第一話「捨てられました」
「ようこそ、勇者方!」
目の前の玉座から立ち上がり、王様っぽいおっさんがいきなり挨拶をしてきた。
周りには、魔術師と思われるローブを羽織った者達が数十名。
部屋の内装はとにかく広い、の一言に尽きる。多分、城とかによくある謁見の間とかいう部屋なのだろう。部屋の入口から玉座まで赤い絨毯が敷かれており、俺――いや、俺達は今、その上に居る。つまり、部屋の中央だ。ちなみに、玉座は部屋の最奥――入口と同じ軸にある。
王の周りには護衛――というか、騎士が居た。何を警戒しているのか、その手は腰に携えている剣に当てられている。
この場に居るのは、王様っぽいおっさん一人と、その側近であろう二人、そして周りを取り囲む魔法使いっぽい人数十名と、俺、そして俺の両隣と前に居る三人の男だ。
状況を把握するに、俺は勇者として異世界召喚されてしまった、というところだろう。ネット小説にありがちなテンプレも大概にしろと言いたいが、それは今でなくとも言える。今一番大切なことは、現状況の把握であって、間違っても愚痴ることではない。
あと、おそらくだが俺の両隣と前に居る三人も召喚された被害者だろう。服装が現代風なのですぐに分かった。全員、日本人だと思う。
俺を含めてそうだが、召喚された側からすれば、この状況に呆然とするしかない。俺の右に居る奴なんて、口をポカーン、と開けて絶句している。
――うん。本来はこの反応が普通だ。間違っても、俺みたいに状況判断出来る奴は普通とは言えない。浪人生活が今頃になって精神的にきたのだろうか……?
「混乱されることは多いと思うが、単刀直入に言う。この世界を、どうか魔王たちの脅威から救ってほしい!」
と、俺がいつのまにか無駄な思考に耽っていると、おっさん(王様)が盛大に両手を大きく広げてそう宣言した。背景にババーン! という文字がギャグみたいに出てきそうな迫力だった。
ぶっちゃけると、俺と左隣に居る奴はギャグ要素全開の王を見て、笑いを噛み殺して堪えていた。
そしてこの時、俺達四人の心が初めて一つになったときだった。
単刀直入過ぎるだろ! と。
「どういう状況だと、そなた等も思っている事だろう。しかし、我から説明するには少々長くなる。したがって、我からは説明しない!」
「ぶっ!」
あ、左の奴がついに吹いた。
幸いにも、思いっきり吹いた、というわけではなかったため、王や側近には聞こえなかったようだ。
てか、説明しない! とか断言されても……。
「代わりに、自分の視界の右上辺りにあるアイコンを開き、ステータスとヘルプを一通り見て欲しい。アイコンを開くには、メニューと念じるだけでよい」
どこのゲームだよ。などと思ったが、既に異世界召喚などということが現実に起こっている手前、本当にそれらがあってもおかしくない。
言われた通り、視界の右上を確認してみると……あった。ゲームにあるメニュー画面へのショートカットみたいなのが。
えーっと、確かメニュー、って念じるんだったよな。
『ステータス画面←
所持品
装備
仲間編成
ヘルプ 』
と、本当に念じただけで出てきた。両横をチラリと見てみるが、二人とも驚いている様だ。真ん前の奴は顔が見えないから分からん。
「ちなみに、メニューを開いた後は、その中にある開きたいものを念じれば良い」
これは親切にどうも。と、王に心の中で心の籠っていない礼を言い、とりあえず「ステータス画面」と念じてみる。
『名称:荒川龍一
称号:勇者
職業:拳聖の勇者
Lv.1
次レベル必要経験値:10
能力値
物理攻撃力:20
物理防御力:150
魔法攻撃力:1
魔法防御力:150
敏捷:8
固有スキル
最強の盾(能力値上昇・成長促進スキル・各種異常状態の抵抗力上昇)
平和主義者(野生の魔物からの敵対率激減)
拘束されぬ者(行動遅延・行動不能系の異常状態を無効)』
と、俺のステータス画面が出てきたわけだが……ツッコミ所があり過ぎる。
何で防御力が攻撃力の7,5倍もあるのか。敏捷がどうして一桁なのか。魔法攻撃力が何故、1という貧相過ぎる数値なのか。
