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来訪

 森の中を突っ切るように開かれた、舗装されていない道。そこを一台の馬車が軽快に走っていた。

「嬢ちゃん、こんな辺鄙な所に何の用なんだい? コンアメドなんて畑と家しかねぇぜ?」

 そこそこ歳をとった男の御者が後ろの荷台で足を伸ばして座っている、金髪長身で妙に色っぽい見た目の女性に話しかけた。

 すると女性は御者の方を見ずに、黙って自分の胸ポケットから竜の頭のような模様が刻まれた鈍く光る赤紫色のカードを取り出した。それを見た御者は一瞬驚いたような顔をした後、納得したように何度も頷いた。

「なるほどなるほど。……しっかし、嬢ちゃんのギルドがこんなところにまでわざわざ来て欲しがるようなやつの噂なんて聞いたことがないけどな」

「……おじさんはアイリーン、って男の子のこと知ってる?」

「アイリーン? コンアメドのアイリーン……?」

 女性からの問いかけに御者が首をひねる。それからしばらくして御者は手綱を持っていない方の手でおもいっきり自分の膝をたたいた。

「ああ、思い出した! 確か八歳だか九歳だかなのに自分の体重の何倍もあるハンマーを余裕で振り回せる、っていう子供のことだな! でもその話って確か十年くらい前の話だったはずだぞ? そいつ、まだどこのギルドにも入ってなかったのか?」

 すると女性は荷台の淵に片肘をのせると自分の頬に手をつけて、横を流れる木々を見つめた。

「ええ。色々事情があってね」

「そうか……。まぁ、十年前と言ったら内戦真っ只中だったからな、仕方ねぇか」

 女性の態度から、これ以上深入りしてはいけないと思ったのか、御者は話を切り上げて再び前を向いた。


 かつてこの国ーーラプラスグランドで巻き起こった内戦は反乱軍の勝利で終わった。

 しかし戦争を仕掛けていた諸外国への賠償金の支払い、無理な開墾が原因の首都・ラオハクルを中心とした東部の砂漠化、度重なる逃亡者の処刑が原因の人口減少、敗残兵の盗賊化による治安の悪化など、前国王コージィ・サッネオレが残した爪痕はラプラスグランドに大きな影を落としていた。

 それでも新国王となったコージィの遠戚であるマツハ・フットーや、反乱を最初に宣言し常に戦いの先頭を走り続け、新政になってからは宰相を務めることとなったリョーシ・ヤジンらの必死の取り組みもあって、一応人々は普通の暮らしを送れるようにはなった。

 しかし全てが元通り、というわけにはいかなかった。

 国を立て直すための政策により、かつては製薬業を産業の中心としていたコンアメドも現在では農業が中心となり、開墾によって面積も十年前の約四倍にまで広がっていた。

「嬢ちゃん、コンアメドが見えてきたけどこのまま中に入っちまっても大丈夫かい?」

 コンアメドの入り口を示す大きな旗を見つけた御者が再び話しかける。すると女性は視線を前に戻して旗を確認してから四足歩行で御者のそばに寄った。

「ええ、大丈夫よ。出来れば帰りもお願いしたいんだけど」

「おう、今日中に出発するならいいぜ。わざわざこんな遠くまで来たのに誰も乗せずに帰りたくないからな」

 近づくにつれ、旗の位置がどんどん上がっていき、木材で造られた門が姿を表す。ラプラスグランドの中でも田舎の方であるからか、門の近くに門番とみられる兵士以外の姿は無かった。

「はい、そこの馬車、止まってくださーい」

 兵士の指示に従い、御者が馬車を門の手前で止める。そして御者が手綱を荷台に固定すると兵士が馬車に駆け寄ってきた。

「ご協力ありがとうございます。通行証か身分証の方、提示してください」

「おう」

 御者は気前よく答えて自分の荷物から木片を取り出して兵士に渡した。

 兵士は腰に提げた別の木片を受け取ったそれに合わせ、白く光る石をそれにかざした。すると兵士が持っていた方の木片にジワジワと黒いシミのような物が浮かび上がってきた。その結果に兵士は頷くと御者に木片を返し、女性の方を向いた。

 女性は無言で先ほど御者に見せた赤紫色のカードを再び取り出し、兵士に見せた。すると兵士は木片の時とは違い、一瞥しただけで頷いた。

「確かに。お疲れ様です、どうぞお通りください」

「おう、お疲れさん」

 そんな適当に見えるカードの検査を終えたのを見て、御者は抗議することも無く笑顔で手綱をとった。

 兵士が手を挙げるとそれに合わせてゆっくりと門扉が開き始めた。

「ねぇ、お兄さん。この町にいる、アイリーンって子の家ってわかる?」

 女性が職務を終えて下がろうとした兵士に声をかけると兵士はその場で振り向いて笑顔で答えた。

「アイリーンですか? それならクリンチェニにある『ジボワール』っていう軽食屋ですよ。今は昼時ですし、行けばすぐに分かりますよ」

「おじさん、クリンチェニってどこだか分かる?」

 兵士の言った名前に心当たりが無かったのか、女性はすぐに御者に尋ねた。

「ああ、ここから東に行った所にある通りだな。まぁ、それならここら辺の御者達(やつら)とよく行ってるから心配すんな」

 そう御者が返している間に、門扉は完全に開いた。御者が手綱をひくと、荷台に繋がれた馬はゆっくりと歩き出し、門をくぐっていった。

 それから数分後、女性は兵士や御者の言っていた通り、迷うことなくジボワールの前に立っていた。

 普通の民家なら苦労したかもしれないが、相手は有名な飲食店である。しかも店先にデカデカと「ジボワール」と書かれた看板を掲げられては、見つけられないと言う方がおかしい状況だった。

「じゃ、俺は近くの待合所に行ってるぜ」

「ええ。またあとで」

 そう交わして御者と一時的に別れた女性は寄り道することなくジボワールの扉を開けた。

 着いたのが昼でも遅い方だったので、兵士が言っていたような行列は店前に出来てなかったが、それがあったことを示すように店内は食事中の客と会計待ちの客でごった返していた。

 扉が閉まると同時に軽やかな鈴の音がなる。するとその音に気付いた黒のショートカットがよく似合っている丸顔で小柄なメイド服の女性が盆の上に食い終わった皿を載せる作業を切り上げ、女性の元に駆け寄ってきた。

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

 ややハスキーな声で話しかけてきた彼女に女性は手を軽く振って否定した。

「いや、食べに来たんじゃないの」

 その言葉に彼女は怪訝な表情を浮かべる。女性はその反応に構うことなく店内全体に聞こえるように大声で呼びかけた。

「ここにアイリーン、っていう子がいるって聞いて来たんだけど、いるかしら?」

 騒がしかった店内が一瞬静まり返る。そしてある一方から申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

「あ、それなら俺です」

「え?」

 その反応は女性の望んでいた物だった。しかし女性は思わず驚きの声を上げてしまった。



 なぜなら自分の呼びかけに答えたのは、さっき話しかけてきたメイド服の女性だったからだ。

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