了承
「……さて、話を戻しましょうか」
タルトを完食した女性は紙ナプキンで口周りを拭きながらすました顔で話を再開した。
「私達はドラゴネットを守るためにフリーになっている知り合いに片っ端から声をかけることにしたの。その中でエミリアからあなたのことを紹介されたのよ。『女の子みたいな可愛い顔してるのに余裕で自分よりも何倍も重いハンマーを振り回す男の子がいる』ってね」
「やっぱりエミリアか……」
予想通りだったのか、アイリーンはコップに入っている紅茶に口をつけながら苦々しい表情を浮かべた。
「つまり、経営が上手くいくまでの繋ぎ役としてドラゴネットに入って欲しい、ってことですか」
「いいえ、少し違うわ」
女性の答えにアイリーンは眉間にしわをよせながら首を傾げた。今の話の流れでは、自分の認識が間違っているとは思えなかったからである。
そんなアイリーンに対し、女性は諭すように話し始めた。
「あなたはまだどこのギルドにも所属したことがないでしょう? だからあなたがどれだけの実力を持っているか、私達にはわからないの。ただ扱えるっていうのと使って戦うっていうのは全くの別物だからね」
「……つまり、正式に入る前に入隊試験みたいなのを受けてもらう、ってことですか」
「そういうこと」
女性は自分の茶器を掴み、顔の高さまでに持ち上げて続ける。
「試験では戦闘技術だけでなく、人間性や他人との連携も審査対象に入れるわ。どれだけ凋落していても私達にはプライドがあるからね、どれだけ戦闘面が優秀でもドラゴネットの名を汚すような悪人はいらないから」
そう言い切ってから女性は紅茶を一気に飲み干した。そして茶器を静かに皿の上に戻し、据わった目でアイリーンを見た。
「ドラゴネットへの入隊試験、請けてもらえるかしら?」
「わかりました」
女性からの申し出に、アイリーンは迷うことなくすぐに頷いた。
「あら、早いわね」
「母さんとはこういうことになったら家を出る、って話はもうつけてますから。……ちなみにいつ出発ですか?」
「出来れば今すぐにでも出て欲しいわね」
「じゃあ着替えとか当面の生活道具、すぐに持ってきます」
そう言ってアイリーンは慌ただしく階段を駆け下り、台所の方に一、二言何か伝えた後、居住空間の方へと消えていった。
アイリーンの姿が見えなくなると女性は思いっきり息を吐いて背もたれに体を預けた。
「話はうまくまとまったようですね」
アイリーンの母親が食器を下げにテラス席に上がってきた。女性は体を起こして、アイリーンの母親に向かって申し訳なさそうに頭を下げた。
「ええ。……すいません、大切な働き手を一人連れて行ってしまう形になって」
「大丈夫ですよ。昔はあの子を背負いながら一人で接客してましたし、今はあの子以外に三人もウエイトレスがいますから。それに」
「それに?」
「あの子、ずっと騎士団とかギルドとかに入りたがっていたんですよ。でもうちにはお金も無いし、個人ギルドを作るのにも色々と難しい面があるし、ってずっと我慢してくれていたんです。だから良識の範囲内で思いっきりこき使ってあげてくださいな」
「……はい」
にかやかな笑顔で語るアイリーンの母親に女性は少し間を置いてから頷いた。
「お待たせしました」
金属製の胸当てとグリーブを身につけたアイリーンが大きなバッグを肩からかけて居住空間から出てきた。その姿を見て女性は思わず目を疑った。
「どうしました?」
女性からの視線に気づいたアイリーンが声をかける。女性は目元を険しくしたまま、少しどすの効いた声で返した。
「あなた、その腰にぶら下げている物は?」
「ああ、これですか?」
アイリーンはベルトにつけていたホルスターから素早く銃を取り出すと自分の手のひらの中で一回転させた。
「これは、今の俺の相棒です」