんな少女のある爆弾発言の後だった。




 やっと一章分……竜姫編書き終えました。これから一週間に一話ずつのペースで放出していこうと思います。

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