PROLOGUE-そして、回り出す-
ー『時間だ。作戦行動、開始』
眼下に広がる星のきらめきを引きずり下ろした様な町並みを眺め、耳に着いたイヤホンから聞こえる声に耳を傾ける。
『こちらハウンド02。ターゲット予定ポイントを左折。いったぞ夏奈子』
『ハウンド03ターゲットを確認。交戦します』
耳に入る仲間の提示報告。
若い男の若干緊張感に欠ける声と、優しくも力強い女の声。
この報告が入るたびに心にこびりついた焦りが少しずつ剥がされていく。
『ターゲット予定ポイントを通過。一樹さん行きましたよ』
『ハウンド01、ターゲット視認。それからお前ら、任務中はコードで呼べコードで』
暖かみのある、呆れたような男の声。
いつも4人をまとめている兄のような存在だ。
『じき出番だ。用意しとけよ朱鳥』
先程の暖かな声が自分に向けられて紡がれた。
彼-朱鳥も気付いてないであろう柔らかい口元の緩みを街の眩い光が照らし出す。
「おい一樹。お前も名前で呼んでるぞ」
『俺はいいんだよ。早く準備しとけ』
朱鳥の軽口にイヤホンの向こうで一樹が半笑いで答えているのが見えるようだ。
彼らとの任務はいつも胸が踊る。
これは命を懸けた作戦行動で、遠足ではない。
わかってはいるが、共に辛い訓練や任務を乗り越えてきた仲間たちとのこの時間は、朱鳥にとっては仲間と繋がっていると実感できる瞬間の一つなのだ。
朱鳥は立っていたビルの屋上の縁ギリギリまで歩いていく。
並の神経なら目を回してしまう程の高さから悠然と下を見下ろすと、下からスポットライトを当てたように街の眩い光が朱鳥と身に纏う機械的なプロテクトスーツを照らし出した。
冷たい風が癖の強い黒髪を撫で付け、寒さのなかにも爽快さを感じさせる。
「…魔力同調」
おもむろに瞳を閉じ、呟く。
それと同時に朱鳥の足元を中心に青白い輝きが煌めく。
「アプリコード:夜叉。魔力コネクト」
言葉と共に朱鳥の後ろに現れたのは、化け物だった。
全長約6m。 頭部には、主に頭部を守るための鉢と呼ばれる部分が桃のような形をしている桃形兜に、顔面を覆う鬼のような装飾の施された面具。
胸部から腹部を全て一枚板金が覆う板金鎧。下半身は戦国時代の時代劇で良く見る“膝鎧”と呼ばれる腰から太もも辺りまでを隠す装甲。
異形の一言に尽きるそれは、微動だにせず、恐るべき威圧感を放ったまま鎮座している。
ゆっくりと何かを求めるように右手を差し伸ばし、朱鳥は更に言葉を紡ぐ。
「魔導回路正常リンク…インストール!」
力強く放たれた言葉と共に見開かれた瞳。
開かれた右手の平に描かれた逆さまの星、それを囲む不可思議な文字と二重の円が輝く。
更に朱鳥の足元に輝く青白い輝きが朱鳥の言葉に呼応するように大きな渦を作り朱鳥を飲み込む。
そして怪物-夜叉もまた、猛々しい咆哮と共に光の渦へ飲まれていく。
やがて光の渦は弾けるように飛散し、先程と変わらぬ位置に、異なる姿をした朱鳥が立っていた。
首から足先までを皮膚に張り付いたような光沢のある黒いスーツが覆い、スーツの上から夜叉の身に付けていた鎧を纏っている。
唯一違うのは頭部に兜も面具もなく、額の少し上辺りに漆塗りのように艶やかな黒い反り返った角が二本ついていた。
「金剛杵: 七鈷杵」
朱鳥は右腕を再び伸ばしそう言うと、青白い光の粒子が掌を始点に集束していく。
朱鳥は集まった光の束を掴み、粒子を振り払うように振り抜く。
粒子の束から現れたのは、剣。
細かい装飾のなされた黄金の柄。
鍔はなく、伸びた中央の刃とその左右に3本づつの屈曲した刃がついている。
刃は街の明かりを吸収し、淡く虹色に煌めいている。
『ターゲットロック!朱鳥、真下だ!』
一樹の興奮気味の声が鼓膜を叩く。
朱鳥はそれを聞くと少し後ろに後退り助走をつけ、飛び出す。
空に残った唯一の光源、月の光が朱鳥に影を産み出す。
眼下に見えたのは動きの止まった車や人、そしてその中で蠢く白い物体。
それは6、7m程の3枚の甲羅が重なりあった甲殻類のお化けのような生物。
その怪物は足元に見える蜘蛛の巣様の半透明の糸に足をからめとられ身動きが取れないようだ。
しかし怪物は上空の朱鳥を見つけたようで、甲羅の隙間から無数の蛇の頭のような先端の触手を勢いよく伸ばす。