称号と職業とレベルは分かるが、固有スキルの3つは一体どこで手に入れたのか。
……いや、今考えたら心当たりがある。
あの『頂上決戦! 勇者たちと魔王たちの大乱闘!』とかを起動して最初に出てきた、選択肢だ。
俺はその選択肢で、今ステータスに映っている固有スキルを得るようなものを選んだ気がする。
(なるほど、あれはこういう伏線だったのな……)
いや、一概に固有スキルがゲームの選択肢に関係しているともいえないのだが、それ以外にしっくりとくる理由が思い当たらない。
だからこそ、俺は勝手にそう決めつけた。
「さて、では職業枠には何が書いてあったか。一人ずつ言ってもらえぬか?」
いや、まだヘルプ見てないんだが……。
それは他の三人も同様なのか、返答を少しだけ渋るような間を開けて……言わないとこの周りからの奇異の視線は止まないだろうと観念したのか、目の前に居た男が最初に口を開いた。
「聖剣の勇者、だ」
「ほう、お主が」
王はどこか納得したように頷いて、隠すことなく笑みを浮かべていた。
俺も同様に、目の前の男を見て頷いていた。
何故ならこの男、身体をかなり鍛えている様に見えるのだ。
服の上からでも、ある程度の力強さを感じさせる筋骨隆々とした体つき。そして常時警戒をしている注意深さ。
おそらく、剣道か何かを嗜んでいたのだろう。体格的にもマッチョというわけではなく、しかし背格好は逞しい。身長は俺より10センチは高いであろう180ほど。
体つきと立ち振る舞いから見て、この男が剣を手に持つと何故か様になる気がする。
だからこそ、俺はこの男が「聖剣の勇者」であることに納得した。
「名は何という?」
「九條直希だ」
なるほど。この体つきの良い男は九條というのか。
九條直希。その名前と姿を瞼の裏に焼き付け、記憶した。
「我から見て右の者は?」
「こ、小林……て、輝です……ッ」
小林輝。それが俺の左側に居る――今にも吹き出しそうな、というか一度は吹いた男の名前だった。
体型は一言で表せばやせ形だ。筋肉などはあまり見られず、体は細い。おそらくこの中で一番軽いだろう。身長は俺より5センチは小さいであろう165くらいだ。顔は中性的で、男物の服を着ていなかったら、女と間違えてもおかしくない程に整っていた。
そんな彼は今、震えている。とはいっても、それは笑いを必死に堪えるための震えだろうが……。
「職業は?」
「聖槍の勇者、です……ッ!」
年の頃は十七くらいか。とりあえず、高校生くらいの中性美少年かつ聖槍使いの小林輝と、俺は頭の中に記憶した。あと、笑い上戸とも。
「ほう……」
王が感心したように頷いて、今度は視線を俺の右側に居た奴に移した。
「ぶっ!」
その視線の切り替わりと同時に、左の奴――輝がまたしても小さく吹いた。
当然、俺はスルーした。
「で、左の者は?」
「た、竹村悟、です」
俺の右側に居るやつがそう答えた。言葉が途切れ途切れだったのは、きっと緊張からきたものだろう。
顔は中性より男寄りでイケメンなのだが、何分その気の弱そうな性格がせっかくの面を台無しにしている。一言で表せば、残念系イケメン男子だった。ちなみに、身長は輝と同じくらいだ。
「職業は?」
「せ、聖獣使いの勇者……です」
残念系イケメン男子の年の頃は十五、六といったところだ。覚え方は、気弱な残念系イケメンの悟だな。
覚え方が酷い? 口に出さなければ問題は無い。
「ふむ、そうか」
何だか、王の反応が次第に微妙になってきた。もしかして、職業によって優劣とか存在するのだろうか……?
もしそうだとしたら、かなり不安だ。ぶっちゃけ、俺のステータスって明らかに壁戦士寄りだし。
「では、勇者の三人よ。魔王を打倒し、この世界の滅亡を防ぐために……協力してはくれぬか?」
「ぶふっ!?」
輝が盛大に吹き出した。しかも、俺の方を見て……何かムカついた。
そして、俺はまさかのスルー? もしかして、俺だけ手違いでとりあえずお前は帰れとか、そういうパターンなのか?
