#001 恋してミツバチ
※MidnightBlue,Trainのスピンオフになります。http://ncode.syosetu.com/n3325ca/
本編の読了後に読まれることをお勧めします。
誰だって、苦手なものはあると思います。
#001 恋してミツバチ
「は?」
ヒバリくんの一言に納得できず、僕は思わず間抜けな声を出してしまった。
「だーかーら!お前今日はもう帰れ、って。休み。休暇。解る?」
「解るわけないじゃないか。なんで休みなんだよ」
押し付けがましい提案に、イラッとしつつ反論する。
「あのね、ハナバチくん。キミ働きすぎ。たまには息抜きしてください」
ため息にも似た深い息を吐きながら、ヒバリくんはそう答えた。
アゲハ様の成人式となるはずだったお披露目の式典で、ヒバリ王子様のカミングアウトをしてから、彼は毎日ハネバンクに出勤して来るようになった。
アゲハ様が一号車に留まるよう見張りをしなくてよくなったからだと本人は言っていたけれどそれって矛盾があるから事実には少し条件が足りてないと思う。それならば今度はヒバリくんが一号車に留まらなければならなくなるはずだから。
『蜜蜂』で真実を探ることも出来るけど、そういうプライバシーの侵害みたいなことをする趣味はないから、判らないままでも構わない。
「働きすぎのハナバチくんに休暇をあげるって言ってんだから、素直に従えよ」
「ヒバリくんが今まで働かなさすぎたんだよ。僕は別に無理してる訳じゃないし、やるべき仕事はちゃんとこなしてるじゃないか」
働きすぎと言われるほど、働いているつもりはない。
「あーもう。命令してるんだから了承しろよ」
「嫌だね。なんで僕がヒバリくんの命令に従わなくちゃならないんだ」
「ハナバチは僕の部下だろう」
「ヒバリくんみたいに頼りないのは上司とは言わない」
どうせ、自分が毎日出勤するようになったことで一人分余裕が出来た仕事の調節をはかりたいだけなんだろう?
とんだとばっちりだよ。
「本っ当、ハナバチは僕に喧嘩を売るのが大好きだよな」
「ヒバリくんは僕を逆撫でるのが得意だよね」
「それはお前のほうだろうが」
埒の明かない問答が続く。
「働き蜂はメスじゃなかったか?ハナバチくん」
「今はそんなの関係ないだろう、ヒバリ王子様」
「う、うるさいな」
「ああ、まだ慣れないんでしたっけ、ヒバリ王子様」
「ぼ、僕のことはいいんだよ!」
取り乱し始めるヒバリくん。はあ…いい加減慣れたらいいのに。
「だいたいハナバチ、お前まだ学校があるだろ。学業とハネバンクの両立は大変なんだからな!休暇を取って、ゆっくりすることも必要なんだ!」
「ちゃんと両立できてるだろ?」
今現在。確かに学校のこともあるけど、僕は学生とバンカーを両立出来てると自負してる。
「学校があるからその分ハネバンクには来れないことも多いし、休暇なんかもらうよりその分働くべきだ」
僕は、至って正論をヒバリくんにぶつけた、のに。
「堅い。堅いよハナバチ。やっぱり休め。休んで頭柔らかくしてこい」
がっくり肩を落としたヒバリくんに、強制的に背を押されてハネバンクを追い出された。
「ちょ…ヒバリくん」
「真面目気質なハナバチくんに免じて休暇は一日だけで許してやるから、明後日まで来るなよ」
本当はもっとたっぷり休暇を与えたいのに、とぶつぶつ言いながら、ヒバリくんは手を振る。
僕はどうやら、今日と明日いっぱい、仕事が出来ないらしい。
「納得出来ない」
「出来なくて結構。これは命令。強制だから」
ヒバリくんはニコニコしながらそう告げて、ハネバンク車両の扉を閉めた。
なんて独裁者なんだと頭にきたけれど、反論する前にそれを邪魔する背後からの声。
「あれ、ハナバチ。今日はお仕事ないの?」
聞き憶えのあるその声に、僕は萎縮する。
「ヴェスパ…」
