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帰還

 どことなく薬品くさい建物の中を松葉杖をついたりカルテを持ったりしている男女が行き来するなか、明らかに健康そうな少女が小さな花束を持って歩いていた。

 少女はあるドアの前で立ち止まると、それを二回叩いた。中から反応はない。

「はいるよー」

 しかし少女がそれにかまわず声をかけながらドアを開けると、ベッドから上体を起き上がらせて新聞を眺める少年の姿があった。少年は顔を上げると一瞬目線を宙に漂わせてから言った。

「えーっと……エミリア、だったか」

「そーだよー。思い出してきた?」

「あ、ああ。うん……」

 少年は少女から目をそらしながら頷いた。嘘をついているのは明らかだった。

 少女はそに様子にため息をつきつつも、持ってきた花束の包装紙を破り、部屋の中に置いてあった花瓶に差し入れた。

「で、体の調子はどう?」

「……ぼちぼちかな」

「そう、よかった」

 少女は頷くと、ベッドの横にある椅子に腰を下ろした。

 気まずい沈黙が流れる。しかし少女はうつむきながらも躊躇することなく口を開いた。

「……例の試験の結果が出たよ」

「…………」

「一部の判断に問題はあったけれども、あれほどの重症を負っていながら確実なヘッドショットを決められたのは評価に値する、って」

「…………」

「でも、近所に出てきた猪を狩るのとは訳が違うのは今回のことで分かったと思う。たとえそれで挫折したって私達は文句は言わない。だから……」

「下りる」

 少女ははっとした様子で顔を上げた。少年は窓の外をじっと見つめながらもう一度言った。

「……下りる」

「……そっか」

 その回答をある程度覚悟していたのか、少女はどこか納得しているようだった。

「……で、これからどうするつもり? おばさんのところに戻るの?」

「おばさん? ……あ、ああ、そうなるな」

 少年の反応に少女は怪訝な表情を浮かべたが、追及することはなかった。

 少女は一応少年の再就職先がの目処がついていることに少し安堵しながら、ベッドの横に積まれている新聞の1つに手をのばした。

 それにはラプラスグランドの内戦以前の官僚達がとんでもない規模の汚職を行っていたことが発覚した、という記事が一面にでかでかと印字されていた。そしてその他の新聞にもその記事の続報や考察が書かれていた。

「それにしてもどうしたの? 急にこんなの調べだして」

「別にいいだろ、俺の勝手だ」

「ふーん」

 興味なさげに反応しながらも少女は過去の新聞を読み始めた。

「しかしさ、前の王様はいい人すぎて、視界が狭すぎたんだろうね。周りのことを信じ過ぎて、その先のことを見ようとしなかった。近所のお兄ちゃんだったらまだ笑い話にされる人気者になったんだろうけど、一国の主としては落第物だよね」

 だからこの解説者みたいにあの王様が悲運の王様だとは思えないな、と言って少女は新聞を閉じた。少年はどこか複雑そうな表情を浮かべながら頬杖をついた。

「ま、骨がくっつくのはまだまだ先だろうから、のんびり入院生活を送りなよ。私はしばらく来れないけど」

「……来れない?」

 少年からの疑問に少女は立ち上がり、くるりとターンしながら答えた。

「うん。次の仕事が決まってここから離れることになったの。寂しい?」

「全然」

 そして回り切らないうちに否定され、ポーズを決めながらもどこか悲しそうな笑みを浮かべた。

「……全く。アイちゃん、そういうところは変わらないんだから」


ーーー


 それから1年後。

 ラプラスグランドではある事件の話題で持ちきりとなっていた。

 汚職に少しでも関わった人物が次々と殺されたのである。それも、主犯格だけでなく末端の現場監督まででもあった。さらに前国王を討伐した現騎士団副長までも無惨な射殺体になって見つかった。

 犯人については懸命な捜索が行われたが見つからなかった。ただ現政府にとって彼らは目の上のたんこぶであったから実際には本気で捜索しなかったかもしれない。しかしもし本当にそうだったとしても、何かしら事件に進展をもたらさないと親族だけでなく国民からも疑いの目を向けられてしまう。

 どちらにしても捜査の進展は発表された。

「犯行に使われた銃は王家に伝わっていた銃の可能性が高い」

 それは前国王が逃亡時に持ち出し、さらに現在所在がわかっていない銃。このことから巷からは「前国王の呪いではないか」という噂がまことしやかに囁かれた。

 しかし当事者が全員死に、情報もほとんど流れない。そのためこの噂は次第に一部のオカルト愛好家達の間でのみ話される物となっていった。


「でさ、結局銃はどこに言っちまったんだろうな? 闇ルートにも全然流れてないらしいじゃないか?」

「そりゃそうだろう、本来だったら水の底なんだから」

「いや、例の副長の報告が偽物で、実際は誰かが持って……」

「お客さん、何も頼まないなら早く席を空けてもらえます? 待ってる人がいるんで」

 今日もまたジボワールは満席だった。その片隅で空のグラスを付き合わせて話す男性3人に向かってウェイトレスが文句を言った。しかし男性陣は顔をしかめず、むしろ笑って応えた。

「お、おう。それじゃあマイルスを追加で3つ頼むわ」

「あいあい。オカルト話に花咲かすのはいいけど、自分ちじゃないの自覚してくれよ」

「ははは……。相変わらずアイちゃんはきついな」

「ちゃんづけしないでくれます? 俺、一応男ですから」

 そう不服そうに言いながらウェイトレスーアイリーンはカウンター奥に消えていった。

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