一方的に召喚しておいてそれは無い、と俺は思う。
藪蛇だとは分かっているが……後で有耶無耶にされても、それこそ面倒だ。
ここは、ガッツリと自己主張せねば!
「む、何かおかしなことでも言ったか?」
流石の王も、輝の盛大な吹き出しには気付いたようだ。
輝は「いえ……」と言いながらも、俺の方に目配せをしている。
「えーっと、俺も居るんですけど」
とりあえず、挙手をして自己主張してみる。ついでに、身体を少し左に出して、九條の一直線上から外れる。
「お、おぉ、すまぬ。聖剣の勇者に隠れて見えなかった」
王は動揺丸わかりの様子でそう言ってきた。
このおっさん、もしかして意図的に俺を避けていたのではないだろうか?
相手の動揺している様子を見て、俺がそう邪推してしまうのも、仕方ないことだと思う。
「して、お前の名は?」
「荒川龍一。拳聖の勇者だ」
職業聞かれずにはぐらかされても困る。そのため、俺は名前と一緒に職業も伝える。
その瞬間、からだったか。
周りに居た奴らが、ざわっ、という雑音を響かせた気がした。
いや、現に雑音は響いている。耳を傾けてみると、「拳聖?」とか「拳聖が勇者? しかし、拳聖の名は確か……」などと、不安と疑いのこもった声が聞こえてきた。
そして、不安と疑いは何も声だけではない。俺に向ける視線の全てにもこめられ、さらには忌み嫌うような蔑んだ視線が俺を貫く。
(何なんだ? 一体……)
心の中で吐き捨てるように言ってしまうのも、大目に見て欲しい。何せこの視線の中、非常に居心地が悪い。思わず嫌悪すら覚えてしまうほどだ。
この中で何ともない奴なんて、精神が鉄やチタンで出来ているか、あるいは非常に天然で鈍感な奴だけだと思う。
「ふん。貴様がそうか」
と、三人より雑に、しかも鼻で笑い、偉そうに王が言い放った。
いくら俺でも、限度はある。これほど一方的に、しかも初対面で見下すとは……心が広いと定評のある俺でも、これはちょっとイラっときた。
「……何で他の三人より、こんなに嫌われているんだ?」
「では、改めて勇者方よ。魔王を打倒し、この世界の滅亡を防ぐために……協力してはくれぬか?」
明らかに聞こえるように問い掛けたのにスルーしやがった。
つまり、拳聖の勇者ってのは、地雷ワードなのか? いや、確実に地雷だろう。この様子を見れば、一目瞭然だ。
「無償で、俺達にそんなことをしろ、と?」
と、そこで九條がそう言った。他の二人も、「うんうん」と言った具合に頷いている。
――なんか、俺だけ意図的にはぶられている気がする。
他の三人も、俺を庇う余裕がないし、庇う義務が無いというのも分かるのだが……どうにも釈然としない。
「もちろん、魔王を討伐した際には報酬を渡そう。そして、支度金と援助金も用意しよう。また、金銭に困った時は仕事もこちらで斡旋する。どうだ?」
「……俺は別にかまわない」
「べ、別に良いんじゃない、かなあ……ッ」
「え、えっと……それよりも、元の世界には、その……帰れる、のでしょうか?」
と、三人の内、竹村悟がもっともな質問をした。何せ俺達は、自分の意志に関係なくこちら側に強制召喚されたのだから。
「それはヘルプに記載されている。後で確認するとよい」
というか、この悟に対しても、何だか対応が少しだけ雑な気がする。
勇者に優劣を付けるって、それは国の王とか以前に、救ってもらう立場として大丈夫なのか?
それと、ヘルプってそんなことまで書かれているのか。便利極まりないな。
「そ、それなら……いいです」
悟もそう言いながら納得した様子で頷いた。
まぁ、それよりも――言いたいことはここで言っておこう。
「てか、おい。さっきから人の事を無視してんじゃ――」
「それでは、勇者方よ。まずは支度金を受け取ってほしい」
俺の言葉は一方的に遮られた。そして王の言葉を待っていたかのように、その側近の一人が三つの巾着袋を持って、俺以外の三人にそれを渡した。
……その側近の腰にもう一つ付いていた巾着袋は、もしかして俺の分ではないだろうか?
