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高校生。
中学を経て、義務教育を無事終了し、私は都市部の公立高校に進学した。〝あの人〟と淳哉は二人で私とは別の高校に行った。
そのころ、私は〝あの人〟と付き合っていた。交際していた。中学を卒業する前に、思い切って告白した。ずっとずっと、おそらくは小学校のころから好きだった〝あの人〟に。
高校は違えども、地元は一緒だから特にさびしくはなかった。会おうと思えばすぐに会えたから。
――そうやって、平穏な日々をすごしていた。
〝あの人〟が、死ぬまでは。
交通事故。
通学中にトラックに轢かれた。原因は運転手の不注意。
看取りに行く暇も与えない、即死だった。
週末のデートの約束も果たされないまま。
ニュースですら報道されないような、世間にありふれた死に方で。
信じられなくて、ずっと自分を騙してきていた。
そうしなければ私の心は、あっという間に壊れていただろう。
それほど好きだったのだ。
狂おしいほどに。
でも、もう現実を見なければいけないときが来たのだ。
夢から醒めるときが。
そのために、あんなことがあった。最後に私は、〝あの人〟に会えたのだ。
「……好きだった、んだよな?」
「うん。大好きだった」
「それなのに、諦められるのか」
「……時間は、かかるかもしれないけど」
そっか、と淳哉は小さく呟いた。
淳哉も私と同じく、〝あの人〟への未練を断ち切れなかった人なのだ。私と同じくらい、時によってはそれ以上に近い距離で、長い年月をともに過ごしてきたのだから。
「恋はまだ出来るしね。誰かいい人でも見つけるよ」
だから私は、淳哉を元気付けたいと、明るく装って話す。私はもう立ち直ったのだ、とばかりに。
「強いんだな、お前は」
表情を和らげた淳哉に、私は笑いかけた。
「強くなんか、ないよ」
まだ、心は痛む。軋軋と。
罪悪感も、ある。
「強くあろうと、したいだけ」
「それが、強いってことだろ。誰にでも出来るわけじゃない。俺だって」
「そんなことないよ」
慰め合いの言葉は、そらぞらしくむなしかった。けれど私も淳哉も、互いにそれを通して傷をふさごうとしていた。
「……なあ」
「何?」
「さっき、好きな人が出来たらいいな、って言ったよな」
淳哉を見ると、妙に深刻そうな表情をしていた。何が言いたいのか――察しはついた。
「俺じゃ、駄目かな」
「……淳哉」
彼にも、よりどころが必要なのだ。〝あの人〟を忘れられるようなよりどころが。
それに、私はぴったりなのだろう。同じ人物と過ごし、同じ人物の死に苦しんだから。互いに傷を嘗めあえるような関係を、何よりも欲している。
「……ごめん」
でもそれは、恋じゃない。
心の痛みから逃げる、ただそれだけのものだ。
「そう、だよな……」淳哉は一瞬、悲しそうな表情をしたが、すぐにそれを隠した。「悪い。お前までも利用しかけていたな」
「そんな、謝ることじゃないよ」
その気持ちは、分からなくもないから。
…………。
静かに、時は流れる。
雨はとっくに止んでいた。
少しぬるくなったココアを飲み干して、カップを机に置いた。
「じゃあ、私は帰るね」
「送ろうか?」
「ううん。大丈夫」
もう――大丈夫。
村居家の玄関まで、淳哉は見送りに来てくれた。
「今日は、ありがとう。本当に」
「気にすんな。……また何かあったら、こいよ。話くらいは聞けると思うから」
はにかみながら頷いて、私は淳哉の家を出た。
雨の香りが鼻に届いた。
空は澄み渡ってどこまでも続いている。私の気分はそこまでは晴れ渡ってはいなかったけど。いつか、この空のような大きな心で、全てを受け入れられるだろうか。
きっと、〝あの人〟のことは、忘れ去ることは出来ないだろう。
いつまでも私の胸の中に、彼と過ごした日々は残っているはずだ。楽しかった思い出も、悲しかった思いでも。それは時折剣となって心を突き刺し、時折聖女のような優しい抱擁で私を癒してくれる。
受け入れないといけない。
空を漂う雲は、大空がないと浮いていられない。
受け入れて、先へ進もう。
〝あの人〟もきっとそれを望んでいるはずだと、思い込む。
「まずは、お墓参りに行かないとな」
まだ一度も、彼の墓前には立てていない。そこに行けば、否応なく現実を突きつけられていただろうから。
だから、私はそこに行く。
ちゃんと向かい合うために。
「大好き――だったよ。 」
〝あの人〟の名前を呼ぶ。
応える声はない。
それでいいと思えた。
〝あの人〟の記憶は絶対に忘れない。いつまでも、胸の内に秘めておく。
だから、私はその一歩を踏み出した。
――――Fin.
私と〝あの人〟の物語は、これで完結です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。