僕は、彼女が、苦手だった。
「お仕事ないならちょうどいいじゃない!ねえ、あたしに付き合って!」
嬉々としたヴェスパの声に、僕の頭痛が増す。
「いや、僕は…」
君には付き合えない、と言おうとするも、無理矢理腕を引っ張られて聞き入れられなかった。
「ハナバチに会えてよかった!」
僕は、ヴェスパに会うなんてて、本当についてない。
「ハネバンクのバンカーさんにお願いしようと思ってたんだけど、そうだよね、ハナバチだってバンカーさんだもん」
僕の腕を引っ張りながら、ヴェスパは「うっかりしてた」と笑う。
「あの、さ…ヴェスパ。ちゃんとついて行くから…腕を…」
解放してほしい。
「あ、ごめんなさい。歩きにくいよね」
僕の要求通り、パッと離される腕。正直、このまま逃げてしまいたかったけれど、嘘つきにはなりたくないから堪えた。
「歩きにくいとか、そう言う問題ではなく…」
ただ単に、僕は君が苦手だからあまり近づきたくはないのだと、それが第一の理由なのだけれど。
「目的も聞かされずに引っ張られるのは、どうかと思うんだよ」
本当の理由は口には出さず、ヴェスパに目的を問う。
「あ、そっか。説明が必要だよね」
けろりと、ヴェスパは笑う。
こういう物事を失念しがちな彼女の性格も、僕が苦手とする要因の一つかもしれない。
「じゃあ、歩きながら言うね」
ヴェスパは道なりを指差し、歩みを進めた。僕もその足取りに倣う。
「あたしの、ハネのことなんだけど…」
「ヴェスパのハネ?」
「どこかに、逃げちゃって」
えへ、と小首を傾げる。
「はあ?」
えへ、じゃないだろう。
「今朝まではね、ちゃんといたんだよ?それがちょっと喧嘩したら逃げちゃって…」
「待て待て待て。ハネと喧嘩した?なにやってるんだよ」
前例がない。聞いたことがない。
「あたしだって、喧嘩したくてしたんじゃないんだけど…」
「当たり前だ!」
したくてできるものじゃない。
ハネは自分自身。分身みたいなもの。
実体化出来ると言ってもハネはハネ。ただの魔法の力なんだから。
「喧嘩するだなんて、そんなある意味器用な真似…」
頭が痛い。
「だからね、ハネのエキスパートであるバンカーさんなら、あたしのハネを見つけられると思って」
それでハネバンクを訪れたのだ、と。
「あのさ、ヴェスパ。ハネバンクは便利屋じゃないんだから」
「解ってるよ。でも、探しても探しても、どこにもいないんだもん」
僕は深く、息を吐く。
全く厄介だ。厄介にも程がある。
だから言っただろう?
僕は、彼女が、苦手なんだよ。
「もし、ヴェスパのハネが、誰かを襲ったりしたらどうするんだよ」
「多分、そんなこと、ない…と思う、けど?」
自信ないんじゃないか。なんでそんなに不安げなんだよ。
無責任の極みだな、君は。
「とにかく。ヴェスパの『雀蜂』が誰かを襲う前に見つけるよ」
「うん…。ありがと、ハナバチ」
どうして君は、いつもそうなんだ。
ヴェスパ=マンダリニアは学校の同級生で、同じ十七号車出身で、更に厄介なことに彼女は〝スズメバチ〟だった。
『蜜蜂』に具現化するハネを持つ僕が、『雀蜂』に具現化するハネを持つヴェスパに、苦手意識を持たない訳がない。
スズメバチは、ミツバチの、天敵だ。
加えて彼女のハネは、攻撃性に特化している。
蜂毒を基盤とした、毒を生成する魔法の力。
恐ろしいと、思わないほうが無理だ。
「ハナバチも、あたしの『雀蜂』が、嫌い?」
ヴェスパが俯きがちに、ぽつりと呟く。
「嫌いだよ」
僕はバッサリと、即答する。
彼女が自分のハネの能力を疎んじていることは知ってる。
平和なこの国で、攻撃性の高いハネは忌み嫌われることがほとんどだ。ヴェスパがそれを気にしていて、もっと違うハネならよかったのにと零すところは何度も目にしている。
だけど、僕がヴェスパの『雀蜂』を好きになれるはずがない。俯いたままの彼女の空気が、次第に重くなっていっているような気がする。