い、いや。こう考えるんだ。俺の拳聖っていうのは雑魚の代名詞で、期待度が他と違い過ぎるから支度金を用意するのは難しいと。
第一、ここで暴れたって、抗議したって、俺には何の得も無い。確かに存在主張とかも出来るが、それによって不敬罪とか言われるデメリットの方がデカすぎる。何より、今の状態では絶対に勝てない。こちとら、平和ボケした日々を過ごしていたのだ。それが戦闘なんて烏滸がましいにも程がある。
ここは話が終わるまで、黙っておいた方が良いだろう。とんでもなくムカつくし、今すぐにでもあのおっさんの頭に頭突きを加えたいが、それも我慢だ。俺にメリットなんて微塵もないのだから。
耐えろ。耐えるんだ……俺!
『システムメッセージ
スキル「忍耐を鍛える者」を会得しました』
……はっ?
そのとき、俺の目の前に念じてもいないのに半透明のデータが浮かび上がり、不覚にも今までの苛立ちや怒りが急速に冷めていった。
危うく輝と同じ様に吹きそうになるほど、俺の心境はその一瞬でガラリと変わってしまっていた。
いや、だってこの場面でスキル会得って……ねぇ?
予想外も甚だしい。そして、ある意味お決まり過ぎて何とも言えない。
でも、だからって……王との謁見中にスキル会得って……。
それも、俺のイライラが頂点に達しそうな時って。
タイミングが良すぎて、ご都合主義だと思うのは決して俺だけでは無い筈だ。きっと他の三人だって、この状況を説明すれば口を揃えてそう言うだろう。
(ある意味、優遇されているよな……)
そう、この状況はある意味では優遇されている。スキルというアドバンテージは、俺からしてみれば、金銭よりも高価なものだと思う。
支度金=スキルと考えれば、妥当なところかもしれない。
支度金が一体いくらなのか、俺には皆目見当もつかないのだが……それでいい。見たら多分、よけいに腹立たしくなるだけだし。
「それでは勇者方、いつでもこの城に戻ってくるとよい。また、この町に滞在する間は、王宮の一室を貸し与えよう。以上をもって、解散とする!」
と、余計なことに思考力を割いていた間に、王の長い話が終わったみたいだ。
他の勇者は侍女たちに案内されて謁見の間を出て行った。しかし、俺には案内役の侍女が居ない。
「……」
と、そこで俺の目の前に王の側近が立っていた。
側近は沈黙を守り、俺を一瞥すると……顎を少し上げて、付いてこい、と言わんばかりに先頭に立って歩き始めた。
(なんだ、侍女が足りないだけなのか)
ほっ、と俺は胸を撫で下ろした。何故なら、最悪の可能性――この無一文の上に装備が無い絶望的な状態で放置――があったからだ。
さすがに、それはキツイ。かなり辛い。
いきなり知らない世界に飛ばされて無一文で力も殆ど持たずに暮らしていけなど、そんなのは島流しとまるで同じだ。
だからこそ、俺はそんな状況にならなくて心の底から安堵した。
――のだったが。
「……えっ?」
俺が連れてこられたのは、外だ。決して、王宮の一室へ案内されたわけではなく、俺は今、側近に付いていって庭園の外……つまり、王城の外へと出た。
というより、庭園の出口付近まで付いていったら、いきなり投げ飛ばされて外へと追い出された。それも、鉄の門をすぐに閉めて、まるで俺の滞在を許さないかのように。
「っ!」
ガンッ! という地面にぶつかる音が聞こえたが、不思議と痛みはなかった。
息が詰まったのは、単純にちょっと驚いただけである。
俺はすぐに立ち上がり、王城へと続く頑丈な鉄の門の方を見るのだが……そちらは既に閉まっており、中の様子を見る事は叶わなかった。
「……あー、やばい」
どうやら俺は――スタート早々に、捨てられたようだった。