朱鳥はそれを5、6本づつまとめて切り払うと、柄を両手で持ち、振りかぶる。
「劫雷!」
朱鳥の叫びに呼応するように輝く刃。
刀身は徐々に煌めきを増し本来の倍以上の大きさになる光の刃を形成する。
落下するスピードをそのままに、刃を怪物へ打ち降ろす。
刃はまるで豆腐を切るように怪物の体を両断し、刃のすぐあとを追いかけるように青白い雷が怪物へ飛来。
引き裂かれた巨体は跡形もなく消滅した。
「アプリ、アンインストール。コネクトアウト」
怪物の消滅を確認し朱鳥が呟くと、身に纏っていた鎧は姿を消し、元のプロテクトスーツに戻る。
「状況終了。修復班へ引き継ぎ撤収する」
『了解。回収ポイントで回収する』
イヤホンからの返答を受けて通信を切る。
振り替えると朱鳥は静かにその場を去っていった。
ー朱鳥が寮の自室に戻ったのは朝の4時だった。
玄関で靴を脱ぎ、一番に冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを喉に流し込む。
着ていた焦げ茶色のライダージャケットをベッドに放り、黒のタンクトップにジーンズ姿になった朱鳥はミネラルウォーターのペットボトルと共に床に座ってベッドに寄りかかり、天井を仰いで行きを吐き出し脱力。
しばらく殺風景な天井を眺めていると、携帯タブレット端末が振動しメールの受信を伝える。
「寅泰か」
呟いて端末を操作しメールを開く。
差出人は櫟野 寅泰、先程の作戦でハウンド02と名乗った男だ。
メールには明日の昼過ぎから次のミッションブリーフィングがあるという内容のもの。
「ふぅ…了解」
そう言って携帯を放り投げ朱鳥はそのまま床に横になり、まもなく規則正しい寝息が聞こえてきた。
*****
ー朱鳥は日本国旗の登る高い塀で囲われた敷地に足を踏み入れた。
奥には真新しい高層ビル。
朱鳥はビルの入口になるよく磨かれたガラス扉に左手の平を押し付ける。
手を離すとベッタリとついた朱鳥の指紋があったが、それは溶け込むように消え、先程と変わらないクリアなものになった。
数秒後、音もなく扉は左右に開き朱鳥はビルの中へ進んでいく。
入ってすぐの受付の女性達へ軽く挨拶し、奥のエレベーターへ乗り込み目的の階へ。
廊下を少し歩き木目調の引き戸を開く。
扉には“会議室”と書かれたプラスチックのプレートが掲げられていた。
部屋に入るとそこには簡易的な白いなが机とパイプ椅子が4つにプロジェクターとスクリーンが置かれ、窓にカーテンが引かれているせいかやたらと暗く感じられる。
朱鳥が窓に近づきカーテンを開けていると、入口の付近に気配を感じゆっくりと振り返った。
「おう、相変わらず早いな朱鳥」
ドアの付近に立っていたのは黒のロングコートを着た金髪の青年。
「一樹か。俺も今来たところだ」
朱鳥は微笑して答える。
青年-一樹は昨日ハウンド01と名乗った彼。
襟足辺りまである柔らかい金色の髪と青い瞳が特徴的な一樹は、朱鳥の答えに穏やかな表情で短く、そっか、と返事を返すと上着を脱ぎ、椅子にかけて静かに座る。
「おはようございます。お二人とも早いですね」
朱鳥が一樹の向かい側の椅子に手を掛けると、ドアが開かれ一人の女性が現れる。
オレンジ色の髪を腰辺りまで伸ばした彼女は大人びた雰囲気のなかにどこかあどけなさを残した顔立ちをしている。
「おはよう夏奈子。まぁ、俺も朱鳥もたいして着いたのは夏奈子と変わんないけどな」
「あ、そうなんですね。よかったぁ、待たせちゃったかと思いました」
一樹の言葉に安堵したように彼女-夏奈子は胸を撫で下ろす。
「これで後は教官と…」
「寅泰だけ、だな」
一樹の言葉を朱鳥が引き継ぎ、3人が揃ってため息をつく。
「前に教官より遅く来て大変なことになりましたよね」
「流石にもうそれはないと思うが…」
一樹の隣に座った夏奈子の言葉を否定しつつも、朱鳥には不安を拭いきれずにいた。
過去にあった凄惨とすら呼べる連帯責任の懲罰を思いだし、一同は身震いする。
そんな会話から5分、3人が代わる代わるに時計を確認していると、突然扉が開かれた。
視線が一斉に扉へと注がれる。
「遅刻してすいませんしたーッ!!!」
馬鹿デカイ謝罪と共に深々と、勢いよく下げられた茶色い頭。