「やっぱり…そうだよね。毒なんて、いいことにはならないもんね」
いつもお気楽で、なにも考えていないみたいなヴェスパは、たまにこうしてどうしようもなく思い悩むときがある。
ころころと表情を変えて、僕はどう接していいのか解らなくて、また苦手意識が増すんだ。
「ただ、嫌いではあるけど、大嫌いではない」
僕がそう言えば、ヴェスパはきょとんと首を傾げる。
「どういうこと?」
「ヴェスパの『雀蜂』に助けられたことがあるから。大嫌いには、ならない」
本来、戦闘向きじゃない『ミツバチネットワーク』が、攻撃に対抗できるように思案した結果。
対ハネ用に強化した蜂毒。
そのためにヴェスパの『雀蜂』の力も借りてる。
「ヴェスパの『雀蜂』がいなかったら、どこかの誰かの『獅子の王』に仕返しが出来なかったからね」
どこかの誰かのハネが、ミツバチごときの蜂毒で簡単にアナフィラキシーショックを起こしてくれたのは、明らかにヴェスパの『雀蜂』のおかげだ。
まあ、それほどまでに『雀蜂』の蜂毒が恐ろしいということなんだけれど。
「ふふ…仕返しってハナバチ、相手は『獅子の王』なのに」
脅威に対してその言い草はない、と彼女は笑った。
「太陽に向かってそんなこと言えるの、ハナバチくらいなんじゃないの?」
怖いもの知らずなんだから、とヴェスパは言う。
そんなことはない。僕は、君の『雀蜂』が怖いのだから。
「でも…『雀蜂』を好いてはくれないのね」
ヴェスパの表情が曇る。
「悪いけど僕のハネは『蜜蜂』だから、君の『雀蜂』を好きになれることはない」
「それは、どうしても?」
「どうしても。例え君の『雀蜂』の能力がなにか別のものであったとしても、僕のハネが『蜜蜂』である限り、それは変わらない」
仕方のない、ことなんだ。
「そっか…」
彼女は一言そう零し、きびすを返してまた歩みを進めた。
「ところでヴェスパ」
僕は、ヴェスパの後を歩きながら声を掛ける。
「どこに、向かってるんだよ」
『雀蜂』を探す当てでもあるのか?
だけどそれなら、自分で探せばいいよな。
「どこって、十七号車。現場検証?とか、必要でしょ」
つまりは『雀蜂』と喧嘩して、『雀蜂』がいなくなった場であるヴェスパの家に向かっているということ。
「現場検証って…」
ハネの行方不明問題で、そんなことをしてなんの意味がある。
僕は前を歩くヴェスパの腕を取って、足を止めさせた。
「ハナバチ?」
「全く、君はいつもそうだ」
取るべき行動が、どこかズレているのだから。
「僕に会った時点で、ただでさえ必要のない現場検証が確実にいらなくなったことに、なんで気づかないんだよ」
ヴェスパは大切なことを失念しがちで、それなのに思い込みで行動して、空回って失敗してる。
学校でも、毎回そうなんだから。
ミッドナイト王国では、知っての通り十五歳で成人する。
それは、この国が限られた空間にあって、少ない人口のうちのより多くを働き手としたいからだ。
十五歳になれば一人前。
十五歳になれば仕事を持つのが当たり前。
そういう意味での、成人。
でも逆に、十五歳になるまでは学校に通うことが義務付けられてる。
それは、まだ十四歳である僕にも言えること。
『ミツバチネットワーク』の能力を認められて、例外的にバンカーとして働いてはいるけれど、当然学校にも通っている。
まあそこは例外的ゆえに登校を大幅に免除されていたりするけれど、極力授業には出るようにしているし、ヒバリくんに言ったように学業とハネバンクの両立は出来ていると自負してる。
だけど、学校関係で頭を悩ませなければならないことを一つ挙げるとしたら。
その唯一は確実に、ヴェスパのことだ。
『雀蜂』をハネに持っているというだけで、もう関わり合いにはなりたくないのに、ヴェスパは大抵、問題を僕に持ってくる。
それは、同じ車両出身の幼なじみ同士、都合はいいんだろうけど、忘れ物をしただとか、テスト勉強に協力してだとか、そんなの僕でなくてもいいじゃないかと思わずにはいられないんだ。
更には、実は忘れ物なんてしてなかっただとか、テストの回答欄を間違えただとか、そんな結果に終わるものだから堪らない。
「でもまあ今回は、僕がなんとか出来る問題でよかったよ」
さっさと『雀蜂』を見つけて、それで終わりにしたい。ヴェスパの空回りが、よくない結果にならないうちに。
意識を集中させて『蜜蜂』を具現化する。
「ヴェスパの『雀蜂』を見つけてやってくれ」
命懸けかもしれないけれど、という言葉は飲み込んで、僕は『蜜蜂』を遣わした。
「あ、そっか!はじめからハナバチのハネにお願いすればよかったのね」
『蜜蜂』を見送り、ヴェスパは華やぐ。
僕の『ミツバチネットワーク』は遥かを見通す。『千里眼』の魔法。
ヴェスパの『雀蜂』がどこにいるのかなんて、すぐに判る。
「だから君は大切なことを失念しすぎなんだよ。『ミツバチネットワーク』に現場検証は必要ないだろう?」
「うん。そうだったね」
もっとも、『ミツバチネットワーク』でなくとも現場検証は不必要なんだけれど。
時間を置かずにもたらされた『蜜蜂』の情報で、ヴェスパの『雀蜂』は学校車両にいることが判った。
ヴェスパにそれを伝えれば、至極安心した笑顔になる。
「よかったあ、見つかって」
なんだ。そのうち帰ってくるだなんて楽観的に構えていたけど、随分と心配していたんじゃないか。
「ありがとうハナバチ。こんなに早く見つけちゃうだなんて、さすがだね」
「いや、別に…」
僕は『蜜蜂』が無事だったことに、ただ安堵していた。
「じゃ、行こっか」
また、腕を引っ張られる。
「は?どこへ…」
「学校車両でしょ?あたしの『雀蜂』がいるのは」
当然、そこに行くに決まってるじゃないかとヴェスパは言う。
「ヴェスパ一人で行けば事足りるじゃないか。なんで僕まで」
面倒事は御免だし、相手が『雀蜂』なら尚更だ。僕はもうこの件からは手を引きたいんだよ。
「いいじゃない。せっかくなんだから」
「せっかく、ってなにが」
意味が解らない。
「お仕事、今日はないんでしょう?」
「あったけど帰らされたんだよ」
「じゃあ問題ないわ。後で『雀蜂』を見つけてくれたお礼もするから」
問題ならある。
君のハネは『雀蜂』なんだから。
僕が、スズメバチを苦手としていることは、今日だけでももう何度も言っているじゃないか。これだからヴェスパといると頭痛が増すばかりなんだよ。
そんな僕の思いも露知らず、彼女は学校車両まで、僕を引きずって行くのだった。
学校車両の扉を開けば、ヴェスパがいつも座るその席に、彼女の『雀蜂』は静かに止まっていた。
「やっと見つけたあ」
ヴェスパは『雀蜂』に駆け寄る。
「心配したんだからね」
僕は、出来るだけ『雀蜂』に近づかなくてすむように、扉のすぐ近くでそれを見ていた。
ヴェスパのハネである『雀蜂』は、僕の『蜜蜂』と違って群れない。
ちょうど、太陽の『獅子の王』と同じように、唯一無二の一匹しか存在しない。
そのせいか、ある程度の自我のようなものがあるらしく、だからこそ今回みたいな事態も起こり得るんだろうな。
それでも、ハネと喧嘩して家出されるっていうのは、どうかと思うけれど。
スズメバチの中にも、ミツバチのように群れを成して蜂がる種がいるはずなのに、ヴェスパの『雀蜂』が一匹しか存在しない。その理由は、僕には判らない。
ヴェスパが自分の意思でそうしているのか、ハネの特性としてそうなってしまうのか。
ただ、あの『雀蜂』は間違いなく女王蜂であるようで、気位が高く、我が儘なところがあるみたいだ。
ヴェスパは自分のハネにぺこぺこしている。どうかとは思うけれど、彼女たちなりの関係の保ちかたがそれならば、僕は口出ししない。
スズメバチに関わりたくないというのが、本音ではあるけれど。
「うん…解ってるよ、ごめんなさい」
ヴェスパが『雀蜂』と会話してる。
僕には、なにを話しているかは判らない。ハネとの会話は、基本的に精神感応だ。つまりはテレパシー。
当然だ。自我のようなものがあるっていったって、ハネは自分自身。ただの魔法の力。
以上でも、以下でもない、分身…のはず。
もちろん、どこにでも例外はあるものだから、言い切れはしないけど。
やがてヴェスパの『雀蜂』は、ぱちんとひかりが弾けて、消えた。
和解したヴェスパが、そうするようにしたんだろうけど、ハネと和解っていうのも変な話だな。
「ねえハナバチ」
ヴェスパが席から、入口に立ったままの僕に声を掛ける。
「ちょっと…おしゃべりしていかない?」
彼女の提案を、渋々ながらも了承したのは、ここまで来ておいて断るのも不自然だったのと、なにより彼女の目が真剣そのものだったからだ。
椅子を引いて、ヴェスパの隣に腰掛ける。
僕の、席だった。
「あたしが『雀蜂』と喧嘩したのはね、あたしが意気地無しで彼女が怒っちゃったからなんだけど…」
ヴェスパは目線を泳がせながら、言葉を紡ぐ。
「笑わないで聞いてくれる?」
おずおずと、僕に尋ねてくる。
「聞いてみないと判らない」
笑わないとは思うけど――第一、僕は人の話を馬鹿にして笑った記憶がないが――内容を知らないうちから約束は出来ない。
「そういうところ、ハナバチって融通きかないよね」
きっと笑わないのだから、笑わないって言えばいいのに、と頬を緩ませる。
そう言うヴェスパも、僕が笑わないと思っているなら聞く必要がないのにと僕は疑問だった。
「それで、『雀蜂』がなに?」
話を元に戻す。
ヴェスパはもう一度、目線を泳がせて、それからぽつりと呟いた。
「恋愛、相談してたの」
「は?」
突拍子のない一言に、思わずポカンとしてしまう。
「だから、恋愛相談」
「誰に」
「あたしの、『雀蜂』に」
「なにを」
「恋愛相談」
「………」
「…ハナバチ?」
ヴェスパが、僕を覗き込む。
「ハネに恋愛相談って、なんだそれ」
喧嘩で家出の次…いや、前か?…は、恋愛相談って。
「君はハネとなにをしてるんだよ」
「なにって…おしゃべり?」
「なかなかいないよ、ハネとそんな関係を築いているハネ使いは」
「えへへ、そうかな」
頬を赤らめて照れるヴェスパ。
僕は、彼女を褒めたのだろうか。
「あたしがね、好きな人がいるけど上手く伝えられないって言ったら『雀蜂』は、馬鹿だな、ストレートに言わないからだよ、って怒るの」
「ハネに…怒られてるのか?」
「うん。普通でしょ?」
「…まあ、そうだな」
これが、彼女にとっての普通なんだろう。
「無理だよ、ストレートになんて言えないよ、って返したら喧嘩になっちゃって、それで…出て行っちゃったの」
ヴェスパはそう言って、肩を落とした。
がっくりしたいのは、僕のほうなんだと、君は解ってはいないのだろうな。
「それで、その恋愛相談がどうかしたの?」
うなだれるヴェスパに、僕は気を取り直して尋ねる。
「あ、それでね。ハナバチのおかげでさっき無事に再会出来たんだけど、ちゃんとストレートに言わなきゃもう知らないって言われちゃって」
なるほど。そういう話をしていた訳か。
「ねえっ。ストレートってどうしたらいいのかな、ハナバチ!」
ヴェスパが必死に、真っ直ぐな目を僕に向けて、そう言うけれど。
「僕に…なにを期待してるんだよ」
恋愛相談を、僕にしないでくれ。
「だって…このままだと『雀蜂』は許してくれないだろうし、あたしもうどうしたらいいのか」
僕ももう、どうしたらいいのか…。
「素直に…言えば?」
『雀蜂』の言うストレートって、つまりはとにかく言えってことなんだろう?
「えー!無理だよ、駄目だよ。それが出来ないって喧嘩したのに」
「じゃあもう一回喧嘩したら?」
埒が明かない。堂々巡りの極みだ。
「ハナバチの意地悪!」
「…って言うけどさ、ヴェスパは最終的にどうしたいんだよ」
自然に、ため息が零れた。
「どうしたいって?」
ヴェスパはきょとんとする。
「恋人同士になりたいとか…そういうのがあるだろう」
だから、相談してたんじゃないのか。
「…恋人同士、か」
そんなこと、考えもしなかったというように目を丸くする。
じゃあ君はどうなりたくて『雀蜂』に相談していたんだよ。
「うん。いいかもしれないね、恋人同士!」
明るく、にこやかに、ヴェスパは笑う。
本当に、考えていなかったのか。なにが無理で駄目で、出来ないって喧嘩したんだか。
「…恋人同士になりたいなら告白しなくちゃいけないだろ。それとも相手がしてくれるのを待つの?それって相当不確かでどうしようもない、無駄なことだよ」
僕はそういう曖昧なことは、好きじゃない。だから、お勧めもしない。
「うん、そうだよね。解ってるよ」
よかった。君がその点で理解力のない人じゃなくて。
「はい、解決。ヴェスパは『雀蜂』の言い付けも守れるし、もう喧嘩はしない」
一見落着。
僕も恋愛相談から解放される。ついでにスズメバチからも解放されたい。
「あのね、ハナバチ。あたしと恋人同士になりましょう」
帰ろうと席を立った矢先。
突然のヴェスパの提案に、耳を疑わざるを得なかった。
僕は、目をしばたくことしか出来ずに。
「ハナバチ?どうしたの」
ヴェスパが呆然とする僕に問う。
ようやく頭の追いつき始めた僕は、ヴェスパに向かって問い返した。
「ヴェスパこそ、いきなりどうしたんだ」
その問いに対して、彼女は不満そうに眉根を寄せる。
「だから、言ってるじゃない。恋人同士になりましょうって」
「いや、それはもういいよ。なんで僕なんだよ」
訳が解らない。
これまでの流れで、どうして僕がそう言われることになったんだ?
別の、僕じゃない誰かとそうなりたいんじゃなかったのか。
「はじめから、あたしはハナバチのことを相談してたんだけど」
「は?」
『雀蜂』にも、そして、僕にもってことか?
「…理解が、出来ません」
どこの誰が、本人に恋愛相談するんだろう。
「ねえ、答えは?」
ヴェスパが急かす。
だってね、未だ理解に苦しんでいるんですよ、僕は。
「あ、そうだハナバチ」
ふと、思い出したとヴェスパが話し出す。
本当に君は、ころころとよく表情を変える。
「〝くまんばち〟ってスズメバチのことだけど、マルハナバチを指したりもするんだってね」
にこりと、満足そうにヴェスパは笑った。
「…それが、なにか」
ああ、もう。
こっちの心情も知らないで。
「ふふ。おそろいね」
そうやって、無邪気に幸せそうに笑うものだから。
僕は、君が、苦手で放ってはおけなくて。
「…頼りない上司が、明日の僕の仕事を取り上げていったから。僕は明日一日、なにもすることがないんだけれど」
気になってしまうのかもしれない。
終