出立
銃ーー正式名称「魔導銃」の歴史は非常に浅く、その誕生は約三十年ほど前になる。
トリスフレッチェ、というラプラスグランドの西南にある国で作られたその武器は、弾倉に刻み込まれた炎魔導陣に魔力を流し込み、それによって生じた爆発により弾倉に入れられた金属薬莢や魔導薬莢、と呼ばれる弾を撃ち出す、という普通の魔法を使うよりも少ない魔力で同じぐらいの威力がある遠距離攻撃が出来る、という特徴で一気に全世界に広まっていた。
「……少しそれ、貸して見せてくれない?」
「あ、はい」
アイリーンは女性の申し出に一切抵抗することなく、自分の銃を渡した。
女性は弾倉を開くと、目を凝らしてその中をまじまじと見つめた。そしてその体勢のままアイリーンに話しかけた。
「……ひょっとして自作かしら?」
「あ、はい。でも図面をひいたのは俺ですけど鋳造とかしてくれたのは近くの鍛治屋さんで……」
「なるほど」
アイリーンの答えを最後まで聞くことなく、女性は頷いて弾倉から目を離した。
「なら安心だわ。ひょっとして盗品なんじゃないか、って思ってね」
女性がそう思った理由、それには銃の致命的欠点が関係していた。
それは、銃が金銭面の方で非常に使いにくいことである。
部品全てが高価な金属で作られている、弾倉は使用するたびに起こる衝撃で刻印が潰れていくため定期的な交換が必要、さらに薬莢も使い捨て、などととにかくコストパフォーマンスが悪いのである。
つまり、銃はかなりの資産を持っている家の者しか手に出来ず、こんな田舎の小料理屋の息子が持っていられる代物ではないのである。
だからこそ女性は疑いの眼差しでアイリーンのことを見たのである。
「最初から弾倉の内側に魔導陣が刻まれるように鋳型を作ったやつか……。ちなみにテストはしたの?」
「はい。ちゃんと真っ直ぐに狙った所に飛びます。ただ一回転分で弾倉はダメになりますね」
「でしょうね」
アイリーンの言葉に、分かっていたかのような反応を返した女性は銃をテーブルの上に置くと、諭すようにアイリーンに話しかけた。
「アイリーン。こういう安価な弾倉は遊びに使うくらいなら充分だけど、闘いには向いてないわよ」
「そうなんですよね」
するとアイリーンは真顔で頷いた。そして続けて何か言おうとしたが女性は手を出して遮った。
「分かっているなら大丈夫。自分で、しばらく使えることが分かっているならね」
そして女性は立ち上がるとアイリーンの横を通って、テラス席から降りていった。アイリーンは女性の姿を目で追いかけながら母親に話しかけた。
「……じゃあ、母さん行ってくるよ」
「ええ。しっかりやりなさいよ」
母親は握り拳を右手に作るとそれで軽くアイリーンの胸を叩いた。アイリーンは小さく頷くと、テーブルの上に置かれた銃をホルスターの中に戻しながらテラス席を降りていった。
「……よし。あの子が帰ってくるまでちゃんとこの場所を守っていかないとね」
扉が閉まると同時に鳴った鈴の音が消え失せる。アイリーンの母親は目に浮かんだ涙を拭うと、自分を奮い立たせるかのように元気良く頷いた。
ーーー
「おい、アイリーンちゃん、本当に行っちまうのか?」
「残念だなぁ。ジボワールの看板娘の姿が今日でひとまず見納めなんて」
「……おじさん。俺は『ちゃん』呼びされる身分ではないし『娘』でもありません!」
乗客を待つ御者達が集まる待合所でアイリーンが顔を真っ赤にしながら叫ぶ傍ら、女性は行きの時と同じ御者と積荷の確認をしていた。
「まさかここで輸送の仕事が入るとは思わなかったわ」
女性が肩をすくめながら呟く横で、御者は手を合わせながら小さくなっていた。
「すまねぇな。どうしても、っていう急ぎの用でな。代わりと言っちゃあ何だが、ちゃんと取り分は渡すからよ」
「当然よ」
頷きながら女性は荷台の半分を占める木箱の一つを覗いた。中には黄色い液状の物が詰め込まれた透明なビンがズラリと並んでいた。
「……これは、ニジュセイキ? もしかしてこの木箱全部に?」
「ああ。ヴィエオラにある菓子屋に卸す量を間違えたんだとよ」
「卸す量、ってこれは間違え過ぎじゃない?」
「俺もそう思う」
御者が真顔で頷く横では青い顔で額に浮かぶ汗を必死に拭っている小太りの中年男がいた。どうやらこの中年男がこの件の依頼主らしい。
「申し訳ありません……。うちの若いやつがゼロを一個飛ばして報告していた物で……。それで出荷した後に伝票を確認したら全然違う量で……」
中年男が語尾を震わせながらこの状況に至った経緯を語っているのを女性が興味なさそうに欠伸をしながら聞いていると、顔見知りの御者達との会話を終えたアイリーンが戻ってきた。
「あれ、ユーシスさんこんな所でどうしたん?」
「あ、いや、その……」
話しかけられた途端にうろたえる中年男の様子とその横にある荷台にある大量のニジュセイキ入りの木箱に気づくとアイリーンの表情はみるみる険しい物となった。
「まさか、またジャックか?」
ユーシスがアイリーンの視線から思いっきり目を外す。それを見たアイリーンは目をつぶりながら自分の頭を押さえた。
「ユーシスさんもう何度目だよ。あれに仕事任せてたらいつか組合から除名処分が出るくらいの大ポカやらかす、ってみんなから何度も言われてたよな? どうして切らないんだよ」
「いや、ジャックはどこにも就職出来なかったから……」
アイリーンからの指摘に項垂れながら答えるユーシスの姿を女性は疑いの眼差しで見つめながらアイリーンに訊いた。
「あのさ、その……ジャックってやつはこういう失敗を何度もしてるの?」
「はい、もう日常茶飯事ですよ。全部他の従業員や御者さん達が必死になって間に合わせてくれてるので大事にはなってないですけど」
アイリーンの言葉に後ろにいた御者達がコクコクと頷く。その反応を見た女性は割と真面目な顔でつぶやいた。
「そんな不真面目なやつを雇い続けてる所なら一層の事、今回の商談に失敗してもらって除名処分になる方が良い気がするわね」
するとその呟きを聞いたユーシスは突然女性の手を取って、涙目になりながら懇願してきた。
「そ、それはどうか! そんなことになったら私の工場はおしまいです! そうなったら家族や従業員に顔向けができません! どうか、どうか助けてください!」
「わかった、わかったから離しなさい!」
「はっ!」
女性の悲鳴に、ユーシスは慌てて手を離して頭を下げた。
「す、すいません、つい……」
「と、とにかく、そろそろ出すぞ! 早くしないと間に合わなくなっちまう!」
待合所に漂う微妙な空気に戸惑いながら、御者が大声をあげる。ユーシスはハッとしたように顔を上げると、すぐに膝と額を地面につけて叫んだ。
「どうか、このニジュセイキを無事にヴィエオラまで届けてください! お願いします!」
「全く……謝り方や頼み方を身につけるよりジャックのバカを切った方が良いんじゃないか?」
年上の情けない姿を見たアイリーンは深いため息をつきながら愚痴を吐くしかなかった。