しばらく下げられたままの茶色い頭は、様子を伺うように恐る恐る持ち上がる。
黒目勝ちな瞳が3人の瞳と宙でぶつかった。
「…セーフ、教官まだ来てないみたいだな」
「ったく。焦らすなよ寅泰」
脱力したように肩を下げる青年-寅泰に一樹が安堵の声を漏らす。
悪い悪いと言いつつも反省の色の見えない表情を浮かべながら寅泰は朱鳥の隣に座る。
「いやぁ、まさかこの俺が寝坊するとは…」
「いつものことだろ、お前の場合」
「むしろ寅泰が寝坊しないほうが珍しいだろ」
寅泰の台詞を朱鳥が軽くあしらい、一樹が茶化すように寅泰に言い、3人の会話を夏奈子が笑って聞いている。
そんな光景は血は繋がっていないが、他人から見ても兄妹のように見えた。
しかし、その柔らかく心地よい空気を、ドアノブの回る音が一瞬で凍り付かせ、張り詰めた空気が部屋を支配する。
4人は表情を引き締め立ち上がると、ドアの方を向く。
ドアの向こうから現れたのは黒髪をオールバックに上げ、鋭い顔つきをより鋭利にするように鼻の頭に横一文字に走る古傷が印象的な中年の男。
「本郷教官に、礼!」
一樹が声を張り上げてそう言うと、4人は踵を鳴らして敬礼する。
男-本郷が軽く手を上げて4人の敬礼を解くと、一樹と寅泰が慣れた手付きでスクリーンとプロジェクターを用意し、夏奈子がカーテンを閉める。
全員が座席についたのを確認して本郷は話始めた。
「これより明日2300に決行される任務のブリーフィングを始める」
そう言うと本郷はプロジェクターに繋がったパソコンを操作する。
スクリーンに映ったのは山奥らしきところにある施設の写真。
「この研究施設でテロリストによる非合法な魔力研究がなされている。我々の任務は施設の制圧、及び研究対象の回収だ」
「回収?」
本郷の言葉に朱鳥は思わずそう口にした。
何故なら彼らの今まで行ってきた任務は全て掃討作戦だったからだ。
自分達の役割はそういった任務を率先して引き受け成果を挙げることだと理解していた朱鳥にとっては些か解せなかった。
「なにか問題か?九蓮曹長」
「…いえ」
朱鳥が短く答える。しかし、その表情はやはりどこか晴れなかった。
だが本郷は気に止めることなく話を進める。
全員が本郷の声に耳を傾け、その視線は代わりゆくスクリーンへと注がれる。
「…以上、ブリーフィングを終了する。諸君の健闘を祈る」
「はっ!」
本郷の言葉に全員が再び敬礼すると、本郷も短く敬礼し大股で部屋を出ていった。
「ふぅ、いやぁ焦った焦った。やっぱ本郷教官の圧力はパネェな」
勢い任せに椅子に座り込み寅泰が疲れたように口にする。
それに釣られてか、夏奈子も小さく息をついて座る。
「本当ですね。私やっぱり教官て苦手です」
「まぁな。いくら里親だとは言っても…いや、だからこそあの威圧感は息が詰まるぜ」
一樹も言いながら襟元に指を入れて一呼吸入れる。
だが、朱鳥にはいまだに作戦内容が引っ掛かり、それどころの話ではない。
ー…やっぱりおかしくないか?今まで対象の回収は別動隊が受け持っていた。俺達は敵主戦力を出来るだけ引き付ける為の陽動として動くこと殆どだったし、これ程の規模の施設の制圧にたった4人ていうのは…
「…すか…朱鳥!聞いてんの?」
「っ!悪い、なんだ?」
完全に不意討ち状態の朱鳥は、一瞬目を見開いて思考を現実に引き戻した。
声をかけていたのは寅泰。寅泰は小さくため息をついてテーブルに腰をかける。
「ったく。明日の作戦まで時間あるから、今夜飲みいこうぜって話だよ」
「あ、あぁ、そうだな。たまには良いかもな」
「うっし決まり!んじゃぁ、いつもの店でなぁ」
そう言うと寅泰は一番に部屋を出ていった。
それにあわせて、それぞれが帰り支度をし始める。
「ったくアイツ、一番遅く来て一番最初に帰るのかよ」
「じゃあ朱鳥さん。また後で」
口々にそう言いながら二人も部屋を後にしていく。
「…悩んでも仕方ない、か」
朱鳥は半笑いで一人呟くと、彼もまた部屋の扉を潜り、誰もいない部屋に扉の閉まる音だけが響いた。
はじめまして。
ここでの投稿は初めてなので、読みにくいところが多々あるかと思いますが、末長くよろしくお願いいたします(__)
あ、因みにタイトルは“ぎゃくぼし”じゃなくて“ぎゃくせい”とお読み下さい